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Co-Create the Future
2025.02.05(Wed)
目次
人口減少に伴う労働力不足や経年による施設・設備の老朽化により、これまで盤石だった日本の公共インフラに翳りが見え始めている。そうした課題に対して、民間のアセットを活用して抜本的な解決を目指しているのが総合インフラマネジメント事業「JCLaaS」だ。
プロジェクトの中心を担うのは、鉄道事業で培ったインフラ管理・運営能力を有するJR西日本と、通信インフラ事業で培ったデジタル化・DX推進能力を有するNTT Com。ここに大手金融機関4社※が加わり、社会インフラサービスのプラットフォーマーとして「最適化の計画策定」「資金アレンジ」「DXの推進」に至るまで、社会インフラの最適化のために必要な機能を総合的に担い、インフラマネジメントのモデルチェンジを図る。事業構想が立ち上がった当時の背景について、JR西日本ビジネスデザイン部 JCLaaS事業部担当部長の常松雄大(以下、常松)は次のように振り返る。
※みずほ銀行、三井住友銀行、三菱UFJ銀行、日本政策投資銀行
「コロナ禍において鉄道の需要が失われたことが、『移動』に依拠した当社の事業ポートフォリオを見直す大きな契機となりました。アフターコロナの世界を見据えて、私たちは世の中に対して、どのような価値を提供できるのか。そうした未来像を議論する中で『人、まち、社会のつながりを進化させ、心を動かす。未来を動かす。』というパーパスを定めました」(常松)
自社の事業を成長させるだけでなく、鉄道事業で培った能力を存分に発揮して社会的な価値も創出していく。新たな目標に向かって新規事業の着想を広げていった際、日本が抱えるインフラの課題に行き当たった。
「高度経済成長期に整備された設備の老朽化が進む一方、限られた労働力のなかで、社会インフラを長期持続的に管理していくことは困難な課題ですが、これは鉄道というインフラを実際の利用状況に応じて最適化させた国鉄改革の歴史に準えることができるのではと考えました。国鉄改革で得た知見が、他のインフラの領域で求められるだろうという予感が事業立上げの発端です」(常松)
プロジェクトを始動させるにあたって、鉄道とは異なる領域からともに課題を解決してくれるパートナーを探していたJR西日本。各自治体が多岐にわたるインフラを管理・運営し市民にサービスを提供している中で、人的リソースの最適化だけでは限界があると考えていた。そこで、テクノロジーを活用することに可能性を見出す。
その点、デジタル領域から社会的課題の解決に貢献してきたNTT Comは、まさに理想のパートナーだった。こうして2社がタッグを組み、資金提供力を有する大手金融機関4社も加わることで具体化した「JCLaaS」。連携のキーマンとなったNTT Com関西支社の中芝考秀(以下、中芝)は、インフラマネジメントの先に、自社事業とのさらなるシナジーを見据えていたという。
「事業を通じてお客様、社会に貢献することを目指している中で、インフラ領域は新たなチャレンジ領域であり、無限の可能性を感じました。同時に、蓄積した膨大なデータを活用することで新しい価値を提供するという当社の最大の強みが、『JCLaaS』の構想にぴったりと当てはまりました。スマートシティ領域に注力する当社にとっては、インフラは『まちづくり』という大きなテーマに内包されたコンポーネントのひとつと考えています。本事業ではインフラ領域の課題を解決するだけでなく、その先にいる地域住民のみなさまにも新たな価値を届けていく、NTT Comが注力する社会産業プラットフォームの実現により貢献が可能と考えたのです」(中芝)
インフラマネジメントやスマートシティを推進するうえで、多くのアセットを持つ民間企業が中枢を担うことの意義は大きい。一方、従前から関係を築いてきた地域の事業者にとっては「大企業が参入し、仕事が奪われるのではないか」という懸念を抱かせてしまうリスクもあるだろう。地域の事業者ともそれぞれの役割をもって連携し、共生していくという理解を広げることを意識してプロジェクトの推進にあたっていると、JR西日本ビジネスデザイン部 JCLaaS事業部の山本陽斗(以下、山本)は話す。
「当社は京都府福知山市の水インフラ事業において、市民のみなさまへの情報発信や、水道管の維持管理に関する業務を、グループ会社と連携して推進しています。事業を運営する特別目的会社(SPC)である『ウォーターサービスきほく』の構成員として当社が参画するとともに、協力企業の形でグループ会社の大鉄工業も参画し、地元の管工事協同組合と連携しながら、より安全、安心かつ安定した上下水道事業の継続と、利用者サービスの維持・向上に努めています。
自治体の方々、地域の事業者の方々、住民のみなさんと一緒に事業をつくり上げていくという私たちの価値を認めていただけていると思っており、さまざまな地域でプロジェクトを進めるにあたっての励みになっています」(山本)
もうひとつ、民間企業が持つノウハウをインフラマネジメントへ活かすことを阻害する要因として、行政の業務の仕組みや現行制度との兼ね合いが挙げられる。インフラマネジメントには長期的な目線が重要となるにもかかわらず、自治体の予算は基本的に年度ごとに確保されるというミスマッチがある。また、部門を横断する意思決定にはどうしても時間を要する。加えて、DXにより業務の省人化が可能になるとしても、人による確認や管理を必須とする現行制度の中ではDX施策を実装することができない場合がある。そうした既存の枠組みを越えるため、行政機関との対話にも力を入れてきたという。
「自治体による現在のインフラ管理には、長期的な維持管理のための予算がつきにくい事情があります。しかし、これからのインフラマネジメントにおいては、すでに使っている設備を、次の100年にわたっていかに活用し続けるのかという超長期の発想への転換が必要です。これは大変な挑戦ですが、だからこそ、自治体や中央省庁のみなさんとも積極的に話し合いを続け、官民が総力戦で立ち向かうべき取り組みであるという思いを伝えながら事業の具体化に取り組んでいます」(常松)
JR西日本とNTT Comに共通するのは、国営企業から民営化された歴史があるという点だ。そうした経緯から、社会的責任の大きさを認識しつつ、ビジネスに対するバランス感覚も持ち合わせている。根底にあるインフラ事業者としてのマインドが一致しているため、プロジェクトの将来構想や目指す方向性などの目線合わせに大きな苦労はなかったという。NTT Com関西支社の伊藤大樹(以下、伊藤)は、パートナーとしてのJR西日本の心強さを次のように言葉にした。
「従来自治体が担ってきた社会インフラを民間企業が担うことに対して、自治体内や住民、地元事業者などさまざまなステークホルダーから不安の声が上がることもあります。しかし、鉄道という大規模な物理的アセットを長年維持してきたJR西日本への信頼は非常に大きい。さらに、2社は地域に根差したインフラ事業者であり社会的な役割も大きいため、中長期的な視野で事業を進めていくことができる。大手金融機関を含め持続可能な社会の実現に向けて地域に受け入れられやすい企業が連携することの価値を改めて実感しています」(伊藤)
しかし、実際に参画が決定するまで、NTT Com社内ではチャレンジングな新規事業に対する懐疑的な声もあったと中芝は振り返る。しかし、中芝は社会的意義を持った構想に大きな共感を抱いていた。
「当社では前例のない取り組みであり、なぜNTT Comが参画すべきなのか、その意義、事業実現性を経営層に納得してもらうことに時間を要しました。しかし、何度もその意義をプレゼンする中で、かねてより『ファーストペンギン精神』の重要性を説いている常務執行役員の井上(睦宏)が共感を示してくれました。新規事業にチャレンジしていく中でリスクが生じることもあるが、その過程で得た知見が未来の糧に繋がるのであれば、まずは飛び込んでみなさいと背中を押してもらい、現在の協業に至ります」(中芝)
一方のJR西日本にとっても、「JCLaaS」は挑戦の連続だと山本は語る。そもそも、インフラは「あって当たり前、安全で当たり前」の存在。ここに民間企業が参画することについて、長期的な視点で価値を認めてもらう必要があった。
「私たちは新たなインフラマネジメントのモデルを追求していますが、どのような価値に対して、どのような対価を設定し得るのかは構築途上にあります。だからこそ、目の前の利益だけでなく、プロジェクトの社会的意義や将来性に可能性を見出してもらうことが重要でした。NTT Comや複数の大手金融機関から共感いただけたことは、『JCLaaS』の立ち上げに際して大きな推進力になりました」(山本)
インフラマネジメントの根本を見直し、行政や地域事業者、さらには市民を巻き込みながら持続可能なまちづくりを推進する「JCLaaS」。現在もJR西日本とNTT Com、大手金融機関4社の間で継続的な協議を行い、具体的な事業モデルの確立を進めている。プロジェクトにおけるNTT Comの展望は、現場業務のデジタル化により生み出されるデータを収集・活用したインフラ管理の効率化・高度化。そこを起点に、データを防災や観光、子育てなど他分野でも役立てる未来を描いている。
「これまではインフラ点検などの現場業務を担う方々をデジタル技術で省力化・効率化を支援することや、デジタル化によって生み出されるデータを活用し、劣化予測などのAI技術を用いたインフラ管理の高度化に取り組んできました。しかし、人口減少の時代においては現場業務を担う人手不足も深刻化していくため、インフラを日常利用する地域住民の方々からインフラの異常を報告してもらう住民参加型のモデルが必要と考えています。その浸透の第一歩としてインフラの状態を地域住民が身近に把握できる仕組み作りが大事になると考えています。そこで、これまで自治体の原課単位で管理されていたデータを集約し、地域住民とつなげるための基盤を整えていくことを目指します。将来的には住民向けアプリなどでのデータ利活用を通じて、住民サービスの向上と住民同士のつながりを深めていくことが目標ですね」(伊藤)
誰もが快適に生活できるまちづくりが実現すれば、産業が生まれ、雇用が生まれ、数世代にわたって暮らすことのできる豊かな社会を維持することができる。その新たなロールモデルを示す可能性が「JCLaaS」には秘められている。
「日本を安心感のない国にはしたくないし、誰もが暮らしやすい環境であり続けてほしいのです。そのためにインフラマネジメントの転換を図ることが『JCLaaS』の大きな役割です。日本においてサステナブルなモデルを構築できた暁には、同様の問題を抱える他国でも展開できるはず。いつか国境を越える事業にすることを目指し、国内のインフラ改善、さらには豊かな地域づくりに貢献したいと考えています」(常松)
JCLaaS
https://www.jclaas.jp/
<関連イベントのご案内>
OPEN HUBとForbes JAPANは、社会課題に挑む事業共創アワード「Xtrepreneur AWARD 2024」の受賞プロジェクトを中心にした特別イベントを開催いたします。
本イベントでは、作家・池井戸潤氏も注目した福井経編興業・帝人・大阪医科薬科大学の共創プロジェクトの「シンフォリウム」や、日本初の「ゼロ・ウェイスト宣言」を行った徳島県上勝町と三菱地所・スペックによる都市部での資源循環プロジェクトなど、受賞事例をご紹介。本記事で紹介したJCLaaS関係者も参加します。
トークセッションやピッチプレゼンテーション、ネットワーキングの場を通じて、未来をつくる共創の可能性を広げます。
Text by Shunsuke Kamigaito / photographs by Yoshinobu Bito / edited by Kaori Saeki
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