Manufacturing for Well-being

2023.04.05(Wed)

日本の各地域に根差した中小製造業を元気にしたい。
異業種が手を携えて進む、これからの「ものづくり」と「地方創生」

#スマートファクトリー #地方創生
ものづくりの町として知られる大阪府門真市で、市内の製造業が集う「KPF受発注システム」によるサービスの提供が始まりました。AIを用いたアルゴリズムにより受発注の最適なマッチングを実現するとともに、発注から支払いまでの業務を迅速化する取り組みです。背景には、顧客の要望に応えたいという強い気持ち、そして競争力低下や労働力不足に悩む地元企業を手助けし、ひいては日本の、各地域に根差した中小製造業を元気にしたいという願いがありました。

このシステムを運営する門真市中小製造業連携「門真プラットフォーム」の代表幹事企業である株式会社広伸の代表取締役 石川裕氏、同社顧問の林完爾氏、そしてシステムの技術面で支援するNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)スマートファクトリー推進室の大阿久和也に話を聞きました。

目次


    創業50年超の金属加工会社が目指した「連携」による課題解決

    ―KPF受発注システムは、広伸の呼び掛けで開発が始まったと伺いました。広伸の事業と、KPF受注システムが誕生した背景をご紹介ください。

    石川裕氏(以下、石川氏):広伸は、50年以上にわたって金属製品を製造してきた、従業員100名弱の会社です。大阪府の北東部に位置する門真市で、住宅用金物や店舗用什器などプレス加工と溶接組立を主体とする製品を中心に手がけています。加工技術の品質の高さや、材料加工から納品まで一貫して手がけられる体制が強みです。

    私は営業出身ですが、新規営業で企業を訪問した際、広伸だけでは作れない製品のニーズを知ることがよくありました。多くの中小のものづくり企業が、同じような課題を感じているのではないでしょうか。

    石川裕氏|株式会社広伸 代表取締役

    門真市ものづくり企業ネットワークという、門真市内のものづくり企業の情報交流の場があるのですが、そこに参加し始めて数年後に門真市の方から声を掛けられました。「地域未来投資促進法にもとづいた地域経済牽引事業の計画書を出してみないか」という打診です。
    ※地域未来投資促進法:地域の特性を生かして、高い付加価値を創出し、地域の事業者に対する相当の経済的効果を及ぼす「地域経済牽引事業」を促進することを目的とする法律。

    石川氏:そこで構想したのが、他社とオープンな関係で連携し、それぞれの専門能力を集結した受注システムの構築です。長年の課題だった自社だけではできないものづくりの壁を越えられますし、中小企業の課題を解決できる共有ツールになるのではないかと考えました。

    そこでWebシステムの開発業者を探していたところ、NTT Com(当時はNTTドコモ)が中小製造業とものづくり企業向けに「製造業受発注マッチングプラットフォーム」を開発し、トライアルサービスを始めていることを知ったのです。

    早速、説明会に参加して詳しく聞いてみると、私たちが思い描いていた構想とよく似ていました。そこで、自分たちで作る必要はないなと感じ、その場で担当の方へサポートを打診しました。

    大阿久和也(以下、大阿久):競合サービスという見方もできますが、むしろお手伝いすることでマッチング市場が活性化するのではないかという期待があり、協業の話を進めさせていただきました。

    大阿久和也|NTT Com スマートファクトリー推進室

    ―NTT Comが先んじてプラットフォームを運営していたため、そのノウハウにも期待されたのではないでしょうか。

    石川氏:ある程度確立されたシステムを使わせてもらう方がいいですし、NTTのブランド力で利用が増えるのではないかという期待もありましたね。

    大阿久:NTT Comが利用者さまからいただいたご意見は、随時システムに反映していますので、システムを通じてノウハウをご共有していることになります。また、運用上の課題についてもご相談に応じています。

    中小の加工業者との新規取引を円滑にする3大機能

    ―システムを作るにあたって、発注側と受注側、双方のニーズにはどのようなものがあると想定しましたか。

    林完爾氏(以下、林氏):例えば自動車など量産型のメーカーでは、部品点数が多ければ多いほど発注先も増えてくるため、まとめて依頼できる一括発注のニーズが確実にあります。また、メーカー(発注先)は、新しい商品や技術の開発にあたり、新規の取引先を含めて、これを実現できる加工業者を探します。KPFでは、このような機会を効率的に生み出すために受発注システムの認知度を高め、効果的に運用したいと考えています。もちろんそのためには、メーカーが求める新しい価値を素早くキャッチし、顧客に提案できる価値を企業連携によって創出する必要があります。

    量産型と新しいものでは、市場ターゲットや取引の形態も異なりますが、KPF受発注システムではその両方を追いかけようとしています。

    林完爾氏|株式会社広伸 顧問

    石川氏:受注側の中小企業は営業力が足りていないように感じていました。営業にあまり経費をかけられない事情もありますし、営業よりも「ものづくり」に注力したいという考えもあるでしょう。

    ですから、ゆくゆくはKPF受発注システムを各社の営業の役割を果たす「顔」としてアピールできる場にしたいと思っています。

    ―そうした仮説のもと、KPF受発注システムにはどのような特徴を盛り込んだのでしょうか。まずはAIマッチングによる取引の概略を教えてください。

    石川氏:受注企業は、あらかじめ自社の得意な加工方法や保有設備といった情報を登録しておきます。

    一方の発注企業は、作りたいものの図面を登録し、素材や数量などを入力して見積りを依頼します。するとAIが双方の情報をもとにマッチングさせて、最適な受注企業を選定します。

    門真市を中心とする企業の中から、ニーズに適する新規取引先企業を素早く見つけ、取引を行うことができるのです。

    大阿久:このデジタルマッチング機能のほか、あと2つ大きな特徴があります。

    1つは「デジタル取引支援機能」です。支払いや請求などの事務手続きをインターネット上で完結できます。個社ごとの口座登録や書面による契約書の取り交わしが不要になり、発注までにかかる期間も短縮。取引上の不明点などはメッセージ機能を使って直接確認することができます。

    もう1つは「指名見積り・公開見積り機能」です。発注企業が自ら検索ワードで企業を検索し、直接指名して見積り依頼ができます。発注企業のニーズを満たし、高い技術力を持つ受注企業へダイレクトな発注が可能になるのです。

    林氏:決済システムを持っていることは、新しい取引を始めたい受注企業にとって特に大きなメリットだと思います。一般的に、中小企業において大手企業との新規取引は、与信管理の問題から簡単には始められません。

    ところが、KPF受発注システムなら決済代行会社が保証するので、与信管理の問題のハードルが下がるわけです。

    大阿久:取引先に合わせて口座を開設する必要もありません。発注から支払いまで一貫してKPF受発注システムがサポートすることで、取引先が増えた際の事務作業を大幅に省けるサービスになっています。

    実際に工場へヒアリングすると、まだ電話やファックスを使ったやりとりが多いと聞きましたので、コミュニケーションが迅速になるようにチャット形式のメッセージ機能も搭載しました。

    指名見積りと公開見積りはNTT Comでは考えていなかった機能で、AIマッチング以外にも便利なマッチングの仕組みが欲しいという要望を受けて搭載しました。企業を指名せずに依頼することもできます。

    林氏:現状、すべてAIでマッチングできるわけではありません。AIは数値や文字になっていなければ扱えず、領域や加工業者によってはノウハウや経験をうまく言語化できません。また、製造業は複雑ですから、あらゆる要件の入力に対応したシステムを作るのは現実的ではありません。

    石川氏:そういうケースについては、中核企業5社が中心となってコーディネートしています。

    大阿久:一方でAI技術の進展に伴って、今後はAIが担う領域が広がっていくでしょうね。

    広伸、NTT Com以外の企業の力も結集してKPFを運営している

    KPFによるサプライチェーン化で日本の製造業を活性化

    ―KPF受発注システムを今後どのように展開していきたいですか。

    石川氏:ニーズがあれば、どんどん広げていきたいと思っています。初期から機能は有していますが、AIによる図面管理の効率化と3D自動見積りシステムの精度向上です。「これ、前にやったよね?」「いつやった?」といった会話は、恐らく他の会社でも日常茶飯事ではないでしょうか。ニーズの多様化が進む中、多品種少量生産の現場で割ける時間はこれからもっと限られてくるでしょう。過去の図面を探す作業に手間どっている場合ではありません。

    AI図面管理システムはマッチングのために図面もAIが検索して、アップロードした図面が過去の図面と類似しているかを調べています。マッチングの利用増加に伴って図面もどんどん蓄積されていきますから、このムダをなくすためにもシステムを活用できればと考えています。

    3D自動見積りについては、現在は自社のみパラメータ値を設定しており、自社での加工見積りはその値により自動算出できるようになっています。これをユーザーに開示してもらうことにより、ユーザーの見積りも自動で行えるようになり、手間をとらずにマッチングが成立することも増えてくると考えています。

    林氏:KPF受発注システムが目指すのは、連携することでサプライチェーン化し、受注の多様性を担保することです。

    1社ですべての加工ができるような会社は、恐らく今後も出てこないでしょう。日本の製造業がだんだん力を失ってきて、廃業する加工業者も増えています。しかし数社が、あたかも1つの工場でものを作るように連携する、という方向性に活路があると思っています。

    いずれは門真市だけでなく、周辺の守口市、大東市、八尾市、東大阪市も巻き込んだ大阪北部5市の地域連携が必要になるでしょう。そのために行政にも動いてもらえるように取り組んでいきます。

    ものづくりが日本からなくなっては困るという、強い意思を持った企業に役立ててもらい、生産性の向上だけではなく、社会へ提供する価値を向上させていきたいです。

    大阿久:NTT Comは縁の下の力持ちとして、システムやAIなど技術的な面でのご支援を継続していきます。中小の製造業を活性化させたいという思いをとても強く持っていますので、日本だけではなく世界からの受注が取れるような強いシステムにしていきたいですね。