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vol. 01

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大学と企業がともにひらく、ヘルスケアDXの未来

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ヘルスケア領域におけるDXは、新型コロナウイルス感染症の流行によって重要性が認識された一方、遅れや課題も浮き彫りになりました。機微な医療情報が関わるこの領域で、どのようにDXに取り組んでいけばよいのでしょうか。千葉大学医学部附属病院次世代医療構想センター センター長/特任教授であり、カタリストとしてOPEN HUBにも携わる吉村健佑氏と、NTTコミュニケーションズのスマートヘルスケア推進室カタリスト 櫻井陽一が考える、ヘルスケア×DXの現状と課題とは。

ヘルスケア領域のDXが遅れている背景

——まずは、ヘルスケア領域におけるDXの現状についてお聞かせいただけますでしょうか。

吉村氏:新型コロナウイルス感染症の流行で、ヘルスケア領域でのDXの遅れが露呈しました。例えば、感染者の情報を把握するための「発生届」は、現場では主に紙ベースで運用されています。国が開発した電子システム「HER-SYS(ハーシス)」もあるのですが、初期版の使い勝手が悪く、結局改善後も紙とFAXによる運用が長く続いてしまいました。

吉村 健佑|千葉大学医学部附属病院次世代医療構想センター センター長/特任教授、OPEN HUB カタリスト/アドバイザー
千葉大学医学部卒、東京大学大学院・千葉大学大学院修了。精神科医・産業医を経て、厚生労働省に入省。医療情報に関連した政策と制度設計に関わる。2018年より千葉大学病院にて病院経営の教育研究および、千葉県庁にて医療政策に携わる。専門は医療情報、医療政策、精神保健。

櫻井:実際に医療の現場に入ることがありますが、データが紙に記録されたり、電子カルテのようなシステムに入力されたり、別のソフトで管理されたりと、ばらばらに管理されているケースもあります。残念ながらDXの一歩手前の状態だと感じます。

——DXの前に、まずは情報の電子化と連携を進める必要がありそうですね。

櫻井:医療分野では、患者の病歴など機微な個人情報を扱いますので、セキュリティや倫理面を考慮して、現場が新たなシステムの導入に慎重になってしまう部分もあると思います。

吉村氏:また、ヘルスケア領域は官庁や自治体などとの連携が不可欠ですが、こうした組織の業務も主に紙ベースです。そうなると、医療機関だけが頑張っても電子化は難しい。連携先の意識改革も必要なんです。

——このような現状で電子化やDXを進めるためには、何が必要でしょうか。

吉村氏:次世代医療構想センターで意識しているのは、5年後、10年後に実現していきたいことを連携先とともに考え、中長期的な視点でビジョンを設定することです。お互いが今日明日の短期的な利害ばかりを追求すると、ぶつかり合ってしまいます。しかし、もっと長い目で前向きに取り組める目標が見えてくれば、協働できるのではないでしょうか。

櫻井陽一|NTT Com スマートヘルスケア推進室カタリスト

機微な医療情報をいかに安全に活用するか

——医療情報の活用についても、現状をお聞かせください。先ほど、医療分野では機微な情報が扱われるという話がありましたが、そのような特性によって難しい部分もあるのでしょうか。

吉村氏:医療情報の活用について、国としては大きく3つの方針を打ち出しています。まず、「医療情報のデジタル化や標準化を進めること」、次に「医療機関同士をネットワーク接続して情報を共有すること」、そして「情報をビッグデータ化して活用することによってICT化を進め、患者さんへのサービスの質を向上すること」です。その第一歩となるのが電子カルテです。2017年(平成29年)時点で、400床以上の病院ではすでに85.4%で電子カルテが導入されています。

 出典:医療施設調査(厚生労働省)
(※1)一般病院とは、病院のうち、精神科病床のみを有する病院 及び結核病床のみを有する病院を除いたものをいう。
(※2)一般診療所とは、診療所のうち歯科医業のみを行う診療所を除いたものをいう。
(※3)平成23年は、宮城県の石巻医療圏、気仙沼医療圏及び福島県の全域を除いた数値である。
(※4)SS-MIXとは、厚生労働省電子的診療情報交換推進事業(Standardized Structured Medical Information eXchange)のことをいう。

櫻井:継続的に医療を提供していれば、おのずと電子カルテに情報が蓄積されます。このデータを活用できるとなれば素晴らしいことですが、先ほども申し上げた通り、医療情報は機微なものですので、秘匿性の観点からも、いかに安心できる環境で有効活用するかが課題になります。

吉村氏:医療情報の収集や活用は、以前よりもさらに重要になっています。医療の軸足が、心筋梗塞や脳卒中のような急性疾患から、腰痛や関節痛、あるいは認知症のような慢性疾患に移ってきているんですね。治療を受けて回復、短期間で退院していく急性疾患と異なり、慢性疾患は長期的に付き合っていくもの。医療情報を経時的に見ていかないと、治療効果の判定や経過の予測が難しいのです。

——今の時代の実情に合わせた治療を提供するためにも、情報の蓄積と活用は必須なのですね。

櫻井:しかし、もともとカルテは医療機関内で紙に記録し、保管しておけば済むものでしたから、「外部と連携・共有する」という発想でとらえられていないんです。実際の情報活用にはまだハードルがあります。

吉村氏:まず、いざ情報を活用しようとしても、電子カルテシステムの共通言語ともいえるマスターコードが十分には統一されていないので、ほかの医療機関とうまく連携が取れません。厚生労働省は、コードを統一して互換性を持たせることを提唱していますが、導入やメンテナンスのコストがネックに。また、コードが統一されたとしても、現場の医師が使う病名や症状名、治療法などの表現は統一されていませんし、今後も完全に標準化することは困難であると言えます。

櫻井:吉村先生のおっしゃるように課題は山積していますが、私は将来的にはネットワークを統一して、医療情報を共有して活用する世界に近づいていくと思っています。個人情報の取り扱いは、グローバルに見ても今後ますます厳しくなるでしょう。大学のような研究機関であれば、ユーザー認証や患者さんからの同意取得の仕組みも必要です。個人情報は厳格に守りたい、でも情報は活用したい――という中で、NTT Comが「Smart Data Platform for Healthcare」で提供しているような技術がお役に立てるかもしれません。

医療機関が保有する患者さんのデータを分析する際に必要となる「匿名加工サービス」や、予防・治療・ケアのさまざまなデータを暗号化された状態で分析できる「秘密計算サービス」など、ヘルスケア領域における課題を解決するためのプラットフォームの開発を進めています。

NTT Comが掲げる、“Smart Healthcare” を実現するアクティビティ

オンライン診療でも、患者との信頼関係がポイント

——ヘルスケア領域のDXというと、オンライン診療も挙げられるかと思います。コロナ禍でオンライン診療の対象が拡大されていますね。

吉村氏:2020年4月、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴って、オンライン診療に関する規制が特定的・時限的に緩和されています。初診からオンライン診療を受けることも可能になっていますが、これを恒久化するかどうかという議論が進められているところです。

櫻井:我々としては、情報通信業として医療に貢献できる部分が増えたと考えています。ただ、ITが不得意でオンライン診療に抵抗のある医師の方もいらっしゃるでしょう。我々もさらに理解を深めたいと思っています。

吉村氏:オンライン診療が普及するポイントは、「いかに患者さんに安心や信頼を提供するか」だと考えています。対面での診療では、問診を含む診察を進めると同時に、患者さんとの信頼関係もつくっていきます。オンラインでも信頼関係がきちんと構築できれば、オンライン診療も普及していくのではないでしょうか。

——技術的な観点で、オンライン診療における課題や注意点はあるのでしょうか。

吉村氏:今後、オンライン診療が発展していくと、より多くの情報を扱える方向に技術開発が進むのではないかと思います。ただ、必ずしも情報量が多ければいいとは言えないんです。

櫻井:大切なのは情報量の多さではなく、判断を裏付けるための情報が得られるかどうか、ということですね。

吉村氏:その通りです。医療情報には、患者さんの病名、保険情報、検査結果など、たくさんの項目がありますが、利用する場面により重要度や有用性に違いがあります。診断や治療などの場面ごとの判断にどの情報が必要なのかを明確化したうえで、ある程度可塑性のある仕様を考える必要があります。

診療の現場を助ける共同研究

——千葉大学医学部附属病院とNTT Comは、2020年から共同研究を開始しています。具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか。

吉村氏:NTT Comの秘密計算技術などを活用して、各診療科における課題を解決し、患者さんへのサービス向上につなげるための研究を行っています。

例えば感染症内科では、医師が適切に抗生物質(抗菌薬)処方を判断できるように、抗生物質が効かない薬剤耐性菌の発生をモニタリングする仕組みについて検討しています。また消化器内科では、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患の長期観察研究において、患者さんからの同意プロセスの効率化や、患者さんが主観的に評価するPatient Reported Outcome(患者情報アウトカム)の電子化を進めるための研究を行っています。そして脳神経内科では、症例数が少ない希少疾患のデータを収集、解析し、鑑別診断を支援するようなAIの開発に向けて研究を進めています。

——共同研究を実際に始めてみて、感触はいかがでしょうか。

吉村氏:学内の手ごたえ、評判が非常に良いです。現場の医師たちは非常に多忙ですから、自分たちでDXを進めるような余力はほとんどありません。NTT Comさんの力を借りられて、現場は非常に助かっていると思います。

櫻井:我々も現場に入って、各診療科の先生方と話をしていますが、現場で難しいと思われていることも、一緒に取り組めば改善できる部分があるのではないかと思います。そのためにも、相手の専門性に敬意を払いながらも、腹を割って話し合える関係性をつくることが大切ですね。相手の考えを深く理解できたり、自分たちの先入観に気づかされたりします。先生方にご意見をいただきながら、ともにブラッシュアップしていきたいですね。

吉村氏:大学は企業と異なり、すぐに利益の出るような成果を出せるわけではありませんが、積み重ねによって世の中を変えていくことができます。企業と大学が、お互いの強みを生かし、弱みを補い合いながら進められるという点で、共同研究は重要だと考えていますし、この共同研究プロジェクトにも期待しています。

——医療は昔と比べて大きく発展しました。それでも、健康に対する不安を抱えている人は大勢います。ヘルスケアにまつわる技術が発展することで、将来の健康に対する不安は解消されるものでしょうか。

吉村氏:すべての課題を解決することはできませんが、患者さんが抱える不安や生きづらさをサポートすることはできると思っています。ICTなどの技術は、そのために大いに役立つはずです。

櫻井:医療や技術の発展によって、病気や治療について分かることが増えました。今後は、例えばゲノムのような自分だけの情報や、ウェアラブルを使って日常的に取得された個人データなどをもとに、個人に合わせた選択肢が提示されることになるでしょう。ITの発展も、このような未来に貢献できるのではないかと思います。

今後は、感染症内科、消化器内科、脳神経内科、それぞれの先生をお呼びした3本の鼎談記事を公開予定。専門的な話も踏まえながら、ヘルスケアの未来を考えるシリーズを展開していきます。

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