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Co-Create the Future
2021.10.22(Fri)
目次
――今デジタルを前提とした「共創」があらゆる領域で重視されており、なかでもよりよい官民共創のあり方が問われているように思います。今、行政はデジタル庁を中心にDX推進を図り注目を集め、須賀さんは経済産業省として連携もされています。民間出身者が職員の約3分の1を占めるデジタル庁ですが、日本の官民連携において今後その活躍はいかなる意味を持つでしょうか?
須賀氏:単なる新しい役所ではなく、デジタル時代の行政のあり方を横断的に変えるための重要な拠点になるはずです。新しい組織をつくることそのものが本質的な解になる局面はめったにありませんが、デジタル庁の創設は時代の変化に対応するうえで必要不可欠な一手だな、と感じます。藤本真樹さん※1のデジタル庁CTO就任をはじめ、民間企業の精鋭も数多く参画されており、官の独りよがりではなく官民両方から変えていこうとする意志を感じます。
※1:グリー株式会社CTO
戸松:デジタル庁は各省庁を横串でつないでいくと同時に、中央と地方という縦串も刺していくハブ的な組織になりそうですね。もちろん今後もトライアルアンドエラーが続くしうまくいかないことも起きるでしょうが、ただ失敗を批判するのではなくうまくいった部分を盛り上げていけるといいのかなと思います。
――デジタル庁の創設は多くの人が待ち望んでいたものだと思いますが、他方で世間やマスコミの反応を見ていると、デジタル庁への批判も少なくありません。
須賀氏:抜本的な変革を期待されて創設されたと思うのですが、変革には時間がかかります。できたばかりの組織では共通言語もないしスムーズな意思決定が難しいのも事実でしょう。デジタル庁内部でも、今はまだもどかしさを抱えている人がいるかもしれません。でも、今後は人材やミッションの魅力に引き寄せられてもっと多くの変革の志士が集まり一大勢力になると思いますし、大きなポテンシャルを秘めている組織ですから、長い目で見て応援していけたらと思います。
――民間企業と比べて行政の方が変わりづらそうだからこそ、実際に変革を起こしたときのインパクトも大きそうですね。
須賀氏:“霞が関”の文化は独特で変わりづらそうですよね。特に情報共有については、国民や事業者から預かった大切な情報を扱うために仕方ない部分もあるのですが、必要最低限の「中の人」にしか情報共有しない文化が浸透しているので、結果的に多様なステークホルダーとの共創の機会を逃し、オープンイノベーションを妨げていることも少なくありません。デジタル庁では、従来の霞が関とは異なる文化を背負った方の割合が増えることで、既存の文化を変えようとする動きも軌道に乗りやすいのではないかと期待しています。
戸松:国や文化など異なるバックグラウンドを持った子どもたちが、言語がことなっても、同じ“おもちゃ”で楽しく一緒に遊べるように、官民共創においては共通の目的と、それを実現するための具体的なデジタルツールやオープンなプラットフォームがあるとよいと思います。それは民間企業が“踊る”ための舞台装置ともいえます。官の側が舞台をつくることで民の側もその上でさまざまなアプリケーションをつくれるし、民間企業だけではできないような社会的なリソースや資源の再分配といえるかもしれません。
須賀氏:再分配は大事なキーワードのひとつですね。デジタル時代の再分配は、困っている方々への給付金など、直接の再分配だけではなく、新しいデジタル社会の共有財や公共財をつくることによってもなされます。
戸松:デジタル時代のコモンズ(公共財)は重要ですよね。官と民ははっきり分かれているわけではなく、中間的でグレーなエリアもあります。例えば私たちNTTグループが取り組んでいる5GやIOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)※2、宇宙通信といったデジタルインフラは官民をつなぐものであり、準公共財というか、一種のコモンズともいえそうです。
※2:現在のインターネットだけでは実現できない新たな世界を実現する革新的な構想。主な3つの構成要素に、ネットワークだけでなく端末処理まで光化する「オールフォトニクス・ネットワーク」、サイバー空間上でモノやヒト同士の高度かつリアルタイムなインタラクションを可能とする「デジタル・ツイン・コンピューティング」、それらを含むさまざま なICTリソースを効率的に配備する「コグニティブ・ファウンデーション」がある。
須賀氏:NTTグループの皆さんは、私企業でありながらある種の公共インフラを提供し、運営してきた存在でもありますよね。公共財だからといって役所がすべて管理するものではなく、民間企業が運営者になっていくことも増えていくはずで、偉大なる先例です。
戸松:最近のスタートアップを見ていても、利潤を追求するだけでなくソーシャルコモンズをつくろうとする企業も増えてきたという印象です。株主至上主義から、社会の一員としてソーシャルグッドを重視するなど民間企業の意識も変わってきているのだと思います。
――官民の連携を進めるうえでもコモンズをつくるうえでも、DXは重要になると感じます。お二人は日本のDXの状況をどう見られているのでしょうか?
須賀氏:日本のDXは遅れているといわれますが、実はDXとの親和性が非常に高い国でもあります。多くの国ではDXによって雇用が失われることが社会問題の筆頭に挙げられますが、日本は世界で最も早く人口が減少に転じ、デジタル化を進めることがマンパワー不足という社会課題の解決に直結しているわけですから。コロナ禍において給付金の支給が遅れるなど、デジタルを使いこなせていない現状が露呈しているのも事実ですが、ブロードバンドネットワークは世界有数の普及率を誇るなど優位性もあり、デジタル化へかじを切りきれていないのはもったいないと感じます。
戸松:民間の話をすれば、既存のプロセスが岩盤となっている大企業、デジタル人材が圧倒的に不足している中小企業、デジタルネイティブであるスタートアップ企業では、規模も異なれば文化も違いますし、抱えている本質的な経営課題はまちまちです。例えば、大企業におけるハンコやFAXは、今となってはたしかに前時代的ですが、古いプロセスで最適化されたプロセスをただデジタルに代替しただけではかえって効率が逆に下がってしまうこともあるでしょう。一般論で「遅れている」、「進んでいる」と議論するのではなく、企業ごとにどうDXを進めるのか考えていく必要があります。
――日本の遅れと対比して、台湾や中国、欧米など海外の事例が紹介されることも多いように思います。
須賀氏:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターでさまざまな方にお話を伺ったなかでも、インドのデジタル基盤「インディア・スタック」創設を主導されたインフォシス創業者のナンダン・ニレカニさんは印象的でした。彼は単なるデジタル化の旗を振ったのではなく、インド国民の生存領域をサイバー空間においてどのように確保しビジネスにもつなげていくかを戦略的に考えながら、設計や実装はもちろんのこと、自治体の説得もご自身でされている。本来日本にはグローバルに認知されている大企業も多く、産業界の体力はあるはずですから、日本でもニレカニさんのような方に適切なポジションや権限を渡せると、大きな転換を起こせる気がしています。
戸松:ニレカニさんは、クリアな理想を掲げたうえで、現状とのギャップ(課題)を埋めるための戦略を考えているのだと思います。よく何が課題なのかがはっきりしないという相談を受けますが、印象としては、課題を生み出す理想の方が見えにくいという印象です。そんな状態で、社会制度や文化、人口分布が異なる海外の事例ばかり見ていても機能しないですよね。リーダーシップをとる人が理想を掲げていかなければいけないのかなと。
須賀氏:理想は重要ですね。経産省は2025年の大阪万博誘致も担当していて、過去の経緯を学ぶ一環で1970年の大阪万博を振り返った際に思ったのですが、当時、岡本太郎さんに「太陽の塔」をつくってほしいと依頼した人、それを実際につくらせた人たちはすごいですよね。塔の構想を聞いただけで、岡本太郎さんの理想を完全に理解するのはきっと難しかったはずなのに、その理想に懸けてみようと黙ってお金を出し、活躍の場を与えた人たちがいた。たとえ立派な理想があっても、周りの人々が信じてくれないと実現できないわけで、DXにおいても、当初から万人には受け入れられない理想へ懸けられる“胆力”が重要になるのかもしれません。
――現在さまざまな領域でDXは進んでいますが、お二人が注目されている領域はありますか?
須賀氏:DXが関係ない領域は存在しないので、さまざまな動きに広く目配りしていますが、私は政府にいますので、特にアジャイル・ガバナンスに関心があります。デジタル時代のガバナンスやガバメントのあり方を抜本的に考え直すことが重要で、その機は熟しつつあるな、と。今後のデジタル社会を先取りしてルールやシステムを社会全体で不断に見直すための、デジタル時代の新たな規制改革の仕組みを構築していけたらと考えています。
戸松:我々もこの10年でさまざまな分野のデジタル化に取り組んできましたが、須賀さんと同じくガバナンスが重要だと感じるようになりました。データは、流通してこそ初めて価値を生みます。いろいろなアプリケーションが個別に生まれても、グローバルレベルで、APIや共通コンポーネントなどルールが整備されなければ、データは流通しませんので。
――データガバナンスは世界的に見ても注目されていますね。例えばEUではGDPRのようにプラットフォーマー規制を強める動きもあり、国をまたいだデータ流通は今後も議論が進んでいきそうです。
須賀氏:デジタル時代の寵児であるビッグテック、プラットフォーム事業者を社会としてどう受容しどう共存するのか、まだ解は見つかっていませんよね。世界各国が試行錯誤しながらルールや役割分担のあり方を模索しているタイミングです。それは、この時代の政府の最も重要な仕事のひとつでもあります。日本でもデジタル市場競争本部を設置し、デジタルプラットフォーム取引透明化法をつくるなど、プラットフォーム事業者に応分の責任分担を求める動きを進めています。一方でテック企業からすると、政府の耐え難いほど遅く非効率な規制に付き合っていられないと感じるのも事実だと思います。お互いに建設的な提案も批判も重ねながら、社会全体のコストを下げつつベネフィットを最大化するようなルールをつくっていきたいですね。
戸松:さまざまなルールメイキングがあり得るなかでも、EUの手法は勉強になりますが、海外のDXをそのまま輸入できないように、EUの仕組みをそのまま日本に持ってきても機能しないように思います。みんなが許容できるルールはどんなものなのか、日本の環境や文化に合わせたあり方を模索していく必要があります。日本版の情報流通基盤ですね。それは官民を超えた共創を可能にするコモンズをつくっていくことともつながっていくのではないでしょうか。
須賀氏:原則論としては、データはなるべく自由に流通させ、みんなで活用できた方が社会への便益は大きくなるわけですが、自由放任では壊れてしまう社会のトラストを確保するために、スマートなルールのあり方を同時に考えなければいけません。デジタルテクノロジーが大きな役割を果たしていくからこそ、単なる技術の議論にとどまらず、文化や倫理も含めた裾野の広いコミュニケーションを通じて人類社会の許容範囲を見極め、納得を積み重ねていかなければいけない。より多くのプレーヤーが参加し、共創を進めていくうえでも、官民お互いに悩みながら、共通の問題意識を持って議論していくことが重要になりそうです。
経済産業省・須賀千鶴氏、早稲田大学准教授・ドミニク・チェン氏登壇!
OPEN HUB Base Live「あらためて考える、共創のあり方」
・開催日時:2021年11月4日(木)15:30~17:00
・申込窓口:https://openhub.ntt.com/event/599.html
・申込締切:2021年11月1日(月)17:00
※定員1,000人になり次第、受付を終了します。
それぞれの視点で見るDXの現在地や、共創の新しいあり方、DX推進のためのデータガバナンスについて考えるトークセッションを開催します。新しいビジネスや価値を生み出すことにご興味のある方、ぜひご参加ください!
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