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目次
徳田泰幸(以下、徳田): 皆川さんは長年スポーツの第一線に携わってこられました。「スポーツ×データ」という観点から見て、現在の取り組みはどこまで進んでいるのでしょうか。現状と課題について教えてください。
皆川賢太郎氏(以下、皆川氏):私が世界で初めてトップ10に入った約25年前と比べると、スポーツの現場は大きく変わりました。当時は、コーチの指導や自分自身の感覚、そしてビデオ映像を見ながらの分析が中心でした。その後、徐々にデータ活用が進み、私が引退する頃には、ターン時の入射角やスピード、位置情報に加え、乳酸値といった生体データも活用されるようになっていました。
徳田: バイタルデータなどの管理も、かなり厳密に行われていたのでしょうか。
皆川氏: そうですね。私のトレーナーは、プロバスケットボールチームでの経験を持つスロベニア人で、特に乳酸値と筋肉疲労を重視していました。毎朝起きると、電子マットの上でジャンプをさせられ、そのデータを継続的に取得します。乳酸値や筋肉の状態、瞬発力の数値を見ながら、その日のトレーニング強度を決めていました。
振り返ってみれば、私が長く競技を続けられた理由の一つは、こうしたデータに基づく管理があったからだと感じています。
徳田: 一方で、スポーツの世界では精神論も重視されます。精神論とデータは相容れない部分もあるように思えますが、実際はいかがでしょうか。
皆川氏: 精神論は競争社会において必要です。ただし、トレーニングの質を高めるうえでは、データが非常に重要になります。例えば、スキーでターンをする際の角度は、体の傾きやG(遠心力)によって生まれます。先程申し上げた通り、以前は自分の感覚やビデオ映像でしか確認できませんでしたが、今ではデータによって「何度違うのか」まで具体的に可視化できます。
コーチも選手も、そのデータと自分の感覚を照らし合わせることで、より深く自分の個性を理解できるようになります。感覚をデータで検証し、すり合わせていくことが、今の時代では可能になっているのです。

徳田: そうしたデータは、次世代の育成にも活用されているのでしょうか。
皆川氏: データそのものは取得できています。ただ、それを分析し、他の選手が客観的な指標として活用できる形で共有・開放することが難しいのが現状です。個人情報の問題もありますし、ルールや運用面の整備がまだ追いついていません。
徳田: 貴重なデータが眠ったままになっている、という印象もありますね。
皆川氏: その通りです。スポーツの世界は、特定の動作を極限まで反復し、突き詰めていく世界です。その過程で生まれるデータ量は、一般的な生活を送る人の何倍にもなります。本来であれば、そこにはアスリートの未来を導くヒントが詰まっているはずですが、選手側も指導者側も、まだ十分に理解しきれていないのが実情です。
徳田: 例えば、入射角や体の傾きといったデータは、ファンの方々も非常に興味を持つ部分だと思います。「この選手は、こういう角度でターンできるからすごい」ということが、テレビ中継などで可視化されれば、より面白くなるのではないでしょうか。
皆川氏: まさにそこが、スポーツの大きな伸びしろだと思っています。デジタル技術が発展すればするほど、スポーツやエンターテインメントとしての価値は高まっていくはずです。競技に没入してもらうため、そして選手の人となりを知ってもらうためにも、情報が可視化されていることは非常に重要です。
競技の見せ方という点でも、「なぜ点が入るのか」「なぜこんな技ができるのか」といった理由が可視化されることで、理解が深まります。ルールを知らなくても、圧倒的なパフォーマンスの「なぜ」が視覚的に伝われば、見る側は自然と引き込まれ、応援しやすくなるはずです。
徳田: 確かに、没入感はまったく違ってきますね。実際、選手のデータ自体はすでに存在しているのですよね。
皆川氏: はい、データはあります。ただ、それを柔軟に使える形に整理できていなかったり、映像として活用することへの合意が取れていなかったりします。そうした部分がこれから整理されていけば、スポーツの見せ方も大きく変わっていくと思います。

徳田: 話題を具体的なテクノロジーに移すと、弊社でもオンラインコーチングの提供や、IoT技術を活用したウェアラブルデバイスによる位置・心拍データの管理などに取り組んでいます。自社でラグビーチームを運営していることもあり、現場での活用も進んでいますが、皆川さんはこうした技術にどのような期待を寄せていますか。
皆川氏: 個人に対してIoTデバイスを装着し、自分をセンシングしながら精度を高めていくことは、今でも少しずつ行われています。しかし、これはあくまで個人の能力向上の話です。私がさらに重要だと考えているのは、オンラインコーチングを含めた指導環境や指導者リソース不足の解決です。
今はこうしたリソース全体が足りていませんし、国内と海外の格差も存在します。これらの課題を遠隔で解決するには、データとオンライン技術を使う以外に選択肢はないと考えています。
JOCの立場で見ると、日本には競技ごとに全国各地に強化拠点があります。ただ、海外との連携となると、既存のネットワークや人と人とのつながりだけでは限界を感じています。トップ選手は海外の環境やコネクションを自ら切り拓いていけますが、ジュニアやユース世代がいきなり海外に出たとき、同じような環境をすぐに手に入れるのは難しいのが現実です。
徳田: 一人のアスリートには非常に多くの方が関わっていると思います。各分野のベストプラクティスを持つ方々が、一堂に会さなくても、オンラインで遠隔的に取り組めるのは、まさにこの時代だからこそですね。
皆川氏: 仰るとおりだと思います。日本のスポーツ環境は変わってきています。少子化という現実を受け止めなければなりません。かつては施設や人材が豊富で、皆が一体となって取り組んでいましたが、今やそうしたリソース自体が失われつつあります。そこで、柔軟な発想を取り入れ、データやオンライン、遠隔技術を積極的に採用する必要があります。
徳田: スポーツデータの活用は、地域振興や産業連携にも広がる可能性があります。皆川さんご自身も、スキー場の運営に携わられていますが、その中で地域を盛り上げるために取り組まれていることはありますか。
皆川氏: 幸いなことに、スキー競技はレジャーとの親和性が高いスポーツです。一般の方もスキーを楽しみ、競技者も同じゲレンデや道具を使っています。
現在、スキー場の経営においては、スポーツやエンターテインメントの視点からデータを実際に取得・活用する取り組みが進んでいます。例えば電子チケットの導入により、来場者の動向を把握できるようになり、将来的には地域通貨との連携も検討しています。
地域通貨の運営には課題もありますが、地域の中でどのように経済圏をつくっていくかという視点は重要です。そうした取り組みを、私たちは「スポーツ×産業」という形で進めています。

徳田: 地域共通の通貨が循環するようになると、人が「いつ・どこで・どう動いているのか」も可視化できますよね。
皆川氏: 今は「インバウンド」と一括りにされがちですが、実際には雪のある12月から3月の間でも、訪れる国や地域の割合は月ごとに大きく異なります。例えば、シーズン初めはシンガポールからの来訪者が多く、年末年始は日本や欧米、1月から2月中旬にかけては中国からの方が非常に多い。
一口にインバウンド施策と言っても、こうした違いを把握できるデータがなければ、いつ・どこに向けて営業やプロモーションを行うべきか判断することはできません。
徳田: 弊社でも広島県で観光マーケティングを支援していますが、これまで見えなかった「どの国の人が、どの月に多いのか」が可視化されることで、プロモーションの打ち方が変わってきます。
皆川氏:よく「全体をデータ分析して、どうターゲティングするのか」と聞かれますが、私は「明確なターゲットは存在しない」と答えています。ターゲットは円グラフ全体であり、大切なのはその中でどこに、どれだけの比重を置くかという考え方です。レイヤーごとに異なるニーズを捉え、それぞれが求める体験やサービスをどれだけ提供できるかが問われています。
かつてはスキー場は、国内顧客に向けてリフト券を販売する、といった画一的な施策で成り立っていました。しかし今では、犬ぞりを楽しみたい人もいれば、トレッキングや食事を目的に訪れる人もいます。文化的な背景もさまざまであり、多様な選択肢を用意することが不可欠になっています。

徳田: eスポーツの可能性についてもお聞きしたいです。
皆川氏: 私はeスポーツを非常に推奨しています。スポーツのあり方は、もっと多様であっていいと思っているからです。勝敗があり、その過程で哲学や考え方を学べるのであれば、私はそれをスポーツだと捉えています。eスポーツには賛否があるのかもしれませんが、プロの世界で勝敗が明確に分かれ、厳しい競争があることは間違いありません。
フィジカルスポーツが得意でなくても、思考力や表現力に優れた人は数多くいます。そうした才能を生かせる点でも、eスポーツは非常に有効なチャンネルだと思います。
徳田: eスポーツは、一つひとつの動作をデータとして取得できる点も特徴ですよね。究極に近い科学的アプローチができそうだと感じています。
皆川氏: eスポーツが発展すれば、扱うデータ量は爆発的に増えていきます。AIと同じで、データ量が増えることで、私たちの想像を超えた方向へ進化していく可能性があるでしょう。
徳田: もう1つ、スポーツデータの活用先としては医療・健康分野も期待されています。選手のコンディションや怪我に関するデータは、競技力向上だけでなく、より広い分野に貢献できる可能性があるのではないでしょうか。
皆川氏:アスリートは体を極限まで使い込むため、そこから生まれるデータは、一般の方の何年分、何十年分にも相当します。このデータを活用すれば、選手一人ひとりに最適な治療法の発見や怪我の予防につなげられると思いますし、ひいては一般の方々の健康や医療の発展にも貢献できるのではないでしょうか。もちろん、医療データは非常にセンシティブです。提供する側がどこに、何のために渡すのかをきちんと理解すること、つまりデータリテラシーを高めることも重要だと感じています。
徳田: 最後に、スポーツ業界の未来について伺います。次の10年、データを活用することで、どのような世界が実現できるとお考えでしょうか。
皆川氏: 少し前まで、AIがここまで発展するとは正直思っていませんでした。ただ、技術が急速に進化する今、はっきり言えるのは「データがなければ精度の高い施策は決して打てない」ということです。競技現場でも個人レベルでも、まずはデータをきちんと取得し、何のために使うのかを明確にする。そのうえで、データリテラシーを高め、社会にどう還元していくのかという全体像を描くことが必要だと思います。
少子化の影響は、スポーツの現場でも強く感じています。地方から全国、そして海外へと進んでいく従来の育成ルートは、すでに維持が難しくなりつつあります。一方、海外では身体的特性や資質を早期に見極め、競技適性を判断する取り組みが始まっています。彼らと戦っていく以上、私たちも同じ土俵に立たざるを得ません。
今後、競争力を高めるためには、全体の生産性を上げる必要があります。そのために、データ基盤を整え、持続的に運用できる体制を築くことが重要だと考えています。
徳田: 特性がデータで可視化されていく中で、トップアスリートが持つ直感や感覚とのバランスは、今後どのようになっていくのでしょうか。
皆川氏: スキー連盟に所属する約400人の日本代表選手には、いつも「オリンピック出場レベルの8割までは人工的につくることができる」と伝えています。24時間365日、トレーニング環境、コーチ陣、医療サポート、栄養管理など、生活全体の質を高めていく。そのためには資金も必要ですし、環境を整えることは私たち組織の重要な役割です。
ただし、残りの2割は選手一人ひとりの個性です。組織によるサポートが6割、資金で整えられる環境が2割、そして最後の2割が個性。この個性をどう磨くかが、最も重要だと考えています。
個性がなければ、何かを突破する力は生まれません。厳しい競争環境の中では、勝ち取るための強さやしなやかさが求められます。その根底には、日々の生活の中で培われる思想や哲学、そして個性があるはずです。
徳田:企業の営業改革でも、とても似た話があります。データによって8割は前に進められますが、残りの2~3割は顧客との対話の中で生まれるクリエイティブな部分が重要だと、私自身も実感しています。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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