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Creator’s Voice
2023.04.19(Wed)
目次
河合詠美(以下・河合):著書『ニュータイプの時代』でも触れられていますが、日本企業の多くはこれまで「役に立つ」ものづくりで優れた力を発揮してきました。しかし、多くの市場でコモディティ化が進み、かつてほどプレゼンスを発揮できなくなっています。こうした現況を、どう捉えていらっしゃいますか?
山口周氏(以下・山口氏):まず強調しておきたいのは、日本のものづくりそのものは、いまだ圧倒的に優れているということ。細部へのつくり込みなどを含めた製品の質、そして生産性の高さは、グローバル市場において圧倒的で、大きな価値を生み続けています。
しかし、問題はものづくりビジネスが構造的に値段の下落を引き起こしてしまうことです。優れたプロダクトでも、次第にその技術水準に迫る製品が、他国でもつくられるようになります。グローバル市場では、人材とともにノウハウも流出しますから。似たプロダクトが多くつくられるようになれば、当然、値段は下がる。
加えて“もの”である以上、それをつくり、売るときには物流コストが発生します。こちらはなかなか下がりません。消費地に近い場所でつくられたものが圧倒的に優位になります。
河合:よほど付加価値の高いものづくりをしていかないと、競争力はなくなりますね。
山口氏:そうですね。例えば、メイドインジャパンの国産スポーツカーは素晴らしいクオリティです。しかし、フェラーリやランボルギーニと比べたら値段が1/10ほどに落ちてしまいます。ほぼ同じ体積だから物流コストも変わらない。性能だって少なくとも10倍もの差はあり得ません。
しかし、それらには、「安全で安定した素晴らしい移動手段」という“役に立つ”価値の他に、「世界に名だたる歴史あるスポーツカーブランドに乗る」という“意味”がある。その価値は圧倒的で、10倍の値段を出してもいいという人がいるというわけです。
河合:確かにモノが溢れ飽和する今の時代は、先進国ではモノの価値が下がり、「役に立つ」ものはたいていの人が手に入れています。役に立つとはまた別の、何かしらの「意味がある」ものでなければ、わざわざあえて手に入れたいと思わない方が多いのですね。
山口氏:ものづくりが変わらなければいけない大きな潮目だと思います。象徴的なのは、近年の“こんまり(近藤麻理恵)”さんの世界的ブレイクです。彼女の著書『人生がときめく片づけの魔法』は全世界で1300万部を超える世界的ベストセラーで、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』と比肩するくらい売れました。極めつけはタイム誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」の1人にも選ばれたことです。
彼女の活動や著書は、単に上手な片付けの方法を伝えただけでなく、ものづくりにおける大きな歴史の転換点を象徴するものだったといえます。「ものと自分の関係性を見直そう」「ときめくかどうかの感情で必要性を判断しよう」という彼女の主張(=ものに対する新たな意味付け)を、先進国の多くの人たちが支持したわけですからね。
『KonMari ~”もっと”人生がときめく片づけの魔法~』予告編 – Netflix
河合:そんな状況の中でも支持されるものづくりをしていくには、どうすれば良いのでしょうか。
山口氏:まず“顧客の位置付け”を、考え直す必要があります。今、多くの人が“パーソナルメリット”ではなく、“ソーシャルメリット”を意識して消費し始めています。そうした価値観の変化を意識し、顧客の位置を捉え直す必要があります。
例えば、Fairphone社をご存知でしょうか? アムステルダムの新興スマホメーカーとしてシェアを伸ばしているのですが、その特徴はユーザー自らがスマホを分解、修理できることにあります。仮に調子が悪くなったらメーカーが用意しているモジュラーパーツを購入して、自宅で交換すれば使い続けられる。あるいは性能の高いパーツが発売されたら、それだけを交換すれば、機能を落とさずに同じスマホを使い続けられます。つまり、コンセプトは「商品のライフサイクルをスローにさせる」ことなんです。
Fairphone
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河合:少しずつ直しながら1つのスマホを長く使い続けてもらう。環境負荷も低く、エシカル消費を好む方々に支持されそうです。
山口氏:そうですね。ごみも減り、二酸化炭素の排出量も削減できますからね。そして実際にFairphoneはエシカル消費を好むミレニアル世代、Z世代のユーザーを増やしています。
要するにFairphoneがやっていることとは「バッテリーが長時間持つ」「今より美しい写真が撮れる」といった、ユーザー個人の便益=パーソナルメリットよりも、もっと大きな社会的な意義=ソーシャルメリットに訴求した提案です。しかし、それこそが顧客から支持されるポイントにもなっています。Teslaもいわば似たアプローチですよね。
河合:確かに。ガソリンエンジンが当たり前だった自動車業界に、Teslaのイーロン・マスク氏は「化石燃料依存はおかしいのではないか」とソーシャルメリットを押し出してEVに参入してきました。
山口氏:しかもTeslaは創業が2003年と、20年も前です。とても早かった。Teslaはその後、一時全世界の自動車メーカーを合わせたよりも大きな時価総額を持つ会社になりました。
市場調査をした上で顕在的なニーズを探し、石橋を叩いて渡るように事業化する。そんな従来型のものづくりをしていたら、成し得なかった結果でしょう。20年前に眼前のニーズを拾ったら、「EVで行こう!」とは到底思えません。
河合:確かにそうですね。パーソナルメリットよりソーシャルメリットに訴求したほうが支持される変化の節目は、私自身も感じます。
例えば、とある化粧品会社も、早くから環境配慮型のサステナブルなプロダクトを展開されています。廃棄されていた家具をつくるときに出る木くずを再利用し、スキンケア製品の容器をつくっています。コンセプトもデザインもとても洗練されていて、多くのファンの方がいらっしゃる。どこか「環境にいい製品を使っているのだ」という優越感も含んだ喜びを感じていただいているそうです。
山口氏:ただ、ミレニアル・Z世代より上の世代に、こうしたエシカル消費の実態をお話しすると「やせ我慢して使っているんじゃないの?」と言われることがあるのもまた事実です。私もガソリンエンジンの車を運転することが大好きなので、実のところその気持ちも分かるのですが(笑)。
しかし、イギリスの思想家ケイト・ソパーは「エシカル消費やミニマル消費において、自己利益は抑制されているわけではなく、むしろ社会・環境への配慮が積極的に自己利益に内部化されている」と説いています。これについては全く同感です。
Fairphoneにしろ、EVにしろ、木くずを使った容器にせよ、別に我慢しているのではなく、ソーシャルメリットがあるプロダクトをかっこいい、価値が高いと考えている人が増えている。人々の欲望はアップデートされているんです。日本のものづくり企業は、そうした顧客の変容に無関心すぎる気はします。
河合:マインドセットから変えていく必要があるということですね。そして、それが社会課題の解決にも直結する。
ただ、身軽なスタートアップ企業などと違い、トラディショナルな大企業などは、そうした変化に対応するのがやはり難しい面があるのもまた事実です。大企業が積極的に、マインドセットから変わっていくには、何から始めるのがいいのでしょう?
山口氏:「1年間ほど事業を止めてみる」のはどうでしょうか?
河合:過激ですね(笑)
山口氏:それは冗談にしても、これまでのやり方、ものづくりの常識から離れる必要はあると考えます。ヴァルター・ベンヤミンというドイツの批評家が「歴史の天使は後ずさりして未来へ進む」と言っているんですね。
河合:未来へ進むのに、「後ずさり」なんですね。
山口氏:普通なら、足を前に踏み出していくイメージを抱きますよね。しかしベンヤミンは「未来に突き進む原動力は、目の前にある世界に対する“嫌悪感”から生まれる」と答えています。思わず「後ずさり」するようなひどい現状と対峙して、だからこそ人は、今とは違う未来をつくり出したいと動き始めるのです。
考えてみれば、イーロン・マスクがTeslaを立ち上げたのも、ガソリンエンジンの自動車が二酸化炭素をまき散らしながら走り続けている光景に対する“嫌悪”が始まりといえます。Fairphoneの創業者たちも、既存のスマートフォンビジネスのあり方に対する嫌悪が、サステナブルな彼らのプロダクトの起点です。
河合:そうした嫌悪を抱くような感性は、例えば長く同じ会社、業界、産業の中にいると芽生えにくいと。
山口氏:クリティシズム、つまり批判的な精神は狭い枠組みの中で考えているとスポイルされやすいです。「そういうものだから」と片付けてしまう。会社の常識、業界のスタンダード、これまでの定石ーー。こうしたものから離れて、違う視座で現状を捉えるべきです。
「顧客は何を欲しがっているか」とリサーチするのではなく、「人間の暮らしはそもそもどうあるべきか」「人々が幸せを感じることは何か」と哲学的な見識からひもといていくアプローチが不可欠です。それができれば、意味のイノベーションは起こすことができるのです。
河合:「意味のイノベーション」とは?
山口氏:これまで世の中にまん延していた価値観とは異なる、「新しい当たり前」を生み出すことです。
河合さんがおっしゃっていた化粧品業界に紐づけていえば、ソーシャルメリットを訴えることで意味のイノベーションを成し遂げた先人がいます。イギリスの「THE BODY SHOP」です。同社は1976年にアニータ・ロディックが創業しました。彼らは早くから企業理念として「動物実験をしない」ことを宣言しながら、数々の商品を開発、発表してきました。
その姿勢に共感する顧客から支持を得て成長してきた企業といえるわけですが、その宣言こそが意味のイノベーションだと思うのです。「化粧品の動物実験をしない」とあえて言うことは、自分たち以外の既存の化粧品メーカーは、商品開発において「動物実験をしている」「命の犠牲の上に成り立っている」と白日の下にさらしたことと同じです。
それまでは何の意味も持たなかった他の化粧品メーカーに対して「動物実験をやりながら成長し、それを言わなかった不誠実なブランド」とマイナスのイメージを与えることにすらなったのです。
河合:オセロのように、化粧品を見る世の中の目を、白から黒へ変えてしまったのですね。
山口氏:そうです。そして、こうした意味のイノベーションを起こすような視点は、やはりずっと同じ場所にいる人間からは生まれにくい。
河合:なるほど。例えば、OPEN HUBは雑多な業種、バックボーンを持つ企業が集まり、共創を進めていくための場です。こうした環境は、意味のイノベーションを生み出す拠点であるとも捉えられますね。
山口氏:そうですね。ただ、どうせなら「窓をもっと開けて」ほしい。日本はとても平和な島国で、良くも悪くものんびりというか、まったりしている。環境問題やジェンダーなどといった多様性にまつわる問題意識について、他国は真剣に取り組むと同時に、もはやそれを前提にした社会づくりを進めている。日本はそうした社会課題への意識が極めて鈍い。
例えば4年前、ダボス会議の会場でパネルディスカッションがあったとき、登壇した5人がすべて男性だった。するとすさまじいブーイングが起きて、抗議の意味で観客全員が退席したほどでした。
ところが、いまだ日本は男性ばかりで大切な話し合いをするシーンが極めて多い。つい先日もある新聞社のシンポジウムで「サステナビリティ」をテーマにしていましたが、登壇者8人が全員男性でした。
河合:周回遅れになってしまっているということですね。
山口氏:そうした焦りを感じる必要はあると思います。多彩な企業がコラボレートすることはとても刺激になると思います。しかし、それが日本企業だけに閉ざされていると、同じ価値観の似た者同士が意見を交換するだけのエコーチェンバー現象が起きてしまいます。
ですから、「OPEN HUB」の名にふさわしく、窓をもっと広く、大きく開ける。意味のイノベーションの萌芽は、風通しの良い場所から生まれるのだと思います。
山口周さん登壇イベント 【オンデマンド配信中】
「時代の潮流にブレない、社会を豊かにするモノづくりのありかた」
<登壇者>
山口 周 氏 (独立研究者・著作家・パブリックスピーカー)
山中 洋 氏 (株式会社マルニ木工 代表取締役社長)
野呂田 学(NTT Com Chief Catalyst/Business Producer)
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