Food Innovation

2022.08.03(Wed)

メタバースが農業を救う? 3つの視点のクロッシング 後編

#共創 #イノベーション #Foodtech
食料自給率の低い日本は、いかにして農業人口の減少や耕作放棄地といった課題をクリアし、来たる食糧危機の時代を乗り越えていけるのでしょうか。その答えの鍵は、実はメタバースが握っているかもしれません。

一見、対極にありそうなこの2つの世界が融合することで、どんな可能性が開かれるのか?考えうる農業の未来を、企業DXのコンサルティングを通じてメタバースの可能性を探るOPEN HUBカタリストの藤元健太郎氏と、農業経営のスペシャリストである佐川友彦氏、さらにゲームクリエイターの視点から地方創生事業にも携わってきた蛭田健司氏の3人による鼎談を通じて考えます。

後編では、農業とメタバースの融合がどんな扉を開いていくのか?をテーマに、ユニークなアイデアが飛び交う議論が展開されました。

目次


    農業が初めて“開かれる”日

    ー農業にまつわる知識やノウハウのシェアに関しては、佐川さんが運営されている「阿部梨園」のウェブサイト上で膨大な量のテキストコンテンツが「知恵袋」のようにアップされていて、無料で閲覧できます。なぜこうしたコンテンツを公開しようと思ったのですか。

    佐川友彦氏(以下、佐川氏):ノウハウをストックすることは企業であれば当たり前にやることですが、農業の世界の、経営の実務ノウハウは業界として情報不足だったんですね。そこで、全国の農家さんのお役に立てればと、阿部梨園で実施した経営改善のノウハウをすべて無料公開しました。かなりの労力をかけてテキスト形式で公開しています。ただ、情報をオープン化してスキルをシェアしていくことが目的ですから、正直テキスト形式でのコンテンツ発信だけで十分とは思っておらず、動画や音声などもっとリッチで五感に訴えかけるコンテンツがあってもいいのではと考えています。

    今日の皆さんのお話を聞いていて思ったのは、メタバースの世界ではスキルのシェアそのものが生産者の新たな収入源になりえるのではないかということです。ノウハウをポータブルに商品化し、気軽にやりとりできるものにしていけば、情報を発信する側にとっても取りに行く側にとってもありがたい。

    右:佐川友彦|ファームサイド株式会社 代表取締役
    左:蛭田健司|株式会社AKALI代表取締役

    蛭田健司氏(蛭田氏):教育の観点で言うと、未経験者に農業を指南する「親方」の負担も、メタバースを使うことで軽減できるはずです。佐川さんがおっしゃられたように少子高齢化の影響もあり、今、若い人が農業に参入する上で師匠となる先輩生産者の数が圧倒的に少ないんです。しかし、メタバースなら1人のベテラン就農者が複数の若手の新規就農者に教えるということが可能です。

    また、そうした若手が地域のコミュニティに馴染めず孤立し、農業の経営を諦めてしまうというケースも現実にはあると聞きます。メタバース上で世代や立場、地域を超えたコミュニティがあれば従来のような徒弟制度に縛られず、また孤独に苛まれることなく若手の新規就農者も持続的に農業をやっていける。メタバース上のコミュニティは、情報をシェアする場であり、苦労も共有し合ってストレスを発散できる場にもなるはずです。

    佐川氏:農業は共同体の概念がとても強い文化なので、コミュニティなしでやっていくことはできません。であれば、コミュニティのあり方も変えていけばいいんだと思います。私は農家さんコミュニティのアドバイザーを複数務めているのですが、これからの日本の農業コミュニティの運営手法について、改めて議論してもいいのではないかと思っています。コミュニティ運営のノウハウも蓄積させてオープンに共有化していけば、各地のコミュニティで起きがちな揉め事や機能不全もその都度解決していける構造ができあがるはずなんです。

    そういった農業者さんが追求しているものや発信したいものをメタバース上で表現していくことで、これまでの生産者像には当てはまらない十人十色の自己実現ができるようになったらすばらしい。農業者さんが自分で行動して自分で答えを出していく。そんなふうに人を変える装置としてのメタバースならば、農業に革新をもたらしてくれると思います。

    藤元氏が関わるPLANTIOが運営する大手町ビル屋上のシェアリング農園「The Edible Park OTEMACHI by grow」にて撮影

    データの標準化で、推し活とコレクションが捗る?

    藤元健太郎氏(以下、藤元氏):オープン化とともに、データの標準化も重要になると思います。産地や生産者、品種といった情報を掛け算するだけでも生産物固有のIDができるわけです。データを標準化して、そこにIDにひも付くノウハウや事例などの情報に、農業者がアクセスできる環境を用意してあげるべきです。

    さらに、データの標準化がされていることでゲームへの応用の幅も大きく広がります。例えば、食べれば当然なくなってしまうものだった農作物をメタバース上でコレクションすることができる。「俺が食べた日本全国の梨コレクション」をメタバース上にディスプレイして、『あの生産者さんがあの年につくったあの品種だけまだ食べられてないんだよね』みたいな。ゲーミフィケーションにおいてコレクション機能は重要で、そのためにはIDが必要になります。ガチャで架空のアイテムを集めるより、レアな品種の農作物を集める、というエンターテインメントのほうが健全な気がしませんか?

    藤元健太郎| D4DR 代表取締役社長 OPEN HUBカタリスト

    佐川氏:面白いですね! そうなると、“推し”の生産者さんを見つけることにもバリューが生まれてきそうです。D2Cアプリ上で生産者さんが発信する世界だけじゃなくて、消費者側が自分の推し農業者をラインアップしたコンテンツを作って、そこからアフィリエイト的に生産者さんにもお金が入る、とか。

    藤元氏:農業者の「推し活」ですか。面白いですね。

    蛭田氏:今で言うスパチャ※のような応援の機能を備えれば、さらに盛り上がりそうです。
    ※ スパチャ:YouTubeのライブ配信における投げ銭機能

    佐川氏:農業者さんの個性にはそれだけの価値があると思うんですよ。先ほども言ったように、自分たちの農作物を発信したいという想いは、個性的な活動をされている方ほど強い。

    とあるVTuberをやっている農業者さんがいるんです。男性なんですが、女性キャラクターを使って自分の農作物を紹介したりしている。メタバースの時代が来れば、彼と同じような活動に気軽に乗り出す人はも増えるんじゃないかと想像します。

    蛭田氏:メタバースとリアルの空間が結びついていくと、アバターの価値や存在感も増していきます。そうなると、アバターに国内外からファンがついて、本人がいる街に行きたいだとか、この人が紹介している風景を実際に見たい、という聖地巡礼が生まれる。そういう、全員がVTuberみたいな存在の世界になったときに、農業は今では考えられないくらい大きなビジネスチャンスを開拓できるかもしれませんね。

    また、メタバース上ではNFTによってユーザーが得た物の唯一性が担保されるので、例えばゲームだったら、プレイヤーが持っているアイテムをコンテンツの垣根を越えてやりとりしたり交換したりすることが可能になるのではないかと思います。バラバラのコンテンツをつないでひとつの世界にできるのがメタバースなわけですが、そうなれば、農作物をほかのコンテンツで得たトークンで買うというようなシステムもあり得そうです。

    佐川氏:なるほど。そういうことが可能になると、例えばリアルと連携して、現地の農家さんに会いに行かないと手に入らないデジタルコンテンツがあったり、それをスタンプラリーみたいにして、集めていくとレアなアイテムが手に入ったり、というようなこともできそうですね。

    蛭田氏:まさに聖地巡礼ですね(笑)。観光コンテンツとしても優れたものになるかもしれません。

    まずは扉を開いて、「参加」しなくては

    ー農業とメタバース、そしてゲーム。一見すると突飛な組み合わせですが、大きな可能性を秘めていることが見えてきました。

    佐川氏:そうですね。農業者の方々はどうしてもテクノロジー的なものに距離感や苦手意識を持っている方が多いので、まずは彼らにメタバースというものを体験してもらうことから始めていかないといけないと思います。かくいう自分も、オキュラス※ でVRを体験してはじめて、メタバースの面白さや可能性を実感したので。
    ※ オキュラス:Metaの一部門であるFacebook Technologiesが開発したバーチャル・リアリティヘッドセット

    まずは農業界側のみなさんが心を開いてメタバースを体験してみるよう提案していきたいです。農業の現場だけでやっていたら100年経っても解決できないことは、メタバースのような新しい世界に期待してもいいのだと、今日の皆さんのお話を聞いて確信しました。農業の未来を不安に思うならなおのこと、さっさとこのメタバースという扉を開いちゃったほうがいいのかもしれませんね。

    蛭田氏:コミュニティを形成したり、ビジネスチャンスを拡大させたり、農業がメタバースに期待できることは限りなくあると思います。それを現実のものにするためには、メタバース空間を楽しくて人が集まる場所にしていかなくてはなりません。

    プラットフォームは整ってきているので、あとはそこに載せるコンテンツが重要になってくる。ゲーミフィケーションによってメタバースではありとあらゆるものがコンテンツになり得ます。日本は農業もゲームも、世界随一の人材と品質を持っているわけですから、それらの融合には高いポテンシャルがあると言えると思いますね。

    藤元氏:メタバースによって農業がどう変わるか。キーワードは「参加」だと思っています。現在は、農業は農家の人がやるものとされていますが、生産の担い手の数を増やし食料自給率を上げていくためにはその考え方を変えていく必要があると思います。プロとアマチュアの垣根は取っ払って、素人が気軽に、または気が付かないうちに農業に参加しているような構造に転換していく。「業」の字がつくと専門家の分野と思われてしまうので、私は「農的活動」と呼んでいますが、その農的活動を私たちの生活に融合させるためのツールがメタバースなんじゃないでしょうか。

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