Carbon Neutrality

2022.02.25(Fri)

Green×ICT 欧州環境規制に対応した業界横断の情報プラットフォームで資源循環社会へ

#データ利活用 #スマートファクトリー #サステナブル
中長期の企業活動を描くうえで、ゼロカーボン社会に向けた法規制の動きには細心の注意を払う必要があります。その1つが、2026年までに施行される予定の「欧州バッテリー規制」です。情報プラットフォームを資源循環社会への転換に活用する最新動向とともに、NTTコミュニケーションズのエバンジェリスト、境野哲が解説します。

目次


    ヨーロッパでビジネスを展開する日本企業に迫る経営の危機

    ――日本企業がゼロカーボン社会を目指すうえで、タイムリミットが迫っているということですが、どういうことですか?

    世界の動きでターニングポイントとなるのが、欧州委員会が2026年までに施行される予定の「欧州バッテリー規制」です。ヨーロッパでは2006年施行のRoHS規制(Restriction of Hazardous Substances Directive:特定有害物質に対する使用制限令)により、工業製品の中に有害な化学物質が入っていないことを証明するよう製造者に義務付けています。コバルト、ニッケル、リチウムなどの希少資源が使われ、発火や爆発の危険性もある蓄電池は、環境負荷や安全を管理するため規制がより厳しくなります。これは、ヨーロッパ市場で販売される電気自動車など蓄電池を使う製品を製造する企業やそれら扱うサービスを提供するすべての日本企業が直面する問題ですが、そこに気づいている人が少ないのです。

    欧州バッテリー規制ポイントは、蓄電池のライフサイクルにおけるCO2排出量や資源リサイクル率を欧州委員会に開示する情報システムの整備を求める条項にあります。バッテリー一つひとつに番号を振り、その番号で製品情報を検索すれば、どんな原料が使われ、製造時や輸送時にどれくらいCO2が排出され、どうリユース/リサイクルされたかがわかるようにサプライチェーンのデータ共有を義務化するものです。EV(電気自動車)だけでなく、携帯電話やモバイル機器、家電、電力会社が使う大型バッテリーなど、あらゆるバッテリーに対して同じような規制が適用されていくと予想されます。2024年から一部の条項が順次施行される予定のため、今から対応策の準備を始め、2024年頃にはシステムを使える状態にしておくことが望ましいでしょう。

    最も大きな影響を受けるのが、EVにシフトする自動車産業です。欧州でEVを販売する自動車メーカーは、製品の販売、使用、メンテナンス、バッテリー交換、リユース、リサイクルなど、EV製造後のバリューチェーンにおけるカーボンフットプリントや資源リサイクルに関するデータを管理して開示する必要があるのです。日本の自動車メーカーも、2026年以降にヨーロッパ市場でEVを販売する場合、これらの条件をクリアしなければいけません。

    蓄電池の製造時や物流時の情報開示も求められ、原材料の採掘や部品の製造、製品の組み立て、輸送など、サプライチェーンを構成する企業のCO2排出量や廃棄物がすべて管理の対象になります。蓄電池の原材料を供給する石油化学や金属、燃料、運輸、電力、通信やソフトウェア産業といったあらゆる業界が環境負荷データの開示を求められるようになると考えられます。

    データ流通の共通基盤が利用できる

    ――こうした迫り来る環境規制に対応するために、どのような手段が取れるのでしょう。

    バリューチェーンを構成する世界中の取引先とデータをセキュアに共有できる共通プラットフォームを整備する必要があります。

    デジタル先進国の産業界では、IoTやAIのほか、ロボットによる自動化やビッグデータの解析など、業務のデジタル化が急速に進んでいます。ドイツがリードするインダストリー4.0(第4次産業革命)では、完成品をつくる大手メーカーだけではなく、部品などを提供するサプライヤーも含めた垂直方向のシステム間連携が実現するほか、業界をまたがるデータ共有によってあらゆる産業の業務を徹底的に自動化するために、情報モデルやデータ管理方法の標準化も進められています。

    ヨーロッパは、その仕組みを社会実装する段階に入りました。欧州各国政府、民間企業、研究機関などが協力して、データ提供者の権利やプライバシーを守りながら、社会全体でセキュアにデータを活用できる次世代の情報インフラを構築しようとしています。これが「GAIA-X」と呼ばれる欧州のデータ共有プラットフォーム(データスペース)です。GAIA-Xが整備されれば、企業が取引先とデータ共有するシステムを、速く、安く、簡単かつセキュアに構築できるようになります。欧州バッテリー規制に対応するためのサプライチェーン企業間のデータ共有も実現しやすくなるでしょう。

    GAIA-Xのウェブサイト

    ――そもそもGAIA-Xが生まれた背景とは?

    ヨーロッパでは、インダストリー4.0の社会で、個人や行政府・企業が持っているさまざまなデータがGAFAMに代表される巨大企業に独占されたり乱用されたりしないように、データ提供者の権利を正当に守るべきだ、という考えが2010年代から出てきました。そして、みんなの「データ主権」を保護するためのデジタルインフラをつくろうという機運が高まり、ドイツのフラウンホーファー研究機構を中心に、データの取り扱いに関するルールと、それを実現する技術的なアーキテクチャが数年がかりで検討されてきました。

    もう1つの背景が、企業活動に対する意識の変化です。気候変動や海洋汚染など地球規模の環境問題や、強制労働や紛争鉱物など人権問題に対する国際社会の関心が高まり、脱炭素や資源循環、SDGsに関する企業の貢献を、株主や顧客や政府が要求するようになってきました。ものづくりの最上流である鉱山での採掘や原料植物の栽培も含めたグローバルなバリューチェーン全体で環境汚染や人権侵害が行われていないことをデータで証明する必要が生じているのです。

    ドイツの自動車産業による先行事例

    ――そこでGAIA-Xのような、分散するデータを横断的に検索して共有するプラットフォームが必要になってくるのですね。

    ドイツでは、政府が支援するかたちで、BMW、メルセデス、VW、アウディ、ダイムラーといった自動車メーカー各社が、GAIA-Xを活用してバリューチェーンのデータを取引先とセキュアに共有するためのデータスペースを開発する非営利団体を2021年の夏に設立しました。それが、「Catena-X」※プロジェクトです。
    ※Catena-Xは、完成車メーカーに連なる、あらゆるバリューチェーンを共通の仕組みでデータ連携させて、サーキュラーエコノミー、カーボンフットプリント、MaaS、電力エネルギーマネジメント、品質管理など、データを多目的に使えるプラットフォームを目指すもの。

    Catena-Xの設立メンバーには、自動車メーカーだけでなく、自動車部品をつくるボッシュ、ソフトウェアベンダーのSAP、産業オートメーションの巨人であるシーメンス、通信会社のドイツテレコム、フラウンホーファー研究機構などが入っています。さらに米国のマイクロソフト、日本系の旭化成やデンソーのヨーロッパ法人も参加して、プラットフォームを開発中です。

    Catena-Xの参加企業(2022年2月上旬現在)

    このCatena-Xは、2022年の夏にプロトタイプをリリースし、まずは自動車の資源リサイクルを管理するサーキュラーエコノミーのためのサービス機能を提供する予定です。その後、カーボンフットプリント管理、品質管理、MaaS(Mobility as a Service)などのサービス機能を順次リリースしていく計画です。

    Catena-Xの動きには、日本の自動車メーカーや部品メーカー、原材料サプライヤー、経済産業省、デジタル庁なども注目しており、日本企業のシステム開発計画や日本政府のデジタルインフラ整備計画に影響を及ぼしつつあります。

    ――ドイツやヨーロッパの企業のものだけではない。

    Catena-Xは、ドイツの自動車産業が中心になっているものの、世界中のサプライヤー、販売店、メンテナンス事業者、部品メーカー、リサイクル事業者、原材料メーカーに参加を呼びかけています。彼らはセキュアな企業間データ共有の仕組みをヨーロッパ全体に広げていき、さらに、アジア、アフリカ、米国のサプライチェーンにつないでいこうとしています。つまり「閉じたネットワーク」ではないのです。

    日本のデータ主権を守りながら海外と連携する

    ――ヨーロッパでは、こうした人権や環境を保護するための活動にいち早く取り組む印象があります。

    ヨーロッパは二十数カ国で共通のルールをつくってきた経験を持ち、世界の中でルール形成が最も得意な地域だと思います。博士号を持つさまざまな分野の専門家がゆるやかにつながってコミュニティを形成し、産官学の垣根を越えて情報交換を行いながら、未来の世界を語り合うんですね。彼らは長期的な視点で物事を論理的に考え、遠い未来まで予測するのが得意で、「私たちの社会が数十年、数百年先にも持続可能でいられるよう、自分たちが変化しなければならない」という価値観や歴史観を持っているように感じます。

    持続可能な社会を実現するためには、株式会社の利益拡大を追求する資本主義的な行動原理とはやや異なるルールが必要になると思います。GAIA-XやCatena-Xの組織体制や運営ルールは、その1つの参考モデルになるかもしれません。組織を構成する会員企業・団体が、自らの資金力(年商)に応じて定められた金額の会費を納め、欧州国籍を持つ人の中からボードメンバーを民主的に選出し、ビジネスポリシー、技術的なアーキテクチャ、法的なルールなどを策定するためのさまざまな委員会を透明性あるルールにもとづいて運営し意思決定しています。さらにヨーロッパ人以外も参加できるオープンなワーキンググループを形成して世界中の人と議論を重ね、多様な意見やアイデアを取り入れてシステムの標準仕様を策定しドキュメントにまとめて公開しています。

    ――つまり、ヨーロッパ域内に閉じた話ではないと。

    GAIA-Xは、ヨーロッパの権利を守りながら、世界中の人の声を聞き、新しいルールやビジネスシステムをつくることに挑戦する社会実験だと見ています。すべての産業や地域にまたがるデータ連携の仕組みをつくるには、ライバル企業や、他業界、さらには政府や学術機関、市民団体、消費者が、互いに協力して新しいルールや標準をつくっていく共創活動が必要になります。欧州GAIA-Xの手法を見習って、日本の政府や企業もそうしたオープンイノベーションを実践しキャッチアップしていかなければなりませんが、欧州バッテリー規制が施行される2026年まで、もう時間の猶予はありません。

    ――日本の自動車産業なども、まずCatena-Xのようなプラットフォームに参加し、企業間データ共有の手法を学ぶべきかもしれません。

    Catena-Xはドイツ政府の支援を受けていることもあり、そこで取り扱われるデータは欧州とドイツの法律に従ってドイツ国内に保管されることになると予想されます。日本企業がCatena-Xに参加すると、おそらくカーボンフットプリントに関するものから、ある特定企業と取引するための受発注のデータ、自分たちが使っている材料の組成のレシピのようなものまで、企業秘密に関わる重要な情報がドイツ国内のデータセンター内にあるクラウドサービスに保管されるようになります。日本企業の中には海外のクラウドに情報を預けることに対する懸念の声が聞かれます。

    そのため、日本企業のデータは日本国内に保管しておき、それを海外の企業や規制当局から必要に応じて見に来てもらえるようなシステムが求められるでしょう。さらに、国境を越えてデータをやり取りする際に、それが自国や相手国の法令に違反していないかどうかをチェックする税関のような仕組みも必要になると思います。

    NTTグループでは、ドイツのフラウンホーファー研究機構やオランダの応用科学研究機構と協力して、日本国内と欧州域内に構築した実験環境でIDSコネクター※と、IDSコネクターの認証基盤であるDAPSを使ったデータ保管領域の作成を進め、ドイツとオランダと日本のデータスペースをIDSコネクターで相互接続する実験を行う予定です。そのようなデータスペース間の相互接続はまだ欧州でも実施した事例がないため、大きな挑戦となります。
    ※GAIA-Xのコア技術となるオープンソースのソフトウェア。データを送受信するクラウド、エッジコンピュータ、デバイスなどに実装され、適切に設定を行うことで法令や契約に基づき各データへのアクセスを制御できる仕組み。

    今夏からはお客さま向けに相互接続トライアルサービスを開始し、ヨーロッパにいる取引先の会社とつないで受発注のデータやIoTのデータを送受信してみることも検討しています。そうしたサービスの開発と併せて、データを送受信する企業・団体や個人の本人性確認をオンラインで行う仕組みも必要です。

    ヨーロッパの企業や政府から見ると、日本の部品メーカー、材料メーカーとデータを送受信するときに、企業名だけ言われても、それがどこの誰なのか、本人が通信しているのか、信頼できる会社なのかわからない場合が多いでしょう。企業間で通信を行う際に、どこの誰が、どのDAPSに登録された何番のIDSコネクターを使い、何の目的でどんなデータをやり取りするのかを自動的に把握できる仕組みも今後つくっていければと思います。

    まずは、最先端の事例を知ることから

    ――タイムリミットの2026年が迫ってくる今、何から手をつけたらいいかわからない方に向けて、最後にアドバイスはありますか。

    まずは、ヨーロッパや中国などデジタル先進国でいま何が起きているのか最新事情を謙虚に学ぶことが大切ですね。自分の業界の中だけではなく他の業界も含めて、どのような新しい技術や標準やルールや法制度が形成されているかというところにまで視野を広げ、積極的に情報を集めることです。具体的には、標準化団体や、新しい標準や技術をつくろうとしているGAIA-XやCatena-Xなどのような団体、環境や人権などSDGsにまつわる取り組みを推進する団体の会員になるなど、有識者や有志が集まる国際的なコミュニティに参加して、そこで得た情報を社内に伝える役割を担う社員を企業の中で増やしていくとよいと思います。

    なぜかというと、残念ながら、日本のメディアでは、欧州バッテリー規制やGAIA-Xのような海外の新しいルールや技術標準をつくる動きに関する情報がほとんど取り上げられていないため、重大な変化が身の回りに起こり始めて危機に気がついたときにはすでに世界の潮流から取り残されていて、業務プロセスや情報システムの変革が手遅れになってしまうからです。さまざまなコミュニティに直接参加して世界の新しい潮流を知り、自分の会社や日本の産業界の方向性を、いろいろな業界の他社とオープンにディスカッションする取り組みから始めてはいかがでしょうか。そのような活動を支援するためにNTTコミュニケーションズではOPEN HUBという共創の場も提供していますので、ぜひ声をかけていただけたら幸いに思います。

    境野 哲 |NTTコミュニケーションズ株式会社
    イノベーションセンター スマートファクトリー推進室/スマートシティ推進室 兼務
    エバンジェリスト担当部長

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