Creator’s Voice

2023.11.10(Fri)

「サービス」ではなく「コミュニティ」の創発へ。
企業がサステナビリティに取り組むためのヒントとは?
ーマクティア・マリコ

#サステナブル #環境・エネルギー
連載シリーズ「Creator's Voice」では、さまざまなジャンルの有識者を招き、よりよい社会の在り方について探求していきます。第6回となるゲストは、起業家、コンサルタント、スピーカーとして持続可能な社会づくりに取り組むマクティア・マリコ氏。

サステナブルな社会の実現のために、いま何が求められているのか。共創が生まれるコミュニティの条件とは。OPEN HUB カタリストの一人であるNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)の野々上帆香を聞き手に、お話を伺いました。

目次


    ペットボトルゴミを減らす無料給水プラットフォーム

    野々上帆香(以下、野々上):まずは、マクティアさんのこれまでのご活動について、教えていただけますか。

    マクティア・マリコ氏(以下、マクティア氏):はい。まず、2017年にSocial Innovation Japan(以下、SIJ)という団体を仲間と立ち上げました。当時、環境問題やSDGsについて、「何かやらなきゃいけないけど、具体的に何をすればいいのかわからない」という人が非常に多くて。イベントやワークショップの開催を通じて、そうした悩みを抱えている企業の担当者や個人の方々が集まり、お互いの知見や課題意識を共有できるような場をつくるところから始めました。

    また、社会課題の解決につながるような具体的なソリューションをつくるために、2019年に日本初の無料給水プラットフォーム「mymizu」をローンチしました。

    マクティア・マリコ|1989年、イギリス生まれ。中日新聞社ロンドン支局に勤め、2014年に駐日英国大使館の国際通商部に勤務。その後2017年に一般社団法人Social Innovation Japanを立ち上げ、現在その運営やサスティナビリティ関連プロジェクトを総括する。その一環として、ペットボトルの削減をミッションとした、日本初の無料給水アプリ「mymizu」を立ち上げた

    野々上:mymizuは私も実際に使わせていただきました。とても便利ですね。

    マクティア氏:ありがとうございます。mymizuは、給水したい人と、カフェや公共施設などの無料で給水できるスポットをつなぐプラットフォームです。近くの給水スポットを利用することでペットボトルの使用を削減し、飲料水代も節約できます。また、マイボトルへの給水を記録することで、削減したペットボトルの量を可視化することができます。

    給水スポットには、公園等の公共施設や自然にある湧き水に加えて、給水パートナーとしてご参加いただいている飲食店やホテルが登録されています。今までにmymizuアプリは全世界で23万人以上にダウンロードされ、20万5000カ所以上のスポットが、給水スポットとして登録されています。

    野々上:非常に素晴らしい取り組みだと思うのですが、収益はどのようにして確保しているのでしょうか。

    マクティア氏:ビジネスモデルの一部にはパートナーシップモデルを採用し、共通のゴールを目指して協力関係にある企業との取り組みを通じて収益を得ています。例えば、給水の文化が広がることが自社のビジネスの発展につながる浄水器やウォーターサーバーメーカーのような企業にご協力いただいたり、また、ナイキやコロンビア、アウディなど、mymizuの取り組みに賛同してくださっている企業に、企画のコラボレーションやスポンサーをしていただいたりしています。また、助成金や講演料、ワークショップの企画費、商品販売などを運営資金に充てています。

    意識は確実に上がってきているが、行動量はまだ十分ではない

    野々上:SIJは立ち上げから6年が経ったわけですが、現在の国内企業の環境に対する意識や取り組みについては、どのようにご覧になっていますか。

    野々上帆香|NTT com 第三ビジネスソリューション本部 Catalyst/Business Producer
    スマートシティ・都市開発を軸とした、ディベロッパー、ゼネコン会社の営業担当を本務とする。また、OPEN HUBではGX関連イベントの運営企画を担当している

    マクティア氏:そうですね。この6年の間にも、さまざまな変化が起きていると思います。私がSIJを立ち上げた背景には、日本には社会課題を軸にしたスタートアップや企業の事業、取り組みが海外に比べて少なく、そうしたスタートアップの創業や企業の支援をしたいという想いもありました。
    最近はオープンイノベーションやクロスセクターでの取り組みも非常に増えていると感じます。SDGsのどの目標の達成のためにどんな取り組みを行なっているのか、明記して情報発信を行う企業も増えました。

    「とりあえずSDGsのロゴを付けておけばOK」というような、「グリーンウォッシュ」の問題は国内外で起きているものの、日本の企業は傾向として、これがグリーンウォッシュに該当しないだろうか、という目線を持って丁寧に向き合っている印象を受けますね。

    野々上:一般の消費者の方はどうでしょうか。意識や行動に、どれくらいの変化が生じているのでしょうか。

    マクティア氏:消費者の意識もずいぶん変わってきているように思います。たとえば、Fabricが出した「Sustainability in Japan 2022」(※)というレポートでは「より多くのお店が量り売りや詰め替えなどの販売方法を提供すべきだ」と考える消費者の割合が、前年の65%から一気に91%にまで増えました。
    ※出典:Sustainability in Japan 2022

    ただ、企業も個人も、環境に対する意識や危機感はだいぶ上がってきている一方で、行動に移せている人はまだまだ少ないように思います。ポジティブな変化を目指して何も行動を起こさないことが環境破壊を進める最大のリスクですが、課題が抽象的で目に見えづらいため、新しいことを始めるリスクの方が目についてしまい、なかなか一歩を踏み出せない。そんな企業が多いように思います。

    日本では特に、長年続く決まりや習慣を変えることに抵抗がある人が多い。でも、それは当時の状況や情報からベストな方法として生み出されたものなので、現在の社会情勢や情報を元にアップデートすることが必要があるはずです。同様に、企業のあり方やビジネスモデルを根本から変えていくことが求められていると感じます。

    経済発展もカーボンニュートラルも、あくまで手段の1つに過ぎない

    野々上:社会課題の解決につながる新規事業を検討する機会もあるのですが、初期投資分の回収時期の見通しを含め、収益モデルを描くことの難しさも感じます。マクティアさんは、ビジネスと課題解決の両立について、どのように考えていますか。

    マクティア氏:そうですよね。収益性の確保は、あらゆる企業がぶつかるポイントだと思います。ただ、環境課題という複雑な事象に取り組む上で、最初からきれいな収益モデルが描けることはほとんどないと思うのです。

    たとえば「アイカサ」という傘のレンタルサービスがありますよね。彼らのビジネスも、ビニール傘の大量の使い捨てをなくすために立ち上げられたのですが、ユーザーからのレンタル代だけでは成り立たたせることは簡単ではないでしょう。事業の目的は、使い捨てビニール傘の代わりにレンタル傘を使ってもらうことなので、レンタル代をなるべく抑えるために、収益モデルを工夫する必要があったわけです。いろいろと検証した結果、傘の内側に広告を入れることで収益性を確保できることがわかり、今や社会のインフラとしてレンタル傘はどんどん普及しています。でも、広告モデルで事業を回せるということがわかるまでには、時間がかかったのではないかと思います。最初から答えが見えていて、始まったわけではありません。

    Nature Innovation Groupが提供する傘のシェアリングサービス「アイカサ」

    野々上:つまり、収益性を起点にしないことが肝要だと。

    マクティア氏:そうですね。たぶん、初めから利潤の最大化を狙うと、推進力が生まれないと思います。前提として、環境問題や社会的課題の根本に取り組むためには、自社だけでなく、同じシステム内で動いているあらゆるステークホルダーと取り組むことが重要です。

    自社のみで促進していく従来のビジネスのスピード感からすると、数ヶ月や1年で利益が出る見込みが立たないと、「この事業は終わらせましょう」となりがちだと思います。一方、オープンイノベーションのような取り組みにおいては、そう簡単にはビジネスモデルが描けないことが多かったり、あらゆるステークホルダーのことを考慮しながら検証する時間も必要だったりもします。もう少し長期的なスパンで考えることが必要ではないでしょうか。

    また、そもそも経済発展もカーボンニュートラルも、手段であって目的ではありません。重要なのは、私たちや将来の世代の人たちが、幸せに生きていける世界をつくること。経済発展は、あくまでそのための手段の1つです。これまでは、GDPこそが豊かさの指標とされ経済成長ばかりが目的として扱われてきましたが、いまはそこに疑問を持つ人が増えています。

    ですので、目指すべきゴールを改めて考えることも重要だと思っています。経済性か社会貢献性か、どちらかを優先するというよりもどちらも必要なものであり、目指すべきゴールから逆算することで、その最適なバランスが見えてくるのではないかと思います。

    共創が生まれるコミュニティの条件とは

    野々上:私たちの運営するOPEN HUBもまた、社会課題を解決する新たなコンセプトを創り、その社会実装を目指す事業共創コミュニティです。

    マクティアさんは、SIJを運営し、さらにmymizuというソリューションを生み出されてきた経験を踏まえて、共創が生まれるコミュニティの条件とはどのようなものだと考えますか。

    マクティア氏:いくつかポイントがあると思いますが、第一に重要なのは、コミュニティの「透明性」です。例えばSIJとして、社会問題・環境問題を解決するための活動やアイデアを、さまざまなゲストスピーカーから短いプレゼンを通じて共有していただく「SDGs Pitch Night」というイベントを実施してきました。ここでは、成功している側面だけを語るのではなく、現在どんな課題があり、どんな協力を必要としているのか、率直に語ることを前提に参加をお願いしています。

    「お互いがお互いを必要とする」ことで、はじめてコミュニティの意義が生まれます。そして、そこからオープンイノベーションのきっかけや、異なる者同士がコラボレーションするための信頼関係が生まれます。そのため、そうした透明性を意識して場をつくることは、共創コミュニティをつくる上で非常に重要だと思います。

    野々上:たしかに、華やかな部分だけを見せてPRをしようとしてしまいがちですが、お互いの課題や弱みを隠していては、本質的なコラボレーションは生まれませんよね。マーケティングや採用・広報とはまったく異なる意識が求められますね。

    マクティア氏:はい。また、他者とコラボレーションをしたいときには、「助けてほしい」と発信することに加え、参加してもらうためのわかりやすい仕組みをつくることが重要だと思います。

    私たちがmymizuを「サービス」ではなくあえて「プラットフォーム」と呼んでいるのも、mymizuをみんなで一緒につくり上げていく「コミュニティ」として捉えているからなのです。多くの方に参加してもらうために、mymizuではさまざまな仕組みを用意しています。例えば、お店や施設を運営されている方には給水パートナーシップ制度を、個人の方には「mymizu Local Heroes」というボランティア活動を後押しする制度を用意しています。それ以外にも、どんな参加の方法があるのか、具体的に提案して発信することを心がけています。

    mymizuのコミュニティで実施しているゴミ拾いの様子

    野々上:多くの人にアクションを起こしてもらうためには、その道筋をわかりやすく示すことが重要ですよね。mymizuのアクションページには、「個人」「企業」「お店や施設の運営者」「自治体」「学校・NPO」「メディア・報道機関」と、それぞれの立場の人に向けた具体的な参加方法が詳しく書いてあり、非常に参考になると感じました。

    マクティア氏:ありがとうございます。そして、共創コミュニティをつくる上での第二のポイントとして「ビジョンを共有すること」が挙げられます。

    当たり前のことのように思われるかもしれませんが、気候危機やプラスチックゴミの問題は、あまりに壮大過ぎて絶望的な気持ちになる人も少なくありません。そのため、希望を持ってアクションを起こしてもらうために、「こんなことが実現できたらすごくない?」とビジョンを伝えることで、「諦めかけていましたが、行動を起こしてみようと思います」といったフィードバックをもらうことも多くなりました。この瞬間が一番嬉しくて、これこそが、私たちのコミュニティの意味だと感じますね。

    野々上:なるほど。環境問題という大きな課題に取り組むからこそ、明るいビジョンをはっきり提示することが大事ですね。

    マクティア氏:はい。最後に、第三のポイントとして補足しておきたいのが、「運営チームのケア」の重要性です。コミュニティを運営しているメンバーたちは、本当に熱意を持って仕事をしてくれているのですが、運営チームのケアができなければ、コミュニティ全体のケアもできません。

    まずは運営チームのメンバーがハッピーに、楽しみながら仕事ができる環境を整える。そこから良い発信が生まれ、コミュニティ全体の活動も広がっていくのではないかと思います。

    まずは、興味を持って情報収集を行うことから始めよう

    野々上:本日お話しいただいたことは、私たちNTT Comがサステナビリティに貢献できる取り組みを増やしていく上で、とても重要なことだと感じました。マクティアさんは、今後はどのようなことに取り組んでいきたいと考えられていますか。

    マクティア氏:まずはmymizuの普及を通じて、サステナブルなライフスタイルを社会に普及させたいと思います。そのためには、さまざまな情報発信を通じて「給水」の文化をさらに広めて、日本全国に給水スポットを普及させていきたいですね。

    ただ、私たちが向き合っている課題を解決するためには、もっといろんな取り組みが必要だと思っています。mymizuもまだまだ発展の途上ではありますが、SIJとしては、今後もコ・クリエーションを軸にして、新たなソリューションを立ち上げていきたいですね。

    また、これまでは主にコンサルティングや講演会を通じた企業支援を行ってきたのですが、せっかくサステナビリティに関心を持った人たちがこれだけ多く集まるコミュニティができたので、今後はこの力を使って、新たな取り組みを目指す企業の後押しをする活動もしていきたいと思っています。

    野々上:「新たな取り組みを始めたいけれど、何から始めればいいのかわからない」という企業に対して、すぐに取り組めそうなポイントやアドバイスをいただけますか。

    マクティア氏:まずは、自社だけで考えようとしないことが重要だと思っています。つまり、さまざまなステークホルダーの人とフランクに話し合うことですね。その機会を自分たちでつくる必要はなくて、まずは他の人が主催している場に参加してみるのがよいのでは。特にNGOの人たちは環境問題について非常に深い知見を持っているので、話をしてみたり、好奇心を持ってさまざまなイベントに参加することで、具体的なヒントが得られるのではないかと思います。

    ちなみに、私もmymizuを立ち上げるときには、3年間ほどはいろいろなイベントに参加して、時間をかけて情報収集をしました。何百人もの人と会って話す中で、ようやく「こういう仕組みが必要かも」というものが見え、仮説を検証しながらでしたが、ある程度自信を持って立ち上げることができました。情報収集をして、人とのつながりをつくることは、本当に大事だなと思っています。

    また、すでにサステナビリティに関する取り組みを行っている企業は、ぜひそのことを発信してほしいと思います。もともと日本の企業はサステナビリティに対する意識が強く、無駄を出さないために昔から素晴らしい工夫をされてきた企業も多くあります。そのため、今まで当たり前にやってきた取り組みを、今さら「SDGs」という言葉でアピールすることに、抵抗感を感じている企業も少なくありません。

    その気持ちはすごくよくわかりますし、「サステナビリティをPRに使っている」と非難されるリスクもゼロではありません。しかし、情報発信することで、はじめてその取り組みが社会に伝わり、新たなコミュニケーションやコラボレーションが生まれます。社会全体の意識向上にもつながりますので、ぜひ、発信していただきたいと思います。

    野々上:マクティアさんもさまざまなイベントへの参加をされていたとのことで、どんな立場であれまずは勇気を出して一歩踏み出すことから始めることが大切ですね。また、発信を通して新しいコミュニケーションやコラボレーションを生み出していけるよう、私も発信を続けていきたいです。本日はお話しさせていただきありがとうございました!