2024.11.15(Fri)
Food Innovation
2023.03.08(Wed)
#18
目次
—改めてにはなりますが、「アグリスマートシティ構想」を固めていくにあたって、どのような社会課題に注目したのでしょうか。
ANA総合研究所 今村康子氏(以下、今村氏):観光先進国を目指す日本は素晴らしい観光資源にあふれていますが、その多くの場所は過疎化の危機に直面しています。しかも観光だけではなく、高品質な農作物のつくり手も減少しています。人・モノの移動を担う航空業界にとって地域の過疎化は大きな課題ですし、長期的な視点を持って解決策を提示していきたいという強い思いを持っています。
NTT Com 緒方悠記子(以下、緒方):近年少子化による危機が叫ばれていますが、その要因の1つに首都圏への人口一極集中があると考えています。全国の自治体の半数近くが2040年までに消滅の危機にあり、人々は都会に出たがりますが、都会では生活費や教育費がどうしても高くなります。そうなると必然的に出生率が下がり、その傾向はコロナ禍で加速しています。このしわ寄せが次の世代にさらに重くのしかかることを考えると、真剣に取り組まなくてはなりません。まずは地域の魅力をいかに引き出すか、そのアプローチが必要だと考えます。
—それらの複合的な課題に対して、「アグリスマートシティ構想」はどのようなアプローチで解決していこうとしているのでしょうか。
今村氏:「転職なき移住」というコンセプトを掲げています。地方に住みながら都会の仕事に携わり、かつ農業など地方の産業にも貢献できるようなライフスタイルを確立できないかと考えています。
なかでも重視しているのはコミュニティーづくりです。単にリモートワーク環境の整備や地元での就労だけではなく、地方と都会、そして移住者などさまざまな方々が集まって地域の課題を解決するためのイノベーションを起こしていく。そうしたイノベーティブな環境をコミュニティーづくりによって実現できるのではないかという仮説のもと、「アグリスマートシティ構想」というアイデアが生まれました。
羽田みらい開発 谷口直輝氏(以下、谷口氏):新たなイノベーションを生み出すためには、交流を促進する環境づくりが必要だと考えています。さまざまな地域課題の解決に向けても、地域ごとのニーズや課題を把握するとともに、地域間交流を阻害する要因を探りながら、都心と地方の人、モノ、情報の交流を促進し、多様なイノベーションを創出する環境を整えることで、課題解決が加速するのではないかと考えています。
緒方:実際にワークショップではさまざまな分野で構想実現に向けたアプローチを検討しました。これまでの話に出てきた、働き方や地域の魅力、農業だけではなく、テクノロジーやSDGs、ライフスタイル、幸福度など、幅広い視点からいかにこの構想を実現していくか、個人や企業としての思いも込めながらアイデアを出し合うことから始めました。
今でこそ「都市」「地方」と地域間に暗黙の境界線がありますが、いずれはこの境界線を溶かし、あらゆる選択肢と可能性を創出する。そんな構想へとつなげていきたいというのがメンバー一同の思いです。
—なぜこの3社が集まることで構想が実現するのか、各社が持ち寄るアセットやシナジーについて教えていただけますか。
緒方:まず3社の出会いのきっかけになったのが、2021年11月末に山口県で開催された業種横断型の3泊4日のワーケーションでした。地方創生に関心がある異業種の人たちが集まり、山口県の方々と交流しながら地域の課題について話し合いました。これを契機にコアメンバー3社で集まり、少しずつ構想が固まっていきました。
NTT Com 足立楽斗(以下、足立):私たちが提供できるソリューションは、場や人や体験などをつなげるインフラです。技術的な知見を持ち、ビジネスや人々をつないで化学反応を起こすカタリストという人材がいるので、テクノロジーと人材を掛け合わせて価値を生み出していくことができると考えています。
また社員の8割をリモートワークにする大規模な働き方改革を進めていることなどを背景に、「仕事」という切り口で、場所を限定しない働き方の推進という面でも貢献できると思っています。
今村氏:ANAグループは航空輸送という物流のアセットを持っています。なかでもANAグループの社員提案制度から生まれた日本産直空輸は、航空貨物だけでなく物流全般、メディアでのプロモーションやマーチャンダイジングも含めてトータルで生産者と消費者を結びつける事業を展開しており、新鮮な採れたて食材を都会に届けることができます。そして、その食材に魅力を感じた都会の方が地方に来るというサイクルを加速し、モノと人の流動までをしっかりサポートできると考えています。
羽田みらい開発 木澤佐椰茄氏(以下、木澤氏):羽田みらい開発は羽田空港の近くに羽田イノベーションシティという拠点を持っています。地の利を生かし、モノや人が交流する場として大きな価値がありますし、集まるだけでなく発表の場や実証実験の場としても活用していきたいと思っています。
足立:こうした各社の強みを結びつけ、地域により深く関わる接点として重視しているのが「農業」です。先ほども農作物の作り手の衰退という話が出ましたが、まさにそうした課題に対し、自分たちで農作物を育てて食しながら都市での仕事もし、農作物を出荷するという一種の体験イベントを、未来のライフスタイルに昇華させるという方向が生まれたのです。NTTグループとしてもアグリテック分野に注力しているので、地域の方々への価値提供も進めていけると思います。
足立:3社の強みを掛け合わせ、個別ではなく「統合による価値の提供」を目指していきたいと考えています。これまで多くの自治体、民間企業が地方創生や移住者誘致に取り組んできましたが、どれも個別のアクションや価値提供にとどまっているのが現状かと思います。この構想では、点在する既存のさまざまなソリューションをつなぎ合わせることはもちろん、その一歩先にある新しい価値提供を実現していきたいと考えています。
—なるほど。構想の実現に向けて、今後どのような取り組みを進めていく予定ですか。
足立:2022年度中に自治体との実証実験を進めたいと考え、その実現に向けて大きく3分野の足固めをしています。
1点目は自治体との関係構築で、各自治体と向き合い、現状の課題、将来の展望などをヒアリングしながら、プランニングを進めていきます。2点目は、課題解決をさらにドライブするため、ステークホルダーである協力会社とのリレーションシップづくりです。我々3社でできることにも限りがあるので、他企業の皆さまのお力も借りつつ、一緒にこの構想を実現していきたいと考えております。
そして最後に、最も重要なのが実際に移住をするモニター参加者の募集です。ウェブサイトでの移住希望者募集に加え、羽田イノベーションシティでのイベント、NTT Comのメタバースプラットフォームでの情報発信なども構想中です。これらを推進し、今期中の実証実験につなげていきます。
—アグリスマートシティ構想を通じてどのような社会を目指しているのか、皆さまの思いをお聞かせください。
谷口氏:多様な地域と大都市が容易につながることで実現する、誰もが場所を選ばずに生活できる社会を目指しています。これにより、すべての人が多様な生き方を選択することができ、生活の満足感や幸福感のさらなる向上に貢献することができます。またそれだけでなく、ヒト・モノ・コトの交流を活性化させ、新たなイノベーションの加速にも貢献していきたいと思っています。
木澤氏:現在は地方なら地方、都会なら都会と同じ社会階層の人々でコミュニティーが形成されてしまっていて、そのことがイノベーションの創出を阻害してしまっていると思っています。この構想をきっかけに、コミュニティーを通じてより創造的な考え方が生まれるようになるとうれしいです。
今村氏:人生100年時代といわれる現在、就職や子育て、介護などライフステージによって何を重視し、どのような生活をするのかで個人の暮らしのあり方は大きく変化します。そんな各フェーズに合わせて住む場所を選びつつ、仕事も楽しめる社会を目指したいと考えています。
緒方:都市と地方がつながって、リアルな世界の人、モノ、情報がさらに活性化していく社会の実現を目指しています。さらにいえば、バーチャルなコミュニケーションでもそんな自由なつながりを実現し、例えば沖縄が抱えている課題を解決する手段が北海道にあるといったように、イノベーションを柔軟かつ迅速に展開していけるようになればいいなと思っています。そしてそれを次世代につないでいきたいと考えています。
足立:今回の取り組みはやはり3社が集まることで実現する巻き込み力、統合力がポイントになってくると思うので、協力会社や自治体とのコミュニケーションをより加速させたいですね。
またこの取り組みはユーザーの視点に立って考えることが大切です。地方で農業をやりながら別の仕事をする、地方の課題をくみ取る、そしてイノベーションが生まれるというサイクルをNTT Comが推進し、ユーザーの視点をより強化することで、価値創造につなげていきたいと考えています。
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