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2024.12.06(Fri)

インプランタブルデバイスが実現する、近未来の健康社会。
体内に埋め込まれた極小機器、その大いなる可能性とは。

#IoT #ヘルスケア #データ利活用 #AI
ウェアラブルデバイスと同様、急速に進化を続けるインプランタブル(埋め込み型)デバイス。ICT機器の極小化によって多様な可能性を秘めるこの技術は、医療をはじめ、様々な分野で注目を集めています。体内に埋め込まれたデバイスは人々のライフスタイルや社会全体にどのような影響を及ぼし、私たちはどのようなメリットを享受することができるようになるのでしょう。インプランタブルデバイスの最新動向に詳しい三井物産戦略研究所の木下美香氏、NTT Com・スマートヘルスケア推進室の久野誠史に、話を聞いていきます。

目次


    「非日常」のウェアラブルデバイスと、「日常」のインプランタブルデバイス

    ICT機器の小型化、高機能化が進むと同時に、多様な分野において社会へ浸透した、ウェアラブルデバイス。こうした「身につける」デバイスの延長線上で、にわかに脚光を浴びているのが体内に機器を埋め込む「インプランタブルデバイス」の領域だ。まずは、「ウェアラブルデバイス」と「インプランタブルデバイス」の進化の現状について、三井物産戦略研究所・産業社会情報部の木下美香氏が解説する。

    「端的に言えば、通信機能、センサーなどを備え、身につけて利用できるICT機器がウェアラブルデバイスです。こうした機器は1980年代から開発が始まり、2009年にFitbitリストバンド型活動量計、2015年には腕時計型のアップルウォッチが登場したことによって認知が一気に広がりました。現在では、耳装着型、メガネ型、ヘッドマウントディスプレイなどの製品開発が進んでいる状況です。一方で、テクノロジーの進化によって体内に埋め込むタイプのチップや機器、いわゆるインプランタブルデバイスの研究開発も進んできました。心臓のペースメーカー、脳深部刺激装置を始めとした重篤な疾患の治療や、それなしには解決不能な症状緩和など、主に医療分野で用いられてきましたが、2017年にはICカードの代わりとなるマイクロチップを皮下に埋め込んで生体認証を行うインプランタブルデバイスの活用事例も、欧米の一部で見られるようになりました。また広義では飲み込むタイプの機器もインプランタブルデバイスの定義に含まれ、小腸や大腸用のカプセル内視鏡なども実用化されています。このようにインプランタブルデバイスの社会実装は少しずつ進んでおり、今後、医療分野を始め多様な領域で活用されることが期待されています」

    ICT機器の進化によってこれらのデバイスは今後、さらなる小型化、インビジブル化が進むと予想される。(SPEEDA TREND reportsから三井物産戦略研究所が作成した資料を元に作図)

    こうしたインプランタブルデバイスの進化がもたらす社会へのインパクトについて、NTT Com・スマートヘルスケア推進室の久野誠史はこう指摘する。

    「ポイントは『非日常から日常へ』だと感じます。自らの健康状態を知るために機器を装着するのがウェアラブルデバイスですが、どれだけ機器が小型化し、装着後の快適性が高まっても、『装着する』という行為が厳密には日常であるとは思えません。一方、体内に埋め込んだり、カプセルを飲み込んだ後は基本的に何もしなくていい、その存在さえ忘れられるというインプランタブルデバイスは、まさに日常へ落とし込まれた機器であると言えるでしょう。こうした『非日常』と『日常』の差が実は大きいと私は感じています。たとえば、日常の中で血圧や脈拍など多様なバイタル情報を自然に取得できると、自身の健康状態をつねに理解しているという状態になります。その結果、たとえば睡眠が足りないという事実が可視化され、今日は少し早く寝ようという行動変容につながりやすい。つまりインプランタブルデバイスによって人々は健康な状態へと向かっていき、ひいては国全体の医療費削減につながっていくということにもなるんです。こうした効果に私自身、とても注目しています。それほど『日常』に落とし込まれたインプランタブルデバイスのパワーは絶大だと感じていますね」

    予防医療の観点から見て、インプランタブルデバイスにはよりポジティブな可能性が秘められていると木下氏は言葉を加える。

    「心不全の重症化に至る前段階では、肺動脈の圧力上昇という兆候が現れます。この兆候に着目したインプランタブルデバイスが2024年の6月に米国でFDAの市販前承認を取得し、年内には治療可能となる予定です。コインほどの大きさの機器を右肺動脈内に留置し、日常的に肺動脈の圧力をモニタリングすることで、心不全が重篤化する前に予防的な介入を行うことを目的としています。このように、インプランタブルデバイスは、通常の診断やウェアラブルデバイスでは検知できないような異変を察知したり、日常的にモニタリングすることで、深刻な状態に陥る前に処置が可能となったり、不安を抱える方のQOLを向上させたりといった効果が期待できます。また、機器やデータ解析技術が進化すれば、体内のほんの少しの異変を正確に検知し、どの病気と関係しているかが分かるようにもなっていくかもしれません。日常的に体内の多様な情報をモニタリングすることの意義はそれほど大きく、様々な可能性を秘めていると思います」

    木下美香(きのした・みか)|三井物産戦略研究所 産業社会情報部 産業調査室
    2004年 名古屋大学大学院生命農学研究科博士課程修了。同年、武田薬品工業株式会社へ入社し、研究部門で活躍。2017年には株式会社三井物産戦略研究所へ入社。医療ヘルスケアとマテリアル分野における国内外の技術及び市場動向調査、レポート執筆、各事業へのコンサルティング及び案件形成支援などに従事する。

    インプランタブルデバイスにみる、技術革新の現在地

    さらなるインプランタブルデバイスの社会実装には、様々なテクノロジーの進化が不可欠でもある。裏を返せば、加速する技術革新によって埋め込み式のICT機器は益々、その可能性を拡張している。インプランタブルデバイスの必要性とともに進展を続ける技術分野について木下氏はこう説明する。

    「代表例は動力源の進化です。たとえば、全固体電池は、電池の電極間でイオンの移動を促す電解質を液体から固体にしたものです。固体化したことで、構造の薄型化が可能になり、層を重ねることで大容量化や耐久性向上、高速充放電が可能となりました。英国Ilika社の全固体電池は1日1回の充放電で最大10年間の寿命を実現しており、理論上は一度、埋め込んだ機器が10年間、体内での稼働が可能です。その他には、自然放電を抑えた電池技術をベースに、心臓の拍動や呼吸などから発電して駆動エネルギーを確保する生体発電の研究も進んでいますし、米国の研究グループでは体内に埋め込んだ極小デバイスへワイヤレスで電力を供給できるテクノロジーの開発が進められています。また、分子ロボットと呼ばれる生体分子を組み合わせた人工物は、動力源となる駆動系、司令を出す知能・制御系、センサーなどを備え、ひとつの細胞のように生体分子に反応して自律的に動作するため、電源不要です。近未来、こうした分子ロボットが体内で自律的な診断、治療を行うほか、人工細胞膜構築などへの応用も可能になると考えられています。ここに挙げたテクノロジーの進化は一例ですが、インプランタブルデバイスの進化を促すと同時に、他分野への応用によって革新的な機器が生み出されるということも期待されています」

    久野誠史(くの・せいじ)|NTTコミュニケーションズ株式会社 スマートヘルスケア推進室 室長
    これまで、NTT研究所と東レで共同開発をした布型センサーhitoeを用いた医療ヘルスケアサービスなどのさまざまなサービス企画およびサービス立ち上げに従事。医療ヘルスケア領域でのDX、およびデータ利活用を目指したスマートヘルスケアの取り組みを室長として指揮する。

    こうした技術革新が進むなか、今後、NTTグループはどのような切り口によってインプランタブルデバイスの普及に貢献していくのか。2014年、NTTは東レとの協働によって、着るだけで心拍数と心電波形の測定が可能な新素材を開発。導電性高分子を利用した生体情報の測定技術を実用化すべく、最先端の繊維素材を生み出すというこのプロジェクトを牽引したのが久野だった。

    「NTTグループとしては新繊維を開発するという野心的なプロジェクトでしたし、一定の成果を挙げたと感じています。一方でこのプロジェクトを通じて見えてきたのは今後、弊社が注力すべき分野でもありました。端的に言えばインプランタブルデバイスの分野で私たちの強みを最大限活かせるのは、プラットフォームにデータ蓄積し、データ利活用の仕組みを提供することと考えています。インプランタブルデバイスによって収集した膨大なバイタルデータは、一旦、スマホやPCなどのデバイスに集約されます。当然、データをそのまま利用できるわけでもなく、利用者に必要な情報として可視化する必要がでてきます。インプランタブルデバイスが進化すればするほど、収集したデータを集積するプラットフォームは複雑性を増し、情報をアウトプットする際の技術やノウハウも高度化していくでしょう。こうした領域にこそ弊社の技術や経験値が活かせると考えています。たとえば現在、千葉大学と共同で実施している実証実験では現場の医師たちと連携し、患者に入力してもらった日々の健康状態を活用する試みを行っています。また、千葉県内を地域毎に区分けし、どの地域でどんな抗菌薬をどれだけ投与しているかといったビッグデータを分析することで、薬の種類や投与量を県全体でコントロールするといった実験にも取り組んでいます。私たちの強みはこうしたデータの可視化であり、どんな情報がどのような医療分野に役立てられるのかを明らかにしていくことで、インプランタブルデバイスの普及に貢献できると考えているのです」

    インプランタブルデバイスの普及において、超えなければならないいくつかのハードル

    医療分野において様々なメリットが期待される一方、インプランタブルデバイスの普及には大きな課題も指摘され、海外では議論も高まっている。技術面、制度面ともに、安全性やセキュリティの担保が何より重要だと二人は口を揃えた。

    「現時点でインプランタブルは生命に関わる側面が大きいため、誤作動や一時的でも機能停止するといったトラブルは絶対に避けなければなりません。また経年による機器の劣化や外的要因による耐衝撃性の問題など、安全性においてもさらなる技術革新は不可欠だと思います」(木下氏)

    「ハッキングやデータの抜き取りなどによって機器を埋め込まれた人に不利益が生じることも考えられます。そのような観点でもインプランタブルデバイスと通信する機器やデータを管理するプラットフォームにおけるセキュリティの問題は技術面、制度面でもクリアしなければなりません」(久野)

    これらの課題を克服すべく、米国食品医薬品局(FDA)ではインプランタブルデバイスのサイバーセキュリテイにおける脆弱性に関する審査を実施。欧州では医療機器規制の適用が開始されるなど不正アクセスやデータ流出を防ぐための制度強化が進む。また、海外では体内に埋め込む機器の高い安全性を臨床試験で示すことが求められるなど、インプランタブルデバイス普及とともに多方面で社会基盤が整備されつつある。久野はこう続ける。

    「こうした課題に加えて、現状、体内に機器を埋め込むという心理的なハードルも低くはありません。ただ、重大な病気を未然に防げるとか、これまで治療できなかった病態の原因究明が進むとか、体内チップに記憶された既往歴の記録から緊急時の救命率が高まるなど、多くの明らかなメリットが広く社会に広まれば、人々は自然とインプランタブルデバイスを受け入れるようになっていくでしょう。そうなればテクノロジーの進化や他分野における社会実装はどんどん加速していくに違いありません」

    プラットフォーマーとしてのNTT Comが果たすべき役割

    インプランタブルデバイスが当たり前のように利用されるようになる近未来。医療や社会、ビジネスの領域ではどのような変化が起きるのか。木下氏はこうコメントした。

    「予防医療の領域が拡張することで、医療機器や生体親和性材料、センサー開発などの市場が拡大していくことになるでしょう。また、医療機関や保険会社などがインプランタブルデバイスに対応するサービスや商品を新たに展開していく可能性も考えられます。たとえば未来では、日々のバイタルデータによって人々はその日のコンディションにあった薬を、家に備えた3Dプリンタなどで調合、服用することができるようになるかもしれません。そのような変化の前には、製薬業界も変化しているでしょうし、医療制度の抜本的な変更も求められることとなります。当然、同時にこうした変化に関連する企業のビジネスも加速していくことになるでしょう」

    一方、個人が自らバイタルデータを管理する状況が現実味を帯びてきていると、久野は話す 。言ってみれば、自分の健康を自分の力で増進させることができる近未来の姿だ。

    「自らのバイタルデータを個人で管理し、その情報を自らの健康増進につなげていくという近未来をイメージしています。そうなれば先ほども言及したようにデータを管理するプラットフォームの必要性が飛躍的に増していきますし、安全かつ的確に情報を流通させるべく、私たちプラットフォーマーの役割も高まっていくでしょう。もちろんデータ解析につながるAIの進化やこれに関わるビジネス領域の拡張も想定されます。病気を治療する、予防するといったヘルスケアの領域と、豊かな人生を構築するというウェルネスの領域も曖昧になりつつ、多様なビジネスの可能性を生むようになるのではないでしょうか」

    このような未来を前に、NTT Comに求められる価値、期待される取り組みとはいかなるものか。最後に木下氏から言葉をもらった。

    「医療分野だけでなく社会における多様なデータ収集、データ利活用に関わるソリューションをNTT Comは提供されています。だからこそ、インプランタブルデバイスがもたらすメリットや新たな価値を社会に提示し、目に見えるコンテンツとして提供できる唯一無比のプレーヤーでもあると感じます。インプランタブルデバイスの普及には課題もありますが、ベネフィットとリスクを踏まえ、新たな価値が生まれる可能性があることを社会全体に広めていただきたいと思います。人々が新技術を受け入れるマインドを持つことで、テクロノジーの進化が加速する側面もありますし、その結果、世界は大きく変わっていくと思います。私自身も御社の動向に注目していきたいですし、大きな期待を寄せています」

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