2024.11.15(Fri)
Carbon Neutrality
2024.09.13(Fri)
#47
目次
日本の食文化にとって欠かせない「コメ」。しかし、生産者を取り巻く状況は年々厳しさを増している。まず課題の筆頭に挙げられるのが、農業人口の減少だ。
「営農人口減少の原因として、農業は労働負荷が高く、新規就農者が見込みにくいことが挙げられます。加えて、食数減少に合わせてコメの値段、ひいてはその収益性も減少傾向にある。また近年は、品質や収穫量における気候変動の影響も大きくなっています。ヤンマーマルシェは、農業者の安定経営の助けになるような取り組みとして、当社がコメを購入して実需者に販売する契約栽培事業を立ち上げる形で、営農支援にあたっています」(野田)
もう一つ、グローバルな社会課題として、農業がもたらす気候変動への影響も取りざたされている。特に、水田から発生するメタンガスはCO2の25倍の温室効果を有するとされ、2020年度の日本のメタンガス排出量2840万t(CO2換算)のうち、実に42%が稲作由来だという。
これに対し、農林水産省は2023年4月に「『水稲栽培における中干し期間の延長』のJ-クレジット」制度を導入した。中干しとは、稲の出穂前に水田の水を抜いて田面を乾かす工程だ。その期間を従来から7日間延長することで、メタンの発生を約3割削減できるという。中干し期間を延長した生産者が水田の所在地域などに応じた排出削減量(CO2相当) を「クレジット」として販売すれば、価格に応じた収益が得られる。加えて、その農法で収穫されたコメには「環境配慮米」としての価値を高められる可能性が大きい。
このスキーム構築のため、NTT ComはIoTセンサー「MIHARAS(ミハラス)」を提供。水田に設置することで水温や水位などのデータを取得。そのデータはアプリに連携され、J-クレジットの申請まで一気通貫で行える。
ヤンマーマルシェはこのプロジェクトに参加した生産者を、専門知識を持ってサポート。加えて、NTT Comと生産者をつなぐHUBとしても役割も担った。
以前から、MIHARASなどを活用したスマート農業領域で協力関係にあった両社。そこから共創プロジェクトに至るまではどういった経緯をたどったのだろうか。
「スマート農業と並行して、NTT Comでは脱炭素の取り組みにも注力しており、『水稲栽培における中干し期間の延長』のJ-クレジット制度が確立したことをきっかけに、本プロジェクトを打診しました。我々が持つIoT技術とカーボンクレジット市場の知見、ヤンマーマルシェさんが培ってきた農業への知見や生産者さんとのつながり、この両輪を有効に機能させられれば、双方が抱える課題を補完し合えるとして、今回の共創プロジェクトが実現しました」(水島)
23年3月にプロジェクトが立ち上がると、少人数から成る両社の担当者は密に打ち合わせを重ねた。大企業間の共創においては、契約面やスキーム構築などに時間を要することがネックとなりがちだ。「J-クレジット」は同月に開始されたばかりの新制度にもかかわらず、初年度から滋賀県・福井県の計5軒の農家が参加する座組を整えることができた。これはコアメンバーを中心とすることで、スモールスタートを果たした形だ。
ただし、当然ながらスピードを重視するあまり、拙速に物事を進めていたずらにリスクを高めるわけにはいかない。本プロジェクトでは、ヤンマーマルシェの契約生産者をベースに、さまざまなステークホルダーとのディスカッションやインプットの場を多く設けた。実際に生産者と膝を突き合わせて丁寧に説明することで、J-クレジットの仕組みから環境付加価値といったプロジェクトへの理解を求めていった。その結果、関係者との信頼関係を築けたことが成功の要因になったと、両者は口を揃える。
また、野田は「『中干し期間延長』という手法は、従来の稲作の生産方法をまったく変えることなく、機材購入などの原価もかけずに実施できます。そのため、導入および説明のしやすさも実現を後押しした」と振り返る。もちろん、中干し期間延長を不安視する農家は少なからずあった。そこでは、ヤンマーマルシェがこれまで培ってきた農業に関する知見、一朝一夕ではない生産者とのつながりが大きな役割を果たした。細心の注意を持って生育を見守り、不安な兆候があれば中干し延期を中止して入水するよう生産者に事前に推奨していたという。
「『中干し期間延長』という営みは、品質の低下や収量減少のリスクを併せ持っているのも事実です。そのため、ヤンマーマルシェさんの知見や経験と我々が蓄積したデータ、それらに基づいた収量などの具体的な数値を提示することで、生産者の方の理解を得ることができました。リスクもある新しい取り組みに踏み出すにあたっては、なによりヤンマーマルシェさんが生産者さんとの間で育んできた信頼関係が一番の肝になったと感じています」(水島)
他方、カーボンクレジットの取引市場は、NTT Comが先鞭をつけていた分野だ。法令の理解やJ-クレジットの販売先となる企業とのつながり、またJ-クレジットへのデータ登録・申請手続きといった煩雑な手続きは、NTT Comが担うことでスムーズに進められた。
こうして実現した本プロジェクトは「Xtrepreneur AWARD 2023」のGX/カーボンニュートラル部門の受賞を受けて、さらなる広がりを見せている。
「内外ともに多くの反響があり、生産者はもちろん、実需者からも『J-クレジットに興味がある』といった声をいただいています。また、今回の受賞をもって、環境に貢献する取り組みとして生産者の方へ積極的な案内を続けています。また、昨年度実施された生産者の方がJ-クレジットの収益性や環境意識の向上をお話することで、生産者ネットワーク内で本取り組みの認知が広がっています。現在、プロジェクトは2年目に入りましたが、初年度に実施した生産者の方はすべて継続していただき、今年度の実施農家さんも80軒を目指すほど拡大しています」(相澤)
本プロジェクトを通じて今年1月に発行されたクレジットはすべて売却され、その収益も生産者への還元を終えている。クレジット創出による得られた資金は、通常の経営資金だけでなく、IoTセンサーや農業アプリの導入など、GXも含めた設備投資を検討する生産者もいるという。
一方で、創出されたクレジットは大手金融機関が購入し、同社のカーボンオフセットに活用されている。また、実際に中干し期間延長をへて生産されたコメは、某お弁当チェーンの都内約30店舗で弁当として販売する試験的取り組みを実施。消費者アンケートによれば、付加価値がついているコメとして好評を博しているという。これまでの農法と大きな変更はないまま、さまざまな可能性を持つ付加価値を得られた格好だ。
両社は本プロジェクトの将来的展望について、次のように話す。
「だいぶ普及してきたとはいえ、まだこのプロジェクトを知らない生産者の方も多くいます。ですので、当社のネットワークを使って周知を進め、まずは軒数を増やしていくことが重要だと捉えています。実績に加えて、収量、土質の変化といったデータを積み重ねていけば、明確な根拠とともになるべく低いリスクで中干し期間延長を行うことが可能となるでしょう。我々もJ-クレジットの知見を得ながら、本プロジェクトをもっと広げていきたい。生産者さんとの距離が近い我々こそ、生産者さんにとってプラスになる形を模索していくべきだと考えています」(相澤)
「さらに今後はIoTセンサーなどを活用して、収量や売上の増加につながるようなGXデータや知見の積み上げを進めていきます。これによって、今回の中干し期間延長だけでなく、農業の持続的な経営に寄与できるさまざまな取り組みにまで発展させていきたい」 野田)
「我々はチームの目標を『100年後の未来を創る』と掲げています。スマート農業を推進することは、生産者の負担軽減に直結すると同時に、本プロジェクトのように生産者の環境に良いアクションで得られる環境価値を経済価値、新たな収入へとつながる。また、こうした取り組みは、生産者や実需者、一般の消費者といったさまざまなステークホルダーの価値観すらも変える可能性がある。本プロジェクトを通じて、日本のカーボンニュートラル社会の実現と100年後も原風景をしっかりと維持できるような、よりよい社会を目指しています」(水島)
本プロジェクトは、NTT ComのIoT技術とJ-クレジット活用という先進性、ヤンマーマルシェの農業への知見と生産者ネットワーク――という両社のアセットが掛け合わされることで、短期間での実装を果たした共創の成功事例といえる。いまだに多くの課題が山積する日本の農業だが、共創から生まれたイノベーションが光明をもたらすはずだ。
NTT Comとヤンマーマルシェのように、新たな価値を生み出す企業の共創が広がっている。「Xtrepreneur Award2024」では、ユニークかつ先進的な取り組みを仕掛けたXtrepreneurと、プロジェクトの内容について公開中だ。
Xtrepreneur AWARD 2024 特設サイトはこちら
https://forbesjapan.com/feat/xtrepreneur_award_2024/
また、Xtrepreneur AWARD 2024でダイバーシティ&インクルージョン部門賞を受賞した、認知症で不安になる本人・家族・企業が少なくなる社会を目指す「脳の健康チェック」プロジェクトの講演がdocomo business Forum’24にて実施される。来場申し込みはこちらから。
text by Michi Sugawara / photographs by Shuji Goto / edited by Kaori Saeki
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