Smart City

2024.10.30(Wed)

ビッグデータ活用は日常の幸せを生み出す“魔法”
アーバンサイエンスがつくり出す市民のためのスマートシティ

#データ利活用 #AI #IoT #スマートシティ
都市計画や建築といった分野でも、データに基づいた検討が重要視されるようになっています。都市の中で日々生まれるビッグデータの解析結果から法則性を見つけ、まちづくりに反映させていく「アーバンサイエンス」という研究分野の第一人者である東京大学 先端科学技術研究センターの吉村有司特任准教授をお迎えし、NTT Comが2024年7月に提供を開始した映像分散管理プラットフォームサービス「モビスキャ®」の担当者である5G&IoTサービス部 担当課長の三谷秀行とともに、ビッグデータ活用が私たちの生活にどんな幸せをもたらしてくれるのか、語っていただきました。

目次


    スマートシティに求められる“市民にとっての幸せ”ってなに?

    ──アーバンサイエンスに基づいたまちづくりと、従来のまちづくりとは、どういった点が大きく異なるのですか?

    吉村:これまでのまちづくりや都市計画、建築は、建築家やプランナーの想像力と直感によって行われてきました。しかし、現在は街中にセンサーを設置することで、さまざまなデータを取得できます。そのデータを解析してまちづくりや建築のデザインに生かしていく。つまり、直感ではなく、データからまちづくりを考えていくのがアーバンサイエンスです。

    吉村有司|東京大学 先端科学技術研究センター特任准教授
    建築家。2001年よりスペインに渡り、ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部博士課程修了(Ph.D. in Computer Science)。バルセロナ現代文化センター、バルセロナ都市生態学庁、カタルーニャ先進交通センター、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年より現職。ルーヴル美術館アドバイザー、バルセロナ市役所情報局アドバイザー

    ──吉村先生が都市計画に携わっていたスペインのバルセロナでは、以前からデータを活かしたまちづくりを行ってきたと聞きました。

    吉村:これは僕の仮説ですが、19世紀半ば(正確にはバルセロナ都市拡張計画が作成された1859年)にデータを使った都市計画への取り組みが始まったと考えています。キーマンとなったのはイルデフォンソ・セルダという土木技師。彼はバルセロナに暮らす人々にインタビューを行い、そのデータをもとに今のバルセロナの都市形態の原型となるグリッド型の街路を計画しました。

    こうした下地があるから市民のデータ活用への抵抗感は薄く、バルセロナでデジタル庁が立ち上がったのは1967年。しかも、ICTを使って市民の生活の質を上げようという構想が示されたのは、1929年(2回目のバルセロナ万国博覧会)のタイミングです。

    三谷:それは想像以上に早いですね。

    バルセロナのグリッド型の街並み

    吉村:その後、バルセロナが先進的なスマートシティとして発展したのにはいくつかの理由があります。1つは人口が150万人と、都市全体をシミュレーションするのに適した規模であること。交通工学の世界的権威がいたこと(Jaume Barceló カタルーニャ工科大学名誉教授)。グリッド型の都市のため、交通シミュレーションを行うのが容易だったこと。このように全体を把握してコントロールできる条件がそろっていたことが大きいと思います。

    ──例えば、東京がスマートシティをめざすときの難しさは、どういうところにあると思いますか?

    吉村:規模としての大きさと都市としての複雑性ですかね。東京はそれぞれの地区、例えば、渋谷、新宿、銀座が、ヨーロッパでいうところのフランクフルト、バレンシア、トリノなどひとつの都市に匹敵するくらいの規模感で、異なった顔を持っています。東京は多様性を秘めたすばらしい都市だと思いますが、全体で見ると規模が大きすぎてしまい、人間の手でマネジメントすることが難しいと感じます。

    その点、バルセロナには、市長とともにまちづくり、都市計画、建築の隅々にまで責任を持つ「シティアーキテクト」という役割の建築家がいます。都市のビジョンを打ち出す建築家が明確な道筋を示すことで、スマートシティ化が進んでいったわけです。

    ──改めて、吉村先生の考えるスマートシティの定義をお聞きしたいです。

    吉村:非常に幅広い言葉で、定義することは難しいですが、「デジタルテクノロジーを活用しながら、市民生活の質を向上させていく取り組み」がスマートシティではないかと思っています。

    スマートシティには、道路にセンサーを設置するなど、大々的に都市を改造する方向性もありますが、僕は日常生活の“ちょっとした喜び”を増やすことも大切だと考えています。

    以前、「日陰ファインダー(HIKAGE FINDER)」というアプリを作りました。これは都市内でA地点からB地点まで歩くとき、最短距離ではなく、1、2分遠回りになっても日陰を縫いつつ移動できるルートを教えてくれるというものです。夏の炎天下では、利用者をちょっと幸せにしてくれます。ある研究者仲間は、原っぱにスマホをかざすと、どこに四つ葉のクローバーがあるかを教えてくれるアプリを作っていました。こういうテクノロジーの使い方も、生活の質を上げてくれるのです。

    「データを集めない」発想で生まれたモビスキャ

    ──人々の生活の質の向上に結びつくデータを集めるには、どのような方法があるでしょうか?

    三谷:一例として、私たちが提供している「モビスキャ」を紹介したいと思います。このサービスは、街中を走行する車両から映像データを効率的に収集、蓄積し、そのデータを利活用するための映像分散管理プラットフォームサービスです。

    三谷秀行|NTTコミュニケーションズ プラットフォームサービス本部 5G&IoTサービス部
    法人IoT事業に15年以上従事し、センサー開発からクラウドサービスまで幅広く対応。持続可能なビジネスを重視し、初期段階でのビジョン策定に力を入れている。現在は、持続可能なビッグデータビジネス「モビスキャ」を推進し、世界基準となることを目指している

    実はこのサービスの発端も、先ほど吉村先生が言われた“ちょっとした喜び”とつながっています。私はラーメンが好きなのですが、なかなか行列に並んで食べる時間がありません。これだけ世の中に画像、映像を撮影できる端末が出回っているのだから、あの人気のお店が今、混んでいるかどうかすぐに分かればいいのに……と思ったのが、モビスキャにつながる発想の1つでした。

    吉村:すごくいい発想ですね。

    三谷:今、日本では100万台弱の車両に通信型ドライブレコーダーが搭載されています。ここで撮影された映像データの大部分はSDカードの中に1週間ほど保存されている。つまり、日本全国の道路の映像がほぼリアルタイムで見られるビッグデータが眠っている状態です。しかし、それは有効活用されていません。すべての映像を集めて維持運用するのはコスト的に難しいからです。

    そこで、モビスキャでは「データを集めない」という発想で開発を進めました。サーバーではエッジAIが各車両の走行場所や時刻、加速度といったメタデータをリスト化し、管理。ユーザーが見たいとクリックした場合のみ、車両から映像データを取得します。データ蓄積コストを抑えながら、適宜データ提供できる仕組みです。

    吉村:簡易的なセンサーを使って、データを面的にたくさん集めるという考え方は素晴らしいですね。ちなみに、モビスキャはどんな車両からデータを取られているんですか?

    三谷:現在はタクシー会社やバス会社などの事業用車両からスタートしています。すでに岡山県で、「AI道路工事検知ソリューション」として実用化しているのですが、路面電車やバスを運行する岡山電気軌道様、タクシー事業を行う岡山交通様に運行車両の映像データを提供してもらい、岡山ガス様にそのデータを提供しています。

    吉村:どういう取り組みなのでしょうか?

    三谷:ガスや電気、通信などのインフラ事業者は、設備が埋設されている道路上で事前に把握できていない工事が行われていないか、日々、社用車でパトロールを行っているんですね。このパトロール作業にモビスキャを活用し、目視で確認していた作業を代替しています。

    吉村:なるほど。事業用車両に協力してもらいデータ収集するというのはいい着眼点ですね。バスやゴミ収集車などは同じルートを定期的に走行しているので、環境センサーなどをつけてデータ収集するのにちょうどいい。平常時と異常時を検知できますし、データの比較も容易です。

    モビスキャは、モビリティ、技術、そしてデータ活用という各分野のパートナーとの共創でサービスを提供する

    ──モビスキャは将来的にどんな用途で活用されていくと考えていますか?

    三谷:現時点では、警備関連や自治体からの問い合わせを多くいただいています。ちょうどモビスキャをリリースしたのが能登半島地震の直後でした。もしモビスキャがあれば、地震による道路被害の確認、どういう原因で道路が寸断されたかの把握などを迅速に進めることができたはずです。

    より身近なところでは、桜の開花時期にどの桜が見頃かを確認したり、ショッピングモールの駐車場周辺の道路が渋滞していないかをチェックしたり、といった用途にも活用できます。ただ、広く一般の方にも使ってもらうには、プライバシー対策が必要です。

    市街地映像の活用例

    吉村:確かに、プライバシーの問題は、法的な面と、心理的な面の両面から気を付ける必要があります。

    三谷:現在は、映像に映る人の顔や車両のナンバープレートにAIでモザイクをかける処理のほか、何か指摘があったら削除する対応を取っています。さらに、将来的にコンシューマーの車両も含めて開かれたプラットフォームとして活用してもらえるよう、秘匿性のための技術向上や特許取得も進めています。

    吉村:ガス会社との取り組みもそうですが、成功事例を1つ示すことがすごく大事ですよね。そうすると、多くの人が意味や価値を分かってくれて、日本の社会が変わっていくと思います。

    アカデミックな視点や想像力が切り開くビッグデータ活用

    ──ビッグデータを活用していく上での課題としてプライバシーの問題が上がりましたが、他にもあるのでしょうか?

    吉村:僕は5年前(2019年)に日本に帰国したのですが、日本では欧米に比べると、公民学のあいだで人材交流が少ないと感じています。

    例えばMITには、キャンパス内にGoogleやAmazonといった企業の研究所があり、研究者が「3カ月、Googleに行ってきます」と企業に行ったり、「Amazonから来ました。半年間、お世話になります」と企業から人がやってくる。こうした人材交流を通じて、大学での研究成果がサービス開発に生かされ社会実装されていきます。バルセロナでもアカデミックと企業、行政との連携は活発でした。日本でももっと連携が深まっていくといいなと思っています。

    ──三谷さんはビッグデータ活用を進めていく上でどういった立場の人々とつながっていきたいですか?

    三谷:将来的には、まち全体を見守るような取り組みを自治体としていきたいです。例えば、一般の人は雪の日の朝に幹線道路の積雪をチェックしたり、自治体は繁華街の違反駐車の状況をモニターしたり。モビスキャの仕組みを通じて、まち全体をスマートシティ化していければ良いなと思っています。

    モビスキャが当たり前の社会になったら、一般の人が不意にあの場所がどんな状況なのかを、その場に行かずともリアルタイムで知れるようになります。その積み重ねが生活を豊かにしていくのだと思います。

    吉村:それは一種の魔法ですよね。僕は漫画が大好きなのですが、『葬送のフリーレン』(集英社)という作品はご存知ですか? この漫画のなかに、まちを破壊する攻撃魔法や死者を蘇生させる回復魔法など、すべての魔法を知り尽くした大魔道士が出てくるのですが、彼女の一番好きな魔法は「きれいなお花畑を出す魔法」なんです。なぜかというと、彼女にとっては些細で馬鹿らしい魔法だったのですが、それを出した時に仲間たちがとても喜んで、みんなが笑顔になってくれたからだそうです。

    どうして急にそんな話をしたかと言うと、どれだけテクノロジーが進化しても、僕たち人間の社会を豊かに幸せにしてくれるのは、日常生活の些細なシーンではないかと思うからなんですね。誰かが幸せになるのを見たり、誰かが褒めてくれることによって自分も幸せになったりということが、人としてとても重要なのではということを考えさせられます。建築とはそんなわれわれの日常を彩ってくれるシーンであるし、都市とはそんなわれわれの日常生活が行われる舞台でもあるのです。

    ここにいながら、この場から全然見えないラーメン屋さんに何人並んでいるかが分かるみたいな、そんなテクノロジーの使い方ができる都市のあり方こそが、真のスマートシティだと思いますし、なによりも、そういう世界になったら素敵ですよね。

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