2024.11.15(Fri)
New Technologies
2024.12.27(Fri)
#52
目次
――NTT Comは秘密計算などのPETsを用いて、どのようなデータの共有・利活用が実現できると良いと考えているのでしょうか?
澤田:大前提として、PETsの価値として世間でよく言われるような、プライバシーデータや機密情報といった機微なデータの提供者となる個人や企業が感じる不安を低減しつつ、データを受け取った企業が安全にデータを利活用できるようにすることは、PETsビジネスの前提だと考えています。
その上で、私たち析秘チームの想いとしては、データが流通・利活用される際に発生しうるデータ提供者へのあらゆる不利益を予防しつつ、よりポジティブな気持ちでデータを提供してもらえるように、彼らが提供してくれたデータの利活用の結果として生み出される価値や成果が、最終的にデータ提供者自身にも還元されていくような循環型の仕組みをつくっていきたいと考えています。
例えば、私たちが扱うことの多いヘルスケア関係のデータの中でも、臨床データの利活用はわかりやすい例です。難病に苦しむ患者さんが、病院や製薬会社に疾患や自身の生活に関するデータを提供することで、新たな治療法や薬の研究が進み、最終的には、患者さん自身の健康状態の改善につながっていきます。こうした形で、データ提供者が、データの利活用によって生まれるソリューションやその価値の受益者になれるというのが、ここでいう「還元」や「循環」という言葉にこめた意味です。
――なぜデータ提供者への還元が必要なのでしょうか?
澤田:現在、欧州のGDPR(一般データ保護規則)をきっかけに、データに関する個人の権利を尊重する考え方が一層重要になってきており、日本でもデータ提供の同意管理、データポータビリティ、データの抹消といった、個々人の権利の行使を可能にする機能も各種デジタルサービスに実装されつつあります。そのため、データを管理する個々人が、様々な局面で自分の意思で自身のデータを提供するかしないかを決める、というのが当たり前の世界になりつつあります。
私たちNTT Comは、主たる事業としてデータを流通させる様々なデータ連携基盤やソリューションを提供しているので、こうした時代の流れにも合わせて、個々人の権利を尊重し、データプライバシーやセキュリティの問題に向き合う責任があります。また、私たち自身もデータビジネスを営む民間企業なので、データが流通しなくなると自分たちの事業の持続可能性にも影響が出ます。
こうした背景を踏まえ、データサプライチェーンの最上流で「データを生産・提供してくれる個々人」に納得していただける形で、データ流通・利活用の仕組みを作ることが、データビジネス業界全体の持続可能性を維持していくために重要だと考えています。
特に、このデータ提供者の納得感を醸成し、よりポジティブにデータ提供に同意していただけるようにしていくために、データ提供に伴う不安やインシデントのリスクといった不利益を極力なくすこと、さらにデータ提供を通じて何らかの便益があること、この2つの条件を満たすことが重要だと考えています。
――秘密計算サービスである析秘が「データ提供に伴う不利益の最小化」と「データ提供者への成果や価値の還元が行われるデータ利活用モデルの確立」にどう役立つか解説をお願いできますか?
三品:私たちの商材である析秘の根幹となっている秘密計算は、 PETs の中でも、「データを暗号化によって保護しながら、共有・利活用できるようにする」というのが大きな特徴です。そして、析秘は、暗号化されたデータをインプットして計算結果だけをアウトプットするため、データの管理や分析の担当者ができるのは統計的な分析ルールの設定と分析結果の確認だけで、生のデータの確認や加工はできません。
これを踏まえ、「データ提供に伴う不利益の最小化」と「データ提供者への成果や価値の還元が行われるデータ利活用モデルの確立」に貢献できる点としては、暗号化によって、データの流通・分析プロセス全体の中でデータの漏洩リスクを下げることができること。これは他のPETsと比べても秘密計算の優れている点です。万が一、析秘で管理しているデータが漏洩しても、暗号化が解けなければ元のデータを復元・確認できません。これには、データ提供者がデータ漏洩被害にあうリスクを下げると同時に、企業側がプライバシーデータや企業機密といった機微なデータを安全に利活用できるようになる、という効果も期待できます。
また、「データ提供に伴う不利益の最小化」という点についてさらに補足すると、データ提供者が「自身のデータが、不特定多数のデータ分析者に見られてしまうのではないか」という不安を抱えるケースも少なくありません。析秘では、データ分析者は生のデータを見られず、統計的な分析結果しか見られないため、データ提供者の心理的な不安感も低減できます。
――「不利益の最小化」と「データ提供者への成果や価値の還元」について、澤田さんはどう実現していこうとお考えですか?
澤田:先に「データ提供者への成果や価値の還元」についてですが、わかりやすいアプローチとしてデータ提供に伴う金銭的な対価を払うなど、直接的な便益を提供するという方法もなくはないとは考えています。
しかし、NTT Comはデジタルビジネスによる社会課題解決を目指している企業です。そのため、データを売り買いするような形だけではなく、「自分のデータが社会全体の課題解決や、自分自身の生活の質向上に役立つなら協力したい」と思っていただけるよう、データの利活用によって生まれる新たなソリューションやその価値が、直接的であれ、間接的であれ、データの提供者に届いていくような形を目指したいです。
また「不利益の最小化」については、三品の説明通り、秘密計算によるデータ漏洩の予防や、データ分析プロセスで自分のデータが見られてしまう心理的抵抗感の低減が有効だと考えています。ただし、不利益の最小化はあくまでマイナスを極力ゼロに近づけているにすぎません。よりポジティブな気持ちでデータ提供に同意いただけるように、先ほど述べた「データ提供者への成果や価値の還元」を併せて考えていくことが重要だと認識しています。
――澤田さんが秘密計算で実現したいビジョンの背景を教えてください。
澤田:ビジョンというほど大層なものではないですが、きっかけとなった原体験が2つあります。1つ目は、これまでNTT Comでのキャリアを通じて、データ流通や利活用における法人顧客の課題を繰り返し目の当たりにしてきたことです。特に「分析してみたいデータはあるが、その機微性から使えない」という声を何度も耳にしてきたことが印象的でした。
プライバシーデータや機密情報は、他人に知られたくない情報であり、慎重に扱わなければトラブルになり得るものとして厳格に管理されています。一方で、それらの情報には、自社だからこそ収集・把握できたユーザーニーズや課題解決のヒントが含まれていることも多いです。この構造的なジレンマを解決できないか、と考える機会が度々ありました。
もう一つが、自分自身が一ユーザーとして利用していたとあるSNSでデータを漏洩されたことです。漏洩による二次被害はなかったものの、自分の知らないところで自分のデータが漏れたり、勝手に使われたりすることに怖さを感じました。
こうしたこともあり、企業の「機微なデータを活用したい」というニーズと、個人の「自分のデータを勝手に使われて不利益を被りたくない」というペインの両方を同時に解決できる可能性が秘密計算という技術にはあると感じましたし、秘密計算に興味を持ったことで、現在、析秘のプロダクトマネジメントを担う機会にも恵まれました。
そして秘密計算とデータ利活用のあり方に向き合う中で、データ提供に伴うマイナスをゼロにするだけでは、実際に持続可能なデータ流通の仕組みを作っていくためには不十分であると感じることも度々あり、データ提供者がよりポジティブな気持ちでデータを預けてくれるよう、しっかりとデータ提供者にも価値や成果を還元していくデータ利活用の仕組みが必要だと考えるようになりました。
――澤田さんの想い描くビジョンを実現するために、NTT Comとして取り組んでいる具体的な事例について聞かせて下さい。
澤田:最近の動きとしては医療スタートアップのTXP MedicalとNTT Comで資本提携を行いました。TXP Medialは、日本最大規模の検査値項目を有する臨床データを有し、製薬会社や病院といった顧客と共にそのデータを分析するサービスを提供しています。そのTXP Medialに我々の析秘を使ってもらうことで、臨床データの出元である患者さんにより安心してデータ提供をしていただくと同時に、TXP Medical、製薬会社、病院といった臨床データの分析者がより安全にデータを収集・分析できる環境をつくっています。
冒頭で述べた通り、臨床データの利活用は特定の疾患のより良い治療法に関する探索や効果検証につながるため、データ提供元の患者さんが、データ分析の成果をわかりやすく享受できる領域の一つです。そして、臨床データの中身である、患者さんの傷病歴や健康状態・私生活に関する情報は細心の注意を払って扱わなければなりませんから、析秘のような技術が強く求められている領域でもあります。
まずはこの臨床データをテーマに、個々人がより安心してデータ提供への同意ができ、企業も安全にデータを分析可能な、持続可能性の高い循環型のデータ利活用モデルを確立していきます。その後は、医療分野に留まらず、他の産業や分野にも広げていくことを目指します。 秘密計算技術を中心としたPETsは、ヘルスケアに限らずあらゆる業界に活用できると考えていますし、より多くの業界でポジティブなデータ流通が実現していけば、データがもたらす恩恵をさらに多くの人々、そして社会全体に届けられると思っています。
――内閣府SIP3の取り組みも進められていますよね。それはお話頂いたビジョンとどう関連してくるのでしょうか?
澤田:戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は、日本の新たな産業創出や国際競争力強化を目指す内閣府のプログラムです。私たちはその枠組みの中で、秘密計算に関するユースケースの開発、ガイドラインの作成などに携わっています。その秘密計算をより便利に、よりわかりやすく使えるような環境を社会全体で整えていきたいと考えています。
秘密計算は技術としてのポテンシャルは大きいものの、今の日本ではまだまだ認知も低く、ユースケースが少ないため使い方もよくわからないと感じられる方も多いという状況です。なので、秘密計算をよく知る自分たちがまずユースケースを作って具体的な活用方法を紹介できるようにしつつ、秘密計算の認知や使いやすさを向上するためガイドラインの作成にも取り組み始めました。
三品:ガイドライン作成については、NTT Comだけでなく、SIPに採択されている秘密計算企業や研究機関、それらのパートナー企業とコンソーシアムを組み、共同プロジェクトとして行なっています。また、SIPと関係がない国内外の秘密計算企業や各種研究会などとも必要に応じて連携し、業界全体として理解を深め、日本全体のデータ流通・利活用のあり方もより良いものに発展させていけるように取り組んでいます。
塚原:ガイドラインについては、業界のエコシステムを育んでいく上で、秘密計算を誰に知ってもらうと良いか、秘密計算を使う上での障壁は何か、どのような伝え方で説明すると非専門家にもわかりやすいかなど、デザイン部門KOELで力になれそうな部分で関わらせていただいています。主にテクノロジーマーケティングやコミュニケーション、体験設計に絡む課題解決にデザインからのアプローチで従事しています。
国内だけでなく、オランダやデンマーク、アメリカなど秘密計算の社会実装がより進んでいる国の状況や、国連、OECDといった国際機関が出している既存のPETs関連資料なども調査しながら、今の日本に必要なガイドラインの内容を検討しています。
青嶋:また、国としてのガイドラインという位置付けから、内容だけでなく、その作成プロセスも重要なため、コンソーシアムメンバーや国内外の専門家とも密なコミュニケーション・ヒアリング等を行いながらガイドライン作成を進めています。2025年の春頃には、成果をお見せできると思います。
――最後に、澤田さんに今後の展望をお聞かせいただけますか。
澤田:秘密計算を中心にPETsにはデジタル社会のあり方を、個人にとっても、企業にとっても、より良い形に変えていける可能性があると考えています。しかし、技術が社会の中でどう使われ、どう役に立つのかを示せなければ、普及していくことはありません。 そのため、自ら使いやすいプロダクトやユースケースを生み出し、しっかりとその価値を示しながら、秘密計算などPETsが使える環境の整備や、業界全体の発展も目指していきたいと考えています。
それが最終的に、安全な形で企業がデータ利活用を行い、そこから生み出される成果や価値をデータ提供者や広く社会全体に届けていくことで、よりポジティブで、持続可能なデータ流通を実現させることにもつながっていくと思います。
お問い合わせ方法
析秘に関するお問い合わせフォームよりご連絡ください。
NTTコミュニケーションズ 秘密計算サービス析秘(SeCIHI)
https://www.ntt.com/business/services/secihi.html
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ニュースリリース: NTT ComとTXP Medicalの資本業務提携について ~秘密計算技術と電子カルテデータ分析の融合により次世代の医療データサービスを実現~
https://www.ntt.com/about-us/press-releases/news/article/2024/1023.html
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