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Carbon Neutrality

2026.06.05(Fri)

「守るだけでは続かない」森林に新たな価値を。河内長野市のJ-クレジット挑戦

大阪市内から電車で約30分。そんな都市近郊にありながら、市域の約7割を森林が占める大阪府河内長野市。同市は、大阪府内最大規模の人工林を有する一方で、木材価格の低迷や担い手不足、整備コストの増大といった、日本の林業が長年抱えている構造的な課題に直面してきました。「守るだけでは続かない」──。そうした危機感のもと、同市が新たな打ち手として着目したのが、森林によるCO2吸収量をクレジット化する「J-クレジット制度」です。森林経営を支える新たな仕組みとしても注目されています。

2025年11月、河内長野市は市内で活動する林業経営体であるクリエイション社と住友林業、NTTドコモビジネスとの4者連携協定を締結。住友林業とNTTドコモビジネスが共同運営する森林価値創造プラットフォーム「森かち」を活用し、大阪府内初となる森林由来J-クレジットの創出に向けて動き出しました。脱炭素だけでなく、森林保全・地域経済・次世代育成を一体で捉えたこの取り組みの経緯と期待される価値などについて、河内長野市の須藤暁史氏、宮﨑優理恵氏、NTTドコモビジネスの森田剛史、小笠原正人の4名に聞きました。

目次


    森林は「守るだけ」では続かない、河内長野市が着目した持続的な取り組み

    ──まず、河内長野市の森林が置かれている現状について教えてください。

    須藤暁史氏(以下、須藤氏):河内長野市は、府内では大阪市、堺市に次ぐ面積を持つ市で、市域の約7割を森林が占めています。さらに、そのうちの約7割がスギやヒノキなどの人工林で、管理が必要な森林面積は約5,000ヘクタールに上ります。人工林は天然林と異なり、適切に手を入れ続けなければ健全な状態を維持できません。放置すれば、木々が痩せ細るだけでなく、林内が暗くなって下草が育たなくなり、水源涵養や土砂災害の防止といった森林本来の機能も次第に低下していきます。

    理想的には、約10年に1回の間伐が必要です。5,000ヘクタールの森林を適切に管理するには、単純計算で毎年500ヘクタールの間伐を進めなければなりません。実際には、森林環境譲与税や国の補助事業を組み合わせながら整備を進めていますが、近年は市域での森林整備は年間約100ヘクタール程度で推移しており、財政的にも人材的にも、十分に賄いきれていないのが現状です。

    須藤 暁史|河内長野市 都市環境安全局 地域資源循環部 自然資本活用課 参事
    林学職として大阪府に入庁、河内長野市に出向して3年目。森林環境譲与税を活用した施策など、森林事業全般を担当する。今回、大阪府で初の取り組みとなる森林由来J-クレジット創出の取り組みを推進。

    ──財源だけでなく、担い手の問題もあるのでしょうか。

    須藤氏:その通りです。これは河内長野市に限らず、日本全国の林業に共通する課題ですが、林業の担い手は年々減少しています。かつてはスギやヒノキを販売することで林業経営が成り立っていましたが、木材価格はピーク時の4分の1程度まで下落しています。その一方で、人件費や燃料費は上昇し、さらに輸入木材との競合もあって、林業を補助金なしで産業として成立させることが難しくなっています。こうした状況が、担い手不足に拍車をかけています。

    宮﨑優理恵氏(以下、宮﨑氏):森林所有者の意識にも変化が見られます。もともと山を所有していた方でも、管理の難しさや将来的な収益への見通しの立てにくさから、森林への関心が薄れてきています。管理が行き届かない森林が増えている背景には、そうした事情もあります。市としても、この状況に対して何らかの新しい手を打たなければならないという危機感を強く持っていました。

    宮﨑 優理恵|河内長野市 都市環境安全局 地域資源循環部 自然資本活用課 イノベーション企画グループ長
    2025年4月に新設された自然資本活用課 イノベーション企画Gに所属。J-クレジットの取り組みの他にも、おおさか河内材の活用や、大阪府内でも希少な水質AA類型に指定されている石見川の水資源を活用した事業など、自然資本の再価値化事業の企画・推進に幅広く取り組む。

    ──そこで注目されたのが、J-クレジット制度だったのですね。

    須藤氏:はい。木材を販売するという従来の経済価値に加え、森林が持つ「CO2を吸収する力」そのものを新たな環境価値として生かせる可能性に着目しました。J-クレジット制度では、適切な森林整備によって増加したCO2吸収量を国が認証することでクレジットとして取引でき、林業経営体にとっては収益源の選択肢を増やすことにつながります。森林整備を続けるモチベーションを支えるとともに担い手の確保につなげ、収益を原資にさらなる森林整備を進める、そうした持続的な循環をつくることが、この取り組みの大きな狙いです。

    森林由来J-クレジットだからできる企業の地域貢献

    ──J-クレジットの仕組みについて、改めて教えてください。

    小笠原正人(以下、小笠原):J-クレジット制度は、温室効果ガスの削減・吸収量を国が認証し、クレジットとして発行する制度です。森林の場合、間伐などの適切な整備を行うことで増加したCO2の吸収量をクレジット化します。これを企業が購入し、自社のカーボンオフセットに活用することができます。

    森林由来J-クレジットの特徴は、脱炭素の推進にとどまらず、森林が持つ多面的な機能の回復・向上にもつながる点です。例えば、水源涵養、生物多様性の保全、土砂災害の防止といった機能は、森林が健全に管理されてこそ発揮されます。今回の取り組みは、そうした森林の多面的な価値を社会全体で支える仕組みづくりでもあると考えています。

    ※カーボンオフセット…企業がカーボンニュートラルを達成するために、自社以外が行ったCO2などの温室効果ガス削減に投資することで、自社では実現できない分のCO2などの削減量を埋め合わせる方法

    小笠原 正人|NTTドコモビジネス ビジネスソリューション本部 スマートワールドビジネス部 スマートインダストリー推進室 主査
    GX(グリーントランスフォーメーション)、脱炭素といった領域で新規サービス開発、プロジェクト推進を担当。今回のJ-クレジット創出の取り組みにおいては、住友林業と協業し、森林価値創造プラットフォーム「森かち」の推進を担う。

    ──大阪の森林から生まれるクレジットには、どのような独自性があるのでしょうか。

    小笠原:J-クレジットには「地産地消」という考え方があります。河内長野市は、大阪市中心部からほど近くに府内最大規模の人工林を持つという立地条件で、大阪府産のクレジットを求める企業にとって、河内長野市の森林クレジットは地域貢献の意味からも大変魅力的な選択肢になります。連携当初から、創出規模の面でも、販売先の開拓という面でも、河内長野市はポテンシャルの高い地域だと感じていました。

    ──市としても、この制度に可能性を感じていたのでしょうか。

    宮﨑氏:はい。本市では西野市長就任以来、地域のポテンシャルを「ここにしかない価値」として捉え直し、地域資源の再価値化を推し進めています。その方針のもと、2025年度には農林課を「自然資本活用課」へと改組し、自然を資本として捉える新たな施策を本格化させました。

    今回のJ-クレジットは、私たちが掲げるその再価値化を体現する、象徴的な取り組みの一つです。これは単なる環境施策にとどまらず、自治体運営に「稼ぐ力」を取り入れ、地域課題の解決に挑む事業でもあります。脱炭素への貢献はもちろんですが、クレジット収益を地域の森林管理に再投資し、さらには次世代の担い手を育てる森林環境教育にも活用していく。こうした好循環をデザインしていくことは、本市にとって非常に大切な一歩だと捉えています。

    行政と企業の連携で挑む、4者協定に込められた狙い

    ──今回の連携は、どのような経緯で具体化していったのでしょうか。

    宮﨑氏:最初のきっかけは、市が行ったJ-クレジットに関する勉強会で、市内で活動する林業経営体であるクリエイション社が、J-クレジットに関心を持ったことでした。クリエイション社は実際に森林整備を担う事業者ですが、クレジット創出の申請手続きや認証プロセスには専門的なノウハウが必要で、単独で進めるには難しい面もあります。そこで市としても伴走しながら、専門的な支援を提供できるパートナーを探していました。

    森田剛史(以下、森田):NTTドコモビジネスの関西支社として、河内長野市とはもともと遠隔医療や防災IoT、AI運行バスなど、さまざまな領域でお付き合いがありました。そうした継続的な対話の中で、GX(グリーントランスフォーメーション)というテーマについてもご一緒させていただくことになり、ちょうど社内でも「森かち」の勉強会があったタイミングで、これは河内長野市に提案できるのではないかと考えました。そこから住友林業、クリエイション社を交えて具体的な検討が進み、協定締結へとつながりました。

    森田 剛史|NTTドコモビジネス 関西支社 第一ソリューション&マーケティング部門 第六グループ(前ソリューションサービス部門 第四グループ)
    自治体におけるDX推進を担当。J-クレジット創出の取り組みにおける河内長野市との窓口の役割を担う河内長野市とは、J-クレジット創出の取り組み以前にも、遠隔医療や防災IoTなどの取り組みを通じて関係性を構築してきた。

    ──4者で連携することに、どんな意味があるのでしょうか。

    小笠原:各社の役割を整理すると、クリエイション社がクレジットの「創出者」として森林整備とプロジェクト申請を担います。河内長野市は、森林所有者との調整や各種資料の準備を支援し、創出されたクレジットの販売支援にも携わります。NTTドコモビジネスと住友林業は、森林クレジットの創出から売買までをワンストップで支援するプラットフォーム「森かち」を通じて、登録・申請・販売といった手続きを一気通貫でサポートします。さらに住友林業には、森林・林業に関するアドバイザリー機能も担っていただいています。

    須藤氏:J-クレジットの創出には、対象となる森林の所有者との合意形成が重要です。J-クレジットという多くの森林所有者にとってなじみのないものでも、市が一緒に取り組むことで、「行政もしっかりと関わっている」という安心感や信頼感が生まれると思っています。

    宮﨑氏:NTTドコモビジネスには市職員向けの脱炭素・GX研修という形でのご支援もお願いしています。市の職員の中でも、まだこのテーマへの理解が進んでいない部分がありますので、内側からもしっかり理解を深めていきたいと思っています。

    このプロジェクトは、J-クレジットのプロジェクトとして申請してから8年あるいは16年という非常に長い期間にわたって継続していきます。改組や担当者の異動などがあっても継続できる体制が必要だと考えていました。その点で、今回ご一緒することになった各社と、この取り組みの意義を共有できており、安心して協業できると感じています。

    ──関西支社として、自治体との向き合い方で意識していることはありますか。

    森田:自治体との関係において、私たちは「通信やICTのベンダー」としてではなく、地域課題を一緒に解決する「伴走者」でありたいと思っています。今回もまず「市の森林をどう活用したいか」というところから対話を積み重ねていきました。「森かち」という具体的なプラットフォームをご紹介できたことで、J-クレジットの取り組みについて「実際にできそうだ」という手応えを感じていただけたのが大きかったと思っています。

    森林の価値を地域に還元し、さらに森林に投資する好循環へ

    ──このプロジェクトで生み出された価値は、どのように地域に還元されていくのでしょうか。

    須藤氏:クレジットの売買によって生じた収益の一部は、河内長野市への寄付という形で還元されます。市はその資金を森林管理に再投資し、森林整備の好循環を生み出していきます。また、クリエイション社を通じて、森林所有者への利益還元も行われます。自分の山がクレジットを生み、森林の新しい価値が認められたという実感が生まれることで、森林所有者の皆さまの森林への関心が高まることも期待しています。

    宮﨑氏:もう1つ大切にしているのが、森林環境教育への活用です。河内長野市ではこれまでも、森林環境譲与税を活用し、森林ESD事業(Education for Sustainable Development)を推進しており、子どもたちが実際に森に入り、間伐を体験したり、森の恵みに触れたりできる機会をつくってきました。今回のクレジット収益についても、そうした取り組みに生かしていきたいと考えています。次世代の担い手を育てることが、長期的な森林保全につながると考えているためです。

    ──脱炭素・森林保全・地域経済・次世代育成を一体で捉えているのが、このモデルの特徴ですね。

    小笠原:その通りです。J-クレジットは「CO2を削減・吸収する仕組み」というイメージで語られることが多いのですが、今回の取り組みが示しているのは、それだけにとどまらない価値です。適切な森林整備が進むことで、水源涵養、防災、生物多様性の保全といった森林の多面的機能が回復・向上します。これらの取り組みは、結果として森林のCO2吸収源としての価値を高め、クレジットの価値向上にもつながります。さらに、そこで生まれた収益が再び地域へ還元されていきます。脱炭素を入口としながら、地域全体の持続可能性を高めていくことこそ、このモデルの本質だと考えています。

    須藤氏:大阪府内で森林吸収系のJ-クレジットに取り組むのは、今回が初めてのケースです。先行事例のない中でのチャレンジではありましたが、「まずはやれることから始めよう」という姿勢で進めてきました。このモデルが機能することを示せれば、大阪府内の他の自治体へと広がっていく可能性も十分にあると感じています。

    豊かな自然と暮らしが共存する河内長野市の風景

    他の自治体にも横展開可能なグリーントランスフォーメーションモデル

    ——今後の具体的なステップと、直近の注力ポイントを教えてください。

    宮﨑氏:現在は、クレジットの認証・発行に向けた準備を進めている段階です。2026年度中に初めてのクレジット創出を見込んでおり、まずはこれを着実に実現することが直近の最大の目標です。

    その一方で、需要創出に向けた取り組みも並行して進めていく必要があります。大阪府内の企業を中心に、河内長野市の森林由来クレジットの存在や価値を発信していく活動にも力を入れていきます。「大阪初の森林由来のJ-クレジット」として、地産地消や地域の森林保全の観点から関心を持っていただける企業に対し、積極的にアプローチしていく方針です。

    小笠原:「森かち」としても、今回の河内長野市との取り組みを、単なるクレジット創出の事例に留めたくはないと考えています。例えば、創出されたクレジットを活用し、大阪府や河内長野市の企業と連携して、カーボンオフセット製品やサービスの開発も視野に入れています。「河内長野の森が育んだクレジットが付与されている」といった具体的で象徴性のある事例を生み出すことで、森林クレジットの意義を、より多くの方に実感していただけるのではないかと思っています。

    ——では、このプロジェクトを河内長野市以外の地域へ広げていく上では、どのような点が重要になるのでしょうか。

    森田:今回の取り組みは、「自治体×林業経営体×プラットフォーム運営会社」という役割分担のもと、森林整備からJ-クレジットの創出・販売までを一体で進めるものです。この枠組みは、森林面積が大きく、管理コストや担い手不足といった課題を抱える自治体であれば、幅広く応用できると考えています。河内長野市での取り組みを一つの成功事例として積み上げながら、他の地域にも広げていけるよう、今後も自治体と丁寧に向き合っていきたいと思っています。

    小笠原:「森かち」を展開していく上でも、自治体との連携協定は非常に重要な意味を持ちます。自治体が加わることで、地域の森林所有者からの信頼が生まれ、クレジット創出の規模拡大にもつながるからです。河内長野市との取り組みで得た知見を生かしながら、日本各地の森林が持つポテンシャルを引き出せるよう、今後も取り組みを進めていきます。

    須藤氏:河内長野市では、近隣自治体の河南町、千早赤阪村と連携協定を締結し、地域のブランド木材である「おおさか河内材」の利用促進をはじめとした森林・林業施策に相互連携して取り組んでいます。J-クレジットについても、より多くの森林でクレジットを創出し、収益化できるように協働するとともに、南河内地域で育んだモデルを全国に発信していきたいと思っています。

    ──最後に、この取り組みを通じて伝えたいメッセージをお願いします。

    須藤氏:私たちは森林をはじめとした自然を本市の資源と捉え、日ごろの森林整備によってその価値や機能を高めるとともに、しっかりと活用することで、価値ある資産として将来世代に引き継いでいきたいと考えています。河内長野の森は、大阪の水を育み、人々の生活を支えてきました。これからも森林の保全や活用を通じて、市民の安心・安全で豊かな暮らしを守っていきたいと思います。

    宮﨑氏:J-クレジットというと難しそうに聞こえますが、私たちが大切にしているのは、森林や水が持つ価値を見える形にし、地域の中で活かしていくことです。河内長野市は「自然が豊かなまち」と言われますが、その豊かさが暮らしや社会にどうつながっているのかを、知っていただく機会を広げていければと思っています。森林は流域全体で支えていくものだという視点を持ちながら、自然資本を地域の中で活かす取り組みを、着実に進めていきたいと思います。

    森田:今回の取り組みは、NTTドコモビジネスが自治体と向き合ううえでの、1つの姿勢を示すものです。地域の課題を聞き、一緒に考えて、具体的な仕組みへと落とし込んでいく。今後も、GXをはじめとする新しいテーマで、地域の課題解決に貢献し続けていきたいです。

    小笠原:森林の新たな経済価値を生み出す仕組みへのニーズは確実にあります。今回の河内長野市様との取り組みを皮切りに、日本各地の森林が持つポテンシャルを引き出していけるよう、これからも「森かち」を進化させていきます。

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