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Carbon Neutrality
2024.04.26(Fri)
この記事の要約
NTT Comの熊谷氏、栗山氏、田村氏の対談では、IGESの脱炭素ロードマップに基づき、企業が環境課題に取り組む意義や方法について議論されました。
企業の環境意識改革を加速させ、ビジネスチャンスとして捉えることで社会変革に貢献できるとの見解が示されました。
また、データ活用や統合アプローチによるビジネスの新展開が重要視され、環境対策と経済活動の結びつきが強調されました。
※この要約はChatGPTで作成しました。
目次
熊谷彰斉(以下、熊谷):2023年の世界平均気温は観測史上最高を記録し、もはや温暖化対策は人類共通の喫緊の課題となっています。私はNTT ComでGXに関する新規事業などに携わっている立場でこうした課題に向き合っており、今回のCOP28にかなり注目していたひとりです。
COP28では、各国の脱炭素化進捗状況の可視化・評価を行うグローバル・ストックテイクが初めて行われました。それを踏まえ、今後、パリ協定の1.5℃目標達成に向けて各国のCO2排出削減目標をどのように引き上げるのかが課題です。その1.5℃目標達成に向けたロードマップ「IGES 1.5℃ロードマップ※1」をCOP28で発表されたIGESは、総じてどのような役割を担われているのでしょうか。
田村堅太郎氏(以下、田村氏):私たちIGESは持続可能な開発の実現に向け、環境対策の政策づくりにつながるさまざまな研究を行っている戦略研究機関で、COPでは大きく2つの役割を担っています。
まずCOPのメインである気候変動対策の国際交渉において、日本政府代表団をサポートする専門機関としての役割があります。もう1つ、COPでは各国政府や国際機関、NGOなどが研究や活動成果を発表するサイドイベントも多数開催されますが、私たちもここでこれまでの研究成果を発表しています。「IGES 1.5℃ロードマップ」の発表もそのひとつです。
今回のCOP全体での成果をあえて2つに絞ると、「ロス&ダメージ」と、熊谷さんが触れられた「グローバル・ストックテイク」が挙げられます。
ロス&ダメージとは、気候変動の影響によって引き起こされる損失・損害のことで、干ばつや洪水、海面上昇による国土の消失、豪雨や竜巻などの被害が想定されています。前回のCOP27では、これらの災害の影響を直接受ける途上国を支援するための基金の設置が決まり、今回初めてこの基金の運用ルールが合意されました。COP28の初日に発表されたビッグニュースなので、ご存じの方も多いと思います。ただ基金の詳細な制度づくりはこれからです。
もう1つのグローバル・ストックテイクは、パリ協定の目標達成に向けて各国の進捗状況を5年ごとに可視化・評価する仕組みのことです。私たちもアジア諸国のNPOと連携してGHG(温室効果ガス)排出量や削減施策の実態について調査・評価してきました。COP28では第1回成果報告が実施され、その結果を受け各国の削減目標を定めたNDC(Nationally Determined Contribution:国が決定する貢献)の改定・引き上げが求められています。
熊谷:NDCの改定・引き上げが求められているということは、現在の脱炭素取り組み状況ではパリ協定の目標である「地球の平均気温上昇を産業革命前と比べて1.5℃に抑えること」を達成できない、と考えられているのでしょうか。
田村氏:そうなのです。この目標を達成し、ロス&ダメージを食い止めるには、今後10年間でGHG排出量を1.5℃ベンチマークに収められるかどうかが勝負で、そのためには「再エネ3倍、省エネ改善率2倍」が必要であると合意されました。国際的な場では、この“勝負の10年間”が「クリティカル・ディケイド」と呼ばれ、切迫感を持って語られています。
一方で、私たち研究者はこれまで「危ない、危ない」と言い続けてさまざまなデータを提示してきましたが、危機感をあおる“北風政策”に限界も感じています。
熊谷:なるほど、おっしゃる通りかもしれません。というのも、私たちNTT Comは、環境省が推進するデコ活(脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動)の一環で「従業員エコアクションチャレンジ(ONE TEAM CHALLENGE)」といった取り組みを進めており、私もその推進者の立場として環境省の方とお話しする機会があります。こうした取り組みの背景には、危機感だけでは一人ひとりの行動を変えることは難しい、という認識があると考えています。
ゆえに今後、企業には、環境問題を自分ごと化して、前向きに取り組んでいけるような対策や投資がさらに求められるのではないでしょうか。
田村氏:その通りかと思います。そこでIGESも発想を変え、北風ではなく“太陽政策”的なアプローチを取ることにしました。パリ協定の目標達成に向け、脱炭素戦略を通じて付加価値の高いビジネスチャンス実現につながるロードマップを描き、ポジティブな方向性を示すことで脱炭素への構造変革を促すシナリオをつくれないかと考えたのです。それが今回のCOP28で私たちが発表した「IGES 1.5℃ロードマップ」(以下、1.5℃ロードマップ)です。
熊谷:グローバル・ストックテイクとして脱炭素の取り組みの進捗管理が開始されたということは、より明確でオープンな脱炭素目標ができるという意味で企業にとってもメリットがあります。その半面、利益を追求する企業は、管理負荷の増加としてマイナスに捉えてしまう向きもあります。1.5℃ロードマップは、そうした脱炭素への変革がビジネスにどのようなポジティブさをもたらすかを踏まえて設計されていますよね。
田村氏:環境への取り組みを「大変で難しい問題」で終わらせるのではなく、実はそこにビジネスチャンスが生まれることを伝えたいと思いました。アカデミックを起点とした今回のロードマップにはまだビジネスに落とし込み切れていない部分もありますが、これから起こる社会変化にどのようなビジネスチャンスがあるのか、継続的に掘り出して提示していく予定です。
※1 IGES 1.5℃ロードマップ:
https://www.iges.or.jp/jp/pub/onepointfive-roadmap-jp/ja
熊谷:企業において脱炭素に取り組む立場として、IGESの1.5℃ロードマップはとても興味深い内容でした。
主に、脱炭素をブーストさせるためのシナリオであること、より便利な暮らしや企業活動の生産性・付加価値向上をもたらす脱炭素戦略であること、そして脱炭素社会への移行をビジネスサイドに受け入れられやすいシナリオやアクションプランへと語り換えることなどを意識して策定されていると理解しました。特に重要なメッセージはどのあたりになるのでしょうか。
栗山昭久氏(以下、栗山氏):ロードマップでは、2020年〜2050年の30年間で「累積GHG排出量14.3Gtを超過しない」というベンチマークを設定しています。現在の化石燃料によるエネルギー需要を100%としたとき、省エネ・電化・水素化で29%、デジタル化で17%のエネルギー需要を削減していけばこれを達成できる、と推計しました。その根拠となる数字と、社会経済全体から建物・運輸・製造業・電力に至る5つの分野でのマイルストーンを示しています。
特に重要なメッセージは、現在9%しかないエネルギー自給率を再エネの活用加速により「2050年には85%まで高められる」ことです。現在は毎年20兆〜30兆円かけて化石燃料を国外から輸入してエネルギーを調達していますが、その大半を電化(および水素化)によって国内生産する社会を実現するために、年間で必要な電力投資額は3.9兆〜4.6兆円であることが明らかになりました。エネルギー生産における投資先を国外から国内へシフトしていくことで、脱炭素推進の先に大きな社会的インパクトが生まれると考えています。
熊谷:なるほど。再エネの供給において見込まれる社会変化はわかりましたが、一方で、社会のデジタル化によってエネルギー需要を17%削減する、という部分も非常に大きな変革ですよね。エネルギーの供給側だけではなく、需要側の変化が必要という考えは、私たちNTT Comも人の意識改革に向けたソリューション「Green Program for Employee™」や、カーボンクレジット創出に寄与するソリューション「Green Natural Credit」などの提供を通じて取り組んでいます。こうしたデジタル化によるエネルギー削減のポイントはどこにあるとお考えでしょうか。
栗山氏:再エネは、ポテンシャルは大きいものの、開発する場所の影響も考える必要がありますし、太陽光パネルなどをつくる資源も制約があるので、ポテンシャル頼みでは限界があります。そのため、エネルギー使用量を抑えることで、相対的に再エネ比率を上げることができます。さらに、地域や時間帯で発電量に変動がある再エネをうまく活用する仕組みづくりが重要です。そのひとつの手段として、生活者や企業が再エネの変動に合わせて、支障をきたさない範囲で生産活動や暮らしをシフトしていくことが効果的であり、デジタル化が大きな役割を担うと考えています。
熊谷:社会や経済の仕組みそのものが、再エネを供給する側の負担を下げるような方向へとシフトしていくことになる、ということですね。それでは、エネルギーの需要側である事業者/消費者における社会活動は、具体的にどのように変わっていくのでしょうか。
栗山氏:「人の移動とモノの移動」で考えてみます。リモートワークによる働き方改革で通勤が減る、モビリティサービスでマイカーの需要が減る、フィジカルインターネットの実現で物資輸送が効率化される、等々により、エネルギー需要が下がると考えられます。自動車もEV化が進めば、エネルギーの40%しか動力に使われていないガソリン車に比べて効率化できます。
電力の安定化についてもさまざまな取り組みが始まっており、ある企業ではデータとAIを活用してEV自動車の充電タイミングや配車の最適化を実現しています。2030年から2040年ごろには、さらに高度な運用が可能になるでしょう。そうなると、再エネが多く発電する時間帯にさまざまな機器を動かすことが可能となり、それが再エネの安定化にも資するため、再エネを使いやすいビジネスにつながっていくと考えられます。
モノの利用についても、循環経済を進めることで素材の必要量やエネルギーの削減が進んでいくはずです。また、AIとデータを組み合わせて変動のある再エネをうまく工場の生産ラインで活用するという取り組みも始まっています。
熊谷:DXによってエネルギーの効率化や最適化が図られ生産性を高めていく、緻密に“無駄”をそぎ落としていくというイメージですね。それは見方を変えれば事業機会と捉えられますし、今後もあらゆる業界でDXが進み社会のあり方が大きく変わっていく中で、新しく見えてくるビジネスチャンスをきっちりと捉えていくことが重要ですね。
ちなみに、デジタルの活用が進むとことでむしろ電力消費量がより増えたり、データセンターの冷却水の消費が増えたりする可能性があり、そうした水資源の保全、いわゆるネイチャーポジティブの観点からの対策も必要となってくると思います。その点はいかがでしょうか。
田村氏:量子コンピュータを含む今後のデータ処理に関わる技術によって、単位あたりのエネルギー消費量を減らすさまざまな方法の研究開発が進められており、そこは楽観的に考えています。ただ、熊谷さんが述べられたように、水の供給・循環やそれにまつわるネイチャーポジティブの観点も入れて気候変動問題を考えていこう、という流れは、COPなどの国際会議の場でも議論されているので、確かにその点も加味していく必要はありますね。
※2 1.5℃ロードマップ – 脱炭素でチャンスをつかむ。未来をつくる。:
https://1p5roadmap.iges.jp/
熊谷:その流れはありますよね。最近では、脱炭素とともにネイチャーポジティブに対する声明を出す企業も増え始めており、今まで以上に事業者の環境への意識改革を一層進めていく必要性を感じています。
先ほど少しお話しした「Green Program for Employee™」は、従業員が脱炭素に向けた行動を推進してアプリに登録し、CO2排出をどれくらい抑制できたか可視化する仕組みなのですが、業種の異なる13社とともに従業員の意識・行動変革を推進しており、参加企業の従業員データを含めた膨大なデータも蓄積されました。このデータを分析することで、新しい脱炭素ビジネスのチャンスやアイデアを発掘したり、異業種コラボレーションが促進されたりするなど、新たな試みが現在進行形で生まれています。
こうした取り組みをもっと加速させていくことができれば、IGESのロードマップが示すような社会変革にも貢献していけるのではないかと思います。
田村氏:データにもとづいて進めることはこのロードマップのアクションプランの第一歩でもありますが、それが新しいアイデアやビジネスチャンスにつながっているという部分に共感しました。NTT Comと協力企業とで進められている新たなサービスへのアプローチを、私たちもぜひ応援したいですね。
栗山氏:一人ひとりの活動をデータ化するということにまず大きな価値がありますよね。その膨大なデータがあるという点で、新しいことを始める際に非常に大きなパワーになると思いますし、おそらく今の時点では想像できない新しい価値がそのデータから生まれてくると思います。
熊谷:ありがとうございます。ネイチャーポジティブの促進という観点でもう1つご紹介させていただくと、カーボンクレジット創出のソリューションであるGreen Natural Creditにおいて、ヤンマーマルシェさまと共同で、「水稲栽培における中干し期間の延長」という方法を用いてメタンガス排出量を削減し、排出抑制した分のJ-クレジットを申請できる仕組みを構築しました。こうして実際に経済効果を示す一方、農家の方がつくった米を「環境配慮した米」としてdショッピングで販売するという提案を行い、経済的メリットとセットでネイチャーポジティブの実践につなげています。
脱炭素は大きな社会課題であると同時に事業機会でもあるというところで、課題認定で終わらせず、ビジネスや社会の新しい仕組みづくりへと活かしていく道筋を見つけていけたらと思います。
栗山氏:経済的メリットと環境貢献の価値が、生産者/消費者それぞれにわかりやすく複合的に示されている部分が良いですね。環境問題に限った話ではなく、あらゆる社会課題の解決に向けて思うのは、統合的なアプローチを考えていかなくてはならないということです。ひとつの専門領域を突き詰めるだけではうまくいかないので、複数の観点や専門領域を持って複眼的に課題を捉えながら付加価値向上につなげていかないと物事は進みません。まさに、冒頭にあったように「危機意識をあおるだけでは解決しない」と感じています。
そのため私たち研究者も、企業価値の向上を達成するためにどのような計画が必要なのかをヒアリングしながら、統合的アプローチのもとで解像度の高いロードマップを描き、今後も企業の方々とさらに議論を深めていきたいと考えています。
熊谷:日本企業には、「具体的な目標が示されるとその目標達成に向けて全社一丸となって真剣に取り組める」という強みがあると思います。インセンティブというと語弊がありますが、ビジネス拡大につながる枠組みがしっかり見えてくると、その目標達成に向けて日本企業の機動力がフルパワーで発揮されるのではないでしょうか。そうした意味で、IGESのロードマップ実現に向け、私たち企業が共同で取り組むべき分野はどんどん広がってくるでしょう。
田村氏:IGESとしても、経営と脱炭素をテーマにしたイベントの開催なども含め、企業の方々との協力関係をより深めていきたいです。さらに今後は、地方自治体の方も含めて地域活性化に向けた社会課題解決にもつなげていきたいと考えており、エネルギーの依存度を減らしながら脱炭素に貢献できる枠組みも示していきたいです。また、どのように事業に結びつけていけばいいのかわからない企業の方々に役立つためのアクションや仕掛けづくりなど、考えることはまだまだたくさんあると思っています。
熊谷:グローバル・ストックテイクが示されて、企業側の意識も新たになったと思いますし、具体的なロードマップがIGESから示されたことも大きな刺激になりました。企業は自らの視点だけで物事を考えると企業の論理だけで動いてしまうので、アカデミックな視点も必要です。今回の1.5℃ロードマップの意義はまさにそこにあります。今後のご活動にも期待していますし、これからもぜひ一緒に環境課題へ取り組んでいきたいと思います。
最後に、エネルギーの需要側である企業、そして私たち自身はどういう考えのもとに行動をしていくべきでしょうか。私のチームでは「100年後の未来を創る」というビジョンを掲げています。私たちはそのころまでは生きていない可能性が高い、けれど子どもたち、孫たちの世代は生きている。彼らが住みやすい未来をつくるためには、私たちの今日、明日の行動が結果を左右します。目の前のことだけではなく、自分たちがいない未来の世界を見据えて経済活動に取り組まなければならない。その思いをより強固にして、ビジネスを展開していきたいですね。田村さん、栗山さん、本日はありがとうございました。
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