2024.11.15(Fri)
Partnership with Robots
2023.07.26(Wed)
#31
目次
―OPEN HUB Parkの新たなアイコンとして登場したデジタルヒューマン「CONN」ですが、どのような役割を担う存在として開発されたのでしょうか。
萩野実咲(以下、萩野):OPEN HUBが抱えているカタリスト(各分野の専門家)の新たなメンバーとしてCONNを迎えました。彼女は401人めのカタリストというポジションです。現在はOPEN HUB Park内の複数のデバイスをシームレスに移動しながら、来訪者の対応をすることで、顧客接点としてのデジタルヒューマンの可能性を検証するのに貢献してくれています。
レセプションゾーンでは7つのLEDモニターとARグラス上でOPEN HUB Parkのコンセプトを紹介し、プレゼンゾーンでは等身大のモニターから、中央モニター上に表示される映像コンテンツの説明を行うとともに、インタラクティブな会話で簡単な質疑応答にも従事しています。すっかり社内でも溶け込んでいて、みんな親しみを込めて「CONNちゃん」と呼んでいます。
OPEN HUB Parkを訪れたお客さまは、CONNのビジュアルや振る舞いの緻密さ、リアルさに驚かれますね。実際に簡単な対話やプレゼンテーションを体験してみると、顧客接点におけるデジタルヒューマンの可能性についてご理解いただけて、ご自身の会社にも同様のデジタルヒューマンを導入してみたいという引き合いの話もいただいています。
美濃一彦氏(以下、美濃氏):CONNちゃんのビジュアルは、9人のカタリストに東映ツークン研究所の施設まで来ていただき、ハリウッド映画でも使われている最新の設備を用いて顔をスキャンし、それらをミックスするかたちで生成しました。
CONNちゃんは女性ですが、9人のカタリストには男性も含まれています。口を大きく開けたり顔のパーツを中央に寄せたりと「変顔」みたいなパターンも取らせていただいて、話す言葉に合わせた自然な表情を実現しています。また、全身の動きや音声も、カタリストの動きをキャプチャしたデータがもとになっています。
森川輝氏(以下、森川氏):私は「モーション生成」という、音声を入れると「その人らしい」動きのデータをリアルタイムに生成する技術の研究や実用化に携わっていて、今回は操り人形に例えると「操る人」に相当する仕組み作りを担当しました。実際に、CONNちゃんはテキストを入力すると、その内容を話しているような音声と動きが同時に出力されます。
萩野:NTT ComはOPEN HUBにおけるデジタルカタリストの活用検討や企画、実装に向けた全体のプロジェクトマネジメントをコノキューと行っています。私はOPEN HUB Parkの運営を担当しているので、OPEN HUB Parkの中でCONNちゃんがどのように活躍できそうか、どんな顧客接点になると良いかを企画・検討しました。現在はビジネス展開に向けた検討も進めています。
―4つの組織による共創は、どのような経緯で始まり、どのような思いで取り組んだのでしょうか。
美濃氏:まず、オープンイノベーションで新しいものをつくっていこうとするOPEN HUBの考え方に共感したのが大きなきっかけです。お話をいただいた当時、NTT Comのスマートカスタマーエクスペリエンス推進室所属だったコノキューのメンバーは、労働力不足、生産性向上といった課題について、AIやデジタルヒューマンのような技術を組み合わせて解決していけないかというアイデアを持っていらっしゃいました。
東映としては、エンタメ領域を飛び出して、今まで培ってきたノウハウやテクノロジーを他分野にも活用していこうとしていたタイミングでもありました。デジタルヒューマンを使った新たなプラットフォームや社会インフラの構築というビジョンは、まさに私たちが貢献できる内容であると思ったのです。
エンターテインメントの主役が映画やテレビだった時代は一方通行の発信に終始していましたが、ソーシャルメディアが台頭したことで、よりリアルタイムでインタラクティブ、かつ大量のコンテンツ発信を行わなくてはならない状況が形成されました。それに対して十分なコンテンツ供給を行うためには、AIとの連携が不可欠です。
例えばキャラクターアニメーションの制作プロセスでは、一つひとつの動きなど細部に至るまできっちりと演出され時間をかけてつくられます。一方、今回はAIと組み合わせて自律型のデジタルヒューマンを開発するということで、体験の創造から開発プロセスまで大きな発想の転換が必要でした。これからのエンタメやメディアの在り方を考える上でも、このプロジェクトを通して得られた気づきや発見が役立つだろうという期待がありましたし、さまざまなNTT様の先端技術に触れることができ、新たな表現の可能性を見出すこともできました。
森川氏:NTT人間情報研究所では「Another Me」という、デジタル上にもう1人の自分をつくり出す技術を開発していて、「本人性」「自律性」「一体性」※ の3つの要素からなるとの仮説をたてて研究開発を進めています。
その中では、社会にどんなインパクトを与えるのか、どういうふうに受け入れてもらえるのか、どういう活用方法があるのかということを、外部の方々とコラボレーションしながら実証・検証する活動も行っています。今回はAnother Meをなす技術の一つとして用いているモーション生成技術が実現しつつあるタイミングだったので、より詳細な評価を得られるよい話でした。CONNちゃんのような超高精細なモデルを使えて、しかもOPEN HUB Parkで多彩な企業の方に評価していただけるので、とてもありがたかったですね。
※本人性:外見や内面を再現し、その人であると認められる性質
自律性:ユーザーの指示がなくとも状況を理解し、判断・行動できる性質
一体性: Another Meの行動を本人に還元し、本人とAnother Meとの一体感を維持する性質
―CONNを開発し実装するまでのプロセスについて教えていただけますか。
美濃氏:プロジェクトを大きく前半と後半にわけると、前半はクリエイティブ、後半は開発です。
まずはOPEN HUB Parkに何度も通い、人と技と場をつなげるというOPEN HUBのコンセプトを体現するようなデジタルヒューマンの姿を考えました。ここに来たお客さんにどんな体験を提供するべきなのか、そのためにどんな行動をするべきなのか。そうした議論を重ねて、ペルソナをつくるところから始めました。
ペルソナの設定は、キャラクターディベロップの最重要項目で、話し方や振る舞い、仕草、見た目にまで影響する大事な作業です。
その上で、設定を具現化する機能やCONNちゃんの役割を少しずつ明確化していくような作業を続けました。
萩野:2022年5月ごろに美濃さんの絵コンテや企画書ができ、8月にNTT Comとして正式な実装のためのプロジェクトが立ち上がりました。本当に素敵な内容の企画書でした。
美濃氏:これまで経験のない異業種間のコラボレーションでしたので、エンタメ業界的なストーリーと世界観からつくる進行に不安がありましたが、結果的には新しいモノづくりに繋がりました。
森川氏:技術面では、人が人を見る目のシビアさを実感しました。モーション生成技術の正確性や動きの正確性には自信がありましたが、いざこれだけのリアリティのあるビジュアルにパーソナリティを生成する技術を導入してみると、ちょっとした言動が「あれ?なんか変だ」という違和感として現れて、悪目立ちしてしまいます。いかに違和感を取り除くか、CONNちゃんらしく、かつ自然な動きにするための微調整はとても難しかったですね。
美濃氏:リアルさを追求していくと、限りなく人間に近くなった時点でそのキャラクターに対して嫌悪感を抱いてしまう「不気味の谷」という現象です。これはロボットやCGの分野における長年の課題で、多くの技術的、演出的な解決法が試されてきました。
―今後、CONNのようなデジタルヒューマンを世の中に広めていくためには、どのようなことが必要でしょうか。
森川氏:デジタルヒューマンとのコミュニケーションにおける倫理性が守られる設計を、今のうちにしておくべきではないかと思っています。
例えば、デジタルヒューマン自身のプライバシーや尊厳を守れる仕組みが必要だと思っています。あまりにもジロジロと見られたときに顔を背けたり、場合によってはオフラインにできたり、デジタルヒューマンが自分を守る手段を実装するのです。
また、CONNちゃんは「東京在住」ですが、東京のどこかは秘密です。親密ではない女性に「最寄り駅は?」「窓からスカイツリーは見えるの?」と住所がわかるような質問はしませんよね。対人間のコミュニケーションにおいて非倫理的だとされる行為に対しては、デジタルヒューマンも嫌な顔をしたり断ったりできるようにしておくべきだと考えます。もちろん、人間側もそうした行動を心得るべきですが。
―デジタルツインは分身なので、オリジナルの人の尊厳にも関わりますよね。
萩野:セキュリティの観点からも同様の課題があります。CONNちゃんの場合、本人の育成計画やキャリアビジョン、例えばどのようなカタリストとしてOPEN HUB Parkで活躍をさせるのか、そのためにどんな経験を積ませるのが良いのか、といった検討を進めています。デジタルカタリストとして一人前に育成していく一方で、CONNちゃんが進化していくと、守秘義務があることを教育しなければなりません。何でもペラペラしゃべってしまったのでは、ビジネスパーソンとして問題がありますよね。NTT Comの強みでもあるセキュリティ機能を実装していきたいです。
―最後に、デジタルヒューマンが広く実装された社会への期待を語っていただけますか。
萩野:小売業の場合、リアルの店舗や窓口、コールセンター、ECサイトといった顧客接点がまだまだ統合されていません。近い将来、それらを行き来するような世界になっていくと、顧客接点を担うのは、どこにでも登場できるデジタルヒューマンなのだと思います。
美濃氏:AIやデータ利活用の顧客接点として代表的なチャットボットサービスですが、デジタルヒューマンはノンバーバルコミュニケーションを追加できる利点があります。人間同士のコミュニケーションの場合、相手の表情や身振り手振りから、心地よさや魅力を感じて能動的になれるものですが、チャットボットだとそうなりにくい。デジタルヒューマンは個性やノンバーバルな要素を付け加える技術として、課題解決のミッションを担えるのではないでしょうか。
CONNちゃんについては、いずれ自律性を持ってNTT Comさんの企業理念を体現する存在になり得ると思っています。ソーシャルメディアによって顧客接点やコミュニケーションが複雑化している中で、デジタルヒューマンが自律的に自社の理念や取り組みについて語るようになり、スマートなかたちで発信していけるようになれば、インターフェースであるCONNちゃんがNTT Comそのものと言える存在になるのではないでしょうか。
それは単に会社や商品を紹介するという範ちゅうの話ではありません。1企業につき1つのデジタルヒューマンが存在し、デジタルヒューマン同士がコラボレーションする時代が来てもおかしくない。そんな未来を見据えて開発を続けていきたいです。
OPEN HUB
Issue
Partnership with Robots
ロボットと人との共生