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2025.07.09(Wed)
#86
この記事の要約
TBSテレビとNTTドコモビジネスは、IOWN APNを活用し、国内最大級となる非圧縮・低遅延伝送によるリモートプロダクションを実証しました。従来、大規模スポーツの放送中継では、多数の人員と機材を現地に集める必要がありましたが、IOWN APNにより映像・音声・制御信号までを遠隔で一体運用。省人化と制作技術の高度化に向けた可能性を示しました。さらに、制作設備の集約やデータ利活用を通じて、放送や顧客体験に付加価値を生み出すことができる可能性も提示。放送×ネットワーク×データによる新たなビジネスモデルの姿を描いています。
目次
――最初に、放送業界全体を取り巻く環境の変化について教えてください。
TBSテレビ 米山亨氏(以下、米山氏):どの業種にも共通しますが、TBSでも労働時間の管理など働き方改革は進んでいます。制作スタッフの労働時間を適正に管理し、限られた時間とリソースで高品質なコンテンツを制作していくことが求められています。
また、技術的な変化では、小回りの利く映像伝送へのニーズが高まっています。一般の方も含め、スマートフォン一つあれば手軽に配信ができる時代。テレビ放送でも、短い準備期間でスピーディーに中継を行いたいという要望が増えています。

――公文さんは、テレビ番組の技術・美術・CG業務を行うTBSアクトの所属です。制作現場の最前線では、どのような課題や変革の必要性を感じていらっしゃいますか。
TBSアクト 公文大輔氏(以下、公文氏):コンテンツ制作の現場では、よりクリエイティブなものを視聴者の皆さまに提供していくことが求められています。例えば、AIや『Unreal Engine(リアルタイム3D制作ツール)』を活用して、リアルタイムに合成した背景と実在の人物によるバーチャルプロダクション的な撮影も行うなど、今までにない表現方法や新技術を常に探しているところです。

――今回は、大規模なスポーツイベントの中継技術として『IOWN APN』を活用した実証実験を行いました。そもそも、こうした中継番組は、どのような体制で制作されてきたのでしょうか。
米山氏:大規模スポーツイベントで使用するテレビカメラは数十台に及びます。放送中継でそのすべての信号を同期させたり、現場でCGを付加したりすることは、中継車だけではできません。そこで、現地に複数のプレハブ小屋を連結した仮設の中継拠点(コンパウンド)を設置して、テレビ局にある副調整室(映像・音声・照明などを操作・調整する部屋)と同じ機材を持ち込み、プロダクション環境を構築します。いわば、放送局そのものを現地につくるようなものです。ここで放送中継用の映像を制作してテレビ局に伝送します。
当然、人的リソースも機材リソースも膨大です。技術スタッフだけで少なくとも30〜40人を現地に派遣。それに伴う移動や宿泊の手配など、多大な労力が発生します。働き方改革などの点からすれば、大きな課題として捉えられています。
――NTTドコモビジネスでは、IOWNをさまざまな業界の課題解決に活かすべく実証実験を進めていますが、放送業界の企業を担当されている和田さんは、今回の実証実験で、どのようなご提案をされたのでしょうか。
NTTドコモビジネス 和田錦門(以下、和田):TBSとNTTドコモビジネスが共同で、TBS本社の隣にあるTBSアクトの拠点「THE HEXAGON」内にリモートプロダクションセンターを構築し、国立競技場とIOWN APNで結びました。大規模スポーツイベントにおけるロード競技や国立競技場内の特設コメンタリーブースの地上波生放送を実施しています。

リモートプロダクションとは、映像や音声信号などをIP回線で遠隔地にある制作拠点に伝送し、リモートでスイッチングやミキシングなどの番組制作を行う手法です。ただし、現地で撮影した映像データは容量が大きく、従来の一般的なIP回線の帯域では複数台のカメラ映像をそのまま送ることが難しい場合があります。そのため、撮影した映像を現地で編集し番組素材を制作し、それを圧縮して放送局に伝送するのですが、圧縮する際に画質が劣化したり遅延が生じたりします。

これに対し、IOWN APNは従来の回線と比べ圧倒的に広い帯域を持っているので、映像を圧縮せずに伝送することができます。撮影現場から、すべてのカメラ映像をそのままリモートプロダクションセンターへ送り、編集、加工といった処理を集約できます。また、リモートプロダクションセンターから撮影現場の映像のスイッチングや、現場のカメラを遠隔で制御するといった操作も可能です。
――具体的には、どのような成果が得られたのでしょうか。
公文氏:映像や音声に加えてインカムや制御信号など、合計で60に及ぶ信号をすべてIOWN APNで伝送しました。これは過去の実証実験と比較しても大きな規模です。特筆すべきは、照明制御信号の伝送。スタジアム内に設置した実況・解説用スタジオのライトの明るさ・色味を、リモートプロダクションセンターからIOWN経由で遠隔操作しました。映像や音声だけでなく、こうした制御信号まで含めて遅延なくやり取りできた点は、現場としても非常に大きな成果でした。

米山氏:大規模スポーツイベントでのロード競技の放送中継以降も、国立競技場で開催されたラグビーやサッカーの試合でIOWN APNの検証を続けています。TBSでの試合の放送はありませんでしたが、検証のためだけに撮影・制作を行い、放送中継でも使えることを実証しました。
――IOWN APNを活用したリモートプロダクションが普及すると、放送業界にどのような変革がもたらされるとお考えですか。
公文氏:まず挙げられるのは、「省人化」と「効率化」です。制作スタッフの移動時間や設営の手間を削減できれば、その分のリソースを別の作業や、よりクリエイティブな業務に充てることができます。また、リモートプロダクションセンターには、高度なCG制作設備やアーカイブシステムが揃っているため、中継車やコンパウンドでは難しいCG合成なども容易になります。結果として、より高度な技術を用いた番組を視聴者に届けられるようになるでしょう。
――今後、ビジネスとしてどう育てていこうと考えていますか。
NTTドコモビジネス 中橋京子(以下、中橋):将来的には、東京だけではなく、関西、九州、北海道といった各エリアにハブとなる拠点を設けて、どこにいても中継が可能になる仕組みを実現したいと考えています。そのためには、全国各地にあるベニューと各エリアのリモートプロダクションセンター、さらには、各副調整室が接続されたネットワークが必要です。

こうしたネットワークが構築できれば、北海道にいながら九州の会場の中継を指揮したり、国立競技場のイベントに関われたりもする。地理的な制約に縛られない働き方が可能になるでしょう。さらには、機材や人員のシェアもより効率的に行えます。
和田:財務面でのメリットも大きいはずです。例えば、制作会社にとって、数年に一度の高額な機材更新は大きな負担です。われわれが各社共通で活用できるような集約設備を提供し、それを必要な時にシェアする形になれば、制作会社が個別に高額な設備投資をする負担を抑えることが可能になります。
米山氏:THE HEXAGONに構築したリモートプロダクションセンターも近い考えです。この拠点の最大の特徴は、放送局であるわれわれだけでなく、あらゆるコンテンツクリエイターが活用できるオープンな現場を目指している点。例えば、会場とTHE HEXAGONを回線で結ぶことで、イベント事業者がその場でリモートプロダクションを完結できるような、利便性の高いプラットフォームを構想しています。実際、今回の大規模スポーツイベントでの取り組みも、さまざまなテレビ局や制作プロダクションの方々に見学いただきました。

こうした汎用的な運用については、まずはわれわれが現場の動線を検証し、その結果を踏まえて、設備の持ち方や運営組織のあり方など、最適なビジネスモデルを具体化していく予定です。描いていたコンセプトを形にし、外部からもアクセス可能な拠点を構築する。ここを起点に、新しい映像制作の形を模索していきたいと考えています。
――現場のコスト削減以外に、IOWN活用にはどのような可能性があるのでしょうか。
中橋:目指しているのは、「データ活用」と「街づくり」です。「データ活用」では、これまでは放送して終わりだった中継が、大きく変わると考えています。例えば、会場内のカメラ映像をAIが解析し、ハイライトシーンを自動で切り出してSNSに即時配信したり、現地の熱狂をリアルタイムで拡散したりすることで、スポーツ自体のファン層を広げることが期待できます。また、NTTドコモが持つ『dポイント』などの顧客基盤や人流を捉える『モバイル空間統計』といったドコモデータを掛け合わせることで、来場者分析やターゲティング広告の精度も向上します。どのような属性の人が来場し、何を購入し、どの瞬間に盛り上がったのか。そうしたデータを可視化できれば、主催団体やスポンサー企業に対しても、より高い価値を提供できるでしょう。

――確かに、データの掛け合わせもできるのは通信の強みですね。「街づくり」というのは、どのような構想でしょうか。
中橋:イベント主催者や施設運営者は、「実際に会場に足を運んでほしい」という思いを持っており、現地の集客につなげる視点も不可欠です。例えば、効率化によって放送中継やライブ配信の数を増やすことで、それを顧客接点の拡大に活かしつつ、興味を持った視聴者に対しては、ドコモデータを活用した特典などを提供し、現地へも誘導する。こうしてオンラインとリアル、双方が盛り上がる仕組みをつくりたいと考えています。ICTをシームレスにつなぐこの取り組みは、単なる映像制作の効率化にとどまらず、スマートシティや街づくりにもつながる重要戦略だと捉えています。
米山氏:朝の情報番組で列島中継リレーなどが昔から人気であるように、離れた場所と場所が繋がる一体感には特別な価値があります。例えば満員で入れなかったファンを別の会場に誘導して一緒に応援したり、異なる会場の音楽フェス同士をつないでセッションしたりと、これまで不可能だった演出も実現できるようになる。日本国内だけでなく、海外ともつながれば、さらに面白いコンテンツが生まれるはずです。
――今回のプロジェクトは、NTTドコモビジネスのIOWN事業にとって、どのような意味を持ったのでしょうか。
和田:IOWNはこれまでもさまざまなユースケースが語られてきましたが、その多くは実証実験のフェーズに位置付けられていました。しかし、今回は絶対に失敗が許されない世界的な大規模スポーツイベントの生放送の現場で、プロフェッショナルの厳しい要求に応えることができましたし、リアルな課題やできることの限界値も含め、すべてを共有しながら進められたことは、今までにない経験でした。これにより、IOWN事業は実証を超え、ビジネスフェーズに入ったと考えています。
――最後に、今後の展望やパートナーとしてお互いへの期待をお聞かせください。
公文氏:IOWN APNをはじめとした次世代技術によるリモートプロダクションの進化によって、もうすぐ中継車やコンパウンドがなくなる未来が訪れるかもしれません。IOWN APNを活用したリモートプロダクションセンターの仕組みが、日本、ひいては世界のスタンダードになるよう進めていきたい。TBSには「ワクワクさせる」というモットーがあります。NTTドコモビジネス、そしてNTTグループには、一緒にワクワクさせていくパートナーとして、今後も新しいビジネスをご一緒できればと思います。
米山氏:TBSには、現場からの提案を番組と連携させながらどんどん試していこうという仕組みがあります。局としての独自性やブランドを関係者が一体となって高めて行く風土があるからこそ、今回の取り組みも検証内容をより深化させることができました。放送事業も新しい時代への転換が問われています。局の垣根を超える、さらには、OPEN HUBのような共創の場でいろいろな業種業態の人と交流することで、自分たちでは気づかなかった発想を生み出していく。こうした営みによって、放送・映像・イベント業界がより面白く、より効率的に、高度なサービスを提供していけるように挑戦を続けられたらうれしいです。
中橋:長年の歴史がありつつも新しいことに果敢に取り組まれるTBSの姿勢は、NTTドコモビジネスと通じるところもあり強い共感を覚えます。そういった意味でも、新しい取り組みとなるIOWNで、共に変革を進めていきたい。これまでの常識をテクノロジーの力で一緒に変えて、ビジネスとしても形にしていきたいと思っています。
和田:最終的なゴールは“視聴者の方々の感動”です。技術やビジネスモデルの進化の先には、エンドユーザーの体験価値を高める必要があります。今回のプロジェクトは、スポーツイベントに限らず、音楽・展示・観光・地域活性化などにも応用できます。そのためにも、TBSから得た知見を活かし、他の放送局やコンテンツホルダーも巻き込みながら、放送業界全体やエンタテインメントの仕組みを変えるお手伝いを進めていく。それが、多くの人々の感動につながると信じています。
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