2024.11.15(Fri)
Smart City
2023.05.10(Wed)
#28
目次
近年NTTグループでは、保有する不動産やICT・エネルギー・環境技術などを最大限活用し、NTTグループならではの街づくり「Smart City」を推進しています。そのなかでNTT Comもスマートシティ推進室においてICTの価値を生活の中で享受できる次世代の街づくりの実現を目指しています。2020年以降はICTの高度利用を本格化させ、デジタルツインコンピューティングを活用して、街の付加価値を最大化しようと取り組みを進めているところです。
その1つが、「スマートけいはんなプロジェクト」への参画です。プロジェクトの舞台は、国家プロジェクトとして建設が進められているサイエンスシティ「関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)」において中核的な機能を担ってきた「精華・西木津地区」(京都府相楽郡精華町および木津川市)です。国土交通省のスマートシティモデル事業における「先行モデルプロジェクト」に選定され、モビリティや健康管理などさまざまな地域課題の解決に、官民が連携して取り組んでいます。
「京都府とはデータ連携基盤の活用などスマートシティ化を継続的に支援してきた縁もあり、今回のプロジェクトを紹介いただきました。私は自治体向けプラットフォームソリューションの開発を担当しており、ミッションクリティカルな防災をテーマに課題解決を図りたいと考えていたところでした。スマートシティ推進室では2021年夏ごろから避難誘導におけるアプリ活用の可能性について話し合っていたこともあり、アプリを使った避難誘導の実証をご提案しました」
NTT Comは、デジタル庁が提唱する「デジタル田園都市国家構想」のデータ連携基盤に準拠した「Smart Data Platform for City」上に、河川の氾濫・土砂災害のシミュレーション情報をはじめとする各種データを一元的に統合することを構想。誘導シナリオを導き出して避難経路をアプリ上に表示し、災害時の効率的な避難を実現することを目指しました。
「一般的に住民は、広域災害情報だけでは当事者意識を持ちにくいため、逃げ遅れることが多いと考えられています。危険な状況だったとしても「正常性バイアス」に陥り、避難行動を自ら起こしにくい。さらに、周囲が避難しなければ避難しない、といった「同調性バイアス」も働くからです。一方で、災害時の自治体職員は手一杯で、きめ細かな情報伝達は困難なはずです。住民は広域災害情報から自分の避難に必要な情報を自ら収集し避難しなければなりません。こうした仮説のもと、Webアプリを使って位置情報や属性によるパーソナライズ化された情報を伝達すれば、スムーズに避難行動に移す支援ができると考えたのです」
2022年4月、「避難誘導アプリを使ったフィールド実証」の実施に向けて、官民が手を携えて動き始めました。
「NTT Comは、プロジェクトマネジメント、データ連携基盤の提供、Webアプリの開発・提供を担いました。スマートシティ推進室は、都市開発プロジェクトを中心に手がけてきたチームが発展して誕生した組織ですので、さまざまなステークホルダーとの調整にたけています。こうした強みを、今回のフィールド実証に提供しました」
NTT Comのほか、この実証に参加した主な企業・団体は次のとおりです。
東京海上日動:本実証の保険手配(賠償責任保険や参加者の傷害保険など)、防災・減災領域における事故削減の知見を活かした避難訓練の企画運営(I-レジリエンスと共同で実施)
ダッソー・システムズ:「3DEXPERIENCEプラットフォーム」の提供
京都スマートシティ推進協議会:避難訓練の主催、各種データとデジタルツインの連携支援
京都府:実証事業を通じてスマートシティの実現に向けた課題解決に必要な方策を推進
避難訓練で使用されるNTT ComのWebアプリケーション「スマート避難誘導ソリューション」には、大きく3つの機能があります。
まず、一般的な防災アプリと同様に、ハザードマップの情報を地図上に重ね合わせて確認できる機能です。加えて、センサーと連携した情報も可視化しています。例えば、水位計のデータや避難所の混雑度を確認できます。
さらに、災害状況や位置情報、属性に合わせた避難経路を推奨します。例えば、水位計が閾値を超えると付近に立ち入らない、土砂災害警戒区域に立ち入らない、混んでいる避難所は目的地として設定しない、満員になりそうな避難所は高齢者を優先的に誘導する、といった配慮がなされた安全な経路を案内できるようになっています。
「先例のない分野ですので、どうすれば実現できるか模索しながら進めなければならないことに苦労しました。避難訓練の設計や、揃えるべき災害データの種類の検討など、私たちの知見の少ない分野については、参加した各企業や自治体のみなさまにご協力や知見をいただきながら実証実験の実現にこぎ着けることができました」
このようにして準備を整えて迎えた2023年2月25日、精華町周辺の住民の方々の協力を得て避難訓練が実施されました。スタート地点の祝園駅周辺は、木津川の氾濫により洪水が迫っているという想定です。
3回の避難訓練には各回50名が参加しました。参加者には、シナリオの内容や意図を明かさずに、各回異なったシナリオにおいて適切な避難行動がなされるかを検証しました。
1回目…モバイル空間統計を分析した結果、最寄りの避難所である精華中学校(約200m)は満員になりやすいと想定して「高齢者優先施設」と表示。70歳未満の参加者が遠い避難所の精華台小学校(約2.2km、33分)まで避難を行うかどうかを検証しました。
2回目…精華中学校が満員になった想定で「受入不可」と表示し、ルート検索時に目的地の候補から外します。そこで精華台小学校へ向かうのですが、最短ルートにある土砂災害警戒区域を回避したルートを表示します。避難誘導アプリの表示通りに避難を行うかを検証しました。
3回目…スタート時は1回目のデータを表示しますが、スタート後2回目のデータへ変更します。アプリでリアルタイムに災害の状況を把握して避難いただけるか検証しました。
参加した住民の方々は、スタート地点で各自のスマートフォン上で「スマート避難誘導ソリューション」の設定を行って、避難訓練を開始します。従来の避難訓練とは大きく異なる方式でどのような反応を示すか注目しましたが、参加者の方々はスマートフォンを片手に誘導経路に沿って歩き始めました。
設定された避難経路は、避難場所となる精華台小学校への最短経路ではありません。途中に崖崩れが発生しうる場所があり、そこを回避するように「スマート避難誘導ソリューション」で誘導します。地元の方々であれば通常は最短経路を通ろうとするところですが、「スマート避難誘導ソリューション」で誘導された避難経路をたどって、スタート地点から30分ほどかけてゴール地点の精華台小学校まで歩いて行きました。
スマートけいはんなプロジェクトに京都府の担当者として参画する丸山忍氏は、この日の避難訓練を自身も住民のみなさんと共に実際に体験した感想と今後への期待を次のように語ります。
今回の「スマート避難誘導ソリューション」のようなWebアプリを利用すると、状況を手元のスマートフォンでリアルタイムに把握しやすいため、すぐに避難行動に移せると感じました。このような実証実験を通してデジタルの有効性が確認できれば、今後さらにデジタルを使った住民サービスが広がっていくものと期待しています。
そのためには自治体は民間の力を必要としています。しかし、防災は公益性が高く参入しにくい分野ですから、理想的な官民連携の枠組みについては我々行政が主体的に考えて進めていかなければならないと改めて感じました。
またスマートフォンの操作が難しい方や自力で動けない方の避難誘導についても、よりよい仕組みが必要であるとも感じました。より多くの方が利用できるソリューションへの発展を期待したいです。
石間は避難訓練をこう総括します。
「実証自体は円滑に進められたため成功に終わったと評価しています。参加した住民の方にうかがった意見やアンケート結果からは、こうした先進的な取り組みを応援していただけていて、訓練後のアンケートから、『危険なエリアを回避する機能、開設かつ空いている避難所へ誘導される機能は有用だと思いますか?』」いう問いに対しては約97%の人が一定以上の有用性があると回答いただいております。また、Webアプリから取得したGPSログからも参加した住民の方のほとんどがアプリの推奨通りに避難いただけていることが確認できており、行動変容を促すことができているとの結果が出ています。一方で、機能面やUI/UXで至らない点も認識しています。期待していたとおり多様なニーズや課題を知ることができたため、それらをうまくまとめていき、本当に住民の方に使ってもらえるサービスになるよう、真摯に改善していきたいと思います」
今回の避難訓練を踏まえ、NTT Comは都市における防災の取り組みをどのように進めていこうと考えているのでしょうか。石間は次のように述べます。
「京都府のいくつかの基礎自治体とは、それぞれの防災計画等に合致したソリューションの実装を検討していきましょうというお話をしており、今回の検証結果を生かすつもりです。アプリは改善を進めて今年度中の正式リリースを目指していますが、状況に応じた避難誘導はかなり先進的なことですので、住民の方々に受け入れられるかは未知数です。ただ、今回のようなソリューションを使った避難訓練を定期的に行い、意見を集めながら開発を進めるアジャイルな方法を採用すれば、先進ソリューションの有用性を実感してもらえ、定着するのではないでしょうか。そのためにもどうすれば住民の方々に利用してもらえるかという観点で、アプリを提供するだけでなく、避難を適切に促すインセンティブの設計なども調査して、提案できるようにしたいと考えています」
世界的に見て大災害の発生リスクが高い日本。だからこそ、スマートシティという新たな街づくりにおいて、災害に対する備えをより洗練させる必要があります。石間は最後に自身の想いをこう語りました。
「スマートシティは生活を便利にするものだとイメージする方が多いかもしれませんが、私は人の命を守るという側面で新しい価値を提供していきたいと考えています。最終的には、このアプリの活用によって災害から人の命を守ることができるというところを目指していきたいですね」
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