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2025.05.16(Fri)
Co-Create the Future
2025.06.13(Fri)
目次
――2050年のカーボンニュートラル、2030年の温室効果ガス削減といった目標達成に向け、あらゆる業界で取り組みが進められています。環境エネルギーの分野においては省エネ法が改正され、2023年から施行されていますが、国のエネルギー政策はどのように変わっていくのでしょうか?
林教授:資源の少ない日本は、これまでのエネルギー政策においてとにかく省エネを頑張ってきた国です。ところが太陽光など再生可能エネルギーが各家庭でもつくれるようになり、これから普及拡大させていくにあたって、省エネの強化だけでなく、『非化石エネルギーの導入拡大』『電気需要の最適化』を重視するという方針転換が必要になりました。
再生可能エネルギーの導入量が増えると『需給バランスの問題』『電圧問題』という問題が発生するため、これを回避するためには、発電量に合わせて一時的に需要を増やす、つまり賢く消費を増やすことを認めるという、省エネ一辺倒からの方針転換が起きているわけです。
電力会社と各家庭をつなぐ送電網は無限に電気を流せるわけではなく、許容量を超えれば安定供給に支障をきたしてしまいます。これまでは電力会社から一方通行で電力が供給されていたため、電力会社が供給量を抑えたり、夏場の昼間など需要が多い時には節電を促したりすることでバランスがとられていました。
時代が変わり、各家庭で太陽光発電ができるようになると、送電網の潮流が一方通行ではなくなります。家庭でつくられた電力が使いきれずに余ると、電力会社の送電網に逆流するため、ネットワーク全体の電力量の制御が難しくなります。そのため、各家庭ではコンセントの電圧が107ボルトを超えると自動的に太陽光発電が止まる仕組みになっているのです。
このような電圧問題を乗り越えるために必要なのは、各家庭でつくった電気が余った時に送電網へ逆流させずに“吸収”することができる蓄電池やEV、ヒートポンプ給湯機などです。これにより、せっかく太陽光発電が多くなった時に止めてしまうのではなく、吸収して動かすことができるようになります。
さらに、電力会社からの再エネの供給量が増えて電気代が安くなった時に電気を使い、供給量が少ない時に家庭で蓄電しておいた電気を売れば、ビジネスにもなります。このように電力の需要量を供給量に合わせて変化させる手法は“ディマンド・リスポンス”と呼ばれ、これからのエネルギー政策における重要なキーワードとなっています。
この流れを加速させることによって、原則すべての新築建築物で省エネ基準適合が義務化される改正建築物省エネ法の効果をより有効に活かすことができます。
――家庭においても電力のディマンド・リスポンスが求められるようになりましたが、その中で電力会社の役割はどのように変わっていくのでしょうか。「次世代送電網」と呼ばれるスマートグリッドについて教えてください
林教授:電力会社のミッションは、エネルギーを安定供給することです。それと再生可能エネルギーの普及拡大を両立させることが大きな課題となっている中で、送電線を太くできればいいわけですが、時間もコストも莫大にかかります。今あるネットワークで安定供給をするために、スマートメーターをはじめとするデジタル化された機器によって系統の状態を監視し、潮流や電圧を制御することで安定供給を担うのがスマートグリッドという次世代送電網です。これまで電力会社だけが保有していた電力のリソースが各家庭へと分散したことで、高度化した調整をデジタルによって実現することが求められています。
私自身、2010年に経済産業省『スマートメーター制度検討会』の座長に就任し、スマートグリッドのベースとなるスマートメーターの普及を進めてきましたが、2024年度にようやく全電力会社での設置を達成することができたところです。
――省エネ法の改正、スマートメーターの普及によってスマートグリッドの準備が整いつつある中、2024年9月にNTTアノードエナジーは新たな電力流通モデルとして「IoG(Internet of Grid)プラットフォーム」を発表しました。その特徴と狙いについてお聞かせください。
永井:このIoGプラットフォームは、今ある電力ネットワークに再生可能エネルギー導入量を増やすための取り組みです。送配電網は電力会社の火力などの大規模発電所を起点に各地へと伸びていき、枝葉に分岐して家庭へと張り巡らされているのですが、その中にどれだけ再生可能エネルギーを入れていけるかという課題に挑むものです。
送配電網の中でも大規模発電所に近いところは送電網と呼ばれ、特高電圧になっているのですが、この送電網にはメガソーラーやウインドファームなどの大規模な再生可能エネルギー発電所がつながっています。また、大規模な再生可能エネルギー発電所に適する広大な土地や風況が良い場所は既に開発し尽されている状況です。このような中でさらに再生可能エネルギー導入量を増やしていくためには、開発ポテンシャルが残っている中小規模の太陽光発電等の導入拡大が必須となります。このため、中小規模の太陽光発電などがつながる、家庭向けに枝分かれした細い配電網について、この開発ポテンシャルを最大限に引き出す環境づくりを進めています。
――そのような配電網に再生可能エネルギーを追加していく上での取り組みとは、どのような内容なのでしょうか?
永井:1つ目は、配電網のDXです。アンペアやボルトという電気の潮流データをしっかりと把握することで、まずは再生可能エネルギーを入れるポテンシャルを測ります。2つ目は、蓄電池の活用です。NTTには電気が停電しても通信を守る義務があるため、全国の局舎には蓄電池があります。例えば各家庭での太陽光発電量が増えて電気が使えきれずに余ってしまった場合でも、局舎の蓄電池に余った電気を貯めておくことで、配電網に流れる電流増加や電圧上昇を抑制し、発電抑制等を行わなくても配電網の健全性を確保します。この2つの機能を組み合わせたのが、IoGプラットフォームのソリューションです。
現在、既存の一般送配電事業者が再生可能エネルギーを配電網へつなげる場合、実際の電力潮流データがわからないため、つなげられるかどうかをシミュレーションで判断したり、配電バンク増強や送配電線を太くするなどの設備増強をしたりといった対策を行っています。このような中で局舎蓄電池というNTTグループのアセットを組み込んだIoGプラットフォームという私たちの提案には先進性があると自負しています。また潮流データの把握においても、既存の一般送配電事業者が検針データを測定しているスマートメーターについて、私たちは電流も電圧もリアルタイムで把握できる機能を新たに付加しており、これらデータの分析も含めてDX技術というNTTグループの強みを活かしたソリューションとなっています。
――岐阜県加茂郡八百津町における実証の内容と成果を教えてください。
永井:八百津町の実証では、実際に私たちが開発したスマートメーターを設置し、収集したネットワークの潮流データの把握・分析などを行っています。また八百津町にあるNTT局舎の敷地に蓄電池を増設し、発電量が増えた時に蓄電池を充電して電圧上昇を抑制するという実証を行っています。スマートメーターは局舎から約500メートル離れた避難所に設置し、このような環境で動作確認と実証を行っています。
八百津町は、電力ネットワークの末端で電線が細いエリアですが、太陽光がたくさん注ぎ、電圧は法定上限値の107ボルトに近いところまで上昇します。そこから電圧がさらに上がりそうな時に、500メートル離れた局舎の蓄電池での充電に回したところ、電線の電圧が下がるという効果が確認できました。
動作確認という意味では成功しましたが、実証はこれからも続けていく必要があります。まずは、1年間の中でどの時期にどの時間で電圧が高くなり、逆に余力があるのかを把握する必要があります。さらに、必要に応じて他の場所でもデータをとり、もう少し広範囲に分析することで、今後の配電線などの設備更新の最適化につながり、引いては電気料金の低減化にも貢献できると考えています。
――ユーザーとしてはどのようなプレイヤーを想定していらっしゃいますか?
永井:プレイヤーとしては、配電網をマネジメントしている事業者を想定しています。具体的には、「一般電気事業者」「特定送配電事業者」「配電事業者」になります。また、「特定送配電事業者」と「配電事業者」は新規参入を認めている制度なので、NTTアノードエナジーとしてこれら事業参入が可能かどうかについても検討しています。
電柱や電線というのは、電気だけでなく通信も利用しており、NTTグループはそれを保守・管理してきています。これら保守管理、運営についての私たちの強みに加えて、GXとDX、さらには地域課題の解決も含めて、IoGプラットフォームを活用した事業展開は、環境エネルギーの領域で新たな価値を提供できると考えています。
――NTTアノードエナジーでは送電側のソリューション提供に取り組む一方、林先生が主催されている早稲田大学のスマート社会技術総合研究機構(ACROSS)では、家庭における“ディマンド・リスポンス”を支援するHEMS(Home Energy Management System)の研究にも取り組んでいらっしゃいますね。
林教授:これまでお話してきた通り、スマートメーターは全国へ普及させることができました。ルールも整ってきて、これから家庭用の太陽光発電、蓄電池、EVの利用が進んでいく中で、どの設備をいつ動かすのかという制御が課題になってきます。全体の動きを制御するための頭脳となるのがHEMSです。私たちは10年以上前から取り組んでいて、世界で戦えるように国際標準も取り入れてきましたが、なかなか普及してきませんでした。現在、経済産業省においてDRready機器という呼び名で、家庭用のエネルギー機器を外部から制御する要件をまとめています。さらに、今のスマートメーターは電力量を測るものですが、スマートメーターの通信ネットワークの下りルートを利用したDR実証についてエネルギー基本計画に記載されるなど、家庭用機器を上手く制御することに向けた環境は整いつつあります。蓄電池や太陽光発電など、スマート家電が普及してきた今、まさにHEMSを中心としたこうした取り組みがディマンド・リスポンスを実践する鍵になり、我々もさらに研究を進めているところです。
永井:HEMSの普及に向けて、今回の実証で私たちはスマートメーターにエッジコンピューティングを搭載しました。スマートメーターの通信端末にOSを乗せており、ACROSSで研究開発されているような優秀なHEMSの頭脳をアプリケーションとして組み込んでいければと思っています。
――デジタル技術を活用した、これからの電力流通のあるべき姿とはどのようなものでしょうか?
林教授:大きなテーマとしては、やはりカーボンニュートラルとエネルギーの安定供給の両立を実現することです。その中で考えていかなくてはいけないのは、使う側のベネフィットをいかに生み出すかだと思います。CO2の削減にしても、それによって経済価値が生まれるなど新しい価値に転換されるからこそ、世の中が動き出していくわけです。
一方、そのような常時の環境変化とともに重視しているのは、非常時に対するレジリエンスです。例えば蓄電池が各家庭にあれば、災害時にもリモートで動いていることが確認できます。デジタルに時代においては、それくらい広い視野であるべき姿を描いていくべきだと考えています。
永井:私たちはNTTグループとして、やはり電気と通信を融合させるサービスづくりを心掛けています。林先生を筆頭に、ACROSSでも新たな技術の研究を進められていますから、それを利用者のベネフィットに還元できるサービスを開発していきたいと思います。
林教授:ACROSSは、早稲田大学の人文社会系・理工系の多様な分野の12研究所で構成される産学官の連携組織で、あらゆる領域の社会プラットフォーム企業が、合計70社参画しています。これまでにない技術を各企業が急にフォローするのは難しいので、大学も協力して研究を進める機構です。また社会への実装においては制度設計も重要ですが、技術の標準化に関しても私たちが貢献してきています。
もちろん、NTTグループさんにも参画いただいていますので、これからもぜひ一緒に取り組みを進めていきたいと思っています。
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