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Manufacturing for Well-being
2023.01.11(Wed)
目次
ーはじめに、ウェルビーイングの定義について教えてください。
渡邊淳司(以下、渡邊):ウェルビーイングの定義といっても、ある一つの定まったものがあるわけではなく、さまざまな考え方があります。例えば、WHOの健康の定義を参考にした「身体的にも、精神的にも、社会的にも、よい状態であること」という考え方や、Positive Computingという工学分野にあるように、ウェルビーイングを医学的・快楽的・持続的と3つに分ける考え方もあります。多くの場合、身体的・精神的・社会的な要素のすべてが重要だと考えますし、また近年は、一瞬の快楽ではなく、よい状態もわるい状態も含めた一定期間を、包括的かつ持続的に捉えて評価するものが多いです。
一方で、私自身が考える定義はと問われたら、それは「それぞれの人にとっての、よいあり方、よい状態」だと答えています。というのは、ウェルビーイングの重要な側面として、それぞれの人にとって固有であるという点と、その人の内面から捉えていくという点があります。もし仮にですが、人それぞれではなく、究極のウェルビーイング、唯一最高のウェルビーイングがあったとしたらどうでしょうか。それを目標にしたら、その価値観に合わない人は幸せではないということになってしまいますし、価値観が合っていたとしても、それをひたすら盲目的に追いかけるというのは、ウェルビーイングに囚われた状態だと言えるかもしれせん。目標とすべき状態、つまり形容詞的に考えるのではなく、むしろ、それぞれの人の行為のあり方を表す副詞的なものとして、「ウェルビーイングに生きる」「ウェルビーイングにいる」、さらには「ウェルビーイングに働く」「ウェルビーイングに学ぶ」「ウェルビーイングに遊ぶ」と考えると、自分のよいあり方を自分自身で発見し、実現していくようなイメージができるのではないかと思います。
ー最近ではリモートワークが普及して、人と会わずに仕事をすることも増えてきました。こうした環境の変化は、ウェルビーイングにとってどのような影響を及ぼすものなのでしょうか。
渡邊:コロナ禍以降の働き方は、リモートでのコミュニケーションが多くなり、触れ合う機会や、お互いの存在を身体で感じる機会が減っています。これは自身や他者が存在していること自体の価値、「内在的価値」と言いますが、それを実感する機会が損なわれているとも言えます。「内在的価値」の逆は「道具的価値」で、その人の機能から価値を考えるというものです。道具的価値で考えると、何かができる人だから価値ある人だということになりますが、もちろん、何かができること自体は素晴らしいのですが、逆に、何かができないことは悪いこと、不幸なことだということになってしまいます。何かができるというのは、その人だけでなく、周囲の人々の協力や環境との相性、さらには運や巡りあわせなど、さまざまなものの副産物です。だから、最終的な機能だけで人の価値を捉えることは、その生きる過程にあるウェルビーイングを取りこぼしてしまうことになりかねません。だからこそ、ウェルビーイングの実現には、自身だけでなく、目の前の親しい人、どこかで自分を応援してくれる人、もっと先にいる誰かの存在まで思いを巡らしていく必要があります。そういう意味で、リモートワークは場所を選ばずに仕事ができる便利で効率的な働き方であると同時に、独りよがりな考え方や孤独・孤立という状況に陥ってしまわないよう、他者への想像力を働かせることが重要です。
ーイギリスでは2018年に世界初の「孤独担当大臣」が誕生しています。日本でも2021年に「孤独・孤立対策担当大臣」が誕生しています。
渡邊:孤独・孤立という問題を解決するには、国の政策だけでなく、企業のサービスやプロダクト、地域のコミュニティとの協働が必須です。例えば、私の研究分野である、触覚の記録や再生、伝送は重要な役割を担う一つのサービスになりうると思っています。例を挙げると、私が関わってきた「心臓ピクニック」というワークショップでは、自身の鼓動と同期して振動する四角い箱「心臓ボックス」を用意し、それを自身の手の上で感じ、その存在を実感するという体験を行っています。さらに、ワークショップでは、自分の心臓を感じるだけでなく他人と心臓を交換します。これは、先ほどの内在的価値を他者と感じ合う体験と言えるでしょう。
また、遠隔の人と、映像や音声に加えて机の振動を送り合うコミュニケーションメディア「公衆触覚伝話」では、音声で会話しながら映像の向こうの人と机を共有している感覚、その向こうの人の存在を感じることができます。このときに重要なのは、ウェルビーイングを人との関りの中から実現されるものと考え、テクノロジーを様々なつながりの可能性として提示することだと思います。現在、触覚の情報伝送のアプリケーションや規格が追いついていないところもありますが、将来的には、触覚の技術は現実空間をリモートでつなぐだけでなく、メタバースなどデジタル空間においても、実感のともなったコミュニケーションを実現するために使われていくでしょう。
ーウェルビーイングとモノづくりの関係では、どのような考えを持つことが必要でしょうか。
渡邊:先ほど、ウェルビーイングの特徴として、それぞれの人にとって固有であるという点と、その人の内面から捉えていくという点があると言いましたが、もう一つ重要なこととして、ウェルビーイングは一瞬の感情ではなく、よいこともわるいことも含めた一定期間を「よい時間を過ごした」と感じられること、ある種の全体性があるということです。なので、モノづくりやサービスを考えるときには、人の心の状態遷移に着目することが必要です。人の心の状態は、よい状態(Positive)、よい状態からわるい状態への過渡期間(Negative Transition)、わるい状態(Negative)、わるい状態からよい状態への過渡期間(Positive Transition)の四つの状態があります。このとき、ウェルビーイングに関してどのような支援が必要になるかは、それにあわせて考える必要があります。受け手がよい状態であれば、新たな興味が刺激される情報を提供するなど、よい状態が持続する支援が必要です。また、よい状態からわるい状態への過渡期間であれば、ウェルビーイングの新しい可能性を発見することで、再びよい状態に向けて活動することができるでしょう。また、もし、心身が本当に不調であるならば、持続や発見ではなく回復支援(治療)が必要です。つまり、モノづくりやサービスを考えるときには、目の前の人が今この瞬間どんな状態であるかだけでなく、どのような遷移を経て現在の状態に至ったのかその全体性を把握し、解像度高くモノやサービスがもたらす価値を考えることが重要になります。
―ここで言う、“解像度が高い”というのはどのような意味でしょうか。
渡邊:ウェルビーイングの要因についての解像度です。例えば、食のウェルビーイングについて考えてみましょう。食では、自分が好きなものを食べる喜びや、思った料理が作れた達成感など、自分自身「I」に関するウェルビーイングの要因以外にも、好きな人と一緒にご飯を食べたり、一緒に料理を作る「WE」の要因、土地の食文化と関わる「SOCIETY」の要因だったり、フードロスへの貢献といった地球環境「UNIVERSE」の要因など、様々なウェルビーイングの要因が生じえます。モノづくりも同じで、誰かがそれを使って嬉しい、誰かと一緒にできて嬉しい、それを使うことで誰かの幸せに貢献する、地球環境へ役立つなどいろいろなスケールのウェルビーイングを考えることができます。一つのモノを中心としたさまざまな人との関わり、マルチステークホルダーと言いますが、実際のモノやサービスが誰にどのようなウェルビーイングをもたらすのか、具体的に想像してみることが大事です。
私は、2021年から、自身や周囲の人々のウェルビーイングに意識を向け、対話をうながすツール「わたしたちのウェルビーイングカード」を使ったワークショップをしています。実は、このカードはウェルビーイングのためのモノづくりやサービスの解像度を上げるツールとしても使えるのかなと思っています。ウェルビーイングは個人それぞれ異なるため、その人々にあわせて数限りないバリエーションを作らないといけないとしたら、それはビジネスとして成り立たないかもしれません。一方で、このサービスから得られるウェルビーイングを考えるときに、単純に満足度を聞くだけだと、その人にとって何が重要なのか設計することができません。そこで「中間言語」として、モノやサービスから得られるウェルビーイングの要因をカードから選ぶなどしてみると、使った人はいったいどんなことに満足を得ているのか、どんな理由で満足しているのか、ある程度、体験をカテゴリ化することができます。この時に大事なことは、年齢や性別を一度忘れて、ウェルビーイングの要因、つまり、それぞれの人のウェルビーイングの価値観からカテゴリを見ることです。若い人向けにこのサービスを提供しよう、ではなく、人とのつながりを大事だと思う人向けにこのサービスを提供しよう、と考えるということです。そして、できれば一つの要因だけではなく、この商品は親密な人とのつながり(WE)をもたらしながらも、最終的には地球環境にもやさしい(UNIVERSE)など、組み合わせで考えられるとよいです。当たり前ですが、人はモノにお金を払うわけではなく、それがもたらす価値にお金を払うので、ウェルビーイングから考えるということが大事ですし、それをできるだけ具体化して考えることが必要なのだと思います。
ー日本のウェルビーイングの実践として何か具体的な事例があれば教えていただけますか。
渡邊:そうですね。私が審査員の一人を務めた、「人の暮らしをWell-Beingにするマテリアル」をテーマとしたアワード「Material Driven Innovation Award 2022(MDIA 2022)」(https://awrd.com/award/mdia-001/result)について、いくつかの作品を紹介します。マテリアル、つまり素材に関するアワードではあるのですが、私は審査で、素材としての性質、持続可能性だけでなく、その機能によってどれほど深く人の心を充足させ、その制作、流通、使用、廃棄の過程の中で、どれほど広く社会的つながりからウェルビーイングをつくり出せているか、という点を重視しました。
そこで「大賞」を受賞した作品は、越前和紙の工房、五十嵐製紙の「Food Paper」という野菜や果物から作られた和紙でした。野菜や果物から作られているため100%土に返るというのは、もちろん持続可能性やフードロスというUNIVERSEの視点から評価されるべきものではあるのですが、私は、原料となる野菜・果物が地元で廃棄されるはずだったものを利用しているという、SOCIETYとしての地域とのつながりがあることにも注目しました。さらに、このフードペーパーを使ったメッセージカードも商品化されているのですが、そこからまた人と人が結ばれていくという、WEのつながりを新しく生み出していることにも強く共感しました。
また、「ファイナリスト」となった、ファブラボ品川 / ユニチカ株式会社の「TRF+H – Well-beingを叶える 3D プリント素材」は、3Dプリントされた後に温めることで、形状を調整する機能を持つマテリアルを使った装具です。この装具を身体になじませる時間は、自分の身体が唯一無二であることを感じさせてくれますし(「I」の要因)、また、子供の装具の形状を変える時には、子供の成長を実感することにつながります(「WE」の要因)。この装具は、その形を身体に馴染ませ身体に寄り添う時間を作り出すことを通じて、自身や他者とのつながりを作り出すという意味で、私はウェルビーイングに生きることを支援するマテリアルだと思いました。
また、「渡邊 淳司 賞」を受賞した、コクヨ株式会社YOHAK_DESIGN STUDIOの「PAPIER BOARD」は、何度も書いたり消したりできる、ホワイトボードと同じ機能を持つ紙です。自分の好きな色や肌触りが選べるだけでなく、何を書いてもよいだけでなく、どのように加工してもよいというこれまでにない自由があります(「I」の要因)。このマテリアルは、紙という身近な素材でありながら、人の創造の選択肢を広げる、好奇心を刺激する、活力が湧くという意味で、「I」の要因からウェルビーイングな生活に寄与するのではないかと思いました。
ー最近、注目している事例や活動はありますか?
渡邊:最近の潮流として、モノをつくる側と使う側、サービスを提供する側と受ける側の境界がなくなりつつあるように思います。DAO(Decentralized Autonomous Organization)という言葉にあるように、サービスを「する/される」という関係を超えて、仲間として課題解決に取り組み、新しいモノをつくっていく流れがあります。以前、“クラブトークン”を発行し、ファンと協働しながらサッカーのクラブチームを運営している方にインタビューをしたことがあります。
“クラブトークン” というシステムは、ファンが株式のようなトークンを買い、クラブを主体的に支援する、「投資」と「応援」の中間的な形です。今まで、クラブチームのファンクラブというのは、売る人と買う人が別れていて、お金を払った人がお客さんとなって、サービスや対価を受け取るという関係性が主でした。しかし、このクラブトークンの場合、トークンを買った人が、チームのお祭りやグランドづくりの手伝いに参加します。お金を払って仕事をしているとも言えるわけですが、チームの一員として、自分事として活動に参画している充実感や誇りといった、お金とは違うものを得ているわけです。別の言い方をすると、モノやサービス(コト)ではなく、“関わりシロ”を買っているわけです。同じように、モノづくりにおいても、つくり手が提供者としてすべてを制御しようとするのではなく、それを売ってくれる人、使ってくれる人、さらにはそれが流通する社会や材料となる地球環境まで含めて、ウェルビーイングを意識していくことが、ウェルビーイングなモノづくりには必要なのではないでしょうか。現在、こうした新しい経済のあり方の萌芽が見られつつありますが、このような価値観を既存の経済性に基づく会社組織の中でどう両立させていくかは課題です。
ーなるほど。従来の「企業」と「消費者」とは異なる、新しい関係性をどう捉えたらよいでしょうか。
渡邊:一つ興味深い「自己」に関する考え方があります。2020年からNTTと共同研究をしている京都大学教授で哲学者の出口康夫氏は、「自己=私」という西洋の典型的な自己観ではなく、ある行為に関わる万物を自己として捉える「Self-as-We」という自己観を提唱しています。自己を一つの身体に紐づけるのではなく、人との関わりの中に位置づけ、全体と同時にそこから委ねられた個の両方の視点を持つものです。例えばサッカーのプレーで考えてみると、一人称の選手視点だけでなく、チーム全体を見る監督視点や支援や応援する人の視点、さらには相手チームの視点まで持ってプレーするイメージに近いかもしれません。つまり、モノづくりにおいても、モノやコトに関わる人すべてのあり方を想像し、「Self-as-We」の視点を持つことで、つながりの中から新しい価値を生み出すことができるのではないでしょうか。
ーこれから、会社組織をウェルビーイングに持続させていくためにはどうしたらよいでしょうか。
渡邊:これからは、モノと人、モノと社会とのつながりを結び直して、いかに新しいウェルビーイングのストーリーを届けることができるかが問われる時代です。もちろん、専門家の育成などの課題もありますが、一番大事なのは、誰ものよいあり方が尊重される企業文化をつくることだと思います。それは、企業内でもそうですし、企業と消費者の関係もそうだと思います。よいあり方は、あらかじめ決められたものではなく、お互いにウェルビーイングの事例について当事者として対話し、改善や更新をすばやく繰り返すアジャイルな活動を通して形作られていくものだと思っています※。そのような考え方が企業内外で共有できるとよいなと思います。
また、私は、大学で講義をすることがあり、学生とお話することがあるのですが、最近はウェルビーイングや社会課題解決について話題に出ることが多いように感じます。彼ら/彼女らは「わたしたち」として社会との関係を考えられるウェルビーイング・ネイティブなのかもしれません。また、一方で、企業の経営者の方も、ウェルビーイングについて、お話しされる方が多くなった印象があります。そうすると、ボトムアップとトップダウン、両方からウェルビーイングへの文化が醸成されつつあるときに、どうやって実践へとつなげていくのか、その方法論を具体的に用意していく必要があります。一つの例は先ほどのカードですが、それだけでなく、何がよかったのかなど様々な事例を、企業を超えて共有できるとよいかもしれません。そして、企業内、企業間で、ウェルビーイングの文化を運ぶ、ミツバチのような存在も必要なのではないかと思っています。
※ 参考文献:渡邊 淳司, 七沢 智樹, 信原 幸弘, 村田 藍子
「情報技術とウェルビーイング:アジャイルアプローチの意義とウェルビーイングを問いかける計測手法」
『情報の科学と技術』(2022)72巻9号 p. 331-337
https://socialwellbeing.ilab.ntt.co.jp/document/information_technology_and_well-being_72_331.pdf
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モノづくりとニッポンのウェルビーイング