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2024.04.20(Sat)
目次
――企業の生成AI活用は、いまどのような段階にあるのでしょうか。
パロアルトインサイト 石角友愛氏(以下、石角氏):いまはDXの流れから、AIでトランスフォーメーションを起こす「AX」へと向かう転換期にあると捉えています。すでにDXに取り組んできた企業は、AXへの移行がスムーズに進む基盤を持っているんですね。組織の体制、意識の醸成、評価や採用のあり方といったAXにも通じる要素が多角的に揃っているからです。逆にその蓄積がないと、AX特有の導入の壁にぶつかることになります。
――なるほど。DXとAXで、導入にあたっての課題はほぼ共通しているということでしょうか。
石角氏:異なる点もたくさんあります。DXのときの壁は、物理的で具体的でした。データベースが部門ごとに分散していて手が付けられない、レガシーシステムがあるからクラウド化しにくい。越えるべき障害物が実際にあり、その周りに組織の壁がそびえ立っていたわけです。
ところが生成AIは、今日、社員全員に「ログインしてAIエージェントを作ってみましょう」と言えば、その日のうちに作れてしまう。物理的な壁はありません。ないのですが、心理的な壁がDXのときよりずっと大きいのです。
壁は大きく2つあります。1つ目はセキュリティリスクへの不安です。どの情報なら出していいのかという線引きが分からず、分からないからとりあえず何も出したくない、と守りに入ってしまう。
そして2つ目が、自分の仕事が代替されるのではないかという不安です。ここ1、2年の進化の速度は、人間が理解できる速度を追い越している部分があります。今後どんなスキルセットが求められるのか、自分のキャリアはどうなるのか。その漠然とした不安が重なり、複合的な壁が一人ひとりの中にできています。
厄介なのは、生成AIには英語でいうプレイブック、つまり取扱説明書がまだないことです。「これをやればうまくいく」という定石がない中で、すべての企業が試行錯誤している。マネージャーは、社員一人ひとりの心理的な壁を理解しながら、それを越えていかなければならないのです。
――そうした心理的な壁を乗り越えて、企業がAIによって業務プロセスを変革するためには、どうするべきでしょうか。
石角氏:これからは、「業務の単位」そのものが変わります。属人的に「◯◯さんの仕事」とひとかたまりで回してきたものを、その目的や判断基準まで含めて分解し、業務全体を見直す必要があります。
ビジネスプロセス・リエンジニアリング(BPR)と呼ばれる領域です。これはDXでもAXでも同じです。無駄のあるプロセスをそのままAI化しても効率化は実現できません。無駄のあるAIができあがるだけです。まず業務の内容自体を無駄がない状態に整理したうえで、生成AIを導入する視点から業務をどうデザインし直すか。この両輪を同時に回す必要があります。

――実際には、どのような業務から着手するとよいのでしょうか。
石角氏:入り口は大きく2つあります。1つが、社内に閉じた業務です。パロアルトインサイトのご支援では、見積書の作成なども多いですね。見積もりは営業だけでなく経理など複数の部門が関わり、作成した書類を次の部門に渡さないと進まない。やり取りが社内で完結しているぶん、誤りがあってもその場で気づいて直せますし、止まっていた部門が動き出すという効果も目に見えます。
もう1つはカスタマーサポートです。2024年に公表された事例で言えば、KlarnaがOpenAIの技術を使ったサポートAIを導入したケースがあります。導入から1カ月で230万件の会話を担い、これは同社のカスタマーサービスのチャット全体の3分の2、フルタイムのオペレーター700人分に相当します。平均の解決時間も11分から2分未満へ短縮されたと公表されています。
カスタマーサポートは、顧客接点ではあるものの、AIとの親和性が非常に高い領域です。AIが応対すること自体をユーザーがすでに受け入れている。問い合わせの型もある程度決まっている。顧客接点の中では、例外的に進めやすい業務なのです。
逆に慎重になるべきなのは、顧客に向けて新しい情報を発信したり、意思決定そのものをAIに委ねたりする領域です。誤った情報を発信したときのリスクや、合理性を欠いた意思決定による損害が大きいためです。型の定まったサポートか、社内プロセスの自動化から入るほうが導入の壁は越えやすい。そこを通ることで、社員も経営層もAIに信頼を持てるようになります。
――社内に閉じた業務やカスタマーサポートを入り口にした後、AIネイティブカンパニーに向けた本格的な変革を遂げるためには、どのような視点が必要でしょうか。
石角氏:効率化の視点だけでは足りません。時間を計測して効率を測るのではなく、それぞれの業務が今後どうあるべきなのかを、AIを中心に据えて考える。私はこれを「AIビジネスデザイン」と呼んでいます。
そのために必要なことは、2つあります。1つ目はこの「AIビジネスデザイン」を担う人材です。そこにはAIで何ができるのかというテクニカルな理解とその技術を自社のどの業務に、どういう順番で当てていくのかというビジネスの理解の両方が必要です。技術がわかる人と業務がわかる人が別々にいるだけでは、この2つはつながりません。
そしてもう1つが、企業戦略としての位置づけです。私たちがよく使う「AIフライホイール」という言葉は、AIを中心に回る規模の経済、データの経済、学習の経済を指します。AIを使うほど自社に固有のデータが溜まり、データが溜まるほど精度が上がり、精度が上がるほど社員も顧客も使うようになる。
この輪は、最初に回し始めるときこそ時間がかかりますが、一度回り出すと止まりません。自社の中にどういう経済圏を形成したいのかというところまで考えられると、より本質的なAIネイティブカンパニーに近づけます。

――石角さんはシリコンバレーを拠点に活動されていますが、日本と米国でAX推進に違いはありますか?
石角氏:そこは明確に違います。米国はイノベーションを生む部署にAIを入れることが多いんです。新商品開発やカスタマーサクセスなど、ゼロイチの価値創造に近い領域ですね。一方、日本は効率化やコスト削減から入る傾向が強い。
ただ、効率化ならデジタライゼーションでもある程度できますし、コストを削れても会社が成長しなければ意味がありません。米国では、シリコンバレーのテック企業に限らず、銀行のような伝統的な企業まで、成長のドライバーになる場所にAIを持ち込むことを強く意識しています。日本が効率化に向かうのは、リスクが低く、短期的なROIが見えやすいからでしょう。効果が数字で示せるぶん、部署単位でも予算がつきやすい。
とはいえ、「米国型になろう」と言っても意味がないとも思っています。米国はジョブ型の採用で、日本はメンバーシップ型ですから、人材の流動性がそもそも違う。米国企業は大規模なレイオフができるからこそ、できることもあります。構造が違うのに、進め方だけを真似ても続きません。
そのうえで日本の課題は何かというと、2つに集約されると思います。トライアル・アンド・エラーの意識をどう醸成するか。そして、社内でAI人材をどう育てるか。この2つです。
――その意識醸成は、人事評価制度と切り離せません。減点方式が根強い日本企業では、AI活用も「失敗しない範囲」に留まりがちです。
石角氏:そこは大きいと思います。「AI戦略は人事戦略だ」と以前から申し上げているのですが、AIに限らず、企業がイノベーションを起こそうとするなら、人事評価のあり方を変えないといけません。
Netflixはよい例で、社員一人ひとりが大きな裁量を持ち、実験の結果が失敗でも、そこから得た学びに光を当てる文化があります。どんな実験をして結果がどうだったのかを書面にまとめ、全社に共有し、次にどう活かせるかを議論する。失敗に光が当たる組織なら、社員はどんどん試そうとします。
ただし、会社全体を一律にそうする必要はありません。サポートのようにオペレーション寄りの部門は、効率化をKPIの軸に据えて組織をつくるので構わないと思います。一方、価値を創造する部門については、どれだけリスクを取ったかも評価の対象にすべきではないか、というのが私の考えです。
経験すること、リスクを取って何かをやることは、AIにはできません。人間の価値は、リスクを取った結果として何を学び、何を得たかという経験値に、これからシフトしていくと思います。
――グローバルで見た場合、日本企業のAXにはどのような可能性がありますか。
石角氏:現場のオペレーションのデータは、AI開発企業が喉から手が出るほど欲しいと言われています。インターネット上に出ていない情報だからです。例えば、製造過程の定量的な情報も、匠と呼ばれる方々が持つ、これまで言語化されてこなかった定性的な情報もそうです。
いま、先端のAI開発企業にとって一次データの価値が非常に高まっています。インターネット上のデータはすでに学習し尽くしたと言われ、飽和状態に近づいている。これからのAIの成長を決めるのは、まだ学習されていない質の高いデータです。
だからこそOpenAIのような企業は、医師や弁護士のような専門家の協力を得て、専門的なデータを自らつくり、学習や評価に使っています。
競争がそちらへ移る中で、「日本企業が持っていて、AIの学習にとって実は価値が高い情報は何だろう」という視点は必ず役に立ちます。新しい商品開発やオペレーションのあり方といった成功事例は、実は米国でもまだ多くはありません。だからこそ日本発で生み出し、世界に見せていくリーディングカンパニーが生まれる余地があります。
これは製造業だけの話ではありません。サービス業の接客のように、現場の人しか持っていない情報は、AI開発企業が合成データで代替しようとしても代替しきれません。「あなたが持っている情報にはものすごい価値がある」ということは、強くお伝えしたいと思っています。
そのために越えるべきものが、最初にお話しした心理的な壁です。壁を越えた企業から順に、AI経済圏の中で自分たちの立場を再定義していく。そのチャンスは、いまあらゆる企業に開かれています。
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