01
2026.03.04(Wed)
#88
目次
――グループ内で、観光、エンターテインメントの領域で事業を展開する日本庭園由志園株式会社(以下、由志園)がGXに注力するようになった背景、GXに注力する意義についてお聞かせください。
門脇竜也氏(以下、門脇氏):2020年、日本政府がカーボンニュートラル社会の実現を宣言しましたが、これを知った時はまだ先の話だという認識でした。しかしその後、多くのグローバル企業が2030年を目途に短期・中期削減目標を表明するようになり、私自身の意識が変化していきました。地球温暖化を憂慮し、数年先に迫る2030年の数値目標が世界中で具体化し始め、観光業である私たちも無関係ではいられないという思いが次第に強くなってきたのです。
また、由志園が「雲海演出システム」を大手メーカーと共に開発し、自社庭園で展開すると同時に他企業への販売もスタートさせたこともGXに注力するきっかけとなりました。これは美しい景観を人工的な噴霧によって演出し、お客様に一層楽しんでいただくシステムですが、演出のために水道水を使用することに対して課題意識を持つようになったのです。由志園ではこの他、100万球の電球を使ったイルミネーションイベントなども開催していますが、電力消費についても同様です。貴重な水資源、世界中で需給の逼迫が懸念される電力など、エネルギー消費のあり方を変えていかなければならないと考えるようになったのです。
海外では、環境負荷に配慮した商品でなければ消費者の共感を得られないという風潮が強くなってきています。観光業においても同様で、カーボンニュートラルを想起させるストーリーを構築していかなければ、これからの時代はお客様に受け入れられなくなり、そのようなスタンスが事業者として当然の世の中になっていくだろうと考えました。そこで他社と協力し、水を再利用できるろ過装置の開発といった方法論を確立して、多面的に環境配慮を実装する由志園の本格的な取り組みがスタートしたのです。


――NTTドコモビジネス株式会社(以下、NTTドコモビジネス)島根支店ではDXの領域で以前から由志園と関係を構築していました。門脇氏のこうした思いに対し、どのようなアプローチをしたのでしょうか?
中田光俊(以下、中田):電力消費のあり方を転換されたいとのご意向から、全体の約半分に当たる電力をソーラーによって調達するというお話をお聞きしていました。そこで、残りの半分の電力をどのような手法で調達すればよいかというテーマが浮き彫りになったのです。当初は明確なアイデアがなかったのですが、門脇氏のご意向に応えたいと考え、東京本社でGX事業を担当する小笠原正人を加え、幅広くディスカッションしていくことにしたのです。

小笠原正人(以下、小笠原):門脇氏の熱い思いもあり、机上にはたくさんのアイデアが並ぶようになりました。その中で、森林価値創造プラットフォーム「森かち」を利用した森林クレジットの購入が、由志園におけるGXの第一フェーズにふさわしいという結論に行き着きました。

――あらためて、「森かち」では何を達成できるのか、ご説明いただけますか?
小笠原:端的に言えば、「森かち」は森林クレジットの創出から販売、活用を支援するプラットフォームです。このプラットフォームを活用しカーボン・オフセット※を実現。売買収益を森林所有者へ還流し、適切な森林整備を促すことで森林の価値を高める取り組みです。「森かち」の特徴として、プラットフォームの地図上(GIS:地理情報システム)でクレジット情報を一括管理して、クレジット創出やデータ管理の負担を大幅に軽減しながら、対象となる森林の所在地や詳細情報を提供しています。また、本プラットフォームを活用した販売支援によってクレジットの売買が活性化するだけでなく、森林整備や山林所有者の収益確保、人材不足に悩む林業の健全化を目指しています。加えて、「森かち」が提供する吸収・除去系の森林由来J-クレジットは、CO₂吸収による気候変動対策に貢献するとともに、生物多様性保全や水源涵養、地域活性化など、森林が持つ多面的な価値の創出にもつながるため、門脇氏のご要望に合致するのではないかと考えました。
※カーボンオフセット…企業がカーボンニュートラルを達成するために、自社以外が行ったCO₂などの温室効果ガス削減に投資することで、自社では実現できない分のCO₂などの削減量を埋め合わせる方法
――森林クレジットの購入が由志園に受け入れられたポイントは何だったと考えていますか?
下森智(以下、下森):「森かち」では全国各地の森林クレジットを購入可能ですが、ディスカッションを進めていく中で、やはり理想としては地産地消を目指すべきだという流れになっていきました。一方、当時は島根県における森林クレジットの取り扱いがなかったため、地元のクレジット創出事業者を開拓するところから始めましょうというご提案になっていったのです。私自身、2025年4月に故郷である島根に赴任し、地元を支援する取り組みを模索していたタイミングでした。GXや森林クレジット創出、販売は、まさに自然豊かな島根が有する資源を活用しながら、域内のつながりを強固にする取り組みだと感じていました。努力の甲斐あって島根の森林クレジットを創出できたことにより、地産地消によるカーボン・オフセットのご提案をできたことが門脇氏にご納得いただけたポイントだったのではないかと思っています。

門脇氏:様々なご提案と情報をいただいたことで、私自身、それまであまり分かっていなかった森林クレジットに対する認識が明瞭になっていきました。そもそも二酸化炭素を排出せずに事業展開するのは無理な話です。しかも、すべての電力を太陽光発電によってまかなうのは安定性や経済合理性から考えて適切ではありません。ですから、島根県に根ざした森林由来のクレジット購入は由志園にとって自然な選択だと思えました。一方で森林クレジットの購入には財源も必要です。そこでディスカッションでは、森林クレジット購入に続いて次に実施すべきGXの施策について話が深まっていったのです。
――2026年5月、由志園、三光株式会社(以下、三光)、国立大学法人島根大学(以下、島根大学)、NTTドコモビジネスは、地域循環型GX事業推進を目的とした4者連携協定を締結しました。本協定締結が新たなGXの施策につながっていくのでしょうか?
門脇氏:はい、大きくは各者が強みを活かし、カーボンファーミング※とネイチャーポジティブ※を中核とした全く新しい地域循環型GXモデルを構築していこうという枠組みです。由志園が位置する大根島の土壌再生推進、生物多様性の保全や回復、そしてJ-クレジット活用によるオフセット連動型商品の展開といった取り組みを段階的に進めていく予定です。
※カーボンファーミング…農地の土壌や作物に大気中のCO₂を貯留させる農法
※ネイチャーポジティブ…生物多様性の損失を止め、自然を回復軌道に乗せる考え方
――4者それぞれの役割について、教えていただけますか?
中田:由志園は土壌、生態系の維持管理とGX事業の実装やJ-クレジット創出の推進、観光と環境を掛け合わせた価値向上施策の実施を担います。三光はバイオ炭の安定的供給、生物多様性向上に資するリサイクル資材の有効性検証、資源循環型素材供給による環境負荷低減への貢献など。島根大学は大根島の土壌分析や科学的評価、カーボンファーミングに関わる学術的知見の提供。そしてNTTドコモビジネスの役割はJ-クレジット活用の設計・発信・販路連携や、データ取得・可視化基盤の構築と運用、そして生物多様性を軸としたブランディング支援などです。一社で完結するのではなく、地元の知恵やアイデア、リソースを活かしながら地域内で連携して県全体の価値を高めていくという点に、この取り組みの意義があるのだろうと感じています。

――なぜ、由志園はカーボンファーミングに着目したのでしょう?
門脇氏:大根島は火山灰に植物の腐植が長年堆積した「黒ボク土」という肥沃な土に恵まれています。。島根の象徴とも言える牡丹や高麗人参の栽培がこの地で発展したのも、この黒ボク土があったからこそだと言えます。ところが近年、農業の機械化、化学肥料や除草剤を前提とした近代農業による土壌有機物量の減少、カバークロップ※がないことによる土壌流失などにより、黒ボク土の消失が課題となっています。こうした状況を背景に、由志園ではかねてから大根島の土壌再生に強い興味を抱いていたのです。そこで着目したのがヨーロッパで盛んなカーボンファーミングでした。農地をカバークロップや緑肥などで土壌改良しながら、同時に炭素を固定するという手法です。
※カバークロップ…収穫・販売を主目的とせず、土を覆って守り、地力を高めるために栽培する作物
――そして今回は、緑肥などの植物ではなくバイオ炭を使用するのですね?
門脇氏:はい、バイオ炭を活用すれば土壌再生を実現できると同時に、炭素を100年以上もの間、農地に固定できるとされています。そして隣県の境港を拠点とする三光さんは、下水から排出される汚泥を焼却処理する過程でバイオ炭を発生させる技術と設備を有していました。日本では汚泥の再利用がなかなか進んでいませんが、海外では汚泥の50%以上、国によっては90%が再利用されているというデータもあります。炭素を固定できるというメリットももちろん重要ですが、この日本において汚泥を循環資源として活用するという点も大きなポイントなのです。

――GXの第二フェーズでは、新たにカーボン・オフセット連動型商品の開発が含まれています。この取り組みについて詳しくお聞かせください。
小笠原:当初、門脇氏にお話ししたのは、いくつかのスポーツクラブなどで採用しているカーボン・オフセット入場券という手法でした。運営側が脱炭素の取り組みに注力する一方、そこにかかるコストの一部をチケットに上乗せし、来場者側に負担していただくという仕組みです。

門脇氏:そのお話をお聞きし、由志園にもそのスキームを導入できるのではないかと連想したのです。宅配業者でもカーボン・オフセット宅急便というサービスを実施していますが、私たちは脱炭素へと移行する社会の流れに抗えませんし、こうした取り組みはどんどん自然になっていくでしょう。
由志園でスタートした新しい入園券には「自然を守る、入園券」と明記し、入園料の一部をバイオ炭購入に充てる仕組みです。お客様は貴重な休日を利用してこちらに来ていただくわけですが、この場をエンターテインメントとして楽しむだけでなく、地域の持続可能性に関する学びを得たり、脱炭素の取り組みに共感していただいたり、といった体験も価値になっていくだろうと考えたのです。

中田:そして今後は、NTTドコモビジネスがバイオ炭にまつわるクレジットや流通の仕組みを作り、観光事業者である由志園や、クレジット創出者である農業法人の由志園アグリファーム株式会社の活動を支援していくという構想です。脱炭素に向けた取り組みに共感していただけるお客様が増えればバイオ炭の購入が一層進み、大根島の土壌が豊かになっていくという流れができていくでしょう。バイオ炭やこれに由来するクレジットによって、由志園、大根島の農家、自治体、県内外のクレジット購入者などがつながりながら島の環境が改善していくことにも期待しています。この流れを加速させていくために、カーボン・オフセット入園券をはじめとした由志園の取り組みをより多くの方々に知っていただけるよう努めたいと考えています。
――由志園が挑むGXの取り組みはまだ進行中ですが、現段階でどのような気づき、達成感を感じていますか?
下森:カーボン・オフセット入園券やJ-クレジットという入口を作って地域を豊かにしていくという枠組みのデザインは非常にユニークだと感じています。脱炭素に向けた取り組みに参加したいものの、その方法が分からないという方は多いと思います。そのような方々にとってカーボン・オフセット入園券は最初のきっかけとなり得るのではないでしょうか。
島根は森に囲まれた県なので、森林由来のクレジットを創出できる余地はまだまだあります。加えて、バイオ炭由来のクレジット、海のブルーカーボン由来のクレジットなど、自然豊かなこの地域には多様なクレジット創出の可能性が秘められていると気付けたことも、私にとっては大きな収穫でした。

小笠原:カーボン・オフセットの仕組みを活用したいという企業が増えてきているのは事実ですが、意外に単発で終わってしまうケースが多く、いかに続けていけるかが課題として挙げられます。一方で今回のプロジェクトは続いていくことを前提に構築された仕組みとなっており、これは極めて稀有な具体例と言えるでしょう。こうした仕組みを各地へ横展開していくことで、J-クレジットを通じた脱炭素の取り組みがより広がっていくことに期待しています。
門脇氏:森林由来のクレジットを実際に購入することで、これまでおぼろげだったカーボンニュートラルの社会が具体的にイメージできるようになったと感じています。クレジットの創出や購入が一層、広まっていけば、脱炭素を実現する未来は意外に早くやってくるのではないかとさえ、思えてきます。そして今回、日本で2番目に人口の少ないこの島根で、地域循環型のGXモデルを構築できたことが何より嬉しいですね。こうした新しい挑戦や価値創造は地域からも十分に発信できることを、あらためて感じています。
OPEN HUB
Theme
Carbon Neutrality
#脱炭素