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2025.07.09(Wed)
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この記事の要約
千葉県浦安市を拠点とするラグビーチーム「浦安D-Rocks」は、大会運営で発生するCO2排出量を相殺する「カーボンオフセット試合」に挑戦しています。
新潟県上越市で米栽培を手掛ける株式会社蛍の里が環境配慮型農法を実践する中で生まれるカーボンクレジットを、浦安D-Rocksが購入・活用します。ヤンマーマルシェ株式会社は生産者への技術指導や申請サポート。NTTドコモビジネス株式会社は事業化を主導しています。
プロジェクトの最大の特徴は、すべてのステークホルダーが顔の見える関係を築いていること。9月のある日、浦安D-Rocksの選手が蛍の里の水田を訪れ、稲刈りを体験。収穫したばかりの新米のおにぎりも堪能しました。
蛍の里にとっては新たな収益源と地域活性化、ヤンマーマルシェにとっては食農産業とスポーツという強いコンテンツの組み合わせによる社会的インパクトの創出、NTTドコモビジネスにとってはスポーツの共感の力を活かした環境問題の啓発という、それぞれの価値を実現しています。環境・地域・スポーツという異分野をつなぎ合わせた共創事例として、持続可能な社会の実現に向けた歩みを加速することが期待されています。
目次
気候変動の影響は、スポーツ界にも深刻な変化をもたらしています。近年、温暖化の影響で冬季スポーツでは雪不足による競技中止、夏季競技では熱中症対策による競技時間の変更など、これまでの枠組みでは対応しきれない課題が相次いで発生しています。

千葉県浦安市を拠点とするラグビーチーム「浦安D-Rocks」でも、選手の安全を最優先に考え、夏場の練習時間を従来の夕方から朝7時開始へと大幅に変更するなど、思い切った対策を講じています。

こうした現実を目の当たりにしたことで、スポーツチームとして環境問題に積極的に向き合う決意を固めたと、浦安D-Rocksの運営会社・株式会社NTT Sports Xでマーケティングに携わる角田裕亮氏は話します。
「われわれが愛するラグビーを、将来世代を含めていつまでも楽しみ続けたい。そのためにネイチャーポジティブ、循環経済に関する施策にチャレンジをしていければと思い、クラブとして『サステナビリティ宣言』を行い、カーボンニュートラルに向けた取り組みを進めています。その代表的な取り組みがカーボンオフセット試合の実現です」(角田氏)

一方、新潟県上越市で米栽培を手掛ける蛍の里は、中干し期間の延長による環境に配慮した農法を実践。水田の水を一時的に抜いて土を乾かす「中干し」期間を、通常より7日間延ばすことで、水田から出る温室効果ガス「メタンガス」の排出量を抑えています。蛍の里代表・石田寿久氏は、農家の手間はほとんど増やすことなくカーボンクレジットを創出できる点に惹かれ、本プロジェクトに参画したと言います。
「中干し自体は私たちが長年行ってきた作業の一部です。それを7日間延長するだけで環境貢献ができるのであれば、ぜひ積極的に取り組みたいと考えました」(石田氏)

この環境負荷を抑えた米づくりによって創出されるカーボンクレジットが、浦安D-Rocksのカーボンオフセット試合を支えています。
まず、蛍の里が環境配慮型農法でお米を生産し、ヤンマーマルシェが生産者と実需企業の橋渡し役として技術指導や申請サポートを提供。浦安D-Rocksがそのクレジットを購入・活用することで、大会開催に伴うCO2排出量をオフセットしています。この取り組みを事業として推進するのがNTTドコモビジネスです。取り組みの発端について、NTTドコモビジネスの本多大河はこう説明します。
「浦安D-Rocksさんから『試合で発生するCO2をどうにかしたい』というご相談をいただいたことが、このプロジェクトの出発点です。私たちは単なるカーボンクレジットの販売にとどまらず、現場の農家の皆さんの努力や地域の活性化といった”ストーリー”も一緒に届けたいと考えました。スポーツと農業、企業と地域がつながることで、環境価値を実感できるサービスを目指しています。
今回、カーボンクレジットの作り手である農家と、買い手である企業やチームが直接つながり、環境価値の循環をリアルに体感できる場として、浦安D-Rocksの選手による稲刈り体験の機会を設けました。こうした”顔の見える交流”を通じて、環境への取り組みが自分ごととして社会に伝わることを期待しています」(本多)
9月のある日、新潟県上越市の広大な水田に、普段はラグビー場で躍動する2人の選手が降り立ちました。浦安D-Rocksの梅田海星選手と武内慎選手です。
2人は軍手と鎌を手に取り、石田氏のレクチャーのもと、稲刈りを始めました。直前の大雨により稲の多くが倒れてしまったため、収穫の難易度は高め。しかし、そんな厳しい条件を気にすることなく、たくましい2人は稲に立ち向かいます。

梅田選手は秋田県出身で、母方の実家が米農家という背景があります。小学校時代に田植えや稲刈りを手伝った経験もあり、鎌の使い方や刈り取るべき位置を的確に判断しながら、慣れた手つきで農作業を進めていきます。
一方、武内選手は、今回が初めての本格的な農業体験です。最初はぎこちない手つきでしたが、持ち前の運動神経と集中力で徐々にコツを掴んでいきます。泥で汚れることを一切厭わず、ユニフォームを泥まみれにしながら夢中で農作業に取り組む姿が印象的でした。
農作業の合間には、選手たちの本職であるラグビーの戦術の一つ「ラインアウト」のリフトの要領で、石田氏を軽々と持ち上げる場面も。

現代農業の象徴でもあるコンバインの試乗も体験しました。また、30キロの米袋を軽々と運ぶ姿に、農家の方々も驚きの様子でした。
汗をかいた後のお楽しみは、収穫したばかりの新米で作った塩おにぎりの実食です。汗を流して働いた後のおにぎりは格別で、選手たちは一口食べるなり「うまい!」と声を上げていました。シンプルな塩だけの味付けが、米本来の甘みと旨みを際立たせ、まさに「素材の力」を実感する瞬間でした。

「祖父が農家で、幼い頃から朝昼晩と米を食べて育ちました。でもそれが当たり前になってしまい、感謝の気持ちを忘れがちでした。今回の体験で、生産者の方々の努力と思いを直接感じることができ、改めて感謝の気持ちが湧いてきました」(梅田選手)
武内選手の父親は、実はヤンマーマルシェの社員。これまで父親の仕事について深く考えたことがなかった武内選手にとって、今回の体験は家族とのつながりを再発見する機会ともなりました。
「普段は父親の仕事にあまり関心を向けていませんでしたが、今回の体験を通じて、お米ができるまでにどれだけの工程があり、どれだけの苦労があるか、身をもって知ることができました」(武内選手)

このプロジェクトの最大の特徴は、カーボンクレジットの創出から活用まで、すべてのステークホルダーが「顔の見える関係」を築いていることです。ビジネス的な取引を超えて、それぞれが持つ価値観や使命感を共有し、共通の目標に向かって協力しています。
蛍の里は、米の生産からカーボンクレジット創出までを一手に担っています。このプロジェクトは新たな収益源としてだけでなく、地域の農業全体の価値向上につながる取り組みとして位置づけていました。
「近年、米の価格設定や販売が厳しい状況が続いており、私個人の営業力だけではこれ以上の拡大には限界を感じていました。このプロジェクトは自社にとって新たな収益源になるだけでなく、上越市のお米全体の認知度向上と地域活性化にもつながり、環境への貢献もできる、三方よしの取り組みだと考えています」(石田氏)
「食農産業」への価値提供を主軸とするヤンマーマルシェは、農業技術に関する専門知識を活かし、生産者へのカーボンクレジット申請のサポートや栽培指導を提供。一方で、実需企業に対しては、環境価値の意義や活用方法を説明し、理解促進に努めます。同社の相澤孝正氏は、本取り組みを、農業全体の持続可能性を高めるものであると位置づけています。
「農産物をはじめとする食料は相場の変動が激しく、生産者の経営は常に不安定な状況です。その中でカーボンクレジットの取り組みは、生産者にとって新たな収益源となる一方で、CO2削減が義務化される実需企業にとっても、法規制に対応するうえで有効な手段となります。まさに川上と川下の両方にメリットをもたらす取り組みなのです。スポーツと食農産業はともに人々を引きつける“強い”コンテンツなので、両者を組み合わせることで、それぞれが単独では到達できなかった層にもリーチできるようになり、より広範囲で社会的インパクトの創出が期待できると考えています」(相澤氏)

カーボンクレジット事業の企画・販売を通じて、企業の環境目標の達成を支援しているNTTドコモビジネスは、環境問題とスポーツを組み合わせることで、より多くの人々に環境配慮の重要性を伝えることができると考えています。
「環境事業は専門性が高く、一般の方にはわかりにくい面があります。しかし、選手が実際に田んぼで汗を流し、その体験を自ら発信することで、環境への取り組みがぐっと身近に感じられるようになります。スポーツには人の心を動かす力があり、その『共感』の力を活かすことで、より多くの人に環境問題を”自分ごと”として捉えてもらえると信じています。今後も、スポーツやさまざまな分野と連携しながら、環境価値をともにつくり、ともに伝える取り組みを進めていきたいです」(本多)

角田氏も、スポーツチームが持つ社会的影響力を感じています。
「スポーツチームには、人々の行動変容を促す大きな力があると考えています。だからこそ、私たちが企業とファンをつなぐハブとなり、最新のテクノロジーも活用しながら、楽しく、そして継続的にサステナビリティに取り組む文化を創造していきたいと思います」(角田氏)
実際に、浦安D-Rocksのファン感謝祭で実施されたお米配布企画では、「ラグビー会場にお米?」という新鮮な驚きとともに、多くのファンから好評を博したといいます。今回の稲刈り体験イベントを通じて、選手たちは発信者としての立場にも意欲を見せています。

「この体験をここだけで終わらせるのではなく、継続的な発信を通じて、より多くの人に生産者への感謝の気持ちを持ってもらえるようにしたいと思います。スポーツ選手として、社会に対して良い影響を与えられる存在でありたいです」(梅田選手)
「今日体験してみて、日本の子どもたちは、一度は農業体験をすべきだと強く感じました。食べ物の大切さ、生産者の苦労を知ることで、より豊かな人間性を育むことができると思います。私たちもスポーツを通じた広報活動で、その重要性を伝えていきたいです」(武内選手)
石田氏は「学校教育の必修科目として農業体験を組み込んでもらいたい」と語るほど、農業体験の教育効果が計り知れないことを感じています。実際に今年、蛍の里では新たな取り組みとして企業の家族向け稲刈り体験企画を実施したとのこと。参加した子どもたちから「学校では学べないことを学ばせていただきました」という感想が寄せられ、涙ぐむほどの感動を覚えたといいます。
浦安D-Rocksのカーボンオフセットの取り組みは、環境・地域・スポーツという異なる分野をつなぎ合わせ、それぞれが持つ特性と強みを最大限に活用した共創事例となりました。今後、このモデルケースを参考とした類似の取り組みが各地で展開されることで、持続可能な社会の実現に向けた歩みが加速することが期待されています。
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