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Manufacturing for Well-being
2023.07.12(Wed)
目次
—以前に比べて、宇宙開発というビジネス領域の認知がだいぶ進んできたとはいえ、まだまだ一般の人には馴染みの薄い領域のように思います。宇宙に関する研究開発が進展することによって、私たちの生活はどのように変わるのでしょうか。
岡島氏:宇宙空間で人が住むための研究開発が進めば進むほど、地球も快適な環境になっていくと思います。宇宙で生活するためには、水のないところで水を循環させるための技術や、空気のないところで空気を綺麗に保つための技術が不可欠ですが、そうした技術をそのまま地球上でも実装すれば、地球もより心地よい環境になるはずですから。宇宙で実装するよりも地球上で実装する方が、はるかに簡単ですしね。
なので、地球をさらに住みやすい、サステナブルな環境にしていくためにも、宇宙に関する研究開発の発展は大きな意味を持つと思っています。
岡田氏:私は、宇宙に関する研究開発が進むと、さらに人体のことがわかってくると思います。
普段は意識することはありませんが、私たちは重力を受けながら生活していますよね。しかし宇宙に行くと、重力も変わってきます。宇宙から地球に帰ってきた宇宙飛行士は、筋肉が衰えてしまい、しばらくは自力で立って歩くことも困難になるといいますが、宇宙を自由に往来し、開発を進めていくには、人間の身体のメカニズムをもっとよく知る必要があるのです。
—人体をより深く理解することは、私たちがウェルビーイングな社会の実現を目指す上でも、重要なキーワードになってくるような気がしますね。
岡田氏:そうですね。めまぐるしい変化の中でも、一人ひとりが居心地のよさや精神的な充足感を感じられる社会を実現するためには、どんな環境においても人間がウェルビーイングであり続けられるためのサポートを定義し、その場所その場所でしっかりと提供していく必要があります。
何をもって「心地よい」と感じるかは人によって異なりますので、そのサポートはカスタマイズされたものになるでしょう。つまり、ウェルビーイングな社会を実現するためにも、一人ひとりの人間をより精緻に理解することが重要です。
岡島氏:地球上であれ、宇宙空間であれ、ウェルビーイングという概念は、人間にとって非常に大事なものですよね。私たちは「科学を社会につなぎ 宇宙を文化圏にする」というミッションを掲げているのですが、「生存圏」や「経済圏」ではなく、あえて「文化圏」という言葉を使っているのも、やはり文化がないとウェルビーイングは成り立たないと考えているからです。
また、私たちがエンターテイメントを研究開発の触媒にしている背景にも、「宇宙にわくわくしてほしい」「宇宙を楽しんでほしい」という、ウェルビーイングにも通じる思いがあります。いまは「宇宙に行く」というと、生存のために必要な最低限の装置や装備で行くのが普通ですが、そこにもう少し余裕が出てきたら、新たな文化が生まれてくる。そうした、文化が生まれる宇宙開発をやっていけたらと思います。
—宇宙に関するビジネスや研究開発がさらに発展していくために、これからどのような課題を乗り越えていく必要があるのでしょうか。
岡島氏:人工流れ星のプロジェクトで非常に大変だったのが、人工衛星から地上に通信を行うための周波数帯の取得です。同じ周波数帯で通信を行うと通信が混線してしまうため、国際機関がそれぞれの人工衛星に固有の周波数を割り当てるのですが、今回は申請から取得までに1年以上かかりました。今は、複数の人工衛星を連携させて1つの機能やサービスを実現させる衛星コンステレーションなどの通信技術もありますが、周波数の国際調整が始まったのはそれより以前のことなので、技術の発展に仕組みが追いついていないのです。
ですので、今後別の通信手段が開発されたり、周波数の割り当てがスムーズに進むよう制度が整備されれば、宇宙業界はさらにスピーディーに発展していくだろうと思います。
岡田氏:制度の整備は重要ですよね。「空飛ぶタクシー」のように、宇宙までは行かなくとも、地上から離れて上空の空間を活用しようとする動きは今後ますます増えていくでしょう。このとき重要になってくるのが法整備ですが、こうした領域はやってみないとわからないことの方が多いのです。そのため、特区をつくるなどして技術検証のためのフィールドを用意することが重要だと思います。
また、複雑高度化する技術を単純化し、課題を乗り越えていくためには、たくさんの知恵を獲得する、すなわち仲間を集める必要があります。仲間が集まるような“共感”をいかにつくり出していくかということも、非常に重要なテーマになってくると思います。
岡島氏:そうですね。今ほど人々がつながりやすく、コラボレーションしやすい時代って、これまでなかったと思うんです。資本主義に対する考え方も、1つの企業がガサッと独占してしまうのではなく、多くの人がハッピーになれるような方法を模索しよう、という方向に変わりつつある。
そして、共創的なビジネスや研究開発に、宇宙領域は非常に相性がいいんです。国境がなく、みんなで同じ目標を持ちやすいからです。そうした意味では、非常に恵まれた時代にいるともいえますね。
—インターネット空間の民主化を行う、Web3の考え方にも通じるものがありそうですね。
岡島氏:まさに、私がやろうとしている大気データの話などは、Web3の領域とすごく相性がいいと思います。大気データだけでなく、地形や海流、生態系のデータなど、地球上のあらゆるデータを統合して、デジタルツインのようなものをWeb3上につくることができたら、面白いのかなと。
そうすれば、私たちの行動の選択が、地球の未来やサステナビリティにどのような影響を与えるのかをリアルタイムで可視化できるようになるはず。そうした形で行動変容を促せるようになると、すごくいいですよね。
岡田氏:実は私たちは「IOWN構想」という構想の中で、それに近いことを実現しようとしています。これは、2030年頃の実用化に向けてNTTが推進している、次世代コミュニケーション基盤の構想なのですが、その中で実世界とデジタル世界の掛け合わせによって未来予測などを実現する「デジタルツインコンピューティング」という技術の開発を進めています。
IOWN構想の特徴には「デジタルからナチュラルへ」という世界観がありまして、アナログな情報をアナログのまま、つまり人によって異なる感覚器官にもとづいた多様な情報をそのまま受け入れ、統合しようと考えています。そうしたデジタル化の中で削ぎ落とされてきた情報も含めて、さまざまな情報を獲得し、統合することで、宇宙開発も、社会のウェルビーイングも、新たなステージへと進むのではないでしょうか。
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Manufacturing for Well-being
モノづくりとニッポンのウェルビーイング