Carbon Neutrality

2023.12.08(Fri)

水田のメタン削減とJ-クレジット創出で、農業をサステナブルに(後編)
新潟の生産者とNTTグループが刻んだ希望の一歩

#共創 #データ利活用 #事例 #環境・エネルギー #地方創生 #IoT #サステナブル

#37

近年、水田から発生する温室効果ガスの削減に向けた研究が進んでいます。田んぼの水を抜いて稲の成長を調整する“中干し”期間を直近2か年以上の平均より7日間以上延ばすと、温室効果ガスの一種であるメタンの排出量を約3割削減できることが確認されています。2023年4月農林水産省は、中干し期間を延長してメタン排出の削減に寄与すると、金銭価値に置き換えられる「J-クレジット」が得られる認証制度をスタートしました。

後編では、中干し延長の取り組みに挑むパイオニアとして、新潟県の津南町にて行った取り組みをご紹介。農業法人 麓(ろく)の瀧澤武士氏と、ドコモビジネスソリューションズ 新潟支店(以下、新潟支店)の臼井満と波多野竣介、そして本プロジェクトを統括するNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)の水島大地に、新米が並ぶ麓の事務所で話を聞きました。

経験や勘が通用しない気候変動。データ活用は農業を支える

前編はこちら

—もう収穫を終えられたのですね(9月中旬取材)。いつもこのくらいのタイミングなのでしょうか。

瀧澤武士氏(以下、瀧澤氏):今年の新米の収穫は、未曽有の暑さによる影響で、例年より10日以上早くなりましたね。お米の収穫時期というのは、天候不順の年でも2、3日しかずれないものです。穂が出てから日平均気温を足していき、積算1,000度が収穫の目安とされる中で、今年はいつもよりかなり早い時期に達してしまいました。ちょうど今日、事務所の1階に品質検査の方が来ていて、僕らのお米は今年も無事にすべて1等米でしたが、すでに検査の終わった他の地域からは1等米がほぼ出ない異常事態だと聞いています。

瀧澤武士|株式会社麓 取締役
津南町出身。東京のスポーツメーカーに就職した後Uターンし、同郷の友人たちと持続可能な農業のために、株式会社麓を設立。農業を中軸に、多角的な事業展開を行っている

各地域の振興局が圃場(ほじょう)に設置した測定機のデータから「積算温度」がわかるので、僕らは有効に活用させてもらっています。刈り遅れるとお米が白濁して2等米、3等米になってしまうんです。日数や穂の色だけで判断するようなやり方では、結果からいってうまくいっていない。あまりに気象が変わってしまったために、長年の経験や勘だけではどうしようもなくなっているというのが本音です。

一緒に課題を解決して、付加価値のあるビジネスモデルを

—どのようにして本取り組みを、瀧澤さんとすることになったのですか。

臼井満(以下、臼井):私たちドコモビジネスソリューションズ新潟支店は、生産者さんの高齢化や担い手不足に対するご支援や、品質と収量を上げるソリューションとして農業のデジタルトランスフォーメーションを促進しています。NTT Comのソリューションには、圃場の環境を把握するIoTセンサー「MIHARAS®(ミハラス)」や、得られたデータを加工・分析して表示する「MIWATAS®(ミワタス)」があります。他にも水門を遠隔やタイマーで制御できるシステムや、既存の除草ロボットの頭部に画像認識機能を搭載させて圃場を走らせるもの、ドローンを飛ばして草刈りの必要な場所やタイミングがわかるものなどがあり、今回の中干し期間延長の取り組みにもこれらの技術をベースに活用しています。

臼井満|株式会社ドコモビジネスソリューションズ ソリューション営業部 新潟支店 地域DX推進担当 担当課長
法人向け直営アカウント営業担当として、自治体・建設・不動産・鉄道・運輸/金融業等の法人のお客さまに寄り添い、モバイルやオープン系システムを構築し、数々の経営課題を解決してきた。現在は、新潟地域の課題を解決すべく、協創案件を創出するチームのリーダーとして、メンバーと共に、地域の方々に寄り添い続けている

水島大地(以下、水島):本事情の企画はNTT Comで立案して、支店さんや企業さんにお話ししていきました。「J-クレジット」は省エネ設備や再生可能エネルギーの導入によって得られた、温室効果ガスの削減・吸収量を「カーボンクレジット」として市場に流通させる制度です。つまり、空気の売買ということになるので、なかなかご理解いただけないことも多いのですが、新潟は脱炭素に関して先進的な取り組みをされてきた実績があり、時流に対する感度も大変高い地域です。新潟支店は日頃から生産者さんと接する機会が多く、本プロジェクトで瀧澤さんと先行着手できたのも、そういった下地があったおかげではないかと思っています。

水島大地|NTT Com ビジネスソリューション本部ソリューションサービス部 ICTイノベーション部門
NTT Comに入社後イノベーションセンターにてエッジコンピューティング技術を活用した「SDPF Edge®」サービスのリリースに携わる。現在はGXをテーマに、農業におけるカーボンクレジット事業の立ち上げに従事。脱炭素社会の実現、地方創生など複数の社会課題解決に取り組む

波多野竣介(以下、波多野):瀧澤さんだから、先陣を切って始められたと思っています。「脱炭素も進めないといけないよね」という声はいろいろな生産者さんからも上がってきているのですが、中干し期間の延長で「J-クレジット」を創出するというのは前例のない試みです。日頃から先進的な取り組みをされている瀧澤さんとでなければ、きっと実現できなかったのではないかと感じています。瀧澤さんと一緒に脱炭素と農業の課題を解決する付加価値をつけたビジネスモデルを作っていきたいという思いで、何度も声を掛けさせていただきました。

波多野竣介|株式会社ドコモビジネスソリューションズ ソリューション営業部 新潟支店 地域DX推進担当
地域が抱えるさまざまな社会課題に対してICT技術を活用した持続可能な街づくりに従事。現在は一次産業・防災・教育・観光を主に地域の課題解決を推進するとともに、サステナブルな社会の実現を目指して、パートナー企業と共創し促進する

「めんどくさい」と思っても、引き受ける意義があった

—臼井さんや波多野さんから本取り組みのお話が来て、瀧澤さんは正直なところどう思われましたか。

瀧澤氏:最初に話を聞いたときには、正直なところ「めんどくさい」と思ってお断りしたんです(笑)。手間がかかるという意味だけじゃなくて、中干し期間を延ばして圃場を硬くすると、品質や収量が落ちないかという不安がありました。でもこういう先進的な取り組みを誰かがやらないと、世の中は変わっていかないという思いもずっとあって。そんな時に「スモールスタートでいいですよ」とおっしゃっていただいたので、「それじゃあ田んぼの一角でやってみよう」ということになりました。

もし中干し期間を延長している途中で想定外のことが起きたら、途中で水を入れるということも想定していました。でも実際にやってみたら、もともと土が持っている水分量が高かった圃場だったこともあって、品質や収量にも、影響は出ませんでした。この取り組みで労力を使ったとか、時間的に大変だったという感想は一切なかったです。

波多野:今回のカーボンクレジット事業には、先ほど臼井が挙げていたMIHARAS®とMIWATAS®、チャットツールの「LINE WORKS」を組み合わせたシステムを導入させていただきました。MIHARAS®はIoTセンサーを圃場に設置するだけで、遠隔で圃場の状態がわかるもので、水見回りの手間を減らし、かつ圃場データを蓄積・分析することができます。

瀧澤氏:データで「見える化」してもらえるというのは、大きいですね。今回のような取り組みでは、僕らの田んぼのデータだけでなく、他の地域の取り組みのデータも「見える化」して世の中に出していくと、多くの人の意識改革につながるのではないかと思います。

具体的な取り組みで導かれると、一歩を踏み出せる

—今回のような取り組みの意義は、どのようなところにあると思われますか。

瀧澤氏:温暖化によって、お米は標高の高いところでしか作れなくなる、米文化はなくなる、などといわれています。品種改良を頑張ってお米づくりは継続できても、「魚沼産コシヒカリ」というブランドは消えてしまうのではないか、本当においしいお米が世の中にどれだけ残るのだろうか、という怖さがあります。国は、農業が目指すべき大きなゴールを示しますが、ゴールに近づくために僕らはどうしたらいいのか、何が「一歩」になるのかがわからないんです。そういう状態の中で、今回のように具体性のある取り組みに導いてくれたときに初めて、これが一歩なんだと踏み出しやすくなります。

波多野:ありがとうございます。カーボンニュートラルは日本で2050年までに達成することが求められていますが、生産者の方々からも「実際に自分たちがどうすればいいのかわからない」という声をよく耳にします。今回の取り組みで得られたデータの分析はこれからになりますが、私たちとしては今後も、「脱炭素」×「農業の課題解決」×「付加価値」というところを目指してご支援させていただき、一緒にサステナブルな農業を共創していきたいと考えています。

瀧澤氏:「付加価値」というのは、まさに大事なキーワードですよね。例えば、2等米や3等米が増えて米の価格が下がったら、生産者の収入が減ってしまうので、国やJAが救済に動いてくれると思います。そうした下支えも必要だけれど、そればかりだと悪循環から抜けられなくなってしまう。地球環境を良くしないとおいしいお米が食べられなくなってしまうという危機感を社会全体で持ち、環境に配慮した生産者の取り組みを付加価値として評価して、国やJAも一緒に前に進むことで初めて、地球環境を変える大きな流れになっていくのではないかと、実際に生産している立場から最も強く感じています。

人にも、環境にも、サステナブルな農業を目指して

—今回のプロジェクト以外にも、瀧澤さんは環境に配慮した農業の取り組みをされていらっしゃいますが、取り組みを続けていくために必要なことは何だと思われますか。

瀧澤氏:環境に配慮した米づくりをしている生産者はいろいろあって、みんな付加価値を上げようとしています。僕らは農薬や化学肥料を使用した、一般的な栽培方法とされる慣行栽培と、新潟県認証の5割減免といわれる農薬と肥料の使用量を規定数の半分にする取り組みをしています。いわゆる日本の有機栽培JAS規格の枠に入らないけれど、無農薬や炭素循環農法といったさまざまな取り組みをしている人もいます。

日本でも近年、環境に対する部分に付加価値を感じて、応援しよう、お金を出そうという方が増えてきているように感じますね。僕らの会社は、廃棄されてしまうような規格外の野菜を使おうと飲食店もつくったのですが、そういう姿勢を新聞などに取り上げられたりすると、お客さんがすぐバーッとたくさん来ます。

臼井:モノの物語が重視され、必要とされる時代になってきましたよね。作り手の生き方を知ったり、背景にあるストーリーに納得したりして、買う人が増えていると感じます。瀧澤さんのような方たちにとっては、追い風になるのではないでしょうか。

瀧澤氏:農業って、農作から経理から何から何まで全部自分たちでやらなきゃいけないとなると、本当にしんどいんですよ。特に津南のような傾斜の多い中山間地域は、平地よりもさらに手間のかかる環境です。この先も自分たちで安心安全なものを作って、人数は減っても同じ面積の土地で食料自給率を上げるか、せめて保とうと思うなら、農業も効率化しないと絶対に無理です。

そのためには、データ分析が必要ですし、ドローンを飛ばして上空からの監視も必要かもしれません。小規模が中心の生産者だけではそこまでできないので、業界を超えて協力体制を築き、一体となって推し進めていくというのが僕らの考えです。高齢になったら農業を全部やめて家族の中で後継者を探す、という今までの生産者のやり方ではなく、高齢になったらうちの社員になってもらって、一番好きな野菜づくりだけを一所懸命やってもらえたらいい。農業を始めたときの純粋な気持ちにもう一度なれるんじゃないかな。

臼井:瀧澤さんのお話を伺っていると、ワクワクしてきますね。環境により良い農業がより楽しいものになるように、私たちも技術やサービスをもっと改良・開発していきたいです。中干し期間延長のようなICT技術を活用した「J-クレジット」創出と流通のご支援をはじめ、生産者さんにとって使いやすいドローン、ロボットなどのご提供や、いろいろな企業さんや自治体さんを巻き込んだ新しい商品開発、情報発信など、NTTグループだからできることを磨いていきます。そういう一歩一歩が、最終的にはカーボンニュートラルやサステナブルな農業という大きなゴールにつながっていったらうれしいですね。

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