Food Innovation

2022.09.07(Wed)

スマート農業の最前線、ホクレン訓子府実証農場で生まれている新しいソリューションとは

#事例 #AI #Foodtech
農林水産省の発表によると、農業従事者の数は2013年の175万人に対して、2021年は130万人と大きく減少しています。また平均年齢も67.1歳から67.9歳とさらなる高齢化が進んでいます。こうした農業の担い手不足と高齢化を背景に、北海道のホクレン農業協同組合連合会は、NTTグループを含む7組織の産学官連携で、スマート農業実証プロジェクトを進めています。農業が直面する課題をデジタルでどのように解決し、どのような農業をつくりあげていこうと考えているのか。実証実験が行われているホクレン訓子府実証農場にて、ホクレン農業協同組合連合会とNTTコミュニケーションズの2社に話を聞きました。

目次


    日本の農業が直面している深刻な人手不足

    ―北海道は生乳をはじめ、小麦やジャガイモなどさまざまな農畜産物において全国生産量トップを誇る農業大国ですが、いま大きな課題に直面しているそうですね。

    武井宏紀氏(以下、武井氏):最も大きな課題は農業の担い手が不足していることです。特に酪農の人手不足は深刻です。酪農は北海道のなかでも人口の少ない地域で盛んなのですが、都市部に比べて人口減少が進んでおり、人材不足に頭を悩ませています。このままだと、労力がかさむ一方で所得は低減することになりかねません。その解決の鍵を握るのがテクノロジーだと考えています。

    武井宏紀|ホクレン農業協同組合連合会 農業総合研究所 営農支援センター 訓子府実証農場 場長

    戸田貴之(以下、戸田):農業の持続可能性を考えると、新規就農者を増やしていくことが必要ですが、農業はある種“匠の世界”です。過去の経験や実績、知見が必要なので、簡単に新規就農者を増やすことはやはり難しい。そこでICTを活用することで作業労力を軽減し、新規就農者の参入リスクも低減できるのではないかと思います。

    戸田貴之|NTTコミュニケーションズ 北海道支社 ソリューション営業部門 第三グループ 第一チーム 主査

    齋藤伸一(以下、齋藤):北海道において農業は大切な基幹産業ですし、日本全体で見ても北海道の農業に支えられている部分はとても大きいと思います。実際、北海道の農業シェアはここ数年上がり続けています。しかし、そういう状況にありながら、少子高齢化による担い手不足は一向に解消されていません。北海道の農業を持続的に成長させるためにもデジタル技術によるスマート化は必須だと考えています。

    齋藤伸一|NTTコミュニケーションズ 北海道支社 ソリューション営業部門 第二グループ 担当課長

    伴泰洋(以下、伴):こうした課題感を持ちつつ、私たちNTTグループは今回ホクレン農業協同組合連合会(以下、ホクレン)と共同で、訓子府実証農場において農業のスマート化に取り組んでいます。酪農畜産分野だけでも本当に多岐にわたる課題があり、それらを1つずつクリアしていくことで、大きな課題解決につながると考えています。

    伴泰洋|NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター テクノロジー部門

    畜産・農業のさらなる進化を実践する訓子府実証農場

    —農業スマート化の実証実験を進めている訓子府実証農場とはどのような農場なのでしょうか。

    武井氏:訓子府実証農場は家畜改良の牧場として1963年に設立されました。現在は研修施設なども併設し、北海道の生産者や農業支援のために使われています。

    訓子府実証農場

    —訓子府実証農場では現在どのような取り組みが進められているのでしょうか。

    武井氏:主要なものをいくつか紹介すると、まず搾乳ロボットの実証実験です。搾乳は酪農で最も大変な業務の1つで、毎日明け方と夕方の2回に長時間拘束されますし、中腰での作業のため腰や膝を悪くして廃業する生産者もいらっしゃいます。そういった作業をすべて無人で行うことができる搾乳ロボットが導入されれば、労力は大きく削減できますし、酪農をやりたいという新規就農者の方の心理的なハードルも低くなるでしょう。

    搾乳ロボットによる搾乳の様子

    畑作分野では、ドローンや衛星データ、リモートセンシングを活用して農薬や肥料を可変散布する取り組みも進めています。そのほかにも自動操舵トラクターや、牛の体温から分娩のタイミングを正確に検知しアラートで知らせてくれる「モバイル牛温恵」なども導入し、成果を検証しています。

    モバイル牛温恵は、体温センサーを膣内に挿入することで「分娩の約24時間前」「1次破水時」を検知しメールで知らせる
    自動操舵トラクターによって、非熟練者であっても熟練者と同等以上の精度でトラクターの直進作業が可能になる

    産学官連携で農業の課題解決を目指す

    —訓子府実証農場では現在、NTTグループを含む産学官連携でローカル5Gを用いたスマート農業実証プロジェクトが進められているとのことですが、このプロジェクトが発足した経緯を教えてください。

    武井氏:きっかけは訓子府町からの提案です。NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com。2022年7月にNTTドコモより事業移管)のほかに、国立大学法人宮崎大学(以下、宮崎大学)や北海道イシダ株式会社(以下、北海道イシダ)、きたみらい農業協同組合など産学官7つの組織が参加しています。

    齋藤:宮崎大学や北海道イシダは今回の実証に必要な技術をお持ちで、アカデミックと民間の立場でご協力をいただき、そこにNTTグループのICTを組み合わせました。

    —なるほど。ローカル5Gを使ったプロジェクトの内容を教えてください。

    武井氏:現在3つのテーマを軸に取り組んでいます。1つは、乳牛廃用の原因となる蹄病(ていびょう)の早期発見です。ローカル5G基地局を設置した牛舎に3Dカメラや4Kカメラを配置し、乳牛が正常に歩行できなくなる状態、跛行(はこう)をAIで画像解析・検知する仕組みを取り入れ、検知率80%を目指しています。

    齋藤:カメラだけで跛行を検知するという点が今回の肝で、宮崎大学にご協力いただきました。

    牛舎内に配置されたボックスには、ローカル5Gの通信端末が格納されている
    4Kカメラ

    武井氏:2つ目は、自由に動き回れるフリーストール牛舎で牛の識別や位置を確認する「個体識別・位置検索」です。これは北海道イシダの協力で実施しているプロジェクトです。複数のカメラとAIを活用し、個体識別を行い、乳牛の動線を追跡してスマートフォンなどで位置検索を行うソリューションで、個体の検索率60%を目標にしています。

    生産者にとって牛を探す作業は負荷もかかり、さらに牛の負担にもなるということで、カメラとAIを使って個体識別を行っています。

    牛舎天井に設置された個体識別用のカメラ

    武井氏:最後はスマートグラスを用いて畜産コンサルタントや獣医師が診療やアドバイスを行う「遠隔診療・指導」です。獣医師の人手不足も深刻化してきており、1軒1軒の農家の往来が長距離であることからも獣医師の負担になっている現状があります。そこで、生産者がスマートグラスを装着して業務を行い、牛の状態を遠隔にいる獣医師に送信することで、対面と同じような技術指導や相談環境を遠隔で構築することを目指しています。これらが実装できれば、間違いなく北海道の酪農畜産にとって役に立つと考え取り組んでいます。

    齋藤:スマートグラスはNTTドコモの技術を導入したもので、手ぶらで作業を行いながら牛の様子を送信し、遠隔指導を仰ぐという新しい試みです。

    スマートグラスを用いた遠隔診療・指導の様子

    (※)本実証は、農林水産省「スマート農業加速化実証プロジェクト(課題番号:5G3A2、課題名:ローカル5Gを活用したフリーストール牛舎での個体管理作業の効率化に係る実証)」(事業主体:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)の支援により実施しております。

    戸田氏:訓子府実証農場では、ローカル5Gを用いたプロジェクト以外にも、NTT Comの技術を使った実証実験として、LED付きの首輪を装着してフリーストール牛舎の牛を識別・発見する取り組みと、飼料タンクにセンサーと通信機を設置し残量を可視化して通知するソリューションの実験を行っています。

    武井氏:先ほどのカメラとAIによる個体識別は牛の肉体的な負担がないことが利点ですが、導入するにはコストがかかります。より安価かつ容易に実現できる施策として、LED付きの首輪を装着することで識別を検証しています。

    管理対象の個体の首輪についたLEDを赤く点灯させることで位置を把握

    飼料タンクの試みは、これまで視認によって行われてきた飼料の残量の確認・補充作業を、ICTによる残量の可視化によって、適切なタイミングで行い効率化するというものです。

    伴:これまでの補充作業は、飼料を運ぶ物流ドライバーが道内の生産者を回って残量を確認し、高さ5~6メートルの巨大タンクに登って餌を補充するというものでした。かなりの重労働であることと、ドライバーも少子高齢化で減少傾向にあるため、作業の負担軽減や効率化によってドライバーのハードルを下げることは急務なのです。

    センサーが導入された飼料タンクと、可視化のUIイメージ

    スマート農業の実装の先に見据えるもの

    —スマート化の実証を重ね、将来的にどのような農業のあり方を目指しているのか教えてください。

    武井氏:ホクレンは、生産者が抱えている課題を収集し、そこから実証実験を経て得られた結果をパッケージモデルとして地域に結び付け、普及につなげることを目指しています。訓子府実証農場で現在行われているプロジェクトの数々はその足がかりになるものです。

    ホクレンには「つくる人を幸せに、食べる人を笑顔に」というスローガンがあります。将来は訓子府実証農場の取り組みも起点に、生産から消費までを1つのバリューチェーンでつなげることで、全員が笑顔になる社会をつくっていきたいですね。

    齋藤:NTTグループだけでは提供できる技術に限界があるので、こうしてさまざまなパートナーの力を組み合わせてこそ、大きな変革を起こせると思います。今回の取り組みを通じ、農業と消費者が密につながる世の中をつくっていきたいと思います。

    戸田:農業DXを進めるなかで、作業の効率化だけでなく、新規就農者の支援も進むでしょうし、現場のデータが収集されていけば事前予測など可能性はさらに広がっていくでしょう。フードバリューチェーンにおけるプロセスが可視化されると、需要予測に基づく食品ロスの削減や、市場ニーズを反映した新しい農業も可能になるかもしれません。そのような未来の実現に向け、これからも協力していくことができたら嬉しいです。

    伴:日本の食料自給率が大きな問題となっていますが、これを高めるためにも北海道が担う役割は非常に大きいと思います。その北海道で、農業の現場が物流や消費者、そのほかの業界などさまざまなものとつながっていく新たな農業の実現に貢献していきたいと考えています。

    ホクレン訓子府実証農場で使われているNTTコミュニケーションズの技術を取り上げた記事はこちら

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