Coming Lifestyle

2023.09.08(Fri)

デジタルが変える、マーケティング最適化の見取り図

#データ利活用 #スマートライフ
あらゆるデータがリアルタイムで集まり、つながることで、私たちのビジネスやライフスタイルは大きく変わっています。マーケティングの世界では、DXが加速することでフレームワークが従来の4Ps(Product=製品、Price=価格、Place=流通、Promotion=広告)から、4Cs(Co-Creation=共創、Currency=通貨、Communal Activation=共同活性化、Conversation=会話)へ移行すると言われています。データを用いたマーケティングのあり方は、大きな転換を迎えようとしているのです。

そんな時代における企業が心がけるべきマーケティング最適化の未来像とは? 2023年春『デジタルマーケティング大全』を上梓して話題の東京工科大学メディア学部教授の進藤美希氏が語りました。

目次


    競争のためではなく、未来への意志を描くためのマーケティング

    あいまいなまま流布するデジタルマーケティングという言葉の意味を、私は「デジタルマーケティング=構想×未来への意思」と定義しています。

    そもそもマーケティングは、今から100年ほど前のアメリカで生まれた言葉です。当時、資本主義経済が急速に発展するなか、企業は「増え続ける競争相手にどうすれば勝つことができるのか」がエンジンでした。そのため、20世紀頃のマーケティングのフレームワークは、競合他社との比較・分析に主眼におくことがスタンダードだったのです。

    しかし、インターネットが普及した1990年代中頃から様相が変わり始めました。サイバー空間に多くの情報があふれ、次第にネットを介した商取引も当たり前に。さらに2010年代以降は、スマートフォンやIoTも普及。サイバー空間とリアルが融合した「サイバーフィジカルシステム」が現実となり、多様なビッグデータがリアルタイムで流れるようになりました。

    その結果、「インターネットマーケティング」と呼ばれていた方法は「デジタルマーケティング」と呼ばれるようになりました。企業がマーケティングに活用できる情報の量は格段に増え、またその内容も「誰がどの店に入って、どんな商品を手にして、何秒で棚に戻したか」「その後、帰宅して、結局どのサイトでどの商品を選んで、ネットで購入したのか」というような精緻な行動データをとろうと思えばとれる状況になったわけです。

    データを活用し、より高い精度で多彩な消費者のニーズに応えていくことが可能になったことで、旧来型のビジネスを続けることは、例えばかつてリアル店舗のレンタルビデオ店がNetflixなどの動画配信サービスによって駆逐されていったことと同様の事態になりえる、いわゆるデジタルディスラプション(デジタルによる破壊)のリスクに直面してしまう可能性があります。

    もっとも、生活者側に目線を戻せば、自分の行動や情報が丸裸にされる危惧を感じる方が増えています。加えて生活者は一方的な情報の受け手ではなく、ソーシャルメディアなどを通して自由に発言できる力も手にしています。

    企業はプライバシーやセキュリティの配慮を最大限にしたうえで、発信力を持った生活者の方々といかに良好なコミュニティをつくり、ポジティブに彼らを巻き込んでいくかが問われているのです。この大きな潮目の変化の中で、マーケティングは企業活動そのものを問い直すことになります。

    単に競争優位を目指すテクニックではなく、多彩に揃ったビッグデータをどう活用して“どのような未来”を描き出そうとしているのか、生活者一人ひとりの行動データを託しても“信頼しうるような構想”を提示できているのか、といった本質が見定められる時代になってきたのです。

    こうした議論を早くから進めてきたのが、マーケティングの世界的権威である経営学者フィリップ・コトラーです。

    コトラーはマーケティングの基本的なフレームワークである4Ps(Product=製品、Price=価格、Place=流通、Promotion=広告)を、デジタル時代では4Cs(Co-Creation=共創、Currency=通貨、Communal Activation=共同活性化、Conversation=会話)に発展させるべきだと説いています。

    この4つの発展に引き寄せつつ、ライフスタイルの最適化が進んだ先の時代にどのようなデジタルマーケティングが進化、あるいは深化していくかを見ていきましょう。

    進藤美希|東京工科大学メディア学部教授。博士(経営管理)
    専門はデジタルマーケティング。 青山学院大学大学院国際マネジメント研究科博士後期課程修了。 日本電信電話株式会社において、最初期のビデオオンデマンドサービスの開発に携わった。東京工科大学に着任後は、デジタルマーケティングに関する研究、教育を行っている。

    ProductからCo-Creation(共創)へ −「ワークマン女子」と「オープンソースソフトウェア」

    かつて製品(Product)は消費者の潜在的なニーズやウォンツを満たそうと、企業が製品コンセプトを決め、機能を設計して、形にし、リリースされるものでした。

    もちろんニーズやウォンツを推し量るため、既存のマーケティングでも消費者へのアンケートやヒアリングは実施してきました。ただし消費者に製品づくりの中心にまで参画させることは稀でした。

    ところが、昨今では製品開発の領域に消費者が加わる機会が増えています。わかりやすいのがワークマンの事例です。ワークマンは建設現場などで働く方向けの作業服専門店でしたが、昨今アウトドアスポーツ向けの『ワークマンプラス』や女性向けに特化した『#ワークマン女子』などの新業態を展開し、市場をひろげ今やリーズナブルなアウトドア系カジュアルウェアを代表するブランドのひとつになっています。

    この拡がりの起点のひとつになったのが、あるキャンプ好きの女性顧客でした。彼女が、ワークマンで販売していた溶接用の作業着を「焚き火をするときに最適!」と自らのブログにアップしたことで、キャンプ愛好家たちの間で拡散され、作業着をキャンプ用ウェアとして購入する人が爆発的に増えたのです。

    ワークマンはこの女性にアンバサダーになってもらい、一緒にキャンプ向け商品を共同開発します。ユーザーのリアルな声を製品にいかしたわけです。すると、それがヒット商品となり、『ワークマンプラス』『#ワークマン女子』といった新たなラインの立ち上げにつながったのです。

    その後は漁師、山岳ライター、バイクジャーナリストなど、さまざまな属性の人々とアンバサダー契約をしています。服づくりのプロではないけれど、専門分野に深い知見を持つ「プロシューマー」と呼ぶべき人たちがアンバサダーになっているのが特徴です。

    作業着がキャンプ用として活用されていたように、企業側が想定しなかった製品の良し悪しや用途を、むしろ消費者のほうが理解していることは多いものです。ソーシャルメディアなどのネットを介して、そうした声は極めて集めやすくなりました。かつてならありえなかった、消費者との共創(Co-Creation)による製品(Product)づくりが可能になっているのです。

    ライフスタイルの最適化が進む中でこの流れはさらに加速するでしょう。サービスへのフィードバックは、細かなデータが揃うほどやりやすく、精度も高くなるからです。

    当然、誰かれ構わず共創をすれば良いわけではなく、エンゲージメントを生み出せるような消費者と信頼関係を築くことができるかが大きなカギになります。まさに「構想×未来への意思」のような高い志、企業としての姿勢やビジョンから共感してもらえる企業であることが問われるわけです。

    実はワークマンのアンバサダー制度も、ワークマンから金銭的なインセンティブは直接的には発生しないのです。だからこそ、熱量の高い共創が生まれているのでしょう。

    PriceからCurrency(通貨)へ −ダイナミックプライシングの意義

    多くのビジネスにおいて、値付けのスタンダードは「定価販売」でした。しかし、人類の歴史を遡ると、誰にでも同じ価格で提供する値付けがスタンダードだったわけではありません。たとえば、江戸の頃まで呉服屋などでは「馴染客には安く、一見客は高く」が当たり前でした。

    しかし、三井越後屋(後の三越百貨店)が正札販売の名で定価販売をはじめると、徐々に一物一価の定価販売が流行りだします。

    最初から売上利益が計算しやすく、いちいち値付けを変える必要がない定価販売は、売る側の負担を減らしてくれます。消費者も不公平感を抱く必要がなくなる。売買する双方にメリットが大きかったため、定価販売が、広く長く定着してきたわけです。特に、大量生産された商品が大量消費されるようになった20世紀では、この定価販売が主流になっていました。

    しかし、ビッグデータが活用されるデジタルマーケティングにおいては、価格が柔軟に変わるダイナミックプライシングが注目を集めています。Price(定価)が通貨(Currency)のように変動する仕組みです。

    もちろん、ホテルや航空機などではすでにダイナミックプライシングが導入されていましたが、その領域が拡大、細分化しているのです。例えば、プロ野球の福岡ソフトバンクホークスでは、同じ列の席でも出入りしやすい端の席と、動きにくい中央の席で値段の高低をつけるのはもちろん、試合開始から15分単位で売上枚数の予測と実績を加味してリアルタイムで変動するダイナミックプライシングを実施しています。

    定価販売は売買する両者にメリットはありましたが、消費者の細やかで多彩なニーズ(高くても買う、安ければ買う)を埋められませんでした。しかしチケットの販売状況がリアルタイムでデータ集計でき、AIによって売上予測の精度も高まり、また電子チケットなどが普及したことで、多彩なニーズに応えるダイナミックプライシングが可能になったのです。

    プライシングはマーケティングの世界では意外と研究されてこなかった領域でした。しかし、ライフスタイルの最適化が進むことでさらに微細なデータが集まれば、もっと大きな可能性が期待できる領域といえそうです。また、スマート化が進んだライフスタイルが、環境の循環などに配慮したサーキュラーエコノミーを志向する場合、価格の最適化によって、廃棄物を減らすということもできそうです。

    PlaceからCommunal Activation(共同活性化)へ −エシカルな視点も含めたシェアリング

    製品やサービスの流通チャネルもデジタルによって大きく変化しました。生産者から消費者に至るまでの流れにおいて不可欠だった、交換、ロジスティックス、金融などの役割がインターネット上でのやりとり、スマホとの紐づけなどで簡便にできるようになったからです。

    カーシェアなどのシェアリングエコノミーや、消費者同士が取引するCtoCが盛んになった背景もそこにあります。ライフスタイルの変革という文脈でみると面白い事例が「Alice.style(アリススタイル)」です。最新家電や美容家電を中心に、アプリを通して個人間でモノの貸し借りができるシェアリングサービスです。

    ユーザーは、使わなくなったものをアップしレンタル品として貸し出すと、月々のレンタル料が得られ、一部がアリススタイルの売上になるというビジネスモデルです。

    さらに個人だけではなく、メーカーのプロモーションの場としても活用されています。アリススタイルを通して借りた後、気に入ったら購入し、気に入らなければ返却できるため、買い物の失敗やムダがなくなるわけです。逆に、製品を提供する企業から見ると、使っていただいてはじめてお客様に伝わる製品の良さとは何か。また、プロモーションでは伝わっていなかった製品の良さとは何かをデータに基づいて検証したりするなどの、データの利活用が可能になっています。

    IoTやそこからのデータ利活用によって、場所(Place)を問わない、新しい形のビジネスはさらに盛り上がっていくでしょう。しかし、このような環境に配慮した意味でのライフスタイルの最適化にも接地するような企業の姿勢も、消費者は目を凝らして見ているのです。

    PromotionからConversation(会話)へ −ユーザーの幸福をパーパスに

    プロモーション、いわゆる広告媒体を使った販促活動は、デジタルが行き渡り最適化された世の中において大きく変わらざるを得ないと考えています。

    かつて広告表現は、洗練された表現コンテンツであり、憧れの対象でした。ところが、今はYouTubeなどのWebコンテンツを楽しむ際に「コンテンツを邪魔するもの」と思われてしまっている場面が増えてきています。

    多くの人がスマホのように手元のパーソナルな空間でコンテンツを楽しむようになったいま、とくにそのきらいがあります。ターゲティング広告などの精度はあがっているとはいえ、ニーズとのズレも多く見受けられます。

    例えば会社で職業人としてふるまう自分と、家庭で父親としてふるまう自分、あるいは趣味の場所でスポーツに興じる自分は、同じ一人でありながら全く人格とニーズを持ちます。

    屋外広告のデジタル化がさらに進み、これがターゲティング広告とリンクした場合、人格ごとのニーズへのターゲットがズレてしまうと、ユーザーが広告によって不快感を感じてしまう可能性すらあります。

    ここでもあらためて、多彩なビッグデータを“どのような未来”のために使うのか、“信頼しうるような構想”を、理念やビジョンを持っているのかが肝要だと思います。

    消費者に不快な思いをさせず、大きな幸福につながるようなパーパスを示し、実行していく責任が企業にはあるわけです。

    会話的なプロモーション像については、たとえば、ChatGPTを用いてデジタル広告をつくれば、広告内に登場する人物やキャラクターが、お客様の問いかけに応じて自由に対話、コミュニケーションすることも可能です。現状では、問いかけへの返事に少し時間がかかるなどの問題はありますが、早々に解決がされ、自然なコミュニケーションが可能になるでしょ

    不可欠なのは、構想×未来への意思

    4Psから4Csへの発展になぞらえて、テクノロジーによってライフスタイルが最適化される時代のデジタルマーケティングの見取り図を追ってきました。

    まとめると、やはりデジタルマーケティングの公式に立ち返ります。企業には「構想×未来への意思」を持って、お客様に幸せを提供できるのか、を問い続けていただきたい。

    ビッグデータでお客様の生活を最適化する。その先には、企業の成長とともに、お客様一人ひとりの幸せを実現しようとする企業側の強い意思と、地球環境にまで当たり前に目配せする姿勢が不可欠です。データによる最適化の名のもとで、大量のデータを無目的にたくさん集めるのではなく、企業の目標を明確に意識することが重要です。そのような真にスマートな企業が、これからの時代において支持されるのです。

    進藤美希氏の著書『デジタルマーケティング大全』の詳細はこちら
    東京工科大学メディア学部 デジタル マーケティング 進藤研究室

    【イベント紹介】
    イベントタイトル
    「デジタル社会の先にある、新たな生活価値」
    イベント開催日時
    2023年10月13日(金)16:00~17:30 ライブ配信
    イベント概要
    私たちの周りには沢山のデータがありますが、それをただ集めても新しいビジネスは生まれません。集めたデータに人間がデザイン(目的・判断)を加える必要があります。ゲストに、「世界最高齢プログラマー」ITエバンジェリスト若宮正子氏、大阪万博催事企画プロデューサーを務めるクリエイティブディレクター小橋賢児氏をお迎えし、データ利活用ビジネスにおいて重要なデザインとそこから得られる新たな生活価値について語らいます。

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