2024.10.09(Wed)
Coming Lifestyle
2023.11.02(Thu)
#34
目次
ーしまなみ海道は、日本随一のサイクリングコースとしても知られています。まずは、しまなみ海道の歩みと現状について教えてください。
坂本大蔵氏(以下 坂本氏):しまなみ海道は、1999年に開通しました。レンタサイクルも開通と同時にスタートしていて、瀬戸内の景色を楽しみながら、自転車や徒歩でも全区間横断できることが当初から売りになっていました。とはいえ、しまなみ海道が「日本初の海峡横断サイクリングロード」として人気を博すのは、その少し後のことでした。
ターニングポイントになったのは2010年です。この年、広島県がしまなみ海道にブルーライン(サイクリング推奨ルートを示す道標)を整備し、中村時広愛媛県知事が自転車による地域振興、いわゆるサイクルツーリズムに積極的に乗り出しました。また、しまなみ海道の世界発信を掲げ、クロスバイクで有名な台湾の自転車メーカーGIANT社との連携がスタートしたのが2012年です。GIANTの劉金標会長が「しまなみ海道は、まさにサイクリングパラダイスだ」と激賞してくださったことで、しまなみの名は一躍世界に知られるようになったのです。
2014年には国際サイクリング大会『サイクリングしまなみ』が初開催され、高速道路を一部通行規制して行うサイクリングは、インフラを使った地域振興の先駆けとして大成功を収めました。経済効果だけでなく海外旅行客の誘致にも貢献し、2015年にはCNNが選ぶ「世界7大サイクリングコース」の1つにも選ばれました。
今でこそサイクルツーリズムという言葉が一般に普及していますが、その端緒は2010年ごろだったように感じられます。それはレンタサイクルの貸出データにも表れています。1999年のしまなみ海道開通時には貸出台数は年間7万台でした。しかし、その後どんどん落ち込んでいきました。トイレもない、マップもない、飲食店も少ないといった具合で、サイクリングロードとしての充実度に欠けていたのです。それが改善され始めたのが、先にお話しした通り、サイクルツーリズムに取り組み始めた2010年のこと。2019年にはレンタサイクル貸出15万台、マイバイク利用者含むサイクリングロード利用者総数は34万人にまで増加しました。
自転車の貸し出しや乗り捨てができるサイクリングターミナルは、現在、しまなみ海道の全長である70kmの間に、広島県側に5カ所、愛媛県側に5カ所の計10カ所設置されています。およそ1,800台のレンタサイクルを用意していて、2022年の貸出台数は12万1,810台。2023年8月現在の貸出台数は対前年比112%ほどで、アメリカやフランスなど海外の利用者が多くの割合を占めています。コロナ禍でほぼゼロになったインバウンドが今年になって大きく巻き返し、パンデミックを経ても、依然しまなみブランドが世界的に認知されている実感がありますね。
また、近年ではサイクルツーリズムを超えて、しまなみ海道のブランディングが若い世代の移住・定住の促進にもつながっています。彼らが移り住んだ島々では、カフェやゲストハウス、地ビールの醸造販売など、さまざまなかたちでの起業も盛んです。サイクリストの行き交うところに活気が生まれ、そこに商機を感じてビジネスが起こり、生活基盤を整えていく人が増える。そんな好循環に広島・愛媛両県とも高い期待感を持っています。
ー世界的な知名度を誇るまでになったしまなみ海道のサイクリングロードですが、現在どのような課題を抱えているのでしょうか?
坂本氏:しまなみジャパンでは、レンタサイクルの受付業務を紙媒体でしか行っていなかったんです。サイクリングロードのマップや、見どころ案内もすべて紙。現金オンリーで、キャッシュレス化にも対応できていませんでした。増加する利用者数や多様化するニーズに対して、アナログな対応ではサービスの限界が感じられました。コロナ禍で国内外の旅行者が激減しましたから、その間は現状維持でもあまり困らなかったのですが、いよいよ本格的なDXが必要なフェーズと認識をし、観光庁の令和5年度「事業者間・地域間におけるデータ連携等を通じた観光・地域経済活性化実証事業※」に「レンタサイクルを基軸としたしまなみ海道活性化事業」を応募し採択されました。
課題についてより具体的にお話しすると、まずレンタサイクル事業ではアナログな管理を行っているため、旅行者の利便性が低く、周遊促進・消費拡大が図れていないと感じていました。また地域の事業者間の連携が進んでおらず、相互送客ができていない状況が続いておりました。
そこで、今回の共創事業では「レンタサイクル利用者向けスマホアプリの開発・提供による旅行者の周遊促進」「レンタサイクル予約・貸出業務のデジタル化による業務効率化・生産性向上」「データ連携基盤の構築によるしまなみ海道エリアの観光地経営の高度化」の3点の有効性を検証し、観光DXによって旅行者の利便性を向上させ、リピーターの増加と観光消費の拡大を目指していくこととなりました。
これには、まずレンタサイクルの利用者情報や行動履歴といったデータの把握が必要でした。そこで、今回のスマートフォンアプリの開発提供と、予約サイトの構築を担当されたナビタイムさん、 アプリで取得したデータの連携基盤の構築と分析についてはNTT Comさんとパートナーシップを結びました。
※事業者間・地域間におけるデータ連携等を通じた観光・地域経済活性化実証事業:観光庁では、観光分野におけるDXの推進により、旅行者の利便性向上や観光産業における生産性向上等に取り組むとともに、地域間・観光事業者間の連携を通じた地域活性化や持続可能な経済社会の実現を目指した取り組みを推進。旅という非日常の心躍る体験の魅力を、デジタルの力でさらに高め、旅行者や地域をより豊かにすることを事業の目的としている。
https://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kankochi/digital_transformation.html
山﨑英輝氏(以下 山﨑氏):ナビタイムとしては、地域貢献や地方創生に関わりたいという思いはずっと持っていたことと、自転車専用ナビゲーションアプリの開発・運営の技術や、旅行プランニング・予約サイト運営の知見を活かせると感じたことから、事業参加させていただきました。ただ、アプリで取得するデータを増やし、活かすためには、地場の事業者の方々とのつながりが必要です。弊社は東京の本社しか拠点をもたないため、地域での実働・ヒューマンリソースという点では、地域に拠点を持つNTT Comさんとドコモビジネスソリューションズさんのお力を借りたいと思いました。特にNTT Comの四国支社さんについては地域の生活者と同じ目線を持っているということが、本事業の成果に直結するポイントではないかと考え、連携しています。
岡野翔平(以下、岡野):四国のドコモビジネスとしても、NTT Comのソリューションを活用して、集めたデータを地域に還元し、地方創生につなげていきたいという思いはありました。そんな折、しまなみジャパンさんからしまなみ海道のDXというチャレンジングなアイデアをいただき、私たちからもお願いし体制に加えていただきました。ナビタイムさんからご期待いただいた通り、地方創生や地域連携はドコモグループの強みです。四国支社には、4県すべてに営業拠点があり、地場の方々とのつながりがありますし、地場の方々にとって有効なデータとは何か、といった観点も持ち得るのではないかと思っています。今回の取り組みでは、そうした私たちのケイパビリティを最大限に生かせるのではないかと考えました。
安藤隆紘(以下、安藤):NTT Comは、スマートフォンで取得したデータの分析・可視化を実現するデータマネジメントプラットフォーム(DMP)というシステムの設計構築部分を担いました。私自身は、しまなみジャパンさんやナビタイムさんとの折衝を経て、四国支社から上がってくるさまざまなシステム要件を実現するために、多様な実績を持つエンジニアリング組織である弊社ソリューションサービス部と連携して、地域にとって必要なデータとは何か?とあるべき姿を模索しながら本事業の支援に関わっていました。
ー2023年10月からスマートフォンアプリをリリースして実証実験を開始するとのことですが、どのような内容の実験になるのでしょうか?
山﨑氏:今回、私たちが提供するシステムは「予約・決済システム」「利用者用アプリケーション」「データを可視化するツール」の3つです。これによって、まずは紙の予約手続きをやめてオンラインに移行します。また、これまでチラシなどで行っていた広報や紙媒体のマップをアプリに集約して、走行時に音声で通知するかたちで参照可能にします。アプリは利用者の利便性を向上するとともに、利用者の属性や走行した距離や時間といったデータの収集にも寄与します。これを通じて休憩のタイミングや周辺の飲食店情報、観光情報などをビジュアルと音声でレコメンドすることもできます。また、私たちの持つ経路探索技術を活用し、レンタサイクルの貸出・返却ターミナルをつなぐ旅程作成機能も開発提供します。
坂本氏:オンライン予約やキャッシュレス決済に移行することで、ヒューマンリソースを有効活用できます。貸し出しおよび返却時の書類確認や、保証料の受け渡し、その他の事務処理に充てていた人手を別のサービスに充当できるのです。DXの効果が最初に表れてくるのはこの点ではないかと思いますね。
ーなるほど。DXの土台となるスマートフォンアプリはナビタイムが提供するとのことですが、ナビタイムが期待した地場とのつながりにおいて四国支社の取り組みがあれば教えてください。また、NTT Comが担うデータ分析のためのシステムはどのようなものになるのでしょうか。
岡野:まずは四国支社の取り組みについてお答えします。地道なことですが、アプリ内でレコメンドする事業者情報を取得するために、地域の事業者さんへ趣旨説明を行っていきました。今回の取り組みに好意的な事業者さんもいれば、アプリやスマートフォンという言葉を聞いただけで「ウチはいいよ、そういうの」と拒否反応を示す方もいて、事業者の思いやニーズは本当にさまざまでしたが、事業の目的やメリットを丁寧にお伝えし、賛同を得ていくことに努めました。
次に、データ分析システムについてですが、取得した利用者の属性データに加えて気象データやSNSといったデータも一元集約、可視化して、活用できるBI(ビジネスインテリジェンス)ツールの作成を、弊社のチームが担当しています。
今回の事業のBIツールは「Tableau(タブロー)」を使用しています。利用者の年代、性別、趣味嗜好をはじめ、アプリの使用時間や走行経路、走行時間などさまざまなデータを蓄積しています。その上で、例えば特定の属性を持った利用者の行動傾向など、知りたいことを簡単に抽出し、閲覧できるようになっています。
坂本氏:定量的なデータを取り、分析結果と課題をステークホルダー間で共有するということは、イノベーションの第一歩だと思うのですよ。しまなみ海道はこれまで24年間、定性的な情報をたよりに施策を進めてきました。要するに感覚的にやってきたところがある。「サイクリストってこんな人たちだよね」「わりとたくさん来てるよね」「このへんよく走ってるよね」くらいの、漠然とした認識しかなかったわけです。でも、ここからはそれを変えていかなくてはいけない。
私は、サイクリストは地域の「資源」だと思っています。少子高齢化が進む地域に年間30万人もの人が訪れるのですから。彼らのことに関心を持って、もっと冷静に緻密に知っていけば、ビジネスや地域振興に生かせることはたくさんあるはずなのです。しかし、地域の事業者や住民たちにサイクリストへの期待感を持ってもらおうにも、彼らのことがよくわからないのでは話になりません。そこで、定量的なデータが物を言うわけです。
30万人全員は無理でも、そのうち1万人、2万人のデータが取れたら、得られる分析結果はかなり多彩でしょう。それらを以ってはじめて、地域インフラとしてのデータベースが構築でき行政や地域事業者間のデータ連携や合意形成が可能となり、地域内の市場の状況が可視化されることにより、新たな事業機会を模索した新規参入事業者の投資も可能になります。要するに、裏付けとしてのデータがあれば、理解の共通基盤ができるよねという話なのですよ。さまざまな人々の理解と期待を得ていく第一歩としての意味が、今回の実証実験には込められているのです。
ー定量的なデータがステークホルダー間における理解の共通基盤になるということですね。また、データはしまなみ海道を利用する人たちのニーズの理解にもつながります。その先に見える成果や期待感については、皆さんどのようにお考えですか?
山﨑氏:しまなみ海道を走る人といっても、レンタサイクルを使うのか、マイバイクを使うのかで欲しい情報やサービスが違ってくると思います。マイバイク利用者のニーズは明確で、技術の上達や成長に役立つ走行記録がサービスの軸になってきます。
難しいのはレンタサイクル利用者です。そもそもスポーツとして楽しみたいのか、アクティビティや観光として楽しみたいのかで、ニーズがまるで変わってくるのです。今回の実証実験では、把握できていなかった利用者のインサイトを、PDCAを回しアプリを改善していく中で明らかにしていきたいと思っています。レンタサイクルに関していえば、現状は「課題が抽出できていないのが課題」というわけです。
坂本氏:まさしく「スポーツか、観光か」は、しまなみジャパンの事業における根源的な問題なんですよ。これまでは後者に力を入れてやってきました。今回のアプリリリースを機に、利用者のニーズが明らかになれば、さまざまな改革ができます。
例えば、どのターミナルに、どんな自転車を何台配置すればいいか。この天候、この気温であれば、何をPRすれば効果が上がるのか。そこにAI(人工知能)予測を組み合わせるもよし、本当に多種多様な施策が可能になります。今回の実証実験は、そうした良い意味での効率化の“入り口”になるのではないかと期待しています。これまでは定性的なデータに依存していた分、ムダなコストや非効率なオペレーションがどうしても発生していました。データが揃い、課題が抽出され、適切な対策を打つことができれば、リソースとアセットを最大限活用することができます。そんなプラススパイラルが起こる予感があるのですよ。
安藤:しまなみジャパンさんに限らず、従来の観光業は「経験と勘と度胸」で押し進められてきたところも大いにあると思うのです。つまり、定性的なデータとある種のセンスで観光地経営がされてきました。それ自体は大事なことでもありますが、反面感覚論な部分があり、確度が低くリスキーで、外部に対する説得力に欠けます。定性から定量へ、センスからエビデンスへシフトさせることで、より説得力のある安定的な事業を進めていくことが可能になるはずです。
坂本氏:今回の観光DXが成功すれば、全国展開できるスキームになるのではないでしょうか。 あるリサーチによると、日本で自転車に乗ることのできる成人の割合は98.6%だとされています。これはアジア諸国はもちろん、欧米よりも断然高い数字なのです。
つまり、サイクルツーリズムは非常に多くの潜在顧客がいるコンテンツなのですよ。だから自転車で地域活性化、観光活性化に取り組むことは、日本だと理にかなっている。その成功の鍵は、自転車に乗ることにどんな付加価値をつけるかですが、その答えを出すのに必要なのが定量的なデータだというわけですね。
岡野:将来的には、蓄積したデータをターゲティング広告などに活用していきたいと考えています。また、今回のスキームを横展開させ、他地域の課題解決にも役立てることも私たちの目指すところです。ドコモビジネスには、47都道府県の地場に根ざした支社・支店があります。その強みを最大限活用して、課題に深くコミットし、ソリューションを広く展開していきたいですね。
安藤:インバウンドは外貨獲得の1つの手段であって、その目的はあくまで地域の方々への利益還元です。観光のDX、活性化を通じて、地域で生活する皆さまのより豊かな暮らしやシビックプライドの醸成に寄与することが私たちの使命だと思っています。そういった意味で、今回は本当によいご縁をいただいたなと思っています。
坂本氏:私たちの事業の根幹にも、地域の活性化という目標があります。レンタサイクル会社ではなくDMOであるからには、地域に利益が還元できてなんぼです。そのためには地域の事業者さんとの間により密接な協力関係を築くことが必要だと感じています。これまで築いてきた信頼関係はそのままに、今後はデータに基づく確度の施策を通した具体的なリレーションを構築・展開させていきたいですね。今回の取り組みがブレークスルーポイントを発見する機会になると信じています。
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