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2022.03.11(Fri)

疾患の早期解決へ。医療DXが目指す、患者が参加しやすい「観察研究」のカタチ

#共創 #ヘルスケア
昨今、ライフスタイルの変化に合わせて、継続的な観察が必要とされる慢性疾患が増加しています。この問題を解決するためには、患者さんと長期的かつ、即時的な連携が欠かせません。いかにして困難な課題をクリアしていくのか。千葉大学医学部附属病院 消化器内科 小笠原定久先生と、千葉大学医学部附属病院次世代医療構想センターの吉村健佑氏、NTTコミュニケーションズの櫻井陽一による、消化器内科領域における、積極的な「患者参加型」を目指した研究が始まろうとしています。

目次


    目的は「観察研究のアップデート」

    ——今回は、小笠原先生が所属されている、消化器内科にフォーカスをあてて、今抱えている課題と研究内容について話をお伺いします。長期的に向き合わなければならない慢性疾患が増えている中で、研究の現場ではどのような課題を抱えているのでしょうか。

    小笠原氏:今、消化器内科のみならず、臨床現場での観察研究では大きく2つの課題があります。1つめは研究に対する、患者さんの同意取得の問題です。研究開始時に同意を得た後に、新たなデータを追加取得したいということがありますが、その場合でも、患者さんの次の来院を待ってから同意取得しないと次に進むことができないのです。特に受診間隔が3カ月や半年に1回と長い患者さんにおいては、同意取得のタイミングがだいぶ先になってしまうため、研究のリアルタイム性の欠如が課題です。

    2つめは患者さんからの情報提供です。従来の観察研究のデータは医療機関から提供される情報のみですが、日々の体調変化など、患者さんからの情報を継続的に得なければなりません。

    小笠原 定久|千葉大学医学部附属病院 消化器内科/臨床研究開発推進センター 特任講師
    2004年3月、千葉大学医学部を卒業後、初期研修を経て消化器内科医となる。2012年3月に千葉大学大学院医学研究院・博士課程を修了。以後、千葉大学医学部附属病院・ 消化器内科に所属しながら肝疾患を中心とした消化器疾患の診療および臨床研究を行っている。同院・臨床研究開発推進センターにも所属し、専門分野外の臨床研究の計画・立案・遂行にも携わっている。

    吉村氏:前者に関しては、日本の場合、対面診療が中心ということもあり、同意取得も対面での紙ベースが一般的です。しかし、現在オンライン診療や遠隔モニタリングなど、診療の在り方が変化しているので、同意取得の在り方も変化していく可能性があります。

    後者では、患者さん本人が報告する主観的な評価を、Patient Reported Outcome(PRO)と呼びます。これには、1回目の記事でもお話ししたように、医療の軸足が、急性心筋梗塞や脳卒中のような急性疾患から、生活習慣病や腰痛・関節痛、認知症のような慢性疾患に移ってきています。長期的な付き合いが必要となる慢性疾患においては、「社会生活に支障がないか」など、患者さんの主観的な満足度(PRO)のデータを取得することが重要になるというわけです。

    ——そうした課題がある中で、今回の共同研究は「炎症性腸疾患」を対象としたものですが、どういった背景で決められたのでしょうか。

    小笠原氏:現在、当科で観察研究のターゲットとしている炎症性腸疾患は日本で今、増加の一途をたどっている自己免疫性疾患です。これは働き盛りの、比較的若い世代を中心に増えている疾患であり、症状の増悪、寛解を繰り返します。完全に治癒する疾患ではないため、生涯にわたって上手に付き合っていく必要があります。

    我々は、数年前から炎症性腸疾患の観察研究に取り組んできました。その中で感じた2つの課題をクリアするために、NTT Comさんの技術を導入して、観察研究のフォーマットをアップデートしたいと考えています。

    今回の共同研究は、炎症性腸疾患という「疾患ありき」の研究ではありません。新たな技術を取り入れるのであれば、ITに馴染みのある若い患者さんを中心に、長期的な観察が必要となる今回の疾患が最適だろう、という発想です。

    吉村氏:「観察研究の在り方を変えたい」という新規性の高い研究ですよね。

    吉村 健佑|千葉大学医学部附属病院次世代医療構想センター センター長/特任教授、OPEN HUB カタリスト/アドバイザー
    千葉大学医学部卒、東京大学大学院・千葉大学大学院修了。精神科医・産業医を経て、厚生労働省に入省。医療情報に関連した政策と制度設計に関わる。2018年より千葉大学病院にて病院経営・医療政策の教育研究および、千葉県庁にて実務に携わる。専門は医療情報、医療政策、精神保健。

    「患者参加型」だから、患者さんの使いやすさが大切

    ——今回の共同研究では、具体的にどのようなことを検討する予定ですか?

    小笠原氏:同意取得プロセスを最適化し、追加の同意取得が必要な場合でも研究をスピーディーに進めることと、受診と受診の間のPROを取得することです。従来の観察研究では、受診時に医師からの質問に患者さんが答えるという一方通行な方法で情報を得ていましたが、共同研究ではスマートフォンを使って情報を入力していただくなど、双方向のやり取りを採用した、「患者参加型研究」の計画を立てています。

    ——患者さんは、体調などを毎日記録することになるのでしょうか?

    小笠原氏:最初から毎日データを記録するとなると、ハードルが高くて参加率が下がってしまいます。体調の入力も重要ですが、まずは今の診療に対する満足度を評価していただきたいと思っています。NTT Comさんの秘密計算技術を使えば、患者さんが入力した内容が担当する医師に伝わることがありませんので、診察室で医師に話しにくい本音のデータを聴取することも可能ではないかと思っています。

    ——今回の共同研究では、どのような場面でNTT Comの技術が使われるのでしょうか?

    櫻井:主に、「析秘」に代表される秘密計算技術と、PROのスマート化を実現する「SmartPRO」を使用します。秘密計算については前回もお話ししましたが、データのプライバシーを守りながら、統計解析やAI(人工知能)モデルの作成を可能にする技術です。今回の共同研究の場合、診療に対する患者さんの本音は、担当医師に直接見られることなくデータ分析を行うことが可能です。誰にどのデータを見せるのか、開示範囲は研究目的に応じて病院側・患者側、それぞれがコントロールできることも特徴の1つです。

    SmartPROは、単にPROを電子化するだけではなく、さまざまな機能が搭載されています。例えば、追加の同意を取得したい場合に、次回来院を待たなくても、同意を取得できる仕組みが必要になります。

    また、スマートフォンなら電子ドキュメントや動画を使った説明が可能なので、患者さんに研究への理解を深めてもらったうえで同意を取得できます。さらに、普段使っているスマートフォンの操作に近いUI/UXのデザインであることも重要です。一般的なWebサービスと同様に、2次元バーコードを読み取って登録し、メールなどで通知が届き、通知をタップすると多要素認証で本人確認、といったようなシステムです。

    ただ、分析するデータはオンラインから取得したものに絞るのではなく、診察室で得られるオフラインのデータをうまく融合させることも視野に入れて研究を進めていきたいと考えています。

    櫻井陽一|NTT Com スマートヘルスケア推進室カタリスト

    ——患者さんの使いやすさに重点を置いているように感じます。

    櫻井:NTT ComにはKOELというデザインチームがあります。開発の段階で、患者さんから求められるデザイン、患者さんが直感的に使えるデザインについてワークショップで何度も議論していますし、患者さんに寄り添えるPROシステムになるはずです。

    吉村氏:すでにデザインの試作を見せてもらっていますが、従来の医療分野のインターフェイスと違って、どう操作すればいいか直感的に分かりやすいんですよね。医療分野ではUI/UXがないがしろにされがちですが、研究開発の一環として重要だと思います。

    櫻井:もう一点、今回の共同研究で注力しているのは、単にインターフェイスなどの視覚的なデザインだけではなく、研究における業務そのもののデザインにも取り組んでいることです。研究のワークフローの検討や効率化、さらには患者さんに継続して観察研究に参加してもらえるような工夫まで、先生方と連携して進めていきます。こうした点でも、小笠原先生の目指す「観察研究のアップデート」に貢献できるといいですね。

    DXのチカラで、患者の声を社会に届けやすく

    ——今回の共同研究は、これから本格的に始まるのですね。

    櫻井:2022年度から始められるように、研究計画を立てて準備を進めている段階です。

    小笠原氏:現場で診療している多くの先生方や研究倫理の先生方とも議論を重ねてきました。現段階では、医療者側としてオペレーション可能なフォーマットになっていると思います。次の段階は、患者さんが使ってくれるかどうか。まずは、今の診療に対する意見を伺い、オンラインでの回答率を調べる予定です。その後、オンラインで追加の同意取得が必要な研究を立ち上げて、回答率を調べたいと思っています。

    吉村氏:大学でもあまり見られない、新しいタイプの研究です。こうした研究は「誰とやるか」がポイントになると思います。学内のさまざまな方々から需要をヒアリングし、NTT Comの技術を紹介した中で、SmartPROは消化器内科に一番マッチしたのですが、次世代医療構想センターとして、こうしたマッチングの仕事は引き続き担っていきたいですね。

    ——今回のような患者参加型の観察研究の仕組みが実装できたら、影響は大きいですか?

    吉村氏:大きいと思います。もともと日本は、諸外国に比べて外来診療の提供回数が多く、手厚く提供されています。それだけ外来で得られる情報が多いので、データとして記録するだけでも、臨床研究に活用できると思います。現状では、外来診療のデータといえばレセプト(診療報酬明細書)ぐらいですが、同意やPROを取得する仕組みが実装されれば、外来が研究の場としても機能し始め、さまざまな成果につながるのではないでしょうか。

    櫻井:検査値などのデータは医師が扱うべきでしょうが、患者さんの主観的な訴えは、SmartPROなどのシステムを使って患者さん自身が入力してくれれば、医師の手間が省けます。また、小笠原先生がおっしゃっていたような診療に対する満足度のデータは、現状どこにも存在していないはずです。こうしたデータが集まれば、今以上に患者さんに向き合った医療が提供できるかもしれません。

    小笠原氏:慢性疾患に関わる情報は、日常生活の詳細な内容を含み、医師にも言いにくいプライベートな領域です。こうした内容には、匿名性を確保できるツールを使ったほうが踏み込みやすいと思うので、社会の疾患理解につながるようなデータ収集にも取り組みたいですね。

    ——小笠原先生、NTT Comのような企業と共同研究を行うにあたって、企業に期待することはありますか?

    小笠原氏:企業に何かを期待するというよりも、企業と研究機関の双方がWin-Winとなるポイントを探して、見つかれば一緒に研究する、というスタンスが基本だと思っています。今回のNTT Comさんの技術も、「面白い、何か使えそう」と感じて、「我々の研究にどう落とし込んだら面白くなるか?」という視点で考えてきました。

    強いて言うなら、今回のように中期的な視点でサポートいただけると助かりますね。特に今回のような発展的研究の場合、研究の提案に対して短期的な成果ばかりを求められると、期待にそぐわない結果になってしまうと思います。もちろん短期でしっかり成果を出す研究も必要ですが、新しいことを生み出すために、少し研究を醸成させる時間的余裕のある研究もできるとありがたいです。

    櫻井:NTT Comとしても、数年間かけるプロジェクトだと考えています。我々の技術が臨床現場にフィットすることで、将来的に病態が解明されたり、患者さんにメリットが出るなら素晴らしいことですね。

    NTTコミュニケーションズ スマートヘルスケア推進室の取り組みはこちらから。