Coming Lifestyle

2023.11.17(Fri)

“タイパ志向”を変えるのは「コンサマトリー」?
デジタル社会の「新たな生活価値」をめぐるトークセッション

#スマートライフ #CX/顧客体験 #データ利活用 #AI
「0歳も100歳も誰も取り残されることなく上機嫌で暮らせる世界」を実現するために、必要なものは何か――。そのヒントを探るべく、“世界最高齢のITエバンジェリスト”である若宮正子氏と、大阪・関西万博のプロデュースも手掛ける元俳優でクリエイティブディレクターの小橋賢児氏を招き開催された本イベント「デジタル社会の先にある、新たな生活価値」。デジタルテクノロジーと関わりながら多彩なキャリアやライフスタイルを実現する二人はいかに自身の道を切り開き、多くの人の心を震わせているのか。OPEN HUB代表の戸松正剛によるファシリテートのもと、3つのキーワードを軸に展開されたトークセッションの様子をレポートするとともに、本記事の最後で当日のアーカイブ動画をご案内します。

目次


    リアル×バーチャルの新空間で始まった、「新しい価値」をめぐるセッション

    戸松正剛(以下、戸松):はじめに本日の登壇者をご紹介したいと思います。1人目は、世界最高齢のプログラマーとして知られる若宮正子さんです。

    若宮正子氏(以下、若宮氏):私は1935年生まれで今88歳です。子どものころに戦争を経験し、高校卒業後は銀行に就職しました。当時はそろばんを使って仕事をしていて、私は手先が不器用なので先輩からしょっちゅう怒られていましたね。

    けれど機械化が始まって、コンプレックスを持つ必要もなくなりました。機械より速くお札を数えられる人なんていませんから。それからパソコンに興味がわいて、インターネットでたくさんの人と交流する楽しさも知りました。そんな私自身の経験を活かしてITを広める活動を30年間続け、今も全国を回って年に150回ほど講演をしています。

    若宮正子|ITエバンジェリスト、プログラマー
    1935年生まれ。高校卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に定年まで勤務。58歳からパソコンを独学で習得。1999年に数名の同志とともにシニア向けオンラインコミュニティー「メロウ倶楽部」を設立。2017年に公開したゲームアプリ「hinadan」が注目を集め、Apple CEOティム・クックよりWWDCに特別招待される。また同年よりデジタルテクノロジーにまつわる数々の政府主催会議の構成員を務め、国連社会開発委員会や国連人口基金などのイベントで講演する。Excel Artの創始者。著書に『昨日までと違う自分になる』(KADOKAWA)、『88歳、しあわせデジタル生活 もっと仲良くなるヒント、教えます』(中央公論新社)など

    戸松:ありがとうございます。続いて2人目は、クリエイティブディレクターを軸にマルチに活躍されている小橋賢児さんです。

    小橋賢児氏(以下、小橋氏):僕は8歳のときに子役としてデビューしドラマや映画などに出演していたのですが、いつしか「俳優だからこうしなければならない、こんなことをやってはいけない」と自ら可能性を閉ざし、自分に嘘をついて生きるのが苦しくなり、20代半ばで芸能活動を休止し、世界中を旅しました。

    さまざまな景色を見て、文化に触れ、感情のリハビリができたのですが、帰国してから何をやってもうまくいかず、貯金が尽き、心身の健康も崩していきました。このままダメになっていくのか、いやもう一度やり直してみようと30歳のバースデーパーティーを自らプロデュースしたことが転機となり、さまざまなイベントを手掛けるようになりました。最近では東京2020パラリンピック競技大会の閉会式のショーディレクターを、大阪・関西万博では催事企画プロデューサーを務めています。

    小橋賢児|The Human Miracle代表/クリエイティブディレクター
    1979年、東京都生まれ。88年に子役としてデビュー以降、NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」など数多くのドラマ、映画、舞台作品に出演。2007年に俳優活動を休止し、映画、イベント制作を開始。12年、映画「DON’T STOP!」で監督デビュー。クリエイティブディレクターとしては、大型海外イベント「ULTRA JAPAN」の日本開催実現や、未来型花火エンターテインメント「STAR ISLAND」、500機のドローンを使用した夜空のスペクタクルショー「CONTACT」など大規模イベントを数々プロデュース。さまざまなイベントアワードを受賞した。東京2020パラリンピック競技大会では、閉会式のショーディレクターを務め、2025年に開催予定の日本国際博覧会(大阪・関西万博)催事企画プロデューサーに就任。その他、都市開発、地方創生にも関わりながら、常に時代に「新しい価値」を提供し続けている

    戸松:お二人ともユニークで濃い人生を歩まれていることが伝わったかと思います。さて本日のイベントは東京・大手町のリアルスペース「OPEN HUB Park」とオンラインのハイブリッド開催となりましたが、配信をご覧の方は私たちの背景にご注目いただければと思います。

    イベントスタート時のリラックスしたリゾート風の屋内から、カルチャーの気配漂うストリートへ、トークシチュエーションはボタンひとつでスムーズに変化。ズームや視野移動が可能な360°バーチャル立体空間の圧倒的な没入感に加えて、雑居ビルの看板にディスプレーされたトークテーマなど、ギミックにも感嘆の声が上がる
    戸松正剛|NTTコミュニケーションズ OPEN HUB for Smart World代表
    NTTグループ各社にて、主にマーケティング/新規事業開発に従事。米国留学(MBA)を経て、NTTグループファンド出資のスタートアップの成長/Exit支援、Jリーグほかプロスポーツ業界とのアライアンスなどを手掛ける。2018年大企業同士の共創コミュニティー「C4BASE」を立ち上げ、運営。2021年OPEN HUB for Smart Worldを設立、代表に就任。NTT Com DD取締役

    この配信ではバーチャルプロダクションを活用し、私たちの後ろにある巨大なLEDデイスプレーに映し出された映像が3D空間で拡張され、現実空間と仮想空間が融合した映像が皆さんに届けられています。小橋さん、こうした演出はイベントでも使えそうですよね。

    小橋氏:ええ、見ている側も出演している側も自分が本当はどこにいるのかわからなくなるくらい、不思議な感覚になりますよね。こうした拡張体験をいかにつくっていくかが今後重要になってくると思います。

    戸松:繁華街のど真ん中でトークセッションをするという斬新な設定ではありますが(笑)、没入感がありますし、まったく別の空間へ瞬時に切り替えることができるのも面白いですね。演出のこだわりをお伝えしたところで、早速トークセッションに入っていきたいと思います。

    結果以上に“プロセスそのもの”を楽しむ。これからのデジタル社会のキーワード「コンサマトリー」

    戸松:本日のテーマは「デジタル社会の先にある、新たな生活価値」ですが、これを考えるうえで手掛かりとなりそうな3つのキーワードをご用意しました。

    1つめのキーワードは「コンサマトリーな体験設計」です。コンサマトリーとは社会学において使われる言葉で、「それ自体を目的とした」「自己充足的な」といった意味があります。わかりやすくいうと「結果ではなくプロセスそのものを楽しむ」「今ここにある状態を楽しむ」ということになります。

    一方、最近では“タイパ(タイムパフォーマンス)”に象徴されるように、労力をなるべくかけずに目的を達成することがスマートであるという考え方が広がっていますが、それは果たして本当の豊かさにつながるのか、という議論もあります。若宮さんは銀行を退職されてからITエバンジェリストとして活動し、アプリの開発もされていますが、元々アプリをつくることが目的だったのか、あるいはそうした体験がしてみたかったのか、どんなお気持ちだったのでしょうか?

    若宮氏:私は面白がり屋なので、やってみたいと思ったらすぐにやってしまうんですね。そのひとつがたまたまアプリだったというわけです。“最高齢のプログラマー”なんていわれますけれど、プログラミングって全体のほんの一部ですから、小橋さんのように全体を構築してプロデュースするってとても素晴らしいことだと思うんです。

    例えば「かき揚げ」をつくるとき、小麦粉を溶いたつなぎだけあってもどうにもなりませんよね。具材は何にするのか、ほかのお料理とのバランスはどうか、そういう全体像までを考えられるのは本当に大事なことです。

    戸松:きちんと出来上がりをイメージできているかということと、それをつくりはじめる「面白そう」という内発的動機付けやプロセス、いずれも重要ということですよね。小橋さんは実際にイベントをつくるとき、どんなことを意識していますか?

    小橋氏:すでに世の中にあるものや誰かがやっていることをそのままなぞるのではなく、今までなかったものを生み出す、あるいは既存のものに新しい要素を組み合わせてチャレンジすることを大事にしています。そのスタートは妄想です。できるかどうかわからなくても「できるはず!」「やってみたい!」という衝動から挑戦って始まるんじゃないでしょうか。

    戸松:なるほど。

    小橋氏:イベントをつくっていると「順調ですか?」と聞かれることが多いんですが、順調だったためしなんて一度もありません(笑)。やりたいと思っていたことがさまざまな制約によりできないこともあります。それでも諦めずに試行錯誤していくと、その道中で「こんなやり方があったんだ!」と新たな可能性との出会いがたくさんあるんです。描いた通りの未来にならなくても、そこに至るまでのプロセスを味わうことこそが大きな価値だと思っています。

    プロセスに価値を見いだす「コンサマトリー」は、ユーザーの体験設計を考えるうえで欠かせない思考法といえる

    戸松:お二人に共通していえるのは、何よりご自身が楽しんでいることです。つまりは、自らをモチベートする環境を自分自身でつくっているということ。これは裏を返せば、タイパやコスパをいくら突き詰めたところで幸せな結果になるとは限らないということでもあると思います。

    少し視点が変わりますが、若宮さんはITエバンジェリストとして、ITの楽しさをどのように伝えているのでしょうか。

    若宮氏:ITの必要性などは一旦置いておいて、空間を超えた交流がいかに楽しいかを伝えるようにしています。シニア向けオンラインコミュニティーの「メロウ倶楽部」では、元気な方はもちろん、寝たきりの方、病気と闘っている方など、全国の高齢者がインターネットを使って交流しています。

    戸松:それは興味深いですね。

    若宮氏:先日、骨折をしてリハビリ中の90代の方が、コミュニティー内ではまだまだ若手の70代の方に「頑張って!」とエールをもらい、3カ月後には歩けるようになり退院されました。オンラインでも絶対に気持ちは通じますし、いくつになっても新しいことに挑戦できるのだと伝えていきたいですね。

    小橋氏:オンラインの交流はリアルを拡張するきっかけにもなりますよね。メタバースやアバターを介してだと「初めまして」という状況でもリラックスしてコミュニケーションがとりやすいですし、その後にリアルで会ってもすでに関係性ができているのでより深い話ができます。リアルvsバーチャルではなく、両方をうまく活用した体験づくりが当たり前になっていくんじゃないかと感じています。

    デジタルディバイドをどう乗り越える?改めて考える、オンラインとオフライン双方の強み

    戸松:続いて2つめのキーワードは「オンラインとオフラインにおけるつながりの再構築」です。今のお話につながりますが、オンラインとオフラインをどのように使えばより良い体験をつくっていけるのか、小橋さんにヒントをうかがってみたいと思います。

    小橋氏:人が集まったときの空気感やその場で起きる熱狂など、最終的にリアルに勝るものはないと思っていますが、大事なのはオンラインとオフラインのどちらを使うか、ハイブリッドにするかという議論ではなく、コンテンツに合った最適な使い方を見つけることだと思います。例えば1つの会場に数10万人が集まるのは容易なことではないですが、ゲームなら世界で同時に接続ができますよね。一方でリアルなイベントに参加しようとすると、目的地にたどり着くまでにハプニングが起きたり新たな人と出会ったり、想像もしないようなことが起こり得ます。

    オンラインでは国や言葉の壁を越えた境界線のない世界が実現され、オフラインでは自分自身の肉体が移動することでたくさんのセレンディピティーがあります。それぞれの特徴を踏まえたうえで体験を設計するという視点が重要になってくるのではないでしょうか。

    戸松:双方の強みをまずは理解することですね。若宮さんは講演会で全国を飛び回り、Zoomなどのコミュニケーションツールも活用されていますが、オンラインとオフラインのコミュニケーションについてどのように感じていますか?

    若宮氏:オンラインでもしっかり交流ができるというのはコロナが気づかせてくれたことだと思います。今では町の老人クラブまでもがオンラインで開催されていますからね。一方でまだまだ情報格差もあります。ChatGPTのように何でも聞けば答えが返ってくる時代ですが、デジタルに対する心理的な壁を乗り越えられていない人はたくさんいます。「私はもう70過ぎですし、今さらねぇ……」という人たちの壁をどう取り払っていくかは大きな課題といえるでしょう。

    戸松:最先端のテクノロジーでなくても、オンラインで接続さえしていればできることは一気に広がりますからね。

    小橋氏:今つながれていない環境にいる人たちからすると、オンラインでつながれるようになるってすごく大きなことですよね。特別なときはリアルで会うけれど、会えないときでも継続的につながれるオンラインは間違いなく役に立つものです。あと、オンラインがあることで「いつかリアルを体験したい」と思ってもらうこともできると思っていて。

    戸松:どういうことでしょう。

    小橋氏:「ULTRA JAPAN」という野外音楽フェスを世界中で生配信したとき、「わざわざチケットを買って参加している人がいるのに無料で配信するなんてもったいない」と言われたんですが、僕の考え方は逆で、生配信を見ることによって「自分もいつかあそこに行きたい」という心の旅が始まると思っています。オンラインによってリアルとの距離が体験され、リアルの価値がさらに高まる。そうした意味でのオンラインの良さもあると考えています。

    誰もが「自分自身の人生を生きる」ために。ハイパーパーソナライズ時代の叡智とは

    戸松:最後に3つめのキーワード「誰ひとり取り残さないハイパーパーソナライズ」について考えていきたいと思いますが、若宮さんは「パーソナライズ」という言葉に関連する取り組みをされていますね。

    若宮氏:私が今日着ている服を見ていただきたいのですが、この服はExcelを使って自分でデザインしました。

    「Excel Art」と勝手に命名しているんですけれども、Excelの機能だけを使ってこんな“世界に一枚しかない”図案をつくることができます。これは自分ひとりのために特化した体験ですが、誰でも簡単に参加できるものでもありますよね。かつてトークショーでご一緒した台湾のオードリー・タンさんには「Excel Artは完全にオープンソースコード化されたデジタルアートの数少ない成功例」なんて言ってもらいましたね(笑)。

    小橋氏:好きなものを楽しむってすごく大事なことですよね。僕は本当の幸せって、「自分自身として生きられていること」だと思っています。いろいろなイベントを企画しているのも、そこに参加することで閉ざしていた感情やまだ見ぬ自分と出会い、自ら人生を切り開いていくきっかけとなる場を、誰もが体験可能なものとして提供したい、という思いがあるからなんです。「全人類を自分自身の人生をつくるクリエーターにしたい」と常に考えていますね。

    戸松:お二人の話から考えてみると、パーソナライズは自分自身でするもの、という発想がある一方で、ボーっと生きているとAIなどの第三者にパーソナライズされてしまう時代になっていくともいえそうですね。

    若宮氏:AIと共存してより良い世の中をつくっていくには、新しい知識を入れ続けるだけでは十分ではないですよね。さまざまな体験や学習、人との交流から得られる精神的資産と新しい知識とを混ぜ、消化して発酵・熟成させて、自分なりの叡智や知恵として持っておくことが大事なのではないかと思っています。

    戸松:まだまだお話を続けたいところですが、お時間が来てしまいました。最後にお二人から本日の感想をお願いいたします。

    若宮氏:やはり「会話をする」ってすごく大事なことですよね。ひとりで考えているときとは違う発想が生まれますし、小橋さんとお話ししてたくさんの刺激をもらいました。

    小橋氏:今日この場所で生まれたセレンディピティーって、頭だけで理解している世界では起こり得ないものですよね。若宮さんがおっしゃった叡智や知恵というのはまさに自分自身の肉体を通してしか手に入りません。AIやテクノロジーを活用しつつ、自ら行動し、新たな発見を通じて、まだ見ぬ自分に出会い続けていきたいと思います。

    戸松:若宮さん、小橋さん、本日はありがとうございました。

    【イベントアーカイブのお知らせ】
    本レポートで紹介した内容のほか、盛りだくさんの話題があった今回のトークイベント。そのすべての模様を収録した動画は、以下のバナーよりご視聴いただけます。

    EVENT
    【見逃し配信】デジタル社会の先にある、新たな生活価値
    私たちの周りには沢山のデータがありますが、それをただ集めても新しいビジネスは生まれません。 集めたデータに人間がデザイン(目的・判断)を加える必要があります。 今回ゲストに、81歳のときにアプリを開発し、「世界最高齢プログラマー」としてApple社CEOティム・クックからイベントに招待されたITエバンジェリスト若宮正子氏、大阪万博催事企画プロデューサーなど、世界規模のイベントや都市開発などの企画運営を行うクリエイティブディレクター小橋賢児氏をお迎えし語らいます。 データ利活用ビジネスにおいて重要になってくるデザインとそこから得られる新たな生活価値にご興味がある方はぜひご視聴ください。
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