2024.11.15(Fri)
Co-Create the Future
2023.03.08(Wed)
#21
目次
ーフェムテックは2021年の新語・流行語大賞にノミネートされるなど、国内でも急速に注目が集まっている領域です。一方で、性やヘルスケアに関わる領域であることから、「名前は聞いたことがあるけど中身はよく知らない」「自社の事業や社会との関連をイメージしづらい」と感じている人が多い領域でもあります。まずはフェムテック市場の現状について、医療情報分野に長年携わってこられた石井さんはどのように見ていますか。
石井健一氏(以下、石井氏):フェムテックという単語が最初に誕生したのは2016年ごろです。ある海外の起業家が資金調達をする際に、投資家に説明するために用いたのが始まりだといわれています。それまでは、そうした市場があるということが社会や投資家に認知されていなかったんですね。ちょうど「FinTech」という言葉が出始めたころだったので、同じように「Female(女性)」と「Technology」を掛け合わせて、「FemTech」としたんです。
国内でフェムテックという言葉が頻繁に使われるようになったのは、僕の知る限り2018年から2019年ごろです。ナプキンが不要になる生理ショーツや月経カップなど、生理まわりのプロダクトが登場し始めました。海外では、膣の中に挿入してホルモンの状態や排卵を計測できるようなセンシング系のデバイスが出ていますが、日本ではそうしたデバイスはまだほとんど承認されておらず、テクノロジーを用いない「フェムケア」の領域や、相談サービスなどのコミュニケーションの領域が先行して立ち上がっているような印象です。
ーたしかに、女性の抱える悩みや課題が社会的に注目されるようになったのも、ごく最近のことですよね。
石井氏:「#MeToo」運動以降、一気に加速しましたね。イノベーションというとブロックチェーン技術のような最先端の技術を使うイメージを抱くかもしれませんが、フェムテックで使っているのは10年前、ものによっては30年近く前からあるようなスタンダードな技術なんです。そうした技術を現代に実装することで社会課題を解決できるのが、この業界のすごく面白いところだと思います。
例えば、フェムテックという言葉を生み出したIda Tinさんが世の中に打ち出した「Clue」というサービスは月経周期を管理するアプリケーションで、2021年には “デジタル避妊アプリ”としてFDA(アメリカ食品医薬品局)の承認を得ました。日本ではほぼ同様の体験を提供する「ルナルナ」※1 が2000年に登場しています。
また、妊活を支援する「Kegg」※2 というデバイスがあります。これはおりものの電解質バランスをセンシングすることでホルモン周期を予測するデバイスなのですが、電解質をセンサーで測定するという技術自体は30年以上前に確立していて、この技術からIoT化、アルゴリズムのつくり込みといった進化を加えて世の中に登場したデバイスになります。
※1:日本ではデジタル避妊アプリとして未承認
※2:日本では医療機器として未承認
中西裕子氏(以下、中西氏):現在資生堂で取り組んでいるのは主にビューティーテックの領域ですが、これまで「外見を整える」という部分にフォーカスを合わせていたところから、より全体的に人間を捉えようというトレンドがあり、美容領域とヘルスケアの接点はますます増えていると感じます。フェムテックは両者の重なる領域に位置し、ビューティーテックと連続するものだと捉えています。
また、フェムテックの製品やサービスには、今まで自分でも気づいていなかった課題や、見えないようにふたをしてきた問題を明るみに出す、という側面がありますよね。先ほどの生理ショーツなどもそうですが、プロダクトを見たときに初めて自分の抱えていた問題が可視化されて、「そういう選択肢があったのか」と驚くことがよくあります。
久野誠史(以下、久野):私もフェムテックという言葉は前から知っていたのですが、ピルや生理ショーツがなんのために必要なのかまでは知らないというか、知ろうとしていませんでした。なんとなく「男性の自分が知っちゃいけないんじゃないか」という感覚があったんです。
しかし、こういう時代だからこそ、男性も参加してオープンに議論していかなければいけない。「こういう課題があるから、こういう製品があるんだ」と、みんなで理解を進めながら発展していく必要があると思っています。
ーなぜ、当事者である女性だけでなく、社会全体として課題を認識し、議論していくことが重要なのでしょうか。
石井氏:「課題=マーケットがある」という前提がないと企業は投資できず、何も生み出せません。ウィメンズヘルスの課題が「存在しない」ことにされてしまうと、私たちやその次の世代が抱える悩みを解決するソリューションが、社会実装されないままになってしまう。そのため、今一人ひとりが声を上げ、社会に課題を周知していくことがとても大事なんです。
久野:課題は放っておいてもなかなか見えてきません。例えば、弊社はコロナ禍で在宅勤務が進み、結果、会社に対する社員の満足度が上がったのですが、男性より女性の方がその上昇率が大きかったんです。なぜここまで女性の満足度が上がったのだろうと思ってヒアリングしてみると、女性が抱えていた課題の一部、例えば育児や家事などの負担が在宅勤務によって解決、または軽減されたことが分かりました。
現在、働く人の人口はどんどん減っています。そうした状況の中で企業が成長していくためにも、女性の抱える課題を解決し、働きやすい環境を整えることは不可欠だと思います。
ーネクイノとNTT Comは、2021年から業務提携し、共同でフェムテック領域のデータ利活用を推進されています。このコラボレーションは、どのようにして生まれたのでしょうか。
石井氏:ピルのオンライン診察プラットフォーム「スマルナ」を立ち上げた際、そのベースにあったのは「診察データはユーザーのものである」というコンセプトです。通常、病院で診察を受けたときの診察データは、医療機関に帰属します。なので、自分からお願いしない限りカルテのコピーはもらえないし、ある病院で受けた検査の結果は、別の病院では分からないですよね。
このコンセプトをどのように形にするかを考えながらサービスをつくり、病院のデータを連携させるところまでは到達できました。しかし、フェムテックは病気になる以前のプロセスに対するアプローチが多いこともあり、自分たちが病院から集めたデータとユーザーをつなぐだけでは十分ではない。ウィメンズヘルスに関するあらゆるデータを集約し、活用につなげていくためのプラットフォームが必要だと思い、NTT Comさんに相談させていただいて、まずはデータを置かせていただいたのが始まりです。
久野:私たちが目指しているのは、企業横断でデータを収集し、データを分析することで新たな付加価値をつくって、利用者に還元する“ループ”をつくることです。今は技術が進歩して、さまざまなデータを取得できるようになっています。しかし、それらのデータはそれぞれの企業に散在しており、うまく活用できているとは言えません。
そうしたデータが1つのプラットフォームに集まれば、それぞれのユーザーの状態をより正確に捉えることができるようになり、疾病の予防や治療に役立てることも可能になります。また、そうしたデータを求めている企業とのマッチングを通じて新たな価値を創出し、ユーザーである女性に還元していきたいと考えています。
ー資生堂でも、DNA検査技術やAI技術を活用した「Beauty DNA Program」をはじめ、テクノロジーとデータを活用したサービス開発を進められていると思います。こうしたデータ統合の取り組みに、どのような可能性を感じますか?
中西氏:弊社では、個人を知るための1つのデータとしてDNAに注目したサービスをテスト展開していますが、ホルモンの状態や生活習慣といったさまざまなデータを組み合わせることで、初めてその人の特徴が捉えられると考えています。そうしたデータの組み合わせ先として、フェムテック領域のデータには非常に魅力を感じます。
また、生理周期などの前提条件によって結果が大きく左右されてしまうため、自分たちだけで同じ条件のユーザーを集めてデータを集めるのは非常に難しい。調査の信頼性という観点でも、さまざまな企業と連携してデータを収集することは有効だと思います。
ーフェムテックが将来性のある市場として期待を集める一方、日本はまだまだ黎明期のフェーズにあるように感じます。海外に比べて発展が進まない理由はどこにあるのでしょうか。
石井氏:1つは日本と海外の医療制度の違いにあります。例えば北米では、医師へのアポイントが大変だったり、受診ごとの診察料が数百ドルになるようなケースも少なくない。そのため「医療費の総額支払いを下げるためにテクノロジーを活用して予防やセルフケアをしよう」と、保険会社がフェムテックを推進していたりするんです。
一方日本では、保険証があれば3割負担で診察が受けられるため、予防やセルフケアにコストをかけるインセンティブがあまりない。その中でどのようにユーザーとコミュニケーションをとっていくかは、非常に難しい課題です。少なくとも、海外の事例をそのまま持ってきてはダメで、日本版フェムテックと呼ぶべき社会実装の形があるのだろうと考えています。
ー国ごとの制度や文化、価値観によっても、大きな差が生まれる市場なんですね。
石井氏:そうですね。加えて僕が危惧しているのは、“悪貨が良貨を駆逐”してしまわないか、ということです。日本では法律で、医療用医薬品の広告は流せないことになっています。例えば、高血圧の薬のCMは流せない。一方で、「飲むと血圧が下がる」というサプリや健康食品(特定保健用食品など)のCMは流せる。そうなると当然、後者のようなものの方がはるかに消費者とコミュニケーションしやすいので、マーケティングで勝負しているような製品ばかりが増えて、効果・効用を追求した製品が売れなくなってしまう。言った者勝ちの状態で、社会的な利益を提供することより自社がもうかることだけを求めて参入してくるプレイヤーをはじくことが難しいのです。
中西氏:まさにそれが、フェムテック領域への参入が悩ましいと感じるところなんです。せっかくなら良いプロダクトをつくりたいけれど、結局プロモーションでしか勝負できないのなら、今はまだ早いんじゃないか。やるとしても国内ではなく、すでにフェムテックの市場が確立している国でやった方がいいんじゃないかと思ってしまうんですよね。
石井氏:僕はだからこそ、大手企業に参入してほしいと考えています。例えば、生理ショーツの場合、それまでスタートアップが5000円くらいの商品を出していたところに、ユニクロが2000円の商品を出したことで、市場がピシッと締まったんです。
ユニクロとスタートアップでは生産コストや流通量に大きな差がありますし、スタートアップの思想に共感してブランドを追いかけているユーザーもいるので、どちらが良い悪いという話ではありません。ただ、大手が出すことでプライシング(価格設定)の評価軸ができ、ユーザーは商品を選びやすくなる。消費者にとって高すぎる価格設定の商品は出しづらくなり、健全なマーケットになるのではないかと思うのです。
ー単にプレイヤーの数が増えればいいわけではないというところが難しいですね。日本のフェムテックがより良い形で発展していくために重要なことがあるとすれば、何でしょうか?
久野:やはり女性の抱えている課題を社会全体で捉えていくことが重要であり、そのためのコミュニケーションの方法をもっと工夫する必要があると思っています。
かつては、男性が女性の課題に踏み込むべきではないんじゃないかと考えていましたが、最近、実は女性同士でもそうした悩みについて話す機会が少ないということが分かってきました。
1人で悩みを抱えていると、それが普通のことなのか異常なことなのかの判断がつかず不安になる。本当は病院に行くべき痛みを我慢してしまう、ということもあると思います。もっとオープンに話せるような工夫が必要です。
石井氏:その人が抱えている辛さを表現するときの指標があるといいですよね。例えば、「熱っぽい」だけではそのつらさが相手に伝わらないけれど、「38.5℃」だと誰もが「すぐに帰って休んだ方がいい」と判断できるように、これまで主観でしか語られてこなかったものを定量的に測れるようなプロダクトが出てくるといいのかなと思います。実際、本来生理痛の緩和を目的としたプロダクトが、その機器の使用頻度を測定することで「しんどさ」をスコアリングできたり、更年期の症状の発生予測をできるプロダクトはすでにあるんですが、そういうものがあると企業側も対応しやすくなりますよね。
中西氏:私もお二人に同感で、社会のリテラシーをどう上げていくか、ということが鍵になると思います。その際、客観的な指標、定量的なデータがあると、理解が進むスピードが格段に変わりますよね。
石井氏:あとは、日本産科婦人科学会や医師会の先生たちともしっかりコラボレーションして、科学的根拠にもとづいたアプローチを進めていくことも大事だと思います。
そのために僕らがこれからやるべきことは、NTT Comさんとつくったプラットフォームに、新たなプレイヤーをどんどん巻き込んでいくこと。そして5年後、10年後に、「あのとき一緒にやっておいてよかったよね」と、みんなで言い合えるような未来をつくっていけたらと思います。
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