2024.11.15(Fri)
Carbon Neutrality
2024.10.16(Wed)
#49
目次
――今回「森かち」という新サービスがスタートしましたが、そもそも、なぜ住友林業とNTTコミュニケーションズという2社が協業したのでしょうか?そのきっかけを教えてください。
鈴木与一(以下、鈴木):もともとはNTT Com単体ではなく、NTTグループが住友林業さんと“それぞれのアセットで事業ができないか”ということを話し合う場があり、その場で脱炭素やカーボンクレジットというテーマが出たことがきっかけです。住友林業さんには森林のノウハウがありますが、NTT Comにとっては専門外の分野であるため、教えを請うような形でスタートしました。
曽根佑太氏(以下、曽根氏):住友林業では森林・林業のコンサルティングも行っており、そこで最先端のデジタル技術を林業の現場に導入したプラットフォームを作りたいという構想がありました。さまざまな森林の情報を重ね合わせたプラットフォームで、森林経営をより効率的に進めていきたいと考えていました。
私は、プロジェクトが始まった当初のメンバーではないのですがNTT Comさんとカーボンクレジットのプラットフォームの構想が合致して、そこで話が進んだと聞いています。
――2社が協業した経緯はわかりましたが、なぜ「森かち」というプラットフォームを生み出すことにしたのでしょうか?
曽根氏:「森林の価値とは何なのか?」という一般の人には目に見えないものを、見える化しようと何度も会議において議論を重ねました。
森林の価値は一言では表しづらいですが、実は我々の暮らしにさまざまな良い影響を与えています。その一つが水源涵養(かんよう、森林が水資源を蓄えること)です。水を蓄えることで、通常時の水資源を確保するだけでなく、豪雨などの災害時に下流域の増水を遅らせる効果もあります。また土砂災害を防止する機能もあるほか、生物多様性の保全にも大きな役割を果たしています。
こうした森林のさまざまな機能を、「多面的機能」と呼びます。しかしこの多面的機能に対する一般的な認知は、現状そこまで高くはありません。「森かち」では、この多面的機能を見える化し、そこにクレジットの購入者が価値を見いだすことをテーマとしています。
もちろん、ビジネスである以上、最終的にはマネタイズも考えないといけませんが、こうした森林の多面的機能に対する知見を市場に浸透させたうえで、収益化できるようにしたいと考えています。
――住友林業では、これまでにもカーボンニュートラルや森林由来J-クレジットなどにも取り組んでいたのでしょうか?
曽根氏:住友林業では「木」を軸に事業活動を展開しています。森林から木造建築の川上から川下までのバリューチェーンを「WOOD CYCLE」(ウッドサイクル)と表現し、このサイクルを回すことで森林のCO2吸収量を増やし、木造建築の普及で炭素を長期にわたり固定し、社会全体の脱炭素に貢献することを目指しています。
森林由来のクレジットに関しても、早い段階から取り組んでいます。現在の森林由来J-クレジット制度ができたのが2013年、それ以前は「国内クレジット制度」と「J-VER制度」という2つの制度が存在していましたが、J-VER制度における森林由来クレジットを生み出した民間第1号のプロジェクトは、当社によるものです。当社の宮崎県の事業区の所有林を対象に、およそ1万4000トンのクレジットを発行しました。
我々が「脱炭素」というキーワードを意識し始めたのは、恐らく1997年の京都議定書あたりからではないかと思います。そのあたりから「クレジット」という考え方が登場し、以降、当社でもバイオマス発電を始めとする脱炭素関連事業にも取り組み始めました。
ただ、これはあくまでも「脱炭素」という言葉に限った話です。脱炭素という概念が登場する前から、当社は創業以来ずっと事業活動を通じた炭素削減に関わってきたと考えています。
住友林業が軸にしている「木」には吸収した二酸化炭素を炭素として蓄える機能があります。木材を木造建築物の材料として活用することで炭素を長期間貯蔵することができます。木を切った分はまた植えて育てて循環させる。住友林業の事業活動自体が脱炭素に直結しているといえますよね。
――「森かち」の特徴や強み、類似サービスとの差別点について教えてください
曽根氏:「森かち」は、森林由来J-クレジットに関連する多くの課題を解決するプラットフォームです。クレジットを創出する人たちの手間や、それを審査する人たちが少ない点、購入者がなかなか実際に購入につながっていない点など、そういう課題と真っ向から向き合い、それを解決しようとしているところが一番大きな違いだと思います。
現状、クレジットの取引には時間とコストがすごくかかっているところを、なるべく効率化、コストダウンすることで多くの取引ができるようにしたいと考えています。
――「森かち」は、どのようにクレジットの取引を効率化するのでしょうか?
曽根氏:まずは、効率的な申請書類の作成です。クレジットを発行する際には、膨大な情報を専用のエクセルシートに入力しなければいけません。非常に難解なものを作り上げる必要があります、その効率化に貢献できます。
加えて、クレジットの審査機関が審査を行う際、申請書類以外にも、さまざまなデータの授受が必要になります。「森かち」では、何を提出しなければいけないかが示されるうえ、かつファイルの授受も「森かち」上で可能になります。
特に自治体の場合は、クレジットを発行するとなると、8年から16年間の間、長期にわたってクレジットを発行し続けますが、発行するたびに報告書を作らなければいけません。長期間データを管理する必要がありますが、自治体の担当スタッフが2、3年で代わってしまい、林業の知見がない方がいきなり担当になって、J-クレジットを発行しなければいけないケースも起こり得ます。
そういった時にも、「森かち」では発行に必要なデータがクラウド上にアップされて、地図と一緒に確認できるので、創出者のデータ管理の負担を軽減します。データやノウハウの引き継ぎを効率化できるのです。
――購入者(購入アカウント)にとって、「森かち」のメリットは何でしょうか
曽根氏:クレジットを買う側のメリットは、森に関するストーリーが見える点です。
再エネや省エネ等、削減系のクレジットの場合は、「何トン削減しました」、「何トン何円のクレジットですよ」という数字がメインになります。しかし、森林由来J-クレジットの場合、それらのカーボンクレジットと比べるとやや値段は高めですが、森に関するストーリーや、管理者の顔が見える、といったプレミアム(付加価値)がついています。
たとえば、「この森では地下水をよりたくさん涵養するための間伐をしています」といったアピールをすることや、「森に希少植物が自生していて、外部の研究機関と連携してモニタリングを継続しています」といったようなものです。その部分を販売側がPRし、購入側はそれを見て、価値があると判断し、クレジットの購入を決定します。つまり、クレジットの購入者にとっては、ある意味、森に“投資”しているわけです。
その資金が、森林整備にも活用されて、そこで自然の循環が回っていると。その考え方をいかに購入者に伝えるかというところが重要です。もちろん、森の良さを伝えるのは簡単なことではありませんが、そこを何とか実現しようとしているのが、「森かち」です。
小笠原正人(以下、小笠原):私が「森かち」で一番素敵だと思うところが、森林の多面的機能を補助するだけではなく、森林の持っている価値を可視化できるところにあると考えています。
具体的にいうと、クレジットの対象となる森がどんなところなのか、その森林がどう施業(植林や間伐、伐採など、森林に対する人為的な働きかけのこと)をされてきたかという軌跡を掲載したり、その森をどういう思いで管理してきているのか、といった情報がひと目でわかります。こうした情報は、他社のサービスでは確認できないと思います。「森かち」の一番の特徴だと考えています。
森洋子(以下、森氏):私はクレジットの販売ページを監修しました。販売ページの文章作成には専門のライターを起用し、森林のことを知らない方にも中身が伝わるよう、工夫して作っています。森林に詳しい方が見ても、「創出者はここまでこだわっているのか」など、そういった取り組みがわかるような詳細な情報も出すようにしています。
山の価値はもちろん、山を管理している方々の魅力、山がある地域の魅力なども全て発信できるようこだわって作っています。
――まるで野菜の包装に「私が作りました」といったような、生産者のシールが貼られているような印象を受けました
森氏:「森かち」のページには、可能であれば、実際に森の管理を担当されている方の顔写真も載せたいと考えています。もちろん断られることもありますが、中にはOKと言ってくださった方もいて、そうした方は積極的に「森かち」のページに掲載するようにしています。そのほうが、購入者側も対象となる森を身近に感じられるでしょうし、重要な要素だと思います。
――「森かち」をプラットフォームとして形にしていくまでに、両社の間でどのような議論が行われたのでしょうか?
鈴木:ほかの事業者もいる中で、我々は何を強みにするか?というところは特に議論をしました。最終的には先ほども触れたように、住友林業さんも強く押し出している、森林の多面的機能を訴求することにしました。プラットフォームの名前も「森林クレジットサービス」といったようなものではなく、「森かち」にしたのも、森林が本来持つ価値を押し出すことを狙っています。プラットフォームの名前もすごくこだわって作りました。
森氏:私は「森かち」の名付けに深く関わっていまして、もともと「森林価値創造プラットフォーム」だったのですが、社内で“長くて覚えられない”、“もっと親しみやすい名前はないか”という声を受け、多くの候補の中から選びました。候補には英語3文字の略称もありましたが、やはり森の価値っていうところに重きを置きたいということから、「森+価値」で「森かち」になりました。
鈴木:あとは、違う会社同士であるため、どうやったら一緒にやっていけるのか、協業の形態についても話し合いました。どういう形で力を合わせるのがベストなのか、別会社を作る可能性も含めて議論しました。
――「森かち」の立ち上げ~運用にあたり、両社の役割はどのように分担していますか?
藤浪俊企(以下、藤浪):立ち上げに関して言えば、クレジットや森林に関するノウハウは当社にはないため、そこは住友林業さんの方からご教示いただきました。一方で、システムの構築部分はNTT Com側が担当しました。本当に一緒に、二人三脚で、ワンチームでいろいろ検討を進めていったというような印象です。
――プロジェクトはいつ頃からスタートしましたか?
曽根氏: 2021年の夏には、お互いの実績紹介から開始しました。そのあとの2021年11月に、両社が揃った第1回の定例会が開催され、そこから毎週開催されています。なので、もうすぐ100回です!ほぼ足掛け3年です。
先ほども触れましたが、私はプロジェクトに途中参加しています。なので、メンバー間でバトンを渡しながら、この形があるというわけです。
――100回近い議論の中で覚えていることはありますか?たとえば、議論が紛糾したこともあったりしたのでしょうか
藤浪:私と曽根さんは、最後の契約の詰めでかなり話し合いました。契約の条件やレベニューシェア(共同で行う事業の売上や利益を分配すること)の割合といった話題は、やはり両社の思いが絡み合っているため、落としどころを見つけていかないといけません。
それ以外にも、記者説明会の日があらかじめ決まっていたため、その日までにプラットフォームのリリースや、契約締結を完了させる必要があるというタイムリミットも存在していました。最後の方はハードでしたね。
曽根氏:NTT Comの方々は、自分たちの専門分野外のことを積極的に学び、その分野のスペシャリストになるという、そういうマインドがあるな、と思いました。
「森かち」の中には、クレジットの申請書類を作るための支援機能がシステムの中にあり、それのプロトタイプができ上がった際、当社のメンバーで使ってみたところ、期待通りには動きませんでした。NTT Comの方も、森林について詳しくない中で申請書類を読み込んでいただいて、それを何とか形にしていただいたのですが、最初は改善すべき点が多かったです。
ただ、森林の業務に関わっている人間でも、クレジットの申請書類を作るのは簡単ではありません。その大変な作業をいかに簡略化・効率化するか、ということを考えて開発するため、NTT Comの皆さんはすごく勉強されていました。プロトタイプではまだまだ理想形から遠い状況でしたが、双方が共通言語で話をし、“こういうことを改善しないといけませんね”ということを重ねて開発をしてきました。言葉では語りにくいのですが、こうした点も、他社との差別化要素になると思います。
藤浪:私は2023年の秋からプロジェクトに加わりましたが、当初は聞いたことのない用語が飛び交っていること、当社の社員が当たり前のようにその議論に参加できていることに驚きました。こういった専門外の領域にキャッチアップするためには、相当の苦労があったと思います。
――「森かち」がリリースされたのは8月末で、サービスを開始して間もないですが、反響はいかがでしょうか。購入者側やクレジットの創出者側から、何か手応えがあったのでしょうか?
曽根氏:反響は大きかったです。金融機関から「購入したいと考えている企業を紹介したい」という声もありましたし、コンサルティングを行っている企業から「コラボレーションしましょう」という話もたくさんあります。ぜひ形にしていきたいというのはあります。
小笠原:ニュースリリース記者会見の後に実際にあった反響としては、地方銀行や、地域脱炭素を担っている企業から、「すごく森林の多いエリアなので、一緒に何かできないか」という、協業のような話もありました。
――ユーザーに対し、「森かち」をどのように使ってもらいたいとか、こういう形が理想、こうなるといいな、といったイメージはありますか?
曽根氏:さきほどの森の話にもあったのですが、たとえば販売ページを作る際、事前に販売側にエクセルシートを渡して「書いてください」と依頼すると、だいたい同じようなことが書かれてしまうため、差別化ができません。オンライン会議でヒアリングして、こちらから話を聞くことで、初めて「ああ、そんな独自の取り組みをやっているんですか!書きましょう!」みたいな情報が掘り起こされます。
「苗木の生産まで含めて、再造林に力を入れています」や、「自ら動物による被害対策チームを編成して取り組んでいます」といったような、そういう地域でしかやっていないこととか、地域の魅力みたいなのがヒアリングを通じて初めてわかる、というのがあります。
活用の仕方としては、「ふるさと納税」のサイトのように、いずれはクレジットのPRをしているページなのに、それ以外のいろいろな魅力を発信していくページに発展していったら面白いのではと考えています。
たとえば、この森の地域だと現地で林業体験ができます、あるいは、そこで採れた木材をその地域産材として活用していて、その商品が実際にオンライン購入できますよとか、そういうふうに発展していくと、まさに目指している一つのテーマである地域経済の活性化にもつながると考えています。
クレジットの創出者側の人たちにとっては、その森で得られる収益はそんなに莫大なものではなくて、森林整備費用の一部にしか過ぎません。むしろ、クレジットをきっかけに、森がある土地を知ってもらって、関係性を構築したい、最終的に足を運んでもらいたいと考える方が多く、クレジット販売が必ずしも最終のゴールではないケースが多いです。
クレジットの取引のみならず、地域活性化にもつながっていくようなプラットフォームが理想です。まだ「見える化」できていない森林の価値は世の中にたくさんあると思いますが、そういうものをしっかり可視化して、ユーザーに見てもらい、お金の流れや人の流れを作り、というサイクルができるといいなと考えています。
鈴木:本来の意味の脱炭素は、CO2排出量削減やクレジット創出に自ら主体的に関わっていくべきものです。とはいえ、それが難しいため、クレジットを購入するという形でオフセットできる仕組みがあるのですが、単純に「あるものを買いました」だけでは、場合によってはグリーンウォッシュ(あたかも環境配慮をしているように装うこと)と指摘されかねません。
一方、「森かち」はクレジットの創出者が森林に関するさまざまな情報を伝えられる仕組みになっており、購入者側はその思いを理解して買うだけではなくて、購入した後もその自治体や、森林との関わりを持てる機会を与えたい、という狙いがあります。
「森かち」では、創出者側が「ウチは林業の無料体験会をやっています」という情報を載せることもできますし、それを見た購入者側が、実際に従業員が研修でその土地を訪れたといったようなこともできます。
「森かち」を利用することで、地域や林業への資金循環に加えて、人の交流を生み出すことも促進していきたいと考えております。
――最後の質問ですが、これから「森かち」をどのようにアップデートしていくか、どのように発展させていくか、展望を聞かせてください。
曽根氏:立ち上げ当初の目標でもある「森林の価値を最大化する」という点でいうと、いまはCO2吸収の部分だけなので、それ以外の機能というものを、これも同じように定量化して見える化して、最終的には流通するような形に持っていきたいです。それを実現するためには、恐らくこの2社だけでは解決できません。
学術側の知見も入れないと実現できないところですので、その“輪”を広げるために、まずサービスを市場に認知させ、企業や学術の先生方や “一緒にやりましょう”というパートナーが増えていって、コラボレーションが広がっていけばと考えています。
藤浪:我々も思いは同じです。さらなる第三者とのパートナーシップを通じて、この2社だけでは提供できない価値を追加していきたいと考えています。
<森林価値創造プラットフォーム「森かち」イベントのご案内>
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