2025年7月より、NTTコミュニケーションズはNTTドコモビジネスに社名を変更しました

Hyper connected Society

2025.05.16(Fri)

OPEN HUB Base 会員限定

「語り継がれる」ものから「実証される」時代へ
IoBで変容するマーケティングの新展開

#データ利活用 #IoT
IoT(Internet of Things)の普及によって、次なる技術として注目を集めるのが「IoB(Internet of Bodies/Behaviors=人のインターネット化)」です。ウェアラブルデバイスなどのセンシング技術によって、身体データや行動データをリアルタイムで取得し、これらの情報を活用することで、より精度と幸福度の高いサービスを提供しようとする新たな手法です。

こうしたデータ活用は、マーケティングのアプローチにも変化をもたらす可能性を秘めています。これまで、製品における機能的価値、情緒的価値、社会的価値とその守備範囲を拡張させてきたマーケティングは、IoBの浸透によって今後どのように変容していくのでしょうか。

フィリップ・コトラーの著作の監訳でも知られるマーケティング研究者で、早稲田大学 商学学術院商学部の恩藏直人教授と、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)のマーケティングインテグレーション推進室長の徳田泰幸との対談で、ひもといていきます。

この記事の要約

マーケティングの概念は大きく変化している。日本マーケティング協会は34年ぶりに定義を改め、「顧客や社会と共に価値を創造し、持続可能な社会を実現するためのプロセス」と位置付けた。マーケティングは、かつての「市場調査」や「プロモーション」中心から、社会課題解決を含む包括的な価値創造へと進化した。

この変化の背景には、インターネット社会への移行と社会課題の表面化がある。企業と顧客の関係は一方的な販売から共に価値を創造する「共創」関係へと変わり、定量的データを活用した精度の高いマーケティングが可能になった。

特に注目されるのがIoB(Internet of Bodies/Behavior)データの活用だ。身体データや行動データを収集・分析することで、ヘルスケアやパーソナライズされたマーケティングに活用できる。例えば、リゾート地での人流データ分析により訪問者の属性や行動パターンを把握し、効果的な施策を打てるようになった。

これはコトラーが提唱する「マーケティング5.0」の実現につながる。AIやIoTなどの最新技術を活用し、データドリブンでアジャイルなマーケティングを行うというもの。その手段として予測、コンテクスチュアル、拡張の3つのアプリケーションが位置付けられる。

IoBデータの共有を進めることで、地域活性化やまちづくりなど社会課題の解決にも貢献できる可能性がある。デジタル競争力向上のためにも、IoBを活用したマーケティングの推進が求められている。

※この要約は生成AIをもとに作成しています


研究視点で見るマーケティングの現在地

——恩藏先生は40年以上にわたってマーケティングを研究され、近代マーケティングの父、フィリップ・コトラーの著作の多くを監訳されています。IoBの話題に入る前に、先生から見た日本の「マーケティングの現在地」から教えていただけますか?

恩藏直人氏(以下、恩藏氏):明らかに大きな変わり目を迎えていますね。象徴的なのは日本マーケティング協会が2024年1月、34年ぶりに「マーケティングの定義」を変えたことです。1990年に制定された定義は「企業がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動」でした。これを2024年の最新版では、以下のように変えたのです。

「(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである」

恩藏直人|早稲田大学 商学学術院 商学部 教授
早稲田大学商学部を卒業後、同大学大学院商学研究科に進学。助手、専任講師、助教授を経て、1996年より教授。早稲田大学商学部長、商学学術院長、理事などを歴任。現在、早稲田実業学校学校長、公益社団法人日本マーケティング協会理事長。日経文庫『マ―ケティング』のほかに、多くの著作がある。

——「顧客や社会と共創する」「持続可能な社会を実現する」とあるように、経済合理性だけでなく社会的な視座を盛り込んだわけですね。

恩藏氏:かつてマーケティングは「喜ばれる製品やサービスを、いかにして顧客に提供するか」に焦点が置かれていました。日本には、1950年代後半にアメリカからマーケティングの概念が入ってきて、大学でマーケティング論が本格的に学ばれるようになったのは、1970年代です。そのころのマーケティングは、「市場調査」や「プロモーション」が中心となっていました。

当時、「弊社はマーケティングが弱い」というと、ほとんどが「営業力や販売力が弱い」という意味でした。つくれば売れる高度経済成長期において、「マーケティングはバリューチェーンの下流の部分」という意識が根強かったのだと思います。

——しかし、時代が変わったのですね?

恩藏氏:そのとおりです。2000年から2010年にかけて、世の中がネット社会に移行したことが大きな要因です。インターネットを介して誰もが発信できるようになり、コミュニケーションの量も質も変わりました。シェアリングやクラウドファンディングなどデジタル技術を生かしたビジネススキームも増え、企業は顧客に対して、製品・サービスを一方的に販売する関係ではなく、共に価値を創造する「共創」関係になりました。

ほぼ同じタイミングで、地球の温暖化や資源の枯渇といった社会課題もより表面化し、危機感が高まりました。SDGsやESG経営に見られるように、製品やサービスのみならずビジネスプロセスにおいても持続的な社会に貢献することが、企業や組織に欠かせない姿勢となったわけです。いわば、川下だけではなく、川上からすべてのビジネスプロセスにおいて、こうした視座のもとで価値を描き出さなければならなくなったといえます。

徳田泰幸(以下、徳田):フィリップ・コトラーが提唱して、先生が監訳された『コトラーのマーケティング3.0』にある、「利益追求ではなく社会的貢献を果たす人間志向のマーケティングの時代だ」という話と重なりますね。

恩藏氏:そうですね。先ほどの「我が社はマーケティングが弱い」というと、かつては「販売力が弱い」であったわけですが、近頃は「世の中に価値を提供する力が弱い」という意味に変化してきているのです。

——時代やマーケティングの変化とともに、その手法もアップデートされる必要がありそうですね。

恩藏氏:はい。例えば、私が若いころは「戦略論」が花盛りで、マーケティングといえば、フレームワークによって市場を分析し、競争優位を狙うことが主でした。それらはエビデンスが弱く、限られた調査や事例から導かれた「ストーリー」にとどまっていました。

しかし、いまは違います。デジタル化がもたらす定量的なビッグデータを使えば、顧客行動を精緻に分析し、企業活動のあらゆる側面を浮き彫りにできるのです。

——定量的なビッグデータを使うことで、マーケティングの精度が飛躍的に高まるわけですよね。

恩藏氏:そうです。例えば、行動経済学というジャンルがあります。人間の行動にフォーカスした経済学の1つで、心理学と経済学をあわせたようなものですが、コトラー教授は姿を変えたマーケティングであると述べています。よくECサイトで、同じものをセット販売で安く売ることがありますよね。衣料用洗剤を「4袋16ドルで販売する」といった具合に。この4袋セットを、1セット=16ドルの場合と、1セット=15.3ドルの場合、実際にどちらがより売れると思いますか?

——より安い15.3ドルの方でしょうか?

恩藏氏:ところが、1セット=16ドルの方が売れるんですよ。なぜなら、16ドルだと端数がないため、1袋が4ドルだと瞬時に計算できます。すると消費者は情報を処理しやすくなる。瞬時に、「1袋当たり4ドルなら安いな」とか「1袋で4週間は持つから、4カ月は衣料用洗剤を買う必要がなくなる」などと思いを巡らせられるので、「これは買いだな」と判断しやすくなるのです。ところが、15.3ドルだと、端数があって、1袋当たりの値段を把握しにくい。するとその先の情報処理が滞り、購入後のイメージが浮かびづらく、手が伸びづらくなるのです。

——なるほど。面白いですね。

恩藏氏:こうした分析は、いまはECサイト上のデータからも検証できますよね。ABテストのように、1袋のセット販売でどちらが売れたかを精緻なデータ分析として導出できる。精度の高いデータ分析をひも付けることで、これまでの「ストーリー」にとどまらない、人々の行動にもとづいたマーケティングが可能になるのです。

コトラーによれば「マーケティング1.0」は製品志向、「2.0」は顧客志向がキーワードでした。そして徳田さんがおっしゃったように人間志向の「3.0」、その先のカスタマージャーニーに着目した「4.0」、さらに直近の「5.0」は「デジタルを活用することで、さらに人間志向を実現させられるようになった」と説いています。

——徳田さん、そう考えると、マーケティングにおいてデータ活用の意義は高まるばかりといえそうですね。

徳田:そう思います。私が所属するNTT Comのマーケティングインテグレーション推進室では、データ利活用によるマーケティング支援を行っています。顧客の動きを把握・分析し、施策につなげる際に、ユーザーの特性をいかにファクトベースで捉えるかが重要になります。

徳田泰幸|NTT Com マーケティングインテグレーション推進室 室長
法人営業を15年経験後、新規開拓営業組織の事業戦略担当を経て、2019年にイネーブルメント機能として社内組織であるData.Camp®を立ち上げる。2020年から3,500名の大手法人営業部隊のセールス・マーケティング戦略を担当し、2024年7月からはお客さまのデータドリブンセールス・マーケティング領域の推進に対する支援・コンサルティング業務に従事。国内企業全体のイネーブルメントの発展と底上げを目指し、関連イベントにて多数講演。著書に『セールス・イネーブルメントの教科書』(イースト・プレス)がある

もっとも、マーケティングに活用するにしても、データそのものが精緻で本当に使えるものでなければ、意味を成しません。我々はNTTドコモとの法人業務の統合を経て、2022年から約1億人のドコモ会員の方々の行動データを、秘匿性を担保した上で活用するエコシステムを構築しています。同時に、NTT Comとして法人営業をするなかで、BtoBのデータ利活用のノウハウも積み上げてきました。マーケティングにおけるデータ利活用では、一定のアドバンテージがあると自負しています。中でも、我々がいま期待しているのがIoBデータの利活用なのです。

IoBデータがもたらす価値とビジネス活用

この記事は OPEN HUB BASE 会員限定です。
会員登録すると、続きをご覧いただけます。
この記事の評価をお聞かせください
低評価 高評価
必須項目です。
この記事の感想があればお聞かせください