2024.11.15(Fri)
Co-Create the Future
2022.01.21(Fri)
#2
目次
カシオのビューティーテックへの取り組みがスタートしたのは、2011年。2019年の中期経営計画で新事業の創出が発表される以前から始まっていました。同社の事業開発センターでビューティー企画開発部部長を務める小野田孝氏は、新規事業を生み出すためには、自社の強み(シーズ)をいかにドメイン(ニーズ)に結び付けるかがポイントだったと語ります。
「まずシーズとして目を付けたのは、写真用はがきなどの紙にインクジェットで印刷するプリント技術です。ペーパレス化が進み、紙への印刷需要が縮退する中、何とか別の領域に技術を応用できないかと考えていました」
検討の末、たどり着いたのがネイルプリンターでした。自社のプリント技術に加え、デジタルカメラなどで蓄積した画像認識や補正技術を組み合わせれば、個人により形状が異なる爪にもきれいにプリントできると考えました。しかしカシオにとって美容業界は未知の領域。プロジェクトは難航したといいます。
「なかなか次の一歩が踏み出せない状況を打破するために、美容業界に知見を持つ外部企業との共創を決断しました。そこで、名前が挙がったのが化粧品メーカーの株式会社コーセーさま(以下、コーセー)です。同社は独自のマニキュアブランドの展開も行っており、共創パートナーとして最適だと判断しました。コーセーにネイルプリンターの話を持ち掛けたところ、先方にも共創の機運が盛り上がっていたこともあり、一緒にプロジェクトを進めていくことになりました」(小野田氏)
小野田氏はネイル市場のNo.1ブランドを擁するコーセーのデザイン力やサプライ力と、カシオのハードウェアやアプリケーション、Webシステムの開発力を組み合わせることで、双方がWin-Winの関係が築けるのではないかと直感したといいます。
同社事業開発センターの黒沼弘孝氏は、先行してネイルプリンターを提供するメーカー各社の製品を徹底的に分析し、そこで洗い出した課題を解決することが開発のポイントだったと語ります。
「ネイルプリンター製品には、B2B向け、B2C向けの2タイプがあります。ほとんどの製品は印刷が爪からはみ出さないようマスキングする必要がありますが、その手間を解消しようと考えました。一方で曲面の爪にインクを吹き付ける際に、プリンターヘッドから遠くなる、爪の縁がきれいにプリントできないという課題があり、ここも改善点でした」
数年の開発期間を経て、これらの課題を解決するネイルプリンターの試作機が完成します。まず、高精度な画像認識技術により、爪の形状に合わせた印刷を実現したことで従来のマスキングの手間が不要になりました。さらに試行錯誤の末、プリンターヘッドからの距離に関係なく、きれいに爪全体へ印刷できる技術も確立。しかも人の手では描けないほどの高精細なネイルアートが、指1本あたり15秒で印刷可能というスピードも実現しました。
そして、大きな特長としては、IoTを活用し、ネイルデザインなどの各種データをクラウドサーバーに集約できることにあります。これにより新デザインの定期的な追加や利用データの集計、分析によるレコメンドなども可能になっています。
「従来の弊社製品は、スタンドアローンでお店に置いて終わりでした。今回のネイルプリンターは、IoTやネットワークを経由してお客さまにダイレクトにつながる製品。開発にあたり約250件の特許を出願し、すでに半数以上が登録されているほど、他社にはなかなか真似のできない完成度に仕上がったと思います」(小野田氏)
完成したネイルプリンターの試作機は2019年12月、銀座にオープンしたコーセーの体験型コンセプトストア「Maison KOSÉ(メゾンコーセー)」に設置され、実証実験が開始。黒沼氏は、ここで確かな手応えを感じたといいます。
「体験した多くのお客さまから非常に高い評価をいただいています。改善点も見えましたし、お客さまの感動するポイントもわかりました。何より、お客さまにとってのネイルの多様なとらえ方や、楽しみ方が見えてきたのは大きな収穫でした」
ネイルプリンターの試作機を使った実証実験で高い評価を獲得し、プロジェクトは次のフェーズへ突入します。それは“もの”売りから“こと”売り、サブスクリプションのビジネスモデルの導入検討でした。
「長年、私たちはメーカーとして製品を量販店に置いて売るビジネスモデルでした。しかし、常にお客さまとつながり、多様なタッチポイントに対応するにはサブスクリプションモデルを確立すべきだと考えました。そこで、相談したのがNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)です。サブスクリプションに特化した『Subsphere(サブスフィア)(※1)』を提供していることはもちろん、多くのイノベーティブな企業が加盟する『C4BASE(※2)』を運営されていたことにも、可能性を感じました」(小野田氏)
カシオからの依頼を受けてコンサルティングを担当したNTT Comの川島美由紀は、提案のポイントは2つあったと振り返ります。
「まず、お客さまの抱える事業課題を把握し、サブスクリプションというビジネスモデルへの転換で必要なことや、どのようなターゲットを狙うべきかをステップ論でお話ししました。そして2つ目は、新たな化学変化が起こること目指し、さまざまなアセットをお持ちのC4BASEの会員とカシオさまをマッチングすることを提案したのです」
マーケティングの観点からプロジェクトに関わったカシオの林加寿子氏は、あえて日常的にネイルに対して日常では積極性のある女性を狙わなかったと振り返ります。
「たとえばイベント好きなママや好きなキャラクターの“推し活”をしている女性、あるいは仕事柄日常的にネイルができない方、自分の爪に自信がなく、ネイルに積極的になれない方などをペルソナとして設定しました。色やデザインの自由度が高いうえに短期間で着脱でき、TPOに合わせて手軽に自己表現できるネイルプリンターの特性は、ネイルに関心の薄い層にも広く受け入れられると考えました」
そして2020年には、流通業をはじめとしたC4BASEの会員との共創による実証試験がスタート。事業化につなげるための情報収集とノウハウ取得を目的とし、C4BASEでマッチングしたさまざまな業種の会員企業が持つタッチポイントにネイルプリンターを設置。設置期間や来場者数、会員企業の業種に合わせてデザインやサポート体制を整え、ニーズ把握や運用課題の明確化を図りました。タッチポイントごとに、嗜好されるネイルデザインや有効なタッチポイント、効率的な運用方法といった情報・課題を習得。事業化を前進させることにつながりました。
小野田氏は、現在実証実験中のため、まだ明確なビジネスモデルは決まっていないとしつつも、今回のプロジェクトで新たなネイル文化を創造したいと考えています。
「自分ではうまく塗れないといったセルフネイルの課題や、高額にも関わらず技術にばらつきがあるネイルサロンの課題を解決しつつ、今までにない新たなネイルサービスを生み出すことを目指しています。アミューズメントパークやイベント会場、スタジアムといった施設限定のネイルや、ファッションやTPOに合わせて着替えられるネイルなど、新たなネイル文化を創造することが最終目標です。将来的には国内のみならず、欧米やアジアなどのグローバル展開も視野に入れています」
川島氏は、こうしたカシオの取り組みを、今後も総力を挙げてサポートしていきたいと語ります。
「ネイルプリンターを用いたアプローチが可能なC4BASE(現・OPEN HUB)の会員企業は少なくありません。たとえば大手のデベロッパーや、エンターテイメント系企業など、具体的に話が進んでいるケースも多々あります。こうした共創コミュニティーを通じて得られたご縁を大切にしながら、今後もカシオの皆さまと一緒にネイルプリンターの魅力を伝えていきたいですね。
そしてビジネス化の際には、Subsphereを軸とした課金の仕組みの検討はもちろん、NTTグループのアセットなどを活用しながら、ワンストップでネイルプリンタービジネスの発展に寄与したいと考えています」
最後に、小野田氏は新規事業を創出するポイントを明かします。
「自社の強みとなるアセットを生かし、解決すべき本質的な課題を洗い出す。そして、仮説を立てて多くのパートナーを巻き込み、実証実験を重ね、ユーザーの声を聞き改善を行う。このようなPDCAをコツコツと回していくことが新規事業の創出の鍵となります。
さらに根本的なことですが、強い思いを持つことです。私は“長く歴史に残る製品や事業をつくりたい”という思いをもって仕事に取り組んできました。やはり強い信念がないと新しいものは生み出せません。いくら多くのアンケートをとっても、外の声からDXのヒントを発見することは困難です。じっくりと自分で、地道に考え続けるしか道はないのではないでしょうか」
化粧品メーカーや、共創コミュニティーを通じたさまざまな業種の企業と共創し、新しいビジネスの創出に取り組むカシオ。早期事業化を目指す、カシオのネイルテックでのチャレンジは、新しいネイル文化を世界に発信していくことでしょう。
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