DIVE to METAVERSE

2023.03.08(Wed)

メタバースだからこそできる価値観の共有と共創 OPEN HUB流ウェルビーイング勉強会

#サステナブル

#24

メタバースに期待が寄せられる一方で、それが自分たちの生活や心を本当に豊かにするものなのか、むしろ、それにより直接的な触れ合いが損なわれてしまうのではないか、といった疑問もあるかもしれません。だからこそ、そこで必要とされるのは、誰もが「よく生きる」社会のあり方を見出そうとするウェルビーイングの発想ではないでしょうか。OPEN HUB では、ウェルビーイングな社会を実現する方法論について研究を続けている渡邊淳司を招いて、OPEN HUB Base会員向けに「メタバースで持続的ウェルビーイングは実現できるのか」と題した勉強会を開催しました。実際にメタバースやVRデバイスを使いながら、参加者自身が「ウェルビーイングの実現」を考え、議論したワークショップの様子をレポートします。

目次


    なぜ今「持続的ウェルビーイング」なのか

    勉強会の前半は、NTTコミュニケーション科学基礎研究所の渡邊淳司氏が「メタバースで持続的なウェルビーイングは実現できるのか」というテーマで講義を行いました。ウェルビーイングに関する研究を行う渡邊氏は、メタバースにおけるウェルビーイングの重要性を次のように説きました。

    「コロナ禍で触れ合うことが難しくなった中、メタバースは人と人が身体性を感じ合える1つの場となりました。さらにメタバースでは、物理的な距離や、身体的・文化的な違いを超えて、現実世界では出会うことのない人々がつながることもできます。だからこそ、メタバースではそれぞれにとっての大事なことや“よいあり方”、つまりは、それぞれのウェルビーイングを尊重したコミュニケーションを行うこと、そしてその方法論を確立することが重要になります」

    渡邊淳司|NTT コミュニケーション科学基礎研究所 ⼈間情報研究部 感覚共鳴研究グループ
    人間の触覚のメカニズム、コミュニケーションに関する研究を人間情報科学の視点から行う。また、人と人との共感や信頼を醸成し、ウェルビーイングな社会を実現する方法論について探究している。主著に『情報を生み出す触覚の知性』(化学同人)、『表現する認知科学』(新曜社)、『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために』(共監修・編著.ビー・エヌ・エヌ)がある。

    「それぞれの人にとっての、よいあり方やよい状態」を指すウェルビーイング(Well-being)という概念は、いくつかの視点から分類することができます。1つの分類例として、悪い状態を治療する医学的な視点、瞬間的な感情としての快楽的な視点、包括的にその人の満足や活動を捉える持続的な視点から分類するもの※があります。
    ※参考文献:『Positive Computing』(R.A. Calvo & D. Peters, 2014)(邦訳:『ウェルビーイングの設計論 -人がよりよく生きるための情報技術』、監訳:渡邊淳司、ドミニク・チェン)

    渡邊氏は、その中でも「持続的」ウェルビーイングへの重要性が世界的に高まっていると話します。

    「世界では、経済発展だけでなく、SDGsのような地球全体の持続可能性に関する議論や取り組み、ウェルビーイングといった人の心の豊さを基軸とした指標づくりが広がっています。特に、日本では人口減少や高齢化によって、経済成長だけを目標とすることが難しくなっています。そこでGDPといった経済指標だけでなく、それ以外の指標として、人生の満足度や充実した生き方、ウェルビーイングが取り上げられるようになりました。もちろん、ウェルビーイングの取り組みをどうやってビジネス分野の組織運営や会計と両立させていくかはこれからの課題です」(渡邊)

    コロナ禍で浮上した「スキンハンガー」

    ウェルビーイングへの注目が高まったもう1つのきっかけとしてコロナ禍が挙げられます。コロナ禍では、人と人との直接的なコミュニケーションやスキンシップがはばかられ、「スキンハンガー(Skin-hunger、皮膚接触渇望)」、つまり人々が触れ合えず、心身の健康が悪化する状態が発生しました。そこでもメンタルヘルスという観点から、ウェルビーイングという言葉が取り上げられるようになりました。

    「コロナ禍で人と人との接触機会が失われたことで、人の存在やつながりを身体的に認識できる機会が急速に失われています。自分の研究との関連で言うと、コロナ禍のような物理的な触れ合いが難しい環境では、触覚に関するテクノロジーがウェルビーイングに貢献するのではないかと思っています。

    『触覚』は、現在のオンラインのコミュニケーションにおいて足りていない要素ですが、触覚に関する計測・提示・伝送のテクノロジーによって、視覚と聴覚だけでは感じることができない身体的なつながりの実感を得ることができるのです。そうすることで、物理的な接触が難しい環境でも人と人の間に『わたしたち』という感覚が醸成できると思っています。

    『わたしたち』として協働するためには、何よりお互いに信頼し、尊重し合い、身体的な感覚にもとづく人としての関わりの基盤を構築することが大事です。さらにその上で、それぞれが大事だと思っている価値観について理解し合うことで、個人としての“よいあり方”と、集団としてうまく機能することが両立できるのだと思います」(渡邊)

    「わたしたち」を醸成するための「ウェルビーイングカード」

    勉強会後半のワークショップに向けて、講義の終盤には渡邊らが開発した「わたしたちのウェルビーイングカード」※を紹介しました。これは、ウェルビーイングを理解するための第一歩として、自分や周囲の人たちが「何に対して幸せを感じるのか」ということを言語化するためのコミュニケーションツールです。
    ※わたしたちのウェルビーイングカード:https://socialwellbeing.ilab.ntt.co.jp/tool_measure_wellbeingcard.html

    「ウェルビーイングは、それぞれの人にとって固有のものです。なので、まずそれぞれの人が、自身の『ウェルビーイング』という抽象的なイメージの解像度を上げていく必要があります。

    このカードには、『成長』『価値観の共有』『社会貢献』『自然とのつながり』といったウェルビーイングの要因となるキーワードが書かれており、『I(わたし)』、『WE(わたしたち)』、『SOCIETY(みんな)』『UNIVERSE(あらゆるもの)』の4つのカテゴリに分けられています。

    ワークショップでは、カードの中から自分のウェルビーイングにとって重要な3枚のカードを選んで、それらを選んだ理由をチーム内で発表しあいます。そうすることで、その人がどんなことを大事にしていて、何に幸せを感じるのかをお互いに知ることができます」(渡邊)

    カードを使って、わたしたちとしての「よいあり方」を考えるワークショップ

    渡邊氏から講義と「わたしたちのウェルビーイングカード」の説明を受けたBase会員はワークショップに取り組みます。今回のワークショップでは、6~8名の3つのチームに分かれ、1巡目は「自分自身のウェルビーイング」について、2巡目は「仕事におけるウェルビーイング」、3巡目は「メタバースにおけるウェルビーイング」をテーマに、そのカードを選んだ理由を発表します。

    会員は自分が大切にしているウェルビーイングの要因を一人ひとり発表したあとに、チーム全体のウェルビーイングを実践するためには、どんな方法があるのかを模索していきます。例えば、自身のウェルビーイングについて「社会貢献」のカードを出した人と、「自然とのつながり」のカードを出した人がいるチームでは、「山でのボランティア活動」という取り組みが、そのチームにおけるウェルビーイングをともに実現する一案になりうると気づくことができます。このように「わたし」が大事にしている価値観を出し合い、それらについて対話することで、「わたしたち」のウェルビーイングをともに築くための行動や道筋が導きやすくなるのです。

    対面、メタバース、VRの3つの環境でのワーク

    このワークショップは、通常は対面形式で行いますが、今回は対面、PCを用いたメタバース空間「DOOR」、同じ「DOOR」の空間にヘッドマウントディスプレイで没入するVR空間という3種類の環境でのワークを行うことで、対話の内容が環境によってどのように変化するのかを体験してもらいました。

    対面形式のワーク

    メタバース空間「DOOR」内でのワーク

    「DOOR」にヘッドマウントディスプレイで没入したワーク

    日常生活や普段の職場において「何に幸せを感じるのか」というパーソナルな考えや感じ方を話すことは、心理的なハードルが高いかもしれません。しかし「わたしたちのウェルビーイングカード」にはあらかじめ要因となるキーワードが並んでいることもあって、各チームとも初対面の会員同士であっても対話が盛り上がったようです。ある参加者は「個人的な趣味や関心の先に地球環境とのつながりの可能性を感じられました」と話し、また別の参加者は「年齢を重ね、ライフステージによる価値観の変化から自分自身のウェルビーイングも変わってきていることに気がついた」と話すなど、気づきを得るきっかけにもなったようです。


    また、PCを用いたメタバース空間やヘッドマウントディスプレイを用いたVR空間内での対話では、リアルでの対面とは違う非日常だからこその話しやすさを感じた参加者もいたようです。「メタバースで自分のアバターもつくり変えられるなら、リアル世界での肩書きや属性という壁を取り払った上で、本音で対話することができそうです。そしてそれを承認してくれる人たちとの新しい縁が生まれそうですね」という発言や「メタバースであれば、戦時中のウクライナとつないで現地の人と話をすることもできるのではないか」とテクノロジーが拡張する可能性に期待を寄せる方もいました。

    自身が勤務する企業でウェルビーイングを推進する立場の男性はワークショップ終了後に次のような感想を述べています。
    「ウェルビーイングとはこういう定義のもので、このような状態をめざしましょうと企業や組織がトップダウンで決めてしまうと、ウェルビーイングは実現できないものなのだと思いました。それぞれのウェルビーイングを模索する過程そのものが大事なのだと実感しました」

    メタバースに飛び込むためにも必要な自己観のアップデート

    渡邊氏は「カードのような手掛かりがあると、参加者の皆さんが、それぞれの思いを話しやすかったのではないかと思います」と手応えを感じながら、今回のワークショップを次のように振り返ってくれました。

    「メタバース空間のワークでは、時間や空間といった制約を超えて新しい挑戦をしたいとおっしゃった方が多いように感じました。メタバースが普及するからメタバースを使いましょうではなく、また、誰かが決めたウェルビーイングをめざそうとするのではなく、自分や周囲の人が大事なことを共有することからスタートし、その上でメタバースをどう使っていくのかを主体的に考え、トライアンドエラーしながら共創していくことが大事なのだと思います」

    メタバースという未知の社会へ飛び込むことは、そこで他者とともに新たな価値観を共創するということでもあります。参加者がウェルビーイングに活動できるメタバースをつくることができるか否かは、そこで「わたしたちのウェルビーイング」が醸成されることを意識して、場をデザインすることができるかが鍵となるのではないでしょうか。

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    ビジネス“プレイヤー”
    のためのメタバース

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