Future Talk

2022.02.02(Wed)

デジタルヒューマンが生み出す、真のパーソナライズ体験とは

#共創 #CX/顧客体験
肌の温もりまで感じるほどリアルな3DCGでつくられた「デジタルヒューマン」が普及しはじめ、欧米では買い物や金融の相談に活用されています。日本でデジタルヒューマン研究をけん引する東映ツークン研究所の美濃一彦氏とNTTコミュニケーションズの南郷史朗が、デジタルヒューマンのある未来の体験について考えました。

目次


    デジタルヒューマンが「はじめの一歩」を軽くする

    ――美濃さんが所属する東映ツークン研究所は、数年前からデジタルヒューマンの研究に取り組んでいますね。

    美濃氏:東映グループのポストプロダクション事業を手掛ける東映デジタルセンターの研究機関として設立されて以来、コンテンツの未来をデザインするというコンセプトを掲げ、映画やゲーム、XRなど幅広い分野で企画から制作、開発まで手掛けています。

    ――どのような未来を描こうとしているのでしょう。

    美濃氏:1つは「新しいメディアの在り方を創る」こと。テレビや映画といった既存のメディアを活かしつつ、ARやメタバースなど仮想空間技術を組み合わせることで、新しい体験と価値をつくる取り組みに挑んでいます。2つめは「デジタルヒューマンの社会実装」です。これまでデジタルヒューマンといえば映画の中で故人を蘇らせたり、現実的に難しいアクションをさせたりするようなエンタメコンテンツ領域が主戦場でしたが、このノウハウをもっと広く社会に転用することを目指しています。

    社会へ転用すべく、NTTコミュニケーションズと共創しているのが、リアルとバーチャルを融合した顧客体験の設計です。

    美濃 一彦|東映ツークン研究所 主席ディレクター
    映画、テレビ、XRを中心に幅広い分野で企画、ディレクション、CG監修、開発マネージャーを務める。専門はデジタルヒューマン、バーチャルプロダクション、CG、VFX、モーションキャプチャー。

    ――実際にデジタルヒューマンが身近になると、どんなことが可能になるのでしょう。

    南郷:デジタルヒューマンは、人間とデジタルをつなぐ触媒の役割を担うと考えています。いま仮想空間と現実空間を融合させる「Society 5.0」が国をあげて推奨されていますが、NTTコミュニケーションズは同様の文脈でリアルな空間を仮想的に再構築する「デジタルツイン」の実現で、生活の利便性を高めることを目指しています。ただ、そうした新しいデジタルテクノロジーに抵抗を持つ方は少なくありません。

    美濃氏:「デジタルテクノロジー」と言うと、無機質で冷たい印象を持たれがちですよね。しかし、リアルな人間の質感と動きを持った精巧なデジタルヒューマンをインターフェイスとして活用できれば、印象が変わります。人のちょっとした表情の移ろいや振る舞いは情報量がとても多く、安心感や信頼感につながります。

    ――リアルな人の温かみのあるデジタルヒューマンが触媒となって、テクノロジーに対する抵抗感のハードルを下げると。

    南郷:いかにもキャラクター感の強そうなアバターには自分の情報をさらけだすのを躊躇する人もいるでしょうし、かと言ってテキストベースだけでは伝わる情報が非常に限られてしまいます。少なくとも私は、ほしい情報にたどり着く前に脱落してしまう。

    しかし、リアルな人の造形や所作を持つデジタルヒューマンに話しかけることでコミュニケーションできれば、テクノロジーに距離を感じる人も極めて使いやすくなるでしょう。実際に、ECサイトのチャットボットやデジタルサイネージによる道案内などで、フレンドリーなアバターとして実装されていることも多いです。ただし、顧客体験がリッチになるのは“その先”のことでしょうけど。

    「無駄なレコメンド」が消える世界をつくりたい

    ――その先の顧客体験とはどのようなものになるのでしょうか。

    南郷:真のパーソナライズが可能になることです。個々人の興味にそった商品をレコメンドするパーソナライズは、あらゆる業界に不可欠な要素として叫ばれています。

    美濃氏:パーソナライズされた体験として、学習塾や私立中学でも導入が進む教育教材の分野などは目を見張るものがあります。生徒がタブレットを通して教材を解くと、正答率とともにかけた時間などの学習履歴をAIが拾い集めて、一人ひとりの得手不得手を算出。個々にふさわしいオーダーメイドのようなカリキュラムが作成され、きめ細やかなチュートリアルもできます。

    南郷:ただ、こうしたAIを活用したパーソナライズがほかの領域でうまく活用されているかというと、そうでもないように思います。顧客体験の文脈でいえば、ECサイトで商品を購入すると「こちらもおすすめです」と不要なものをレコメンドされた経験がある人も多いですよね。

    南郷 史郎 |NTTコミュニケーションズ スマートカスタマーエクスペリエンス推進室 課長
    10年以上コミュニケーション基盤を中心としたCX事業に携わり、昨今はその発展としてAI・データマネジメント・XRを活用した新たな顧客接点の創造に取り組んでいる。

    ――そうした状況はなぜ起こってしまうのでしょう。

    南郷:課題は明白で、「顧客が自分の情報を出す安心感がないから」です。例えば店舗でジャケットを買うとき、「職場で着たい」くらいの情報は店員に伝えるかもしれません。しかし、「いま自分のクローゼットにはどんなジャケットが何着あるか」「同じ職場の人とかぶりたくない」「その同僚は紺色のジャケットばかり着ている」という情報までわざわざ伝える人はそう多くはないと思います。AIに対して開示する情報はなおさら少ないはず。結果としてレコメンデーションの参考にするデータが限られてしまい、学習できる分母が小さければ、当然精度は下がります。

    美濃氏:そこに触媒としてのデジタルヒューマンの価値が生まれます。話しやすい外見と所作を携え、的確な質問をしてくれれば、クローゼットにどんなジャケットがあるか、伝えやすくなるのではないでしょうか。

    ――しかし、いくらフレンドリーでも自分の情報をオープンにするのはやはり抵抗があるようにも思いますが。

    南郷:そこで考えたいのが、顧客側に寄り添うことです。デジタルヒューマンの社会実装というと、顧客とのエンゲージメントを築きたい企業やお店側に導入するイメージを持つかもしれませんが、顧客側にこそ必要なのではないかと思います。自分のことを誰よりも理解してくれるアシスタントや親しい友人、あるいは執事のような存在として、デジタルヒューマンとそのデータプライバシーを守るメディアがある世界観です。

    ――たしかに、自分の側についてくれる存在なら信用できますし、情報の蓄積も深く、幅広くできそうです。

    美濃氏:パーソナルAIのインターフェイスとも言えますね。Society 5.0が実現したら世の中の情報量は爆発的に増え、膨大な情報の海のなかで本当に自分にふさわしいモノやコトと出会うのは、さらに困難になります。そのときに取捨選択を手伝ってくれる存在として、パーソナルAIを搭載したデジタルヒューマンの意義は高まるでしょう。ショッピングだけではなく、医療、教育、観光など、本当に多岐にわたる生活の質向上と省力化を助けてくれるはずです。

    ――リアルな人間と比較したときのデジタルヒューマンのメリットはなんでしょうか?

    美濃氏:3Dデータであることに尽きます。デジタルヒューマンはリアルな人間の質感を持つものの、あくまで汎用性の高いデータ。APIのようにワンソース・マルチユースができます。映画用に作成したデジタルヒューマンがゲームやプロモーションでも汎用できるように、スマホなどのパーソナルデバイス、駅に置かれたデジタルサイネージ、あるいは昨今話題のメタバースに至るまで、新たなコストをかけずさまざまな場で利用できるんです。

    南郷:先に言ったパーソナライズにしても、一人ひとりの好みに合わせるのであれば、1つの商品につき100通りの広告が必要になるかもしれません。モデルを100回撮影するとなれば使用料や肖像権だけで破綻してしまいますが、デジタルヒューマンがモデルの役割を果たすこともできる。活用の場は広がります。

    リアルタイムに動かすため、超えるべき「谷」とは

    ――日本でのデジタルヒューマンの普及は発展途上のように思いますが、ボトルネックになっているものは何でしょう?

    美濃氏:制作期間を含めたコスト面の課題はありますが、東映ツークン研究所が日本で初めて導入した人体の顔スキャンシステムLight Stage(ライトステージ)などの活用で改善されつつあります。たった数秒の撮影で、人の顔の質感までスピーディーに3DCG化できるようになり、人間に近い造形に心理的な抵抗感を覚える「不気味の谷」も超えられるようになりました。

    アメリカ・USC大学ICTが開発した最新版のLightStage(ライトステージ)。天球状に設置された多数の照明をコントロールしながら撮影することで、人間の顔の形状だけでなく、質感も高精細に得ることができる。

    美濃氏:一方、動きに関して特に表情の変化においてはCG分野の中でも最も難易度が高い項目の1つとされ、従来の手法では自然な感じが出ません。最終的には、職人的な手作業を伴わざるを得ないのが現状。そのため、AIを使った機械学習で効率化を図ろうと模索中です。それと同時にもう1つの大きなポイントとしてとらえているのが、リアルタイムでデジタルヒューマンをいかにスムーズに動かせるか、ですね。高品質かつリアルタイムで動くデジタルヒューマンを創り出したとき、普及が進むと考えています。

    ――精巧な3DCGであればあるほど、データ量は増えますからね。

    南郷:そうした膨大なデータ利用量にも対応するインフラ環境として、NTTグループが提唱している「IOWN構想」が活きると確信しています。光技術を活かし膨大な情報と電力を素早く大量に流すことでデジタルヒューマンの持つポテンシャルを存分に発揮でき、かつプライバシーを守った形で私たちの生活を劇的に良くしていくことにつながると考えています。

    ――今後、東映ツークン研究所とNTTコミュニケーションズの共創で我々が最初に目にしそうな実装技術はどんなものになりそうですか?

    南郷:例えば、カスタマーサポートや新しいメディア、観光などの領域でお見せできることになりそうです。観光にまつわる情報収集のスタイルはここ10年あまり変わっておらず、旅前にインターネットや雑誌などで周辺情報を調べ、どこへ訪れるか決めるといった具合。

    そこで活用できると考えているのが、VRの技術やデジタルヒューマンを使って旅前に時空を超えたコミュニケーションを行い、適切なレコメンデーションを行うことです。その人に最適な情報を提供することで、例えばインバウンドの観光客が定番の東京や京都、北海道ではなく、高知や新潟に魅力を感じ、旅前から新しい発見に出会う。観光領域のパーソナライズをリッチかつ気軽にできるのではないかと考えています。旅行でも新しい「はじめの一歩」を踏み出すお手伝いをしたいですね。

    美濃氏:そこに加えて、我々は東映という企業の特徴を活かし、利便性を高めるだけではなく、エンターテインメントをどう入れていくかにも尽力したいです。エンタメの持つ楽しさは、居心地の良さや使い心地の良さに直結します。エンタメ性を真ん中に置いて、社会実装を進めていきたいですね。

    ――未来への一歩が目の前まで来ているのを感じます。本日はありがとうございました。

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