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Carbon Neutrality
2024.02.02(Fri)
目次
ーー松本市は全国に先駆けて、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みに注力されてきました。背景にはどのようなきっかけや要因があったのでしょうか。
茅野恒秀氏(以下、茅野氏):気象庁の観測データによれば、松本市では、1890年代から現在までに2.01℃平均気温が上昇しています。観測地点の都市化の影響もあると思いますが、長野市でも1.3℃、飯田市でも1.4℃と、日本全体の平均気温の上昇が1.26℃ですから、長野県は全国に比べて気温上昇幅が大きい。標高が高いこともあるのかもしれません。山岳地帯に生息するライチョウをはじめとする多くの野生生物も影響を受けることになります。そうした予想から、松本市では早くから地球温暖化対策に取り組んできました。
また松本市は、東の端に美ヶ原、西側には北アルプス、中央にはたくさんの扇状地があり、水資源が豊富です。そのため、明治時代から多くの水力発電所がつくられてきました。そうした自然エネルギー、地球温暖化、生物多様性と深い縁のある土地が、ここ松本なのです。
宮之本伸氏(以下、宮之本氏):松本市は、2002年の地球温暖化防止実行計画の策定や、フードロス削減を呼びかける「残さず食べよう!30・10(さんまる いちまる)運動」の提唱など、以前より環境問題に積極的に取り組んできました。カーボンニュートラル推進の大きなきっかけとなったのが、2020年当時の菅義偉首相による「2050年カーボンニュートラル宣言」です。このときに、「カーボンニュートラルこそ、松本市が全国約1700の自治体の先陣を切ってチャレンジできる領域である」と強く認識し、2021年にスーパーシティ型国家戦略特区に松本市が立候補した際も、「100%カーボンニュートラルな自律分散型まちづくり」を構想の柱に置きました。
ーーどのような取り組みを行っているのでしょうか。
宮之本氏:目下、力を入れているのが、太陽光パネルの設置推進です。地域エネルギー需給データベースによれば、松本市には20,562TJ(テラジュール)の再生可能エネルギー導入ポテンシャルがあり、その内訳の8割以上を占めるのが太陽光発電です。つまり、太陽光パネルの設置をいかに推進していけるかが、松本市のカーボンニュートラル実現のカギとなっているのです。そのため、最近、太陽光発電事業を適正に推進していくための条例を制定しました。
また、毎年約50万人の観光客が訪れる乗鞍高原は、環境省の「ゼロカーボンパーク」の国内第1号および脱炭素先行地域に選定され、力を入れているところです。
ーーどのような点が評価され、乗鞍高原が第1号の「ゼロカーボンパーク」に選定されたのでしょうか。また、どのようにして計画を具現化していくのでしょうか。
茅野氏:乗鞍高原は古くから「自然と人間が共生する暮らし」のビジョンを提示してきました。そもそも乗鞍を含む中部山岳地域が1934年に国立公園に指定された際、上高地や白馬に加えて乗鞍が選ばれたのも、乗鞍岳の麓には古くから人が住んでおり、高原の気候に適応した放牧などの産業が成立した結果生み出された美しい景観が評価されてのことでした。高度経済成長期に、乗鞍高原はスキー観光地として栄え始めますが、気候変動が進行すればウィンタースポーツは楽しめなくなりますし、乗鞍岳山頂に生息するライチョウも生息できなくなってしまいます。そのため乗鞍高原は「自然と人の暮らしをいかに共存させていくか」について、長年考え続けてきた場所なのです。
具体的なアクションとして「エネルギーの地産地消」を推進することで、カーボンニュートラルの実現を目指しています。例えば、乗鞍高原には住民や旅館・ペンションの経営者など250世帯の人々が暮らしていますが、小水力発電や太陽光発電を導入することで、そうした人々の生活に必要な電力を自給できるようにする。また、寒い地域であるため、熱の需要が非常に大きいのですが、各世帯の薪ストーブに地元の森林で伐採した薪を供給することで、景観維持と同時に燃料の地産地消を行う、といった仕組みの実現を目指しています。
また、年間約50万人の観光客が訪れる乗鞍高原では、地元の住民のみならず観光客の方々にも、「ゼロカーボンな暮らし」を体験していただけます。これは乗鞍高原ならではの強みで、「環境・暮らし・観光」の3要素を基盤にしたビジョン「のりくら高原ミライズ」を策定した結果、環境省の「ゼロカーボンパーク」「脱炭素先行地域」に選んでいただきました。
ーー企業の視点から、さまざまなGX領域のプロジェクトに関わってこられた熊谷さんは、松本市や乗鞍高原の取り組みをどのようにご覧になっていますか。
熊谷彰斉氏(以下、熊谷氏):乗鞍高原は、ずいぶん前から自家用車による乗り入れを禁止し、バスで輸送するなど、以前から野生生物や環境保護のために、さまざまな取り組みをしてこられました。そうした「これまで当たり前に取り組んできたこと」が、ここに来て再評価されているのだと思います。
普段は企業の方々とお話しする機会が多いのですが、「企業としてCO2を削減していきましょう」という動きは、ある程度浸透してきていると感じています。そして、最近、新たに出てきているのが「ネイチャーポジティブエコノミー」「生物多様性」「自然資本回帰」といったキーワードです。つまり、脱炭素は1つの重要な要素でありながらも、そこにとどまるのではなく、脱炭素と生物多様性や自然資本の回復を掛け合わせて推進するような企業や自治体が増えてきているのです。私たちドコモグループもまた、そうした姿勢に変わってきています。
こうした流れにおいて、松本市や乗鞍高原の「ゼロカーボンパーク」の取り組みは非常に先進的であり、多くの企業や自治体にとって参考になるものだと思います。
ーーカーボンニュートラル実現のためには、企業、自治体、研究機関などの垣根を越えた連携が重要になってくると思います。松本市では、どのようにしてセクターを越えた連携に取り組まれているのでしょうか。
茅野氏:2022年に、松本市と信州大学が発起人となって「松本平ゼロカーボン・コンソーシアム」という産学官連携型のコンソーシアムを立ち上げ、脱炭素型地域社会の実現に向けた取り組みを進めています。現在は130に迫る企業・自治体・研究機関の皆さまに参画いただいております。
もともと信州大学は、2005年に松本市との包括的連携協定を結び、長らく地域に根ざした研究活動を展開してきました。そのなかで、まだ「脱炭素」というワードもなかった2015年ごろに、地域主導による再生可能エネルギー事業推進をテーマに全4回の勉強会を開催しました。この勉強会に一般市民や金融機関の方々にもご参加いただけたことが、コンソーシアム構想の大きなきっかけとなりました。
また、先端技術をまちづくりに生かした未来都市「スーパーシティ構想」実現のために国レベルの動きがあったことも1つの契機になりました。やはり、単独の自治体や一社の企業、市民一人ひとりというレベルでは、地域の社会システムを脱炭素型に転換していくことはできません。産学官民がお互いに学び合いながら、できることを1つずつ増やし、地域一丸となって脱炭素の実現に向けて進んでいく。こうしたプラットフォームをつくるべく、このコンソーシアムを立ち上げました。
宮之本氏:「松本平ゼロカーボン・コンソーシアム」の最大の特徴は、松本市だけでなく、安曇野市や塩尻市、朝日村、山形村など、行政の枠を越えてさまざまな自治体や企業に参画いただいている点にあります。当初は「松本“市”ゼロカーボン・コンソーシアム」という案もありましたが、信州大学や地域の事業者は松本市内だけで活動しているわけではありませんし、松本市だけで脱炭素を推進しようとしても限界があります。
「自治体間の連携」は多くの自治体が抱えている課題の1つだと思いますが、「脱炭素」という旗の下であれば、自治体の垣根を越えてお互いに学び合うことができる。そんな自治体同士の連携の場をつくっていきたいという狙いもあり、「松本平ゼロカーボン・コンソーシアム」というかたちにしました。このような地域のさまざまな自治体・事業者が集まる産学官の連携組織というのは、全国的にもかなり珍しいということで他県の自治体からも注目されています。
ーーどのような事業者が参画しているのでしょうか。また、普段はどのような活動をされていますか。
茅野氏:松本市内に限らず、広く松本平で事業活動をされている企業に参加いただいておりまして、東京に拠点を置く企業もあります。参加企業の主なモチベーションは、「地域の脱炭素実現のために、自分たちにできることを見つけたい」「脱炭素に向けて変化していく社会において、ビジネスチャンスを獲得したい」といった部分にあるのではないかと思います。
活動の柱は大きく2つ、全体の学びの場である「定例フォーラム」と、テーマ別で活動する「課題別部会」です。2カ月に一度の「定例フォーラム」では、地域主導型のエネルギー事業や再生可能エネルギーの最新動向などといった脱炭素関連のテーマについて、信州大学が持っている研究者のネットワークを活用し、最先端の実践や研究を行っている方を講師にお招きして、勉強会を行っています。毎回、対面とオンラインを合わせて約150名の方々にご参加いただいています。
「課題別部会」では、それぞれ課題ごとの学びを深めながら具体的なアクションを検討しています。例えば最近では、駐車場の屋根に太陽光パネルを設置する「ソーラーカーポート事業」を先駆的に進めている松本歯科大学のもとに視察に行き、その内容をもとに今後の取り組みについて検討する予定です。
ーーコンソーシアムの設立から2年近く経ち、参加事業者数も増えてきたなかで、課題やメリットに感じていることなどはありますか。
茅野氏:会員数が130近くと大幅に増えてきたことで、かなり先進的に取り組んでいる事業者と、「何をどこから始めたらいいのかまったく分からない」という事業者が混在している状況にはなってきています。
ただ、これは弱みというよりも強みであると捉えています。進んだ取り組みをしている事業者は「コンソーシアム内であればノウハウを提供してもいい」と、定例フォーラムや課題別部会で積極的に事例を共有してくれるので、うまくナレッジが循環するプラットフォームになっている実感があります。
また「新たに脱炭素の取り組みを始めたい」という事業者にとっては、このコンソーシアムが他の企業や自治体と目線を合わせるためのプラットフォームとして機能しています。脱炭素に取り組むための最初の一歩として、まずはこのコンソーシアムに入っていただき、さまざまな学びや連携を通じて次のアクションにつなげていけるという点で、参加企業の方々にも具体的なメリットを感じ始めていただけているのではないかと思います。
宮之本氏:脱炭素分野における第一人者の方々から学べることがありがたいです。例えばEV車や再生可能エネルギーをどのように導入していくのか、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の建物をどう推進するのか、どのような地域新電力を立ち上げれば成功する確率が高いのか、といった知見をいただけるという点で、「松本平ゼロカーボン・コンソーシアム」は非常に有益なコミュニティーだと感じています。
130の参加事業者の中には、利害関係のある企業も含まれていますが、いまのところ目立った課題はありません。やはり「脱炭素」のような、今後大きくビジネスが展開されていく分野においては、「みんなで同じ方向に進んでいこう」という力学が働きますし、茅野先生をはじめとする運営委員の方々の進め方がうまいというのもあると思います。公明正大に組織を運営していただいているからこそ、利害関係の衝突が起きず、全員が一丸となって課題に取り組めるプラットフォームになっているのではないかと思います。
ーー熊谷さんは、「松本平ゼロカーボン・コンソーシアム」のような取り組みに、どのような意義があると感じますか。
熊谷氏:「2050年までのカーボンニュートラル実現」という目標がありますが、いまある技術で達成できるのは50%ほど。残りの50%のうち、約46%は、これから新しい技術を開発していかなければ、達成できないといわれています。そのため、研究機関や大学の方々と連携して新たな技術を開発していくことは、カーボンニュートラルを実現するうえで必要不可欠であり、実際に私たちもいろいろな研究機関の方と連携しています。
また、さまざまな自治体の事例を視察していますが、やはり企業単体にできることは非常に限られていると感じます。企業は、技術や人材を提供することはできても、例えば自然(森や川など)の保全といった、地域の方々と一緒に進める環境への取り組みなどは企業だけではなかなかできないことです。やはり、自治体がコーディネートのカギを握っています。そのため、「松本平ゼロカーボン・コンソーシアム」のようなプラットフォームを通じた産官学の密な連携は、地域の脱炭素を進めていくにあたって、非常に重要な要素だと思います。
我々ドコモグループとしても、長野県全体のDX化・GX化をサポートするべく、ドコモビジネスソリューションズ長野支店が地域に根ざした企業活動を行っていますが、その活動の一環で松本平ゼロカーボン・コンソーシアムへも参画しています。松本平のカーボンニュートラル実現に向けてドコモグループのアセット紹介や情報提供などを行っています。
ーー今後はどのような企業に、「松本平ゼロカーボン・コンソーシアム」に参加してほしいですか。
茅野氏:業種の縛りはまったくなく、松本平で事業を展開されている事業者はもちろん、他地域・他国の事業者の方々の参加も歓迎しています。あえて特定の事業種に絞っていないのは、あらゆる事業に脱炭素の視点が求められているためです。
「脱炭素経営に転換していきたいが、何から始めたらよいのか分からない」という事業者には個別のコンサルテーションで対応させていただきますし、そうでなくても、さまざまな企業、行政、学術研究機関が協働することで得られる刺激やメリットは大きいと感じます。ぜひ幅広い事業者の方にご参加いただけましたらうれしいです。
宮之本氏:これまで8回「定例フォーラム」を開催していますが、その内容はすべてYouTubeにて公開しています。こちらを見ていただいて「これだったら入ってみたい」と思われた企業、金融機関の皆さまは、ご参加いただきたく存じます。
https://www.youtube.com/channel/UCjHJKktLWuO5MbbsNTult_g
ーー最後に、カーボンニュートラル実現、GXに向けて、皆さんがこれから取り組みたいことについて教えてください。
熊谷氏:企業としてCO2排出量を減らしていくことは引き続き取り組んでいくと同時に、最近さまざまな方とお話しするなかで感じるのは「環境問題に取り組むときには環境問題という切り口からの視点だけでなく、他の関連する課題の視点も入れて取り組む」という姿勢です。我々も今まで以上に地域活性化や一次産業の活性化などの他の社会課題と併せて取り組んでいく考えです。
また、企業の場合には、「もうかるのか?(=事業としての継続性)」という部分と接続しなければなかなか投資ができません。したがって、カーボン・クレジットのような「環境対策と同時に、取り組む企業や関係する方たちにとって経済的メリットのある取り組み」、また「環境に対して人々の意識や行動の変容につながるような一人ひとりが日々環境に少しでも興味を持っていただけるITサービスや教育プログラム」など、さまざまな角度から環境課題の解決につながるような仕組みを提供していきたいと考えています。
茅野氏:この領域には、グローバルな社会経済の変化、国レベルの大きな変化、それを受け止める都道府県レベルの変化、そして松本市のような地域レベルの変化という4層の変化があるわけですが、それぞれがちぐはぐにならないかたちで相乗効果を生み出しながら、新たな脱炭素社会に向かっていくためのデザインが必要だと感じています。
そこにはおそらく、理工系の技術開発だけでなく、社会システムそのものを変革していくための技術開発が必要であり、地域に関わるすべての主体が個別に持っている地域課題と、「脱炭素型社会への転換」という課題をうまく重ね合わせて実行に移していくことが重要だと考えています。
「松本平ゼロカーボン・コンソーシアム」はそのための第一歩であり、このモデルと私たちの考える脱炭素社会の在り方を、ここ松本から全国に向けて発信していきたいです。
宮之本氏:松本市は2022年、「ゼロカーボン実現条例」という条例を制定し、ゼロカーボン実現計画を策定しました。この計画のなかでは、運輸、産業、家庭といったおのおのの部門でいつまでにどれだけ温室効果ガスを削減するのかという具体的な数値目標を定めました。目標の確実な達成に向けて、前進してまいります。
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