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Co-Create the Future
2025.01.24(Fri)
この記事の要約
三菱電機は2024年5月、価値共創のための新たなデジタル基盤「Serendie®」を発表。ハードウェア中心の従来型ビジネスからの転換を図り、製品から得られるデータを活用した新たなソリューション提供を目指しています。
その一環として、2024年3月に「Serendie Street Yokohama(横浜ダイヤビルディング)」、2025年1月には「Serendie Street Yokohama(横浜アイマークプレイス)」を開設。約500名のDX人材を集結させ、顧客との共創やデータ活用サービスの開発を進める計画です。
一方、NTT ComのOPEN HUBは、未完成のプロダクトを展示し、議論を促進することで共創を生み出しています。また、「Catalyst」と呼ばれる推進者を900人近く認定し、コミュニティを形成。共創ビジネスの成功には、CXOクラスの早期関与や、共創でしか得られない価値次元の転換が重要だとしています。
両社とも、組織の可視化や人材のスキル・知見の見える化を通じて、部門間のサイロ化を防ぎ、セレンディピティ(偶発的な出会い)を促進する取り組みを進めています。
※この要約は生成AIをもとに作成しました
目次
——まずは、三菱電機の新たなデジタル基盤「Serendie® (セレンディ)」について教えていただけますか。
竹田昌弘氏(以下、竹田氏):「Serendie®」は、三菱電機が2024年5月に発表した、価値共創のための新たなデジタル基盤です。偶発的な出会いを意味する「Serendipity(セレンディピティ)」と「Digital Engineering(デジタル・エンジニアリング)」を組み合わせた造語であり、三菱電機内の複数の事業部門が、お互いの知識や技術、お客さまに対する理解を共有し、さらに社外のパートナーも巻き込んで新しいソリューションを提供していくという意志が込められています。
この取り組みの背景には、100年以上にわたって続いてきた従来のハードウェア中心のビジネスだけでは、今後は立ち行かなくなるだろうという危機感があります。製品をつくって終わりではなく、お客さまに納めた製品から得られるデータの分析を通じて見えてきた、課題やニーズに応えられるようなソリューションを提供することで、お客さまに価値を還元していく。これまでは、「循環型デジタル・エンジニアリング企業」への変革という打ちだしでこの構想の実現に取り組んできたのですが、この取り組みを外部の方にも知っていただき、共創につなげていくために、今回「Serendie®」というブランドを付け、基盤を整備した次第です。
——具体的に、どのようなソリューションの提供が可能になるのでしょうか。
竹田氏:「Serendie®」を活用したサービスの具体例として、「鉄道事業に関わるエネルギーの最適利用や鉄道アセットの最適配置・運用に向けたデータ分析サービス」があります。
電車は減速する際に生まれる余剰エネルギーを「回生電力」に変えて再利用しています。回生電力は車両の空調・照明などに利用することもできるのですが、ある鉄道会社さまでは年間数億円分もの回生電力が使われずに失われてしまっていたほどでした。
そこで本サービスでは、「Serendie®」を活用して車両・変電所・駅の電力使用量や列車運行状況等のデータを組み合わせて分析し、余剰な回生電力を見える化して、駅舎補助電源装置の適切な配置場所や、駅の混雑度・運行ダイヤ・運行状況に応じた鉄道アセットの最適な運用方法を提案しています。
——なるほど。「Serendie®」を活用した共創を推進するために、今後はオープンイノベーション拠点の開設・運営にも力を入れていくそうですね。
竹田氏:はい。第1の拠点として、2024年3月にオープンした「Serendie Street Yokohama(横浜ダイヤビルディング)」をオープンし、2025年1月には、お客さまとの共創を進める活動拠点として、「Serendie Street Yokohama(横浜アイマークプレイス)」を開設し、合計で約500名のDX人財が集結して、お客さまとの共創、データ活用したサービスの開発を進めます。
また、北米や欧州、アジアなど、海外拠点も順次開設していきたいと考えています。
——最先端技術を活用したオープンイノベーション拠点という文脈において、2022年2月にオープンしたNTT Comの「OPEN HUB」は、まさに先行事例と言えるのではないかと思います。戸松さんは、どのような課題感のもと、OPEN HUBを立ち上げたのでしょうか。
戸松正剛(以下、戸松):これまで、NTT Comの事業基盤は、ネットワークやクラウド、データセンター、音声基盤といった、水平的でリカーリングなサービス事業にありました。しかし、GAFAMをはじめとするパブリッククラウドの普及により、インフラ基盤がどんどん平準化していく中で、従来型のサービスだけでは立ち行かなくなってきているという危機感がありました。
また、1社だけの力では、社会のクリティカルな課題にリーチできないというもどかしさもありました。弊社の持っているホリゾンタルなサービスに、まさに三菱電機さんの持っているようなバーティカルなアセットを掛け合わせ、これまでリーチできていなかった課題に一緒に取り組んでいくという発想が、今後継続的に顧客価値を生み出していく上でも必要だと思ったのです。
——共創を促進する上で、「OPEN HUB Park」や「Serendie Street」のような場をつくることには、どのような意義があると思いますか。
竹田氏:リアルな場は、私たちのコンセプトの中核を成す「セレンディピティ」を起こす上で非常に重要です。丸の内にある私たちの本社ビルでは部署ごとにフロアが分かれており、同じ建物で働いてはいるものの、年間を通して一度も話したことのない社員が大勢いるという状況がありました。しかしこれではセレンディピティや共創は起きません。
そこで、いまつくっている横浜の新オフィスでは、フロア内の壁や垣根をなくし、7つある事業本部の社員たちが同じ仕事場や会議室、カフェを使えるよう、DXイノベーションセンター中心に設計を進めています。
こうした取り組みは、この秋から始まったばかりなのですが、たとえば、ネットワークに関する課題が起きた際に、従来ならば解決に1~2カ月かかっていたところ、他部署の社員と連携してたった3時間で解決に至るなど、すでにポジティブな変化が起き始めています。今後は、「Serendie Street」の本格運用を通じて、こうした事例をさらに増やしていきたいと考えています。
戸松:私たちも、「部門間のサイロ化」という三菱電機さんと同じ課題を抱えていました。組織は放っておくとどんどん専門化、細分化する一方で、サイロとして老化が進んでしまいますから、やはり誰かがどこかのタイミングで、変化を起こしにいかなければなりません。ただ、大企業の場合、組織のカルチャーはそう簡単には変わらないため、物理的にセレンディピティを起こすハード面からのアプローチは非常に重要です。
もうひとつ、私たちが大切にしているのが、「コンセプト・イノベーション」という考え方です。私たちの場合は、データドリブンで社会課題を解決できるような世界観を実現すべく、「OPEN HUB for Smart World」を事業共創プログラムとして進めているのですが、抽象的なコンセプトだけが先行してしまうと、社員や顧客が抱くイメージがバラバラになってしまいかねません。だからこそ、コンセプトをビジュアライズし、体現する場所としての「OPEN HUB Park」が必要だったのです。
——ここ数年、「オープンイノベーション」や「共創」を掲げる数々の空間が生まれましたが、うまくいかずにつぶれてしまったものも少なくありません。そんな中、OPEN HUBを率いて来た戸松さんの視点では、共創空間を成功させる上で、何が重要だと思いますか。
戸松:まず重要だと思うのは、当初のコンセプトに従って「やり切る」ことです。たとえば弊社には、毎年開催している「docomo business Forum」というお客さまをご招待するイベントがあるのですが、3年前の時点では、OPEN HUBブースは6畳ほどの小さなスペースしか与えられていませんでした。
それが今年のフォーラムでは、OPEN HUBのブースは会場全体の3分の1を占めるほどまでに拡大し、6,000人の来場者のうち、実に半数の3,000人の方がブースまで足を運んでくださいました。
やはり3年間、当初のビジョンの実現に一生懸命取り組んできたからこそ、OPEN HUBはこれだけ大きなプラットフォームに成長できたのだと思います。もうひとつ、セレンディピティを生み出し、共創空間を持続的に運営していく上で重要だと感じるのが、「未完成」というキーワードです。
竹田氏:「未完成」ですか?
戸松:はい。共創スペースのよくある失敗パターンのひとつに、「完成品のみが展示されたショールーム」というものがあります。完成品は、そのスペックにおいて良いか悪いか、高いか安いか、という議論の対象になることはあっても、共創につながるような建設的な議論を呼び起こしません。つまり、セレンディピティが起きないのです。
そのため、OPEN HUB Parkには、完成されたサービスやプロダクトは置いていません。代わりに、もしかしたら世界に価値を生み出すかもしれない未完成なプロダクトが、そこら中に置いてあります。こうした未完成なものこそが、さまざまな議論やセレンディピティを呼ぶのです。
また、未完成が共創を生むのは人間も同じです。OPEN HUBでは課題解決・コンセプト創出に貢献し、共創を推進する人々のことを「Catalyst」と呼んで認定しているのですが、立ち上げ当初50人程度だった「カタリスト」は、現在900人近くに増えています。対外的には、彼らのことを「各分野に精通した専門家」としていますが、実際には本当に全員がスペシャリストというわけではありません。もちろん、トップレベルのスペシャリストも在籍していますが、この900人の中には、これからスペシャリストを目指す人材も含まれています。
しかし、この未完成さこそが重要で、「900人のスペシャリストを集めたので、何でも任せて」としてしまっては、セレンディピティは生まれません。それではただのコンサルティング会社です。未完成な人材がスペシャリストに育っていく過程や、未完成だからこそ必要になってくる他のメンバーとのコラボレーションの過程において、偶然的な出会い、すなわちセレンディピティが生まれるのです。
竹田氏:OPEN HUBにあった未完成なテクノロジーから、実際に共創が生まれた事例などはありますか?
戸松:ひとつのわかりやすい事例として、デジタルヒューマン「CONN」があります。これは、「人間の形にビジュアライズされたAIはどのようなCXを生み出すのだろうか」という問いを起点に、約2年前にカタリスト主体で始めたプロジェクトなのですが、かつては話しかけると拙く返事をしてくる「弱いボット」のような存在でした。
しかし、その後生成AIのトレンドが到来し、「こういう機能があったらうちのビジネスに使えそうなのに」といったお客さまやパートナーさまの声をもとに、NTTの研究所が持っているモーション生成AIや音声合成AIといったさまざまな技術を載せていくことで、どんどん成長していきました。OPEN HUB Parkに来てくださった方にも、「彼女、前に来たときより成長しているね!」といったお声をいただくようになり、現在では、「多言語を話せるドラッグストアの店員にできないか」「現地情報に精通したホテルのコンシェルジュをデジタルヒューマンで代替できないか」といった具体的なご相談も多くいただいています。まさに、OPEN HUBにあったプロトタイプが、パートナーさまとの関わりの中で成長し、共創に至っている事例だと思います。
——共創のコミュニティーにおいて、ユニークな人材を巻き込むことは非常に重要な要素になるかと思います。お二人は、社内外の人々をプロジェクトに巻き込んでいくために、どのようなことを意識していますか。
竹田氏:まずはDXイノベーションセンター内で成功事例をつくり、その取り組みを徐々に社内に広げていくようなアプローチをイメージしています。DXイノベーションセンターは現在50名ほどの組織ですが、エンジニアやストラテジスト、マーケターなど、サービスをつくることのできる人材が一通りそろっています。ここで成功事例をつくり、「DXイノベーションセンターでできたのなら、自分たちにもできそう」というマインドの変化を約15万人から成るグループ全体に醸成することができれば、非常に大きなインパクトを生み出せるのではないかと考えています。
戸松:私たちは、雑誌の特集をつくるようなイメージで、3カ月ごとのテーマを設定することで、ユニークなメンバーを巻き込んでいます。
たとえば、「宇宙」をテーマにする場合は、宇宙統合コンピューティング・ネットワーク事業を進めるグループ企業・Space CompassやNTTドコモ内でHAPS事業を手掛ける担当者など、社内外の宇宙関連の人材を巻き込んで、「宇宙」に関する対談やイベントなどを集中的に展開します。
こうして、小さいながらも濃密なコミュニティーをいくつもつくっていくことで、次第につながり、大きなコミュニティーへと育っていくのです。
個人をピンポイントで動かすのは簡単ではありませんが、その人が入っていきやすくなるような環境をつくることによって、人を動かすことはできます。さらに言えば、会社全体の戦略にアラインするようなかたちで「場を編集する」ことで、単に多くの人を引きつけられるだけでなく、こうしたプロジェクトを経営レベルでプレゼンスを高めることもできるのです。
——人を集め、対談やワークショップなどの場を提供することで、多くのアイデアが生まれるとは思いますが、それを実際にビジネスとして実行するためには、いくつもの壁を越えていかなくてはならないと思います。戸松さんは、アイデアを共創ビジネスとして結実させる上で、何が重要だと思われますか。
戸松:まず、重要だと思うのは、プロジェクトの初期段階で、両者のCXOクラスを交えた対話の場を設定することです。特に大企業の場合、ボトムアップのプロジェクトを進めるには多くの困難が伴います。現場の人間同士が「この共創を通じて社会課題を解決しよう」と合意できても、上層部に上げたときに、「ビジネス的にどういう意味があるの?」と一蹴されてしまう。私自身、20年以上共創ビジネスに携わる中で、そうした苦い経験を何度も繰り返してきました。
だからこそ、OPEN HUB Parkに、CXO同士がブリーフィングを行うための専用会議室「EBC(グリーン・エグゼクティブ・ブリーフィングセンター)」をつくりました。あらかじめCXO間での合意を取り付けることができれば、その後の流れはだいぶスムーズになるからです。この会議室はOPEN HUB Parkの一番奥に位置していますが、課題の発掘やアイデアの創出から事業化まで、共創における一連の流れにおいて、ここが出発点になるという意味合いが込められています。
いきなりCXOクラスの人に会議に来てもらうのは難しいとしても、お茶を飲みに来てもらうぐらいの感覚で一度カジュアルに話をしておくことは重要だと思いますね。
——プロジェクトを前に進めるためには、社内の承認ルートをあらかじめ設計しておくことも重要というわけですね。一方、共創ビジネスを「成功させる」という観点においては、何がポイントになってくると思われますか。
戸松:共創によって価値次元に転換が起きるかどうか、言い換えれば、「なぜ、わざわざ共創という手法を取る必要があるのか」という問いに明確に答えられるかどうか、でしょうか。
単なるシステムインテグレーションや製品納入で解決できる課題であれば、わざわざ事業共創というかたちを取る必要はありません。OPEN HUBでは「コンセプト・イノベーション」と呼んでいますが、共創によってしか得られない価値次元の転換が起きること、少なくとも、そのような仮説や見込みが立てられることが、共創ビジネスを成立させる上で不可欠だと思います。
具体例として、ヤンマーさんとの取り組みがあります。農業機械のメーカーであるヤンマーさんにとって、国内の農業の生産性が上がり日本の農業が元気になることは、自分たちのビジネスの拡大につながります。しかし、トラクターの自動運転や水田へのセンサーの設置といった話であれば、それは単なるシステム導入案件で終わってしまい、共創である必要はありません。
そこで私たちが着目したのが、「多くの農家はIT投資するだけの余力がない」という本質的な課題があり、たどり着いたのが「J-クレジット制度」を活用した新たな農業モデルの構築という方法論でした。実は日本の水田は、牛のゲップに次いで多くのメタンガスを排出しているのですが、水抜きのタイミングを最適化することで、この排出量をかなり削減することができます。そして、「J-クレジット」という制度を活用することで、メタンガスの削減量に応じて、J-クレジットというお金の一種を農家に還元することができるのです。
NTT Comでは、IoTセンサーによる情報取得とJ-クレジット申請の一元化システムを提供しつつ、「低メタンガスでつくられたお米」のブランディングと販売面でも連携しています。
竹田氏:なるほど。農家の方は、こうして得られたJ-クレジットをもとに、農業効率化に向けた再投資を行うことができるというわけですね。J-クレジットの活用という構想は、最初から見えていたのでしょうか。
戸松:いいえ。これこそまさにセレンディピティの産物だったのです。実は社内に、農業の専門家ではなかったものの、J-クレジットについて長年リサーチしていたメンバーがいました。そのメンバーが、ヤンマーさんとの協業に関わっていた別のメンバーと出会い、「水田からのメタンガス排出」という課題を聞いたことで、「J-クレジットで解決できないか?」というアイデアが生まれました。
こうしたセレンディピティを起こすために、私たちは組織の可視化に力を入れています。たとえば、GX(グリーントランスフォーメーション)というカテゴリーの中に、J-クレジットに関わる人材をグルーピングすることで、他のメンバーがJ-クレジットの専門家につながれるようにしているのです。
竹田氏:私の会社でも、せっかく素晴らしい人材がいるのに、そのポテンシャルが十分に生かされずに宝の持ち腐れになってしまっている部分があると痛感します。特に製造業の場合には、IT企業に比べて、個々のメンバーがこれまでどのような実績を出してきたのか、どのようなスキルを持っているのかがやや見えづらいと感じています。しかし、一人ひとりの知見やスキルを可視化することが重要なのだと、戸松さんのお話を聞いて改めて実感しました。
戸松:そうですね。「どこに、どんなアセットがあるのか」「どんな人材がいるのか」「どんなネットワークがあるのか」という情報の可視化さえできれば、課題の8割は解決できると思っています。ただし大企業においては、それが非常に難しい。
私たちも、まだまだ完璧にできているわけではありませんが、「可視化」の取り組みをさらに磨きつつ、人を巻き込み、場をつくっていくことで、これからどんどん面白いことを起こしていきたいなと思います。
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