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2025.07.18(Fri)
目次
「未来社会の実験場(People’s Living Lab)」を掲げ、世界各国のテクノロジーが結集した大阪・関西万博。博覧会協会でICT局局長代行を務めた西裕士氏は、そのコンセプトについて、このように捉えていました。
「単に未来の技術を展示するだけでなく、会場で実際に使っていただき、多くの関係者が共創し、運用をしながら仕組みをブラッシュアップしていく。最終的には社会実装につなげるための場だと考えていました。いわば、半年間という期間限定で誕生したスマートシティです。アプリやID連携により個人情報を扱うため、”ハリボテ”のインフラではなく、実際の都市で使われるICT基盤と遜色ないものが求められました。そこで、会期が終わるまで一切止めることができない高い安定性と信頼性が求められる通信基盤をつくるという基本方針を掲げていました」(西氏)
ICT局が発足した2021年はコロナ禍の真っ只中。そこから2025年の本番までの4年間で、社会や技術の前提は大きく変化しました。
「2021年は、まだ『リアルで万博が開けるのか?』という議論もあった時期で、バーチャル、非接触といった分野が伸びてくるであろうと想定していました。ところが、2023年、2024年とアフターコロナ時代に入ると、リアルへの回帰が始まり、使われる技術も少しずつ変わっていったのです」(西氏)

アプリケーションであれば、技術の進展に対応した開発を直前まで進めることができます。一方で、難しかったのは、万博でどういった規模のイベントを開催するのかが具体的になっていない初期段階で、情報通信インフラやセキュリティ対策の整備を進めることでした。来場者数や施設数、関連するシステムの数・仕様といった条件とともに、必要なシステムを設計していったと言います。
そのような環境の中、万博におけるデジタル関連の中枢を担ったのがNTTドコモビジネスです。関わった人数は、ICT関連のプロジェクトだけで300名以上。会期中のサポート業務を含めると、全社で1000名以上が関係する大きな機会です。
NTTドコモビジネスが携わった領域は大きく3つ。1つ目は、チケットシステムなどから得られるデータを統合し、顧客情報管理や万博ID管理、各種サービスの連携を行う「万博ICTプラットフォーム」。2つ目は、東京ドーム33個分の敷地に敷設したカメラやスピーカー・LAN・モバイル網などをつなぐ「情報通信インフラ」。3つ目は、世界中からのサイバー攻撃をゼロトラストの概念に基づく外形監視やレッドチームによるサイバー演習によって防御する「セキュリティ対策」です。
これら3領域でリアル・デジタルのICTを総合的に活用し、2558万人の来場者と約150の国と地域をスムーズかつセキュアにつなぎ、184日間の会期を支えました。

ICT基盤の設計思想として大切にしたのが、想定された2820万人の来場者データをいかに統合し、一体的な体験として提供するかです。安定稼働の礎となったアーキテクチャについて、プラットフォームを担当した高田洋史は、こう説明します。
「来場者に紐づく万博IDと、行動やイベントを意味付けし関連付けることで、一体的な体験を提供していくという思想の下、ICTプラットフォームは設計されました。ポイントは、システム間の依存関係を最小限に抑えながら、即時性が求められる用途と、来場者や運営改善といった分析用途を明確に分離したこと。さらに、リアルタイムのデータ連携とデータ蓄積・分析基盤を役割分担させることで、システムの安定性と博覧運営の意思決定迅速化に寄与できるようにしたことです」(高田)

設計を進める上で最も難しかった点について、西氏は、関係各所からさまざまな構想が持ち込まれ、それを集約するプロセスだったと語ります。
「各所の要望を全て受け入れてICTプラットフォームの機能として装備するのは、予算やリソースの観点からも現実的ではありません。そこで、『やらないこと』をきちんと決める必要がありました。本当に必要な機能のみをICTプラットフォームに乗せ、それ以外は個別のシステム側で実現するという考え方です」(西氏)
この取捨選択を支えたのが、博覧会協会が主導して作成した「データ利活用マニュアル」です。高田は「各データの定義やID管理の考え方が整理されていたので、個別の調整もスムーズに進みました。博覧会協会様が描いた全体構想を、NTTドコモビジネスが仕様と技術で下支えすることができました」と語ります。
設計段階での工夫が実を結び、ID登録数は約916万、ログイン数は約3億回、システムのリクエスト数は30億回以上という規模感でありながら、稼働率は100%。システムダウンゼロを達成しました。しかし、日々の運用では緊張の瞬間もありました。
「入場ゲートが開く朝は、まずリソース状況の確認から始まるのですが、前日より来場者が多いと緊張感が高まっていきます。パビリオンの予約が始まる昼ごろは、来場者のアクセスが一気に増えるので、APIの流量制限を1〜2時間単位で確認しながら徐々に緩和していくというチューニングを何度も実施しました。システム間を連携させ、取得したデータを見える化できたからこそ、システムを止めることなく柔軟に適切な対応が判断できたと思っています」(高田)
毎日20万人以上がアクセスする規模のプラットフォームを構築し安定運用したことについて、西氏はこう述べました。
「日々20万人以上の方が利用するスマートシティという観点では、おそらく初めての規模感ではないでしょうか。そこには大きな価値があると思います。会期が始まった後にも、追加で数十項目の開発や修正が発生しましたが、そうした改善も伴走しながら進めていただけました」
ーー後編では、2558万人の体験を支えた、大容量データ通信が可能な情報通信インフラと、セキュリティ対策についてご紹介し、重大インシデントゼロを実現した技術と運用力のこれからを展望します。(2026年5月20日公開予定)
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