Partnership with Robots

2023.09.20(Wed)

吉藤オリィ×藤元健太郎
遠隔操作ロボット「OriHime」に見る、社会課題への“脱効率的”アプローチ

#AI #ロボティクス
OPEN HUBのウェビナー「有識者が本気で挑むワークショップ『人とロボットが共生する社会』のためにおこなうべきことは?」(6月26日より公開中)に揃って登壇した、オリィ研究所 所長の吉藤オリィ氏と、OPEN HUB CatalystでD4DR代表取締役社長の藤元健太郎氏。

今回は、吉藤氏の取り組みとしてウェビナーでも紹介された東京・新日本橋にある「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を藤元氏が訪れ、対談を実施。吉藤氏が開発した遠隔操作ロボット「OriHime」が接客する「分身ロボットカフェ」がもたらす価値や、ウェビナーで交わされたトークセッションの内容などを振り返りつつ、お二人が考える「人とロボットが共生する社会」を実現するためのポイントについてお話を伺いました。

目次


    「また会いたい」が新たな価値になる

    ――新日本橋にある「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」では、ALS(筋萎縮性側索硬化症)をはじめとする難病や、さまざまな理由により外出困難な方々が、遠隔操作ロボット「OriHime」の“パイロット”として自宅から遠隔操作してスタッフ就労し、接客やコーヒードリップを行っています。藤元氏は今回が2度目の訪問となりました。

    藤元健太郎氏(以下、藤元氏):今日も多くのお客さんでにぎわっていて、ロボットと一緒に写真を撮ったりおしゃべりを楽しんだりしていますね。とても心地良い空間ですが、オリィさんはこのカフェを設計するうえでどんなことを意識されたのでしょうか。

    吉藤オリィ氏(以下、吉藤氏):心地良い空間というのは、ただ内装を工夫すればいいというわけではなく、そこで働く人たちや集まってくるお客さんの雰囲気など、さまざまなものが組み合わさってつくられていくものだと思っています。

    同じように分身ロボットカフェでも、「あのロボットに会いに行きたい」「パイロットの〇〇さんとまた話したい」など、ここにしかない価値を感じてもらえるような空間づくりを我々は目指しています。

    吉藤オリィ|株式会社オリィ研究所 所長
    小学5年~中学3年まで病気から不登校を経験。高校時代に電動車椅子の新機構の発明を行い、国内外のさまざまな科学コンテストに入賞。その際に寄せられた相談と自身の療養経験から「孤独の解消」を研究テーマとする。早稲田大学にて、2009年から孤独解消を目的とした分身ロボットの研究開発に着手。2012年、株式会社オリィ研究所を設立。分身ロボット「OriHime」、ALS等の患者向けの意思伝達装置「OriHime eye+ Switch」、全国の車椅子ユーザーに利用されているバリアフリーマップアプリ「WheeLog!」、外出困難者が遠隔操作ロボットで接客する「分身ロボットカフェ」などを開発。同プロジェクトは2021年度の「グッドデザイン賞」15000点の中から最高賞であるグッドデザイン大賞に選出された

    藤元氏:人とロボットが心地良く共生するということですね。

    吉藤氏:そうですね。「コーヒーを飲む」というだけで多くの選択肢がある中でも、ロボットのおかげで「あの人がいるからまた行きたい」と思ってもらえる状態をつくることができる。これを「関係性の構築」と表現するならば、これからは「関係性経済」の時代になっていくのではないかと感じています。

    藤元氏:「関係性」の付加価値が経済の原動力になると。2021年のオープンから2年が経ち、どのような変化を感じますか。

    吉藤氏:現在は70名ほどの外出困難者の方々が“パイロット”として働いているのですが、ここで働くことにやりがいを感じてくれていて、自分で接客するだけでなく後輩を指導したり、トレーナーに昇格したり、ここでの経験を活かして次の企業に就職するなどステップアップしているメンバーもいます。

    藤元氏:就労できずにいた人たちが、OriHimeのおかげで楽しく仕事ができる。それは素晴らしいことですね。今日は海外のお客さんが半数以上を占めていますが、OriHimeのパイロットも英語で対応されていました。

    ネームプレートにはパイロットの名前と居住地が。OriHimeは自宅からのタブレット操作で動き、身振り手振り付きで会話ができる。海外からも注目を集め、外国人観光客で満席となる時間帯も

    吉藤氏:はじめは「英語!?無理です!」と言っていた人も多かったのですが、外国人観光客の増加で学ばざるを得ない状況になってきて、皆さん自宅にいるので目の前にカンニングペーパーを貼りまくって(笑)。そうやって接客をしているうちに、だいぶ慣れてきたようです。

    藤元氏:配膳のほか、食事席では各テーブルに備え付けられたOriHimeと会話を楽しめたり、バリスタをするOriHimeや、バーカウンターで接客する「スナック織姫」など、新たな展開も増えましたね。

    吉藤氏:テレバリスタは、外出困難になる以前にコーヒーショップで働いていたパイロットが遠隔操作で同じようにコーヒーを煎れることができるように、パイロット、ロボットメーカーの企業と合同開発しました。

    お客さまもOriHimeを通して彼らとコミュニケーションできることを楽しんでくれていて、中には退店後にパイロットとSNSで交流したり、新しい別のお仕事をパイロットに依頼したりしてくれる方もいるようです。

    自分が寝たきりになったら、どう働く?

    藤元氏:そもそも「分身ロボットカフェ」は、どのような経緯で始まったのでしょうか。

    吉藤氏:長年引きこもっていた人や一度も社会に出たことがない人にとって、いきなり就職をする、あるいはテレワークで頭脳労働するというのは非常にハードルが高いことです。一方、自宅にいながらロボットを介して働くというのは比較的スタートしやすいのではと考えました。テレワークに接客や肉体労働を組み合わせてみたらどうか、と発想したことが第一歩となっています。

    藤元氏:そのアイデアを、テレワークが定着するコロナ以前から考えていたんですね。

    吉藤氏:ええ、構想し始めたのは2016年ごろからです。寝たきりになってしまった親友と一緒につくっていたのですが、「いつか体を動かすことができなくなった時、自分が働きたいと思えるものって何だろう?」ということを考えながら形にしていきました。

    「OriHime」で外出困難な人の働き方を変えていけるのか、その働き方はキャリアになり得るのか。この2点を意識して実証実験を続けてきて、いずれにおいても確かな手応えを感じています。

    藤元氏:世の中に与えたインパクトも相当大きいでしょう。

    吉藤氏:わずか数年前まで、「寝たきりの人は働けない」「将来動けなくなったら絶望しかない」といわれていましたが、分身ロボットカフェを始めてから、「将来寝たきりになったらこんな働き方もありだよね」という提案ができているような感覚があります。

    役に立っている実感を誰もが持てる「適材適所社会」実現のために

    ――先日のウェビナー「有識者が本気で挑むワークショップ『人とロボットが共生する社会』のためにおこなうべきことは?」では、お二人をはじめさまざまな分野の有識者が集まり、「人とロボットが共生する社会」を実現するために乗り越えるべき障壁や課題を明らかにしていきましたが、当日のお話で印象に残っているものはありますか。

    藤元氏:「人とロボットが真に共生している社会の理想像は?」という問いに対し、オリィさんが出した「適材適所社会」という答えがすごくしっくりきました。AIが進化しロボットの活用が進んだ未来の中で人間にとって重要なのは、「自分は誰かの役に立っている」という実感を持てるかどうか、だと考えています。

    藤元健太郎|D4DR株式会社 代表取締役社長
    野村総合研究所を経てD4DR株式会社代表。1993年からeビジネスに取り組み、広くITによるイノベーション、新規事業開発、マーケティング戦略、未来社会シナリオ作成などの分野でコンサルティングを展開。スタートアップ経営にも参画。関東学院大学非常勤講師。日経MJ、Newsweek日本版でコラム連載中。近著は『ニューノーマル時代のビジネス革命』(日経BP)。2015年からNTTコミュニケーションズ共創プログラムのコーディネーターとして活動

    吉藤氏:あるALSの患者さんは、友人たちの勧めで視線入力で寄付金型のオンラインサロンを開催されていました。私を含めその方のことが大好きな友人たちは喜んで参加していたのですが、ある時、やめてしまわれました。理由を聞くと、「自分が役に立っている実感がないのにお金をもらい続けるのは申し訳ないし、しんどい」と。

    我々はただその方が好きで、いわば“推し”にお金を使っていただけ。けれど、その方からすれば、お金をもらうことを負担に感じてしまい、施しを受けているような気持ちだったのかもしれません。

    このエピソードを踏まえていえるのは、この先のAI時代において大事なのはやはり関係性ではないか、ということです。誰かの役割を勝手に奪うことなく、誰もが「役に立っている」という“実感”を持てることが重要で、そのためには、「ここはぜひあなたにお願いしたい」という役割や関係性をいかにつくれるかがポイントだと考えています。

    藤元氏:「人にはそれぞれ神から与えられた役割がある。だから他人の仕事を奪ってはいけない」という西洋的な価値観にもとづけば、例えばゴミが落ちていても、それを拾う仕事をしている人がいるのだから拾ってはいけない、という考え方もできますよね。「ロボットは人間の仕事を奪うのか」という議論も、こうした観点から考えてみるのも面白いかもしれません。

    吉藤氏:そうですね。日本に限らないことですが、能力や経験を持った「できる人」に仕事が集中して、そうでない人は成長する機会さえ与えてもらえない、つまり役割が一部の人に独占されてしまうということが起きたりしますよね。しかしこれは、超高齢化社会を迎えている日本にとって非常に大きなリスクだと思っています。

    なぜなら役割というものは、有限であり、大きな価値だから。リソースが限られているならば、それを「いかにうまく配分するか」が重要です。だから私は、ロボットを使うことで、ロボットに人の仕事を代替させるのではなく、これまで役割を発揮できなかった人のできることを拡張し、誰かに頼られ、必要とされる社会をつくっていきたいと考えています。

    完璧でないロボット、人間臭いロボットの魅力

    藤元氏:2023年7月にOPEN HUB Parkで3日間にわたり開催した「人とロボットが共生する社会でのビジネスチャンスを考えるワークショップ」というイベントで、私はファシリテーションを務めたのですが、これからのロボットのあり方について考える際、「効率性」と「優しさ」という2軸を両極として議論をしました。

    「人とロボットが共生する社会でのビジネスチャンスを考えるワークショップ」より。20名以上の参加者が集い、Catalystの助言を受けながら、ロボットと共生する社会におけるビジネスアイデアを出し合った

    「OriHime」に関しては動くスピードが決して速くはないので、その点で効率性が高いとはいえないかもしれませんが、そこが魅力のひとつになっていますよね。注文したメニューを持ってゆっくりと近づいてくる姿を見つけると、「あ、来た!」とワクワクします。

    もちろん技術的にはスピードを上げることもできると思うのですが、オリィさんはどんな設計思想を持ってそうした仕様にされたんですか?

    吉藤氏:人間による接客を考えてみると、完璧な笑顔でまったく無駄も隙もない、超人的なコミュニケーションが「良い接客」とされる場面が多かったように思います。

    ではそれをロボットで再現したらどうでしょうか。ある時、接客業の経験がある方が「OriHime」のパイロットを務めたところ、あまりに完璧なしゃべり方だったため、周囲の人が「これはAIだ」と勘違いして、途端に興味を失ってしまいました。

    また、私が体調が優れない時に「OriHime」を使ってイベントに登壇したことがあるのですが、AIではなく人間による遠隔操作だと伝えなければという時に思いっきり咳き込んでしまったら、「中にいるのは人間だ!」と伝わったらしく、一瞬で観衆に受け入れられました(笑)。

    ここから分かるのは、人間による非人間的で完璧なコミュニケーションは良しとされるのに、ロボットの見た目で中身が非人間的だと、ただのAIロボットとみなされ価値が下がってしまうということです。見た目はロボットでも、中の人が方言でしゃべったり、人間臭いコミュニケーションをとったりしたほうが、不思議と相手は心地良く感じるのです。

    「OriHime」もロボットとしての見た目は統一されているのに、パイロットの人間臭さがしゃべりや動きから感じられますよね。それが相手との距離を近づけているのではないでしょうか。

    藤元氏:なるほど、それは興味深いです。

    吉藤氏:もし見た目だけで非常に情報量の多い人が目の前に現れたら、私たちは表面的なことだけで「この人はこういう人だ」と判断してしまいがちで、その人が本当はどんな人なのか、あまり想像を膨らませることはしないでしょう。一方、最初の情報量が少ないと、どんな人なのか何となく気になりますよね。

    相手を理解することを「優しさ」と定義すると、ロボットの設計においても、そのロボットと対峙する人が想像を膨らませ、見えているものの先までを「見出すこと」ができるかが重要なのだと考えています。

    藤元氏:情報の引き算をする、という発想ですね。

    吉藤氏:そうですね。情報化社会において情報は多ければ多いほど良いという風潮がありますが、私は果たしてそうだろうかと。

    藤元氏:ミュージシャンの方が同じことを言っていました。素人は音をいっぱい詰め込むけれど、プロは引き算して、足りない情報量を聞き手に埋めさせることを最初から意識して音楽をつくるのだと。

    吉藤氏:最初から完璧なものって、相手が想像力を働かせようとする余地すらないんですよね。先ほどパイロットたちが英語を習得した背景をお話ししましたが、実はエンジニアとは英訳アプリを開発していました。「OriHime」を介して日本語で話すと自動で英訳され、お客さまが話す英語は日本語になって聞こえてくる、というものですが……海外の友人たちに試したら不評でした。

    「日本にもこのカフェにも完璧さを求めて来ているわけじゃない。むしろ片言でも、英語でしゃべろうとしてくれている気持ちを想像できることのほうが重要だ」と。とても大きな気づきをもらいました。

    藤元氏:これからますますロボットのバリエーションは増えていくでしょう。見た目は無機的だけど中身は人間っぽいもの、見た目も人間っぽいものなどが混在して、人との距離感もそれぞれで違う。そうした時に、この業種にはこの距離感が合っている、あっちの業種にはこっちが良いというように、最適な距離感や関係性を見つけることが大事になってくるのではないでしょうか。

    吉藤氏:もしロボットを100年持続させたいのなら、そこに愛着が持てるかどうかがポイントですよね。重要なのは、機能や効率性だけで戦おうとしないことだと思います。

    社会課題をエンタメ化して“うねり”を起こす

    藤元氏:今日カフェに来て改めて面白いと思ったのが、「OriHime」の動くルートがきっちりとは決まっていないことです。床にナビゲートテープが貼ってあり、その上を自動で進むロボットもいれば、テープから外れてショートカットしてくるロボットもいて。パイロットの判断で、その時の状況に応じて使い分けることができますよね。このシステムは一体どこから着想を得たのでしょうか。

    吉藤氏:私は敷かれたレールの上を行く人生がキライなもので(笑)、パイロットにも同じような人もいるだろうなと思ったのです。レールに乗っても、外れてもいい。どちらかだけしか選べない、というのは違うと思っていて。安全性の確保は前提ですが、そのうえで自由に動ける余地が大事だと考えています。

    実は床のテープは点字ブロックのような役目も果たしていて、「ここはロボットが通るんだな」とお客さんが理解して荷物を置かないように注意したり、ロボットが近づいてきたら道を開けてくれたりと、何も言わなくても理解してくれるんです。

    藤元氏:これは社会実装における大きなヒントになると思います。人とロボットの共生においてもD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)は大事な考え方で、この空間はまさにD&Iを体現しています。人もロボットも共存していて、動き方も自由でいい。選択肢が多く用意されているなと感じます。

    吉藤氏:テープなんて貼らないで自由に動けるようにした方がいいじゃないか、という考え方もあると思いますが、レールがあって、たまに外れることができるようにしておいたほうが、結果としてロボット同士がぶつかったり事故が起きたりすることも回避できます。

    同じレールの上を走る2台のロボットが近づいてきて、「そのまま進んだらぶつかるのでは!?」というシーンも時々あるのですが、それもあえて余白を残しているから起きること。パイロットの操作で回避することで、お客さんもホッとして自然と笑顔になっています。

    パイロット同士が配慮し合って衝突を回避。来店客もその様子を眺め、「効率」よりも「優しさ」を感じる時間が生まれている

    誤解を恐れずにいえば、皆が平等で公平である、ということも良いけれど、ロボットも、それから空間や都市をつくる時も、いろんな選択肢があるほうが良いと思っています。「OriHime」というロボットに関してはあくまで乗り物だと考えていて、人もロボットも、互いに心地良い状態でいられることが大事だと考えています。

    藤元氏:これからはロボット同士の関係性についても、考えていく必要がありますよね。大きさや硬さが違うロボットが街中に溢れたらどうなるか。人とロボットだけでなく、ロボット同士の関係性の設計も重要になってくると思います。

    吉藤氏:街がどんどん変わっていくように、このカフェもあえて完成させないようにしています。新しいシステムを入れたらトラブルが起きるかもしれないけれど、「失敗もコンテンツ」と考えて、パイロットたちと一緒に試行錯誤を楽しんでいきたいと考えています。

    藤元氏:「楽しさ」は大切ですよね。社会的に意義のある試みも、真面目に取り組むだけでは浸透していかない難しさもある。社会課題への取り組みをエンタメ性のある形で実現していて、分身ロボットカフェは社会実装のお手本だと思います。

    吉藤氏:超高齢社会や孤独といった社会課題へのアプローチは“皆で真面目に考えなければならない”ものですが、できれば誰もが考えたくない、目をそらしたいものでもありますよね。そんな流れを変えるきっかけになるのは、研究所でも科学館でもなく、誰でも気軽に楽しめるオープンな場所、例えばこんなカフェではないでしょうか。

    我々ももちろん真面目に取り組んでいますが、その中にどう楽しさや不真面目さを取り入れて敷居を下げていくか、エンタメ化していくかを真剣に考えています。社会課題に向き合っていくためには、うねりを起こしていかねばなりません。「世界一失敗するカフェ」と発信している通り、どんどん失敗して、チャレンジを続けていきたいと思います。

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