Carbon Neutrality

2023.11.29(Wed)

水田のメタン削減とJ-クレジット創出で、農業をサステナブルに(前編)
生産者のパートナー・ヤンマーマルシェとNTT Comが共創プロジェクトに挑む

#IoT #サステナブル #共創 #事例 #環境・エネルギー

#36

PARTNER

ヤンマーマルシェ

夏の一時期、田んぼの水を抜いて稲の成長を調整する「中干し」。農林水産省は2023年4月に、中干し期間を直近2か年以上の実施日数の平均より7日間以上延ばすと「J-クレジット」が創出できる認証制度をスタートしました。「J-クレジット」とは、温室効果ガスの排出を削減、あるいは吸収につながる取り組みを行った証明書となり、「カーボンクレジット」として市場での売買も可能になります。

中干し期間を7日間延長することで、水田から発生する温室効果ガスのメタンを約3割削減できることから、生産者にとっては、カーボンクレジットの売却益を得られるだけでなく、環境への配慮がお米の付加価値となることが期待されています。しかし、7日間の期間延長は簡単ではなく、圃場(ほじょう)の土質などによっては水稲の品質や収量に影響を及ぼす可能性があります。さらにはデータの記録や申請手続きなど、実現にあたりいくつものハードルがあります。

そこで注目されるのが、ICTの提供などで農業をサポートする支援事業者の役割です。前編では、初年度の取り組みに共同参画したヤンマーマルシェの井口有紗氏と、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)の水島大地、長谷川あおいに、このプロジェクトへの思いと共創を通して見えてきた可能性や今後の展望を聞きました。

目次


    水田センサーを導入することから、共創プロジェクトへ

    —今春認証されたばかりの「中干し期間の延長によってJ-クレジットを創出する」という取り組みに、ヤンマーマルシェとNTT Comが共創プロジェクトとしてチャレンジすることになった経緯を教えていただけますか。

    井口有紗氏(以下、井口氏):私たちは農業機械メーカーとして農業機械を販売していくときに、生産者の方から「農産物の売り先に困っている」という課題をいただくことが非常に多くあります。そのような生産者さんのために、ヤンマーグループは10年ほど前から新規事業として、農産物の販売や商品化に取り組んできました。特にお米は相場が大きく変動する品目で、取引価格が再生産価格を大きく下回ると経営は打撃を受けてしまいます。そこで種をまく前に再生産価格で契約を行い、経営の柱に使っていただこうという契約栽培事業を8年ほど前から行っています。

    井口有紗|ヤンマーマルシェ株式会社 フードソリューション部 農産グループ
    2013年、東京農工大学大学院修了(農学部農業環境工学専攻)、同年、ヤンマー株式会社入社。アグリ事業本部開発統括部開発実験部でトラクター開発、ヤンマーアグリイノベーション株式会社で新規事業担当、ヤンマーマルシェ株式会社商品部で自社オリジナル商品の開発営業担当などを経て現職

    お米の品質や収量は、気候変動などさまざまな要因によってどうしてもバラつきます。これらを何とか安定化させられないかと、水田の水管理や栽培肥料設計などのデータ管理が可能なツールを探していたところ、NTT Comさまから「MIHARAS® (ミハラス)」という農業用IoTセンサーのご提案をいただき、そこから今回の取り組みにつながっていきました。

    水島大地(以下、水島):私たちNTT Comは、環境問題へのソリューションとしてグリーントランスフォーメーション(GX)を軸にさまざまな新規事業を進めています。中でも「環境問題×農業」、「環境問題×食」は、地域の脱炭素問題だけでなく地方創生や生物多様性など、複数の社会課題にアプローチできるのではないかということから注力しているテーマです。

    水島大地|NTT Com ビジネスソリューション本部ソリューションサービス部 ICTイノベーション部門
    NTT Comに入社後イノベーションセンターにてエッジコンピューティング技術を活用した「SDPF Edge®」サービスのリリースに携わる。現在はGXをテーマに、農業におけるカーボンクレジット事業の立ち上げに従事。脱炭素社会の実現、地方創生など複数の社会課題解決に取り組む

    ヤンマーマルシェさまには、スマート農業を推進して営農支援を効率化していく、という狙いでMIHARAS®️をご導入いただいたのですが、せっかくデータを取るのであれば温室効果ガス削減にも生かせるのではないかと考え、プロジェクトのお声掛けをさせていただきました。今回の中干し期間延長の取り組みには、農業の知識や生産者さんとの接点を豊富に持っていらっしゃるヤンマーマルシェさまのお力が欠かせません。

    ヤンマーマルシェとNTT Comによる本プロジェクト共創イメージ

    —具体的には、どのような技術やサービスを提供されるのでしょうか。

    水島:私たちがご提供しているのはIoTセンサーMIHARAS®と、MIWATAS®(ミワタス)で取得したデータが自動的に連携するアプリです。アプリでは中干しの情報や水田の水位の変化を示すデータの他に、実施場所や水門の開閉記録など「J-クレジット」の発行申請に必要な情報をとりまとめて一元管理できます。また、情報管理だけでなく「J-クレジット」申請の手続きや、取得した「J-クレジット」の流通手続きなど、煩雑な業務についてもNTT Comが代行する予定です。生産者さんにとって一番大きな収入源であるお米の取引や流通については、これまでの実績をお持ちのヤンマーマルシェさまにメインでお願いしています。 

    「MIHARAS®」(資料左)は、圃場にICTセンサーを刺して地温・水位・水温・湿度・気温などのデータを取得し蓄積、見える化するシステム。遠隔で確認できるため、水見回りの手間を減らせる

    ヤンマーマルシェが伴走してくれるなら、生産者の方々も「やってみようかな」と

    —今回の取り組みの主役であるお米の生産者の方々は、どのようにして選定されたのでしょうか。そして声を掛けた生産者の方々は、どのような反応をされましたか。

    井口氏:ヤンマーマルシェには現在190軒の契約生産者さんがいらっしゃるのですが、初年度の今回は、滋賀県の1軒と福井県の4軒に参加していただきました。両県は私たちにとって特に長年信頼関係を築いてきた重点産地で、その中でも中干し期間の延長ができそうな圃場で、モデルケースにしたい生産者さんにお話を持ちかけました。それぞれの経営方針によって反応も違ったのですが、もともと「J-クレジット」に関心があって情報入手の早い方は、「ヤンマーマルシェさんがそういうサービスをやるのであればやってみたい」とおっしゃってくださいました。これまであまり関心のなかった方には、環境に配慮した取り組みが求められているというお話をして、「新しいチャレンジをしてみるのもいいな」と前向きにご賛同いただいております。

    毎日、自然を相手にしている生産者さんに対して、SDGsといった抽象的なキーワードを表面的に並べても心を動かすのは難しいです。表面的に説得するのではなく、事実をお伝えして丁寧に説明することを心がけました。全員に共通していたのは、中干し期間を延長することで収穫量や作物の品質に悪影響を及ぼさないか心配だという点と、ヤンマーマルシェが一緒にお米を作る気持ちでずっと伴走するという姿勢を見ていただいて「それだったらやってみようかな」と思ってくださったことです。

    —前例のないプロジェクトに挑んでみて、現時点でどのようなことを感じていらっしゃいますか。

    井口氏:中干し期間の延長中は、天候や根張りの状態を見つつ、生産者さんの他の作業と調整しながら二人三脚で進めていきました。実際に刈り取るまで私も気が気ではなく、収穫前は何度も田んぼに足を運んでいたのですが、結果的に収穫量に大きな影響がなく安心しました。

    今回のプロジェクトを通して将来性を感じることができたので、これから改善を重ねて少しでも生産者さんの負担や不安を減らしていければと考えています。データの扱いに慣れている方と、そうでない方では必要なサポートも変わってきます。私たちも効率的にできるやり方を模索している状況です。

    厳しい気象下で頑張っている、生産者をもっと応援したいから

    —今あらためてこのプロジェクトの意義は、どのようなところにあると思われますか。

    井口氏:これまで半年間、苦労もありましたが、生産者さんたちから「大変だけどやってみたい」という言葉をいただいたことで、全力で向き合ってこられたと感じています。生産者さんたちが一所懸命作ったお米に、環境配慮米という新たな付加価値がつき、消費者に届けられることに、大きなやりがいを感じていただいています。商品づくりを「やって良かったですよ」「また来年も頑張ろう」と言っていただけるように、今シーズンはあともう少しですが、ベストを尽くしたいです。

    水島:井口さまにはご尽力をいただいて、とても感謝しております。今回のプロジェクトによって得られたフィードバックから学び、皆さんにとってさらに使いやすい仕組みを作っていきたいと思っています。

    私たちにはこのプロジェクトを通して、サステナブルな農業を促進していきたいという思いがあります。“環境”という市場はマネタイズしにくいといわれることもありますが、いろいろな企業さんや自治体さんが参入しやすい環境をつくっていくことが必要で、そのために自分たちがリーティングカンパニーとなって推進していくことがミッションではないかと思っています。

    10月には「J-クレジット」の取引が東京証券取引所で始まりました。まず今回創出した「J-クレジット」を売り切って、この取り組みがサステナブルな農業モデルになることを多くの方に知ってもらえるように発信していき、さらなる普及を進めていきたいです。

    長谷川あおい:今回のプロジェクトのようなアプローチなら、日本の農業を直接応援することができるのではないかと、うれしい気持ちになりました。

    長谷川あおい|NTT Com 関西支社 第三ビジネスソリューション営業部門
    2020年、株式会社ドコモCS関西に入社。23年7月よりNTT Comに出向し、ヤンマーグループとの一次産業におけるサステナブルなビジネスモデルの創出に取り組む

    ICTを活用し、効率的かつ環境に配慮した製法で環境問題の解決を進めながら、作られた物の付加価値を高められるこの仕組みは、稲作に限らず他の第一次産業でも活用できるのではないかと感じています。このスキームが第一次産業全体に広がることで、人材不足の解消や地域の活性化につながるなど、波及効果も期待されます。NTT Comだけでできることではないので、ヤンマーマルシェさまとこれからも一緒に、さまざまな地域の生産者さんのご支援になるような取り組みを実現できたらと考えています。

    井口氏:この1年で農業にとって特に課題だと思ったのは、やはり夏の猛暑の影響です。気候変動が私たちの想像よりもさらに早く進んでいることを実感しています。もう1つは、生産者さんの集約化や大規模化も5年前10年前の予測を超え、効率化の必要性が高まることで、データを活用したソリューションへのニーズも増えています。NTT Comさまとの協業により、お互いの強みやアセットを掛け合わせながら、頑張っている生産者さんたちのご支援になるように伴走していきたいと思っています。

    おいしいエシカル米の価値を高め、持続可能な農業モデルを

    —今後に向けた思いや、将来的なビジョンをお聞かせいただけますか。

    井口氏:ヤンマーグループのミッションステートメントは“A SUSTAINABLE FUTURE”です。もともとはディーゼルエンジンのメーカーで、一滴の燃料も無駄にせず最小のエネルギーで最大の価値を生み出す「燃料報国」という言葉と精神が受け継がれてきました。今回のプロジェクトのようにメタンガスを削減する温暖化対策の取り組みも、この創業の精神にもとづいているものだと思っています。これからも持続可能な農業に貢献できるように、環境に配慮した農業の仕組みを提供して、お米の契約栽培事業をさらに成長させていきたいです。

    水島:私はヤンマーマルシェさまとの出会いがなければ、生産者さんと直接接する機会はこれまでほとんどなかったので、生産者さんのお顔を見て、勉強させていただいて、お茶わん一杯のごはんに対しても産地や品種を意識するようになりました。

    今後は「J-クレジット」の流通プラットフォームを活性化させるために、NTT グループとしてWeb3技術や衛星技術の活用など、最先端技術の掛け合わせも検討しています。「J-クレジット」を創出したお米は、環境配慮米として付加価値が生まれますから、純粋にお米として販売していく一方で、お弁当やおにぎりといった、加工品として販売していくなど環境エシカルな消費を促進していくことも重要だと思っています。

    そのためには、NTTドコモの約9,000万人のdアカウント利用者に向けたプロモーションなど、積極的な情報発信にも力を入れてお客さまとのタッチポイントを増やしていきたいと考えています。今後も提供するソリューションのアップデートを行いながら、農業のご支援になるよう伴走できればと思っています。

    Player

    水島 大地

    Catalyst /Data Scientist

    OPEN HUB
    Issue

    Carbon Neutrality

    脱炭素のために
    デジタルでできること

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