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2025.03.06(Thu)
目次
——横須賀市では、Chat GPT-4がリリースされた直後、わずか1カ月で全庁導入を実現しました。導入に至った経緯をお聞かせください。
太田氏:2023年3月14日にChat GPT-4がリリースされてすぐ、私が所属するデジタル・ガバメント推進室でもテクノロジーに興味がある人たちが触っていました。そして、「これは相当な日本語処理能力があるぞ。業務で使えたらいいね」と、みんなで話していたんです。
そうした中、3月29日に上地克明市長から「Chat GPTで新しい取り組みを考えられないか」と話があり、一気に導入検討が加速しました。
結果として、4月20日には全庁での活用実証に至ったという流れです。

——市長のトップダウンだったとはいえ、行政組織で新しい技術を1カ月で導入するのは並大抵のことではありません。横須賀市がスピーディに動けた要因はどこにあるとお考えですか?
太田氏:変化を受け入れる組織文化が醸成されていたことが大きいと思います。横須賀市では「2030年にどういう地域でありたいのか」を徹底的に考え、「変化を力に進むまち。横須賀市」という長期ビジョンを策定しています。
「変化をチャンスに変えて取り入れていこう」というマインドを、市役所全体はもちろん、議会も同意する形で打ち出しているのです。この土壌が組織文化としてあったからこそ、生成AIという新しい変化に対しても「まずはやってみよう」と対応できたのだと思います。
——生成AIの導入に至った背景として、自治体の業務にどのような課題があったのでしょうか。
太田氏:自治体の業務は、文書作成・要約・表現の整え直しといった言語を中心とするタスクが多いんです。例えば、起案書や説明資料、庁内周知文などのドラフト作成には時間がかかりますし、文章の体裁調整や平易化、誤字脱字のチェックといった仕上げ作業も大変です。生成AIは、まさにその最適解になり得ると判断しました。
もう1つの背景として、将来的なリソースの問題があります。現状、横須賀市は深刻な人手不足に苦しんでいるわけではありません。しかし、将来に向けた人口推計では生産年齢人口が減っていくことは明らかで、市役所の職員も減っていくと予測しています。限られたリソースで行政サービスの質を維持していくためには、テクノロジーの活用は不可欠だという共通認識がありました。
——導入にあたっては、情報漏洩やハルシネーション(誤情報)を懸念する声もあったのではと思います。どのようにそれを乗り越えたのですか?
太田氏:リスクは徹底的に洗い出ししていました。特に我々が懸念したのは、入力した内容をAIが学習利用することでした。万が一、入力した個人情報を学習され、外部の誰かが「〇〇さんはどこに住んでいる?」と聞いたときに情報が出てしまうような事態は、絶対にあってはなりません。
そこで、どういう手法なら情報漏洩せずに安全に使えるかを探ったところ、OpenAIの規約に「API連携で利用したものに関しては学習に利用しない」ということが明記されていました。
これなら技術的にもクリアできると判断し、職員が普段から使い慣れているビジネスチャット「LoGoチャット」にAPI連携で実装しました。行政専用の閉じたネットワーク(LGWAN)内で動作する「LGWAN-ASP」という安全な仕組みを通じて、外部の生成AIサービスを利用できるようにしたのです。
これにより、入力内容を学習に利用されることなく、情報漏洩のリスクを抑えながらAIを活用できる環境を構築しました。

もう1つのリスクであるハルシネーションについては、「正しい用途で使う」ことが重要だと考えています。
当時の批判で多かったのは、「自分の名前を検索したら、違う情報が出てきた」といったものでした。しかし、「検索する」という時点で、当時の生成AIの用途としては間違っていたんです。例えるなら、フェラーリで砂利道を走るようなもの。一方、我々が課題としていた文章の作成・要約・校正といった用途で使えば、「これほど使えるものはない」と確信がありました。
こうしたリスクを検討したうえで、運用面でルールを徹底しました。個人情報・機微情報は絶対に入力しないこと。出力はあくまでAIの案であり、最終判断は必ず人間が行うこと。この2つを運用ルールとして定めました。
——導入にあたって、組織全体に生成AIのメリットや正しい使い方を伝えるためにどんな工夫をしましたか。
太田氏:導入検討と並行して、まずは私自身が個人で課金して徹底的に使い方を検証したうえで、上層部に実演して見せました。そのときに意識したのは、その人が「普段どういう仕事をしていて、何を欲しているか」に応じてプレゼンの仕方を変えたことです。
例えば、部長であれば、イベントや会合での市長の挨拶文を考える仕事があります。そこで、市長が他で行った挨拶文や、よく使う決め台詞などを生成AIに読み込ませた簡易的な「市長ボット」をつくりました。そのボットに、「社会福祉協議会の会合に出るので挨拶文をつくって」と指示すれば、それらしい文章が数秒で出てくる。そのデモを見せたら、担当の部長たちは「これは使えるな」と実感してくれました。
さらに、導入後は組織全体に浸透させるための施策に力を入れました。まずは職員に生成AIに触れてもらうことが大切です。市長からも、「新しい技術は楽しみながらやらないと広まらないぞ」という言葉をかけてもらいました。そこで、「じゃあ、我々は真面目にふざけながら広めていきます」と宣言したんです。
その1つが、庁内の電子掲示板で発行している「チャットGPT通信」です。特に40〜50代の管理職層に響くように、「ファミコン通信」の表紙をオマージュしたデザインにしています。生成AIの攻略本と位置づけ、現在26号まで継続して発行してきています。

デジタルネイティブな20〜30代は放っておいても生成AIを使うだろうと思いましたが、本当に使ってほしいのは管理職です。管理職が生成AIの有効性を理解し、活用してくれれば、その部署全体に一気に広まっていくと考えたのです。
「生成AIは使ってもらえれば効果が出る」という前提に立っていたので、いかに「イベント化して継続利用を促すか」が重要でした。
その一環として、活用コンテストも実施しました。導入から半年が経った頃、生成AIを使いこなしている人は自分の使い方を自慢したいだろうなと考え、企画したものです。最終審査は、専門家や市長の前でプレゼン形式で実施し、賞金も出しました。そこで出た先進的な事例を「チャットGPT通信」で横展開して広めていきました。
——全庁に生成AIを導入後の利用状況を教えてください。
太田氏:導入から半年で対象職員の6割、現在は対象職員の約7割が利用しています。
定量面では、生成AIの活用によって年間で少なくとも22,700時間の業務時間削減効果があると試算しています。令和6年度の市役所全体の残業時間も、おおむねこの試算に沿う形で削減傾向が確認できています。
導入後のアンケートでは、職員の95.8%が「業務効率が上がると思う」と回答しています。継続利用の意向も84.1%と高く、現場になくてはならないツールとして定着した手応えを感じています。


——主にどのような業務領域で活用が進んでいますか。反響が大きかった活用事例を教えてください。
太田氏:繰り返しになりますが、自治体の業務と生成AIは親和性が高いと感じています。役所は民間企業よりも、はるかに多くの文章をつくっています。システムに登録する公文書だけでも年間9万件、それ以外の文書も含めれば倍以上になるでしょう。
こういった文書の下案作成や、「わかりにくい」と言われがちな行政文書を「小学生にもわかりやすく」などと対象に合わせて平易化する作業は生成AIの得意分野です。活用することで業務時間の大幅な削減につながっています。
また、驚きだったのは、もっとも活用が活発だったのが消防部署だったことです。
普段は文書作成に携わらない職員が、対外的な文書を作成したり、法令文書を理解する際などに、自身のスキルを補う土台として生成AIを活用していました。法令をAIに読み込ませて対話形式で学んだり、指導文書のドラフトをつくらせたりと、不慣れな業務を補完していたのです。実際に、消防用設備の検査指導文書作成で年間40時間もの業務時間削減効果が出ています。
ほかにも、税務部門でExcel関数の生成に活用して年間24.5時間削減したり、国民健康保険の担当がデータレコードの突合作業に活用して、従来2時間かかっていた作業が10分で完了したりと、さまざまな部署で効果が出ています。
——横須賀市には生成AIの導入を検討している全国の自治体から多くの視察や相談が寄せられていると伺いました。ほかの自治体はどのような点に課題を感じているのでしょうか。
太田氏:ここ2年は年間100件以上の視察や取材、講演のご依頼をいただいています。そこでよく聞く悩みは次の2つ。
これから生成AIの導入を検討している自治体は、「100%の回答が出てこないものを行政で使っていいのかどうか」といった懸念。すでに生成AIを導入した自治体は、「入れてはみたけれど、職員に広がらない」という悩みです。
——「100%の回答が出ないから使えない」というのは間違いが許されない行政ならではという印象があります。
太田氏:そうですね。しかし、私はその発想は「創造的な設計力の欠如」だと思います。短期的な観点で、自治体職員に今求められているのは、AIの不完全さを前提とした設計力です。
今の生成AIは80点の回答しか出せないかもしれません。多くの人はその足りない20点を理由に使うのをやめてしまう。そうではなく、その20点を許容できる使い方を人間が設計し、いかに住民サービスや既存の業務課題の解決と組み合わせるか。その力が問われていると思います。

例えば、米軍基地がある横須賀市には約2万人の外国人が住んでおり、どうやって行政情報を英語で発信していくかが長年の課題でした。そこで今、市長のAIアバターによる英語発信を実施しています。しかし、「AIの翻訳が間違っていたらどうする」という懸念は当然ありました。その対策として、AIがつくった英文を外国籍の職員である国際交流員が必ず確認するプロセスを設計に組み込みました。AI(80点)と人間の視点(20点)を組み合わせることで、この課題を解決できたのです。
将来的にAIが多くの定型業務を代替するようになれば、人間に残されるのはウェットな仕事になるでしょう。知識ベースの仕事ではなく、総合的な人間力が問われる時代が来ると考えています。その点において、行政は困った人に最後に頼られる存在であり、元来ウェットな仕事が多い組織です。AIが普及しても、人がやらなければならない仕事はたくさんあるはずです。
——現在の主な活用は庁内業務の効率化ですが、今後、住民への行政サービスに生成AIを活用していくことはありますか?
太田氏:これも、「100%の正解が必須ではない領域」から活用を進めていきたいと考えています。
その1つが「傾聴ボット」です。福祉や子育て、心の悩みなどを相談したいけれど日中は電話できない方に向けて、閉庁時間帯にAIが傾聴するサービスです。AIは話を聴いて寄り添うだけ。必要であれば、職員につなぐという使い方を想定しています。
もう1つ、横須賀市の高齢化という課題を見据えて「認知症予防AI」の研究も進めています。音声による会話が認知症予防につながる点に着目し、AIが常に会話相手になるサービスです。人間相手だと遠慮してしまうことがありますが、AIなら文句を言わずに会話を続けてくれます。
しかし、どうやって高齢者にスマホやPCを持たせるかという課題があります。そこで、長期的な視点では、ロボティクスと生成AIを融合した「フィジカルAI」にも注目しています。
今、生成AIという「頭脳」は高度に進化していますが、それを動かす「体」がまだ追いついていません。この両者が融合すれば、介護の現場や一人暮らし高齢者の見守りといった、課題を抱える人の暮らしが大きく変わる可能性があります。福祉は自治体業務の根幹であり、生成AIを活用してさらにサービスを推進していくことが必要だと考えます。
——ますます、生成AIの活用領域が広がっていきますね。
今後数年は、生成AIをフル活用できる自治体とそうではない自治体の差が、より開いていくと思います。横須賀市では今後も変化を恐れずに生成AIの活用に取り組むことで、より良い住民サービスを提供していきたいと考えています。
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