Coming Lifestyle

2023.11.01(Wed)

広告効果が前年比の6倍に。
CO2削減と渋滞解消にも寄与するNIKKO MaaSの裏側

#データ利活用 #事例
訪日個人旅行の解禁や全国旅行支援による後押しを受け、コロナ禍以前のにぎわいを取り戻しつつある観光産業。今後のさらなる需要拡大に期待が集まる一方で、インフラ整備やデジタルトランスフォーメーション推進、環境負荷の軽減など、急速な需要増加に伴う課題への対応も、ますます重要になっています。

「環境にやさしい観光地」を目指してさまざまな取り組みを進める栃木県の日光市は、2023年に日光市西部に位置する奥日光エリアが脱炭素先行地域に選定されました。そして、年間1000万人の観光客が訪れる日光市の脱炭素化のカギを握るのが、国内初の環境配慮型・観光MaaS(Mobility as a Service)「NIKKO MaaS」です。

MaaSは、ICTを活用してマイカー以外のすべての移動を1つのサービスとして捉え、シームレスに各種移動手段をつなぐ交通サービスの概念です。「NIKKO MaaS」では、観光客の移動ニーズのデータを精緻に分析し、EV・ PHV カーシェアリングやシェアサイクル、EV バスなどの環境にやさしいモビリティと鉄道の最適な連携を提案。地域の脱炭素化にも貢献しています。リリース以来の利用者数が順調に増加しているという「NIKKO MaaS」について、企画に携わった東武鉄道株式会社の金子悟氏、杉本洋輔氏、プロモーション戦略を担当したNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)の藤木翔太郎、村山尚の4名に、お話を伺いました。

目次


    唯一無二の国際エコリゾート・日光

    —日光といえば関東随一の観光地だと思いますが、どのような魅力や特徴のある場所なのか、改めて教えていただけますでしょうか。

    金子悟氏(以下、金子氏):日光は栃木県の4分の1の面積を誇り、市内にはさまざまなエリアがあるのですが、なかでも中禅寺湖畔は、明治時代に各国の駐日大使の別荘が建てられた場所で、夏になると“外務省が移ってくる”と言われるようなエリアでした。

    また、2016年に当社のグループ入りした日光金谷ホテルは、現存する日本最古のリゾートクラシックホテルであり、過去にはアインシュタインやヘレン・ケラーなどの海外の著名人も泊まっています。つまり日光は、古くから多くの外国人ゲストをお迎えしてきた観光地なのです。

    あとはやはり、歴史と自然ですね。世界遺産「日光の社寺」のある旧日光市エリアは、修学旅行先の定番スポットでもあり、非常に多くの観光客が訪れるエリアなのです。一方、奥日光エリアは、国立公園として豊かな自然が守り続けられてきた場所で、自然を生かしたさまざまなアクティビティが楽しめます。

    金子悟|東武鉄道 経営企画本部 課長

    藤木翔太郎(以下、藤木):実は今回、「NIKKO MaaS」のプロモーションを支援させていただくにあたって、東武鉄道さんに日光を案内していただきました。森の中を電動マウンテンバイクで駆けたり、ワカサギ釣りをしたり、定番スポット以外にも多くの魅力的なコンテンツがあることを知り、その奥深さを実感しました。

    藤木翔太郎|NTT Com 第四ビジネスソリューション部

    ——「歴史・文化・伝統と自然が共生する国際エコリゾート」というコンセプトの実現を目指されているということですが、エコや環境に対しては、どのようなことに取り組まれているのでしょうか。

    金子氏:当社グループのアセットが集中している奥日光エリアは、今年の春に国の脱炭素先行地域に選定され、事業部門および家庭部門から出るCO2を実質ゼロにすることが最重要課題になっています。

    まさに、このあとお話しさせていただく「NIKKO MaaS」も、公共交通機関やEVの利用促進も、カーボンニュートラル実現のための取り組みです。その他にも、東武バス日光でバイオ燃料を活用したり、従来の車両に比べてCO2排出量を最大40%削減した新型特急「スペーシア X」の開発を行うなど、さまざまな取り組みを進めています。

    スペーシア X

    カーボンニュートラル実現のカギを握る「NIKKO MaaS」とは

    —国内初の環境配慮型・観光 MaaS「NIKKO MaaS」とは、どのようなサービスなのでしょうか。

    金子氏:「NIKKO MaaS」は、日光地域の鉄道・バスをセットにしたお得なフリーパスや、EV・ PHVカーシェアリング、シェアサイクル、EVバス(低公害バス)などの環境にやさしいモビリティを、スマートフォン1台でスムーズに購入・利用いただけるサービスです。

    2021年10月のリリース以降、順次機能を拡充しておりまして、現在は歴史文化施設の拝観券やテーマパークの入場券、ネイチャーツアーなど約50種類の観光商品や特急券を購入・利用できるようになっています。

    体験・アクティビティ一例(イメージ)

    —これまで各地で使われてきた観光フリーパスとの違いは、どういった点にあるのでしょうか。

    金子氏:やはり最大の特徴は環境への配慮です。NIKKO MaaSのプロジェクトは、環境省の「地域の脱炭素交通モデル構築支援事業(自動車CASE活用による脱炭素型地域交通モデル構築支援事業)」の採択も受けています。

    具体的には、東武日光駅前、鬼怒川温泉駅前、中禅寺温泉バスターミナル、湯元温泉バスターミナルといった交通結節のいい場所にカーシェア拠点を設置し、鉄道・バスとEVをシームレスにつなぐことで、より環境負荷の低い交通手段の利用を促進しています。また、EVカーシェアリングは、レンタカーと違ってその場に行ってすぐに使えるため、非常にタイムパフォーマンスの高いモビリティになっているのではないかと思います。

    また、EVカーシェアリング以外にも、電車、バス、シェアサイクルといったさまざまな交通手段を利用できるようにしたことで、ニーズや用途に合わせて柔軟に交通手段を選択できるようにした点も、こだわりのポイントです。さまざまなニーズがある中で、豊富な選択肢の中から簡単かつ便利に利用シーンに合わせたモビリティを選び、利用いただけるようなサービス設計を目指しました。

    「マイカーが7割」の日光で、いかにして公共交通機関の利用を促すか

    —「MaaS」は、近年国内でも注目を集め始めたサービス形態だと思いますが、どのような経緯で「NIKKO MaaS」を開発することになったのでしょうか。

    杉本洋輔氏(以下、杉本氏):もともと日光には、特に紅葉シーズンにおける、いろは坂の渋滞という、大きな地域課題がありました。

    というのも、実は日光に訪れる人の7割がマイカーを利用しており、公共交通機関を利用する人は全体のわずか2割ほど。これまで、渋滞緩和のためのさまざまな実証実験が試みられてきましたが、うまくいったものは少なく、マイカー利用者の割合を減らす以外に抜本的な解決策はないという状況でした。

    こうした課題があった中で、技術の発展やスマートフォンの普及によって、デジタルを活用した利用促進に取り組みやすくなってきたこともあり、まさに公共交通機関の利用促進を目的として生まれたデジタル技術である「MaaS」を、日光エリアに導入してみることになりました。

    杉本洋輔|東武鉄道 経営企画本部 課長補佐

    金子氏:MaaSはフィンランドで生まれた概念ですが、国策としてMaaSによる交通課題の解決を進めたフィンランドと、民間企業による公共交通機関が発達している日本とでは少し状況が違います。いくら環境負荷が低いからといって、強引に公共交通機関を使わせようとしてもまずうまくいきません。あくまでユーザー側の視点に立ち、ユーザーに必要とされるものをちゃんとつくっていく必要があると思いました。

    では、ユーザーにとって最も便利な観光体験の姿とはどういうものだろうかと考えたときに、さまざまな移動手段や観光体験を1つのプラットフォームでシームレスに購入・利用できるような世界観を実現したいと思いました。

    —具体的に、どのように開発を進めていかれたのでしょうか。

    杉本氏:もともと金子とは別の担当として働いておりまして、私は立ち上げの2〜3年前から、さまざまなMaaSの事例を研究しておりました。一方、金子は、地域内の自動車をガソリン車からEVへと転換していこうという栃木県の日光EV推進連携会議のメンバーとして、実証実験を行っていました。

    金子氏:旅館やホテルの駐車場にEVカーシェアリングを配置し、宿泊者がどのくらい使ってくれるかを検証するという実証実験だったのですが、結果は散々でした。ホテルや旅館には、そもそもマイカーで来ている人も多く、そのような場所にカーシェアリングを置いても使ってもらえない。東武日光駅のような交通結節点に配置する必要がありました。

    そして、東武日光駅からカーシェアリングを利用する人というのは、東武日光駅まで電車で来る人です。であれば、まずは一次交通、つまり公共交通機関の利用促進と合わせて考えていく必要がある。こうした経緯で、当時MaaSの研究をしていた杉本と一緒に、「NIKKO MaaS」の開発に取り組むことになりました。

    やはり、公共交通機関を使っていただくための一番のフックはお得なフリーパスだろうということで、まずはこれをスマートフォン上で簡単に購入できるような仕組みをつくることを目指しました。

    精緻なデータ分析が、サービス普及を加速する

    —リリース後の反響はいかがでしたか。

    金子氏:認知の獲得という観点では、継続的に取り組んでいく必要があると思いますが、ページビュー・発売数ともにリリース直後から右肩上がりで、非常に好調に推移しています。

    また、NTT Comさんとの取り組みを始めてからは、ユーザーの流入経路や属性について、より精緻な情報が得られるようになり、かなり効率的なプロモーションが打てるようになりました。

    —プロモーションにおけるNTT Comとの共創は、どのようにして始まったのでしょうか。

    藤木:NTT Comとしましては2021年4月より私が営業担当として、いろいろなご提案をさせていただくようになりました。当初はワーケーションやブリージャー(ビジネス×レジャー)を切り口に、日光エリアに人を呼び込むようなプロモーション企画をご提案していたのですが、10月にNIKKO MaaSがリリースされてからは、NIKKO MaaSの利用拡大を通じた日光エリアの観光促進を支援させていただくようになりました。

    杉本氏:私たち自身は、日光に電車で訪れるたった2割の人々、その中でもNIKKO MaaSのような自社商品を購入される方のデータしか持っていません。私たちが持っている仮説は本当に合っているのかを検証するためにも、一度ビッグデータを使って俯瞰的に日光エリアを捉える必要があるだろうということで、今回、NTT Comさんにお力添えをいただくことになりました。

    —具体的にはどのような方法でデータ分析を行っていったのでしょうか。

    村山尚(以下、村山):まずは、ローミング情報をもとに性別・年代別、居住エリア別の人流データを把握できる弊社の「モバイル空間統計」を利用し、どのような人たちが日光に来ているのかを可視化するところから始めました。

    また、東武鉄道さんにもフリーパスの購入データをご提供いただき、実際に日光に訪れている人のデータと突き合わせることで、伸びしろがありそうなゾーンに絞って効率的に広告を投下していきました。

    村山尚|NTT Com ソリューションサービス部 ICTイノベーション部門

    —データ分析の過程で、どのような気づきや発見がありましたか。

    金子氏:意外だったのは、栃木県内から日光に訪れている人が多かったことです。県内から日光に来る人は、基本的にマイカーで来ますので、そうしたユーザーのデータはNTT Comさんとの協働によって新たに得られたものの1つだと思います。

    村山:今回印象的だったのは、写真付きのバナーのクリック率が非常に高かったことです。通常はメールマガジン等を経由して、広告サイトに流入するパターンが多いのですが、今回はNTTドコモのスマートフォン向けポータルサイトである「dメニュー」や、ニュースアプリ「マイマガジン」に掲載した写真付きバナーのクリック率が最初から高く、写真に大きな魅力を感じていただいているのだな、と思いました。

    金子氏:春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪と、四季折々の魅力があるので、それぞれの季節に合わせたプロモーションができるのも、日光の1つの特徴ではないかと思います。日光の社寺のあるエリアは年間を通じて人が多い一方、奥日光のようなエリアは、足を運ぶハードルがやや高いので、季節ごとの魅力をうまく訴求して、集客につなげていきたいですね。

    —詳細なデータをもとにプロモーションを展開したことで、成果につながった事例などはありますか。

    杉本氏:今年は3年ぶりに「湯西川温泉 かまくら祭」が開催されることになったため、そこに合わせて、湯西川をメインに推すような広告を展開しました。湯西川は、浅草や北千住から行こうとするとかなりのロングレンジになるので、運賃収入のインパクトも大きいのです。

    前年のデータと照らし合わせ、ターゲットを絞った広告を展開した結果、売り上げ対前年比600%という数字が出て、ひっくり返りそうになりました。地域のイベントと、NIKKO MaaSというサービスと、NTT Comさんによるプロモーション支援がうまく組み合わさり、結果につながった事例なのではないかと思います。

    「三方よし」を実現するために、これから取り組んでいくべき課題とは

    —好調に普及しているNIKKO MaaSですが、現時点での課題や今後取り組みたいことなどはありますか。

    杉本氏:現状の「NIKKO MaaS」の認知度について、一度詳しく調査したいと思っています。右肩上がりで順調に推移しているので、心配しているわけではないのですが、まだまだ伸びしろはあると思っていて。認知度が低いから数字が伸びないのか、認知はあるものの使われるに至っていないのかによって、アプローチが変わってきますので。

    鉄道で活用するメディアというと、電車内の中づり広告や駅構内のポスターがメインの広告媒体になるのですが、実際にそれをどれだけの人が見ていて、認知されているかは、なかなか測れません。

    そこで今回は、NTT Comさんに、ターゲットエリア内のdポイントクラブ会員に向けて「NIKKO MaaS」の認知度アンケート調査をしていただくことになりました。そもそもどのくらいの人に認知されているのか、エリアや沿線によってどの程度、認知度に差が出るのか、何を通じて知ったのか、といったデータが得られるということで、リサーチ結果を非常に楽しみにしているところです。

    —「NIKKO MaaS」は、ビジネスやユーザーエクスペリエンスに対してだけでなく、環境と地域にとっても非常に大きな可能性を持つサービスだと思います。最後に、このプロジェクトにかける思いや、プロジェクトを通じて実現したいことについて、教えてください。

    金子氏:いま、世の中的にはSDGsが注目されていますが、社会課題を事業と関係ないところで解決しようとすると、単なるCSRになってしまって長続きしないと思うのです。事業を通じて社会課題の解決に取り組むことで、課題も解決できるし、事業も伸びる。結局それが、一番持続的なSDGsへの取り組みになると考えています。

    日光に関していえば、やはり渋滞が非常に大きな社会課題です。この渋滞を、私たちの事業で解決することができれば、タイムパフォーマンスが向上してユーザーの利便性も上がるし、鉄道の利用が増えて自社の業績も伸びるし、環境負荷の低減や地域の魅力向上にもつながる。まさに「三方よし」の状況になるので、NIKKO MaaSを通じてそうした状況をつくり続けることで、SDGsに貢献していきたいと思います。

    藤木:いまはどうしても、人の集中する人気の観光エリアが決まってしまっているのですが、私が実際に奥日光に行って感じたように、日光にはまだまだ多くの人が知らない、素晴らしいものがたくさんあります。

    そうした魅力を観光客の方に知ってもらい、そこに行きたくなるような訴求のあり方やサービス設計を支援させていただくことで、より魅力的な日光の観光体験をつくっていきたいと思っています。

    杉本氏:個人的な話ではあるのですが、私はアウトドアが好きで。日光には、自然のウオータースライダーのようなキャニオニングのできる場所があったり、冬はちょっと奥の方に行くと氷瀑(ひょうばく)もあったりしますし、星空もとてもきれいで、本当に息をのむような自然がたくさんあるんです。

    自然に触れることは楽しいし、自分の心の健康や子供の教育にとってもいい。なので、そうした日光の自然についてきちんと発信を行い、これまで日光の社寺のエリアにしか足を運んだことのなかった人に日光の新たな魅力に気づいてもらうことが、NIKKO MaaSの役割の1つなのではないかと思っています。

    そして、そうした日光の自然は、国立公園として保護されてきたからこそ享受できているものです。ガソリン車の利用を減らすことは、日光の自然をより恒久的に守っていくことにつながると思いますので、そうした意味でもNIKKO MaaSを通じて、公共交通機関やEVの利用を促進していきたいですね。

    村山:日光の魅力の発信に注力する一方で、個人的には、地元の人をいかに巻き込んでいくかも重要であると考えています。最近の言葉で言えば「シビックプライド」ということになるのでしょうが、地元に住んでいる方々が、いかに自分の住んでいる土地に魅力や誇りを感じられるか。

    そうしたものがあれば、地元の人々がツアーガイドとなって、自ら直接、観光客の人に日光の魅力を伝えられるのではないかと思います。ですので、地元の人たちを巻き込んで一緒に盛り上げていけるような仕組みも、今後は考えていけたらいいですね。