Carbon Neutrality

2024.02.16(Fri)

誰でもCO2を回収・再利用できるようになる?
「ナノ分離膜」がもたらすカーボンニュートラル実現への一歩

#環境・エネルギー #サステナブル
各国が社会全体でカーボンニュートラルの実現を目指すなかで、ある技術が注目を集めています。大気中に含まれるCO2を直接吸着・吸収し回収するDAC(ダイレクト・エア・キャプチャー)です。

すでにアイスランドやスイスなどの国々ではDAC設備が社会実装されはじめていますが、いずれも工場などでの使用を想定した大型のものが主流です。これを家電ほどのサイズにして街中や自宅など、あらゆる場所に設置される世界を実現しようとしているのが九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所の藤川茂紀教授です。

今回は、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)のデータセンターサービスのプロダクトオーナーで、当サービスのグリーン化を推進している松林修が、藤川氏とともに、DACが社会実装された未来、そして共創の芽を探ります。

目次


    ※トップ画像内のビジュアルは、九州大学芸術工学部にて将来の製品イメージとして作成したものであり、実際の商品とは異なります。

    生成AIの普及が、グリーン化を後押しする理由

    ――ICT分野においては、データ量の急速な増大にともなう電力使用量およびCO2排出量の増加が課題となっています。業界問わず、CO2の排出ゼロを目指す「カーボンニュートラル」は外せないイシューになっていますが、データセンターに対する企業や市場のニーズは昨今どのように変化していますか?

    松林修(以下・松林):データセンターは、多くの電力を使う設備です。その電力を「再生可能エネルギーにしてほしい」というご要望がとても増えました。

    一般的に、GAFAMといわれる外資系の「ハイパースケーラー」など、大量のデータを処理する事業者や大手企業ほど重視されている印象で、パーパスに従って再生可能エネルギーの中身にまでこだわりを持たれています。例えば、「バイオマス発電は森林伐採につながる可能性があるので避けたい」あるいは、「太陽光発電は山の斜面を切り崩す環境破壊に加担する面があるかもしれない」と危惧するお客さまもいらっしゃいますね。

    松林修|NTT Com クラウド&ネットワークサービス部 部門長兼データセンタープロダクトオーナー
    日本電信電話株式会社にて黎明期のインターネットサービス/OCNの立ち上げ、デザイン思考を踏まえた中堅企業向け営業手法の開発などに従事。その後、CATV等の事業者向け営業を経て、お客さまのDX実現に向けたサービスやクラウドシフト時代に向けたFlexible InterConnectサービス等を展開。
    2021年よりデータセンタープロダクトオーナー。株式会社日経統合システム社外取締役、NTT Comアジア社外取締役

    ――外資のハイパースケーラーほど、関心が高い理由はどこにあるのでしょう?

    松林:外資系企業ほど環境問題に強くコミットし、サステナビリティ経営のニーズが高いと考えています。外資系企業の中には環境性能向上に向けた企業の買収や新技術開発への多額の投資、実証を含めて環境配慮型設備を自社設備に導入することなどを力強く推進している企業もあり、環境への投資意欲が日本とはまったく異なる事業者・企業もあります。また、環境に配慮できていないビジネスを進めていたら、取引先や投資家からそっぽを向かれるとの経営観点での危機意識も高いと考えています。

    加えて、2022年を境にChatGPTなどの生成AIが爆発的に普及したことも見逃せません。大規模言語モデルを学習させるような計算処理には、超高性能なプロセッサーが不可欠です。消費電力がこれまでよりずっと増え、サーバーはさらに高発熱になりました。熱を冷やすために必要な設備も含めて、データセンターの使用電力が激増することから、電力使用量の削減や効率的な冷却設備を実装しないと、ITのインフラが提供できないといった事態となりつつあります。結果、積極的な環境対策を練ることが必須となった、といえます。

    ――NTT Comは2023年10月より「Green Nexcenter™」という超省エネ型データセンターサービスの展開を発表されました。お話しいただいたようなデータセンターにまつわるニーズの変化に対応したものと思いますが、その特徴について教えていただけますでしょうか。

    松林:大きく2つあります。1つは「再生可能エネルギーを活用したゼロカーボン」対応であることです。再生可能エネルギーを使った電力を使用するだけではなく、お客さまのご要望に応じた多彩な発電メニューを揃え、お客さまが重視する観点に沿ったメニューを選べるようにしています。

    2つめが「水冷(液冷方式)による高発熱サーバー対応」です。これまでも、データセンターにおけるサーバーラックを冷却するため、常に新技術の実装を進めてきました。例えば、壁面吹き出し型の空調設備や、ラックに取り付けたセンサーが熱を持っている箇所を判断し、AIで学習して効率的にピンポイント冷却するシステムはすでに実装済みです。それらに加えて、今回追加したのが、より高い冷却効果が得られ、消費電力効率のよい液冷方式です。

    高発熱のサーバー類を冷却する技術はいくつかありますが、それぞれ冷却方式の実証実験を通じ、「サーバー内に冷水を循環させ、直接CPUやGPUなどのサーバー内の発熱体が接した鉄板を冷やす液冷方式」を新たに開発し、サービス提供を行うことを発表しました。

    ――社会の要請に応えて、データセンターのグリーン化は進歩しているわけですね。

    松林:そうですね。ただ、現状はどうしてもCO2排出を「抑制」する取り組みしかできていないというジレンマがあります。その意味で、CO2を「吸収」する“攻め”のアプローチとなるDACという技術には、我々も期待感をもって注目をしてきました。

    約30ナノメートルの「分離膜」で、CO2を透過する

    ――その“攻め”のアプローチであるDACとは、どのような仕組みなのでしょう?

    藤川茂紀氏(以下・藤川氏):空気中のCO2を文字通り直接回収するのが、ダイレクト・エア・キャプチャー(Direct Air Capture)、頭文字をとってDAC(ダック)と呼ばれるものです。すでに欧米では社会実装が始まっています。アイスランドやスイスでは、大規模なDACシステムが建設されすでに稼働しているのです。ただし、現状ではそれらはかなり巨大な施設で、設置可能な場所が限定的です。

    CO2を回収する方法は主に3つの方式が挙げられます。1つはCO2を吸収する薬液剤(回収液)にCO2を溶解して回収し、その回収液を加熱して、回収液の再利用化とCO2を取り出す「溶液吸収」方式。2つめはCO2を吸着する粉末・固体剤を使って脱臭剤のように除去する「固体吸着」方式。そして3つめが空気清浄機のフィルターのように除去する「膜分離」方式です。

    現在に、実際にすでに稼働しているDAC設備は「溶液吸収」か「固体吸収」のみです。両者は「膜分離」に比べて、実現性が高いためです。溶液吸収や固体吸収で処理する技術は工場などでは排気ガスの処理においてすでに採用されているので、それをCO2用に変えればいいわけです。

    ただし「溶液吸収」や「固体吸収」は、空気中に含まれるわずかなCO2を吸収するために大量の薬品や、CO2が吸収・吸着した薬剤からCO2を再回収するためにかなり多くのエネルギーが必要となります。

    藤川茂紀|九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER) 主幹教授
    1999年九州大学大学院工学研究科博士課程修了,博士(工学)。同年日本学術振興会特別研究員,2000年より理化学研究所にて,博士研究員,副チームリーダー,チームリーダーを経て、2012年九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所 准教授,2020年から同研究所 教授

    ――そのためには大きな設備が必要になるわけですね。

    藤川氏:そのとおりです。その結果、設置場所が限られてしまい、CO2が大量に発生する人口の多い都市部にDACを設置することが難しいという問題が発生します。そこで私が取り組んだのが、第3の道「膜分離」方式なのです。

    ――「膜分離」は小さな設備で実現できる?

    藤川氏:膜分離は、空気清浄機のように膜に大気中の空気を透過させて、CO2とそれ以外を分離させる仕組みのため、水も薬品も使いません。装置は小さくなり、省スペースに設置できます。研究が進めば、一家に一台、DAC設備があるような世界を目指していけるのではないかと考えています。もっとも、5年ほど前まで、私たちの研究は世界中から相手にされていませんでしたが(笑)。

    ――実現不可能だろう、と?

    藤川氏:はい。膜分離を実現するためには、空気をしっかりと透過させたうえ、CO2を「選択」してとりださなければなりません。「透過性」と「選択性」を機能させる必要があるんです。

    だからといって大きく、厚くなったら、やはり装置は大きくなる。そこで極限まで薄いけれど丈夫で、しっかりと空気を透過して、CO2を選択できる特殊な素材を使った膜を開発したのです。

    ――分離膜の薄さはどれほどなのでしょう?

    藤川氏:約30ナノメートルです。食品用ラップの1/300ほどの薄さです。ウイルスより薄い。世界中の研究室でも、まだこの10~100倍ほどの厚みで四苦八苦しています。

    しかし、我々の開発した分離膜があれば、小型のDAC装置が開発でき、家電のようなサイズにまで落とし込めると考えています。

    マンションやオフィスや商業施設が立ち並び、人が多く住む東京のような都市部に分離膜方式のDACを設置することで、ゼロカーボンに迫っていきたいのです。

    藤川研究所で開発された分離ナノ膜

    ――分離膜方式のDACを社会実装していくためにクリアするべき課題とはどういったものでしょうか。

    藤川氏:大きいのは技術的な課題よりも、事業として価値化できるかどうかです。ビジネスとしてのストーリーを描き、共感してもらえるかでしょう。

    一度、妻に「私が開発した(分離膜方式の)DAC、欲しい?」と聞いたことがあるんです。そうしたら「いらない」ときっぱり返されました(笑)。いかに画期的な技術といえども、コストパフォーマンスやデザイン、機能といった部分も含めて、市場に即したものに仕上げなければならないということだと思います。

    企業の方々にとっては、DACの革新性は理解しやすいものです。しかし、一般家庭に導入してもらうような世界観をつくるには、ただCO2を削減するだけはない価値をつくり、伝えることの必要性を感じています。

    ――具体的にはどのような価値をつくり、届けようと考えていらっしゃるのでしょうか。

    藤川氏:まずは、分離して集めたCO2をそのまま再利用する方法です。わかりやすいのが「炭酸ガス」です。

    意識されている方は少ないですが、ビールなどの炭酸飲料に使われている炭酸は、メタンガスを生成する際に出てくる副産物なのです。

    そうした炭酸ガスが空気中から生成できるようになれば、例えば「富良野の美味しい空気を炭酸として取り入れたビール」や「渋谷のストリート生まれのコーラ」といった新たな付加価値をまとった製品ができます。

    農業利用も実現性が高い領域です。CO2が植物にとって光合成を促し、生育につながることはご存知のとおりです。また、CO2を化学的に変換して、メタンにして都市ガスとして活用するプロジェクトも画策中です。空気中から再エネが生み出せるわけです。

    ――単にカーボンニュートラルを実現する以上の可能性があるのですね。

    藤川氏:はい。ただ、実際には我々の研究室、大学の力だけではなし得ません。そこでビジネスパートナーが必要です。今は、総合商社の双日さんとつくった新会社(Carbon Xtract株式会社)とともに実装に向けたプロジェクトを進めています。DACによって実現できる市場、あるいは未来を一緒につくっていけるパートナーを求めているんです。

    分離膜式DACとNTT Comが引き寄せる未来

    ――松林さんは、藤川先生のDAC開発および構想のお話をどう捉えていらっしゃいますか?

    松林:すばらしい技術であり、取り組みと考えています。データセンターに引き寄せると、先に述べた生成AIの普及で計算資源が膨張し、ムーアの法則のように不可逆的に増えると予想されます。従来の熱対応では確実に間に合わなくなります。

    我々のGreen Nexcenter™で用いているような技術と、DACのような仕組みをかけあわせることで、真の循環型のデータセンターが実現できないものか、と興味があります。

    藤川氏:先ほどご説明したように、除去したCO2からはメタンが生成できます。実は、そのプロセスにはCO2と水素、そして熱が必要なのです。

    データセンターの熱を活用することで、効率よく再生エネルギーが生成でき、またそれをデータセンターで利用できたらおもしろいですね。

    松林:そもそもデータセンターの熱を冷やすのも、空冷や水冷を使ったところで、エネルギー保存の法則で、熱をどこかに逃がす必要はありますからね。排熱そのものを活用できるのは本当に価値があると思います。

    藤川氏:そうですね。また、もし我々のような機関がNTT Comさんのような企業と共創するならば、インフラ設備の領域で真価が発揮されるのではないかと思います。NTT Comさんは、データセンターやオフィスビル、通信設備だけじゃなく、それらをつなぐ「管路」を持っています。その管路を利用して、各家庭やビルなどで回収したCO2を運搬できたら、価値化の面が大いにやりやすくなる。仮に一家に一台、DACを設置することができても、そこで分離したCO2をどうやってどこまで運ぶかという課題はありますから。

    松林:通信用の管路に水素を通すプロジェクト、実証実験もNTTグループとして進めています。同様にCO2を運べたらおもしろいですね。

    藤川氏:実現できたらすばらしいです。例えば都心の大型商業施設兼オフィスビルからは、オフィスゾーンだけでも年間10万トン以上のCO2が排出されているのです。東京にはその規模のオフィスビルがごまんとありますよね。そういう場所で発生しているCO2を再利用できるとなった場合、その運搬のために既存のインフラをどう活用するかを考える必要があるはずです。そうしたインフラをすでに持っている企業との共創は、とても意義があるし、都市のカーボンニュートラルを一気に前進させる起爆剤になりえると考えます。

    ――そうした未来を実現するために、まず着手すべきはどんなことでしょうか?

    藤川氏:やはりプロダクトアウトの着想だけではなく、「マーケットをつくる」発想が不可欠ですよね。

    「分離膜のDACでCO2を再利用しましょう」。そこまではわかったけれど、実際にどれくらいの濃度のCO2が使い勝手がいいのか。またそれをどのようにしてユーザーの元に届けられるのか。もちろん、経済コストはどれくらいなのか。そういったところまで、具体的なシナリオがバックキャスティングで描けないと、多くの方に動いてもらうことはできません。

    松林:一方で、それくらい大きなビジネスが創出する期待感もありますよね。カーボンニュートラルに関してビジネス的な観点でいうと、現状はカーボンクレジットくらいしかありませんでしたから。

    同時に、そういった新しいマーケットを早々につくりあげないとまずい、という危機感もあります。先にあげた「Green Nexcenter™」のような試みもそうですが、環境配慮した仕組みに関して、欧米における先進的な事業者・企業は本当に敏感に反応し、当たり前のようにそこに投資されています。日本のように「コストがかかるならば…」と腰がひけることがない。気がつけば、グローバルスタンダードと大きな差がついてしまうのではないか、という危機感も持つべきでしょう。

    藤川氏:忌憚なく言わせていただくと、すぐに利益が出る研究、サービスならばすでに誰かがやっています。「ビジネスになる」とわかってからでは遅いんですよね。だからこそ、今の段階で大勢の方に参画してもらいたい。CO2の可能性に積極的に取り組むことで、日本を、世界を、環境を変えていきたいですね。