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Future Talk

2026.01.21(Wed)

2025年は「医療データ活用」元年!?
現役医師が語る「医療データ活用」の現状と展望

2025年から本格始動する「電子カルテ情報共有サービス」。医療機関を超えて患者の医療データの連携が可能になり、医療の可能性が広まることが期待されています。

臨床の現場で生まれる医療データはどのように共有され、命を救う医療に活用されているのでしょうか。そして、本格的に創薬の研究開発などに医療データを活用するためには、どのような課題を乗り越える必要があるのでしょうか。

「医療データで命を救う。」をミッションに掲げるTXP Medicalの代表取締役医師 園生智弘氏に、医療データ活用の最前線についてお話を伺いました。

目次


    データのサイロ化により医療現場が抱える課題とは?

    ——園生さんは救急医として臨床現場に立たれていた経験から「医療データの分断」を解決するTXP Medicalを創業されています。まずは、現場で感じていた課題について詳しく教えていただけますか。

    園生氏:医療データの連携は、医療の現場にとって非常に大きな課題です。例えば、連休の初日に意識不明の患者が救急病院に運ばれてきたとします。

    付き添いの家族が患者さんの詳しい状況を把握していなかった場合、かかりつけのクリニックが開く平日まで、患者さんが何の薬を使っているかが分からず、適切な治療ができない、という事態が生じることもあります。

    特に私のいる救急外来の現場では、医療情報システムの根幹である電子カルテの設計思想と現場の運用に大きなギャップがあります。電子カルテは、そもそも診療報酬の算定、つまり医療費を正確に計算し請求することを主な目的として設計されています。そのため、システムの出発点は患者さんが来院し、保険証が確認される時点に設定されているのです。

    しかし、救急の現場は全く異なります。救急隊から「交通事故で重症の患者さんがいます」と電話連絡が入った瞬間、診療業務は始まりますが、その時点では患者の名前も年齢も、保険証を持っているかどうかも分からない場合もあります。一連の処置や手術が終わり、警察から身元が判明した連絡を受けて、ようやく電子カルテへの登録が可能になる、というケースも珍しくないのです。

    つまり、救急の現場では、電子カルテに情報が登録されるまでの「空白の時間」に、重要で緊急性の高い医療行為が集中しています。この間にどんな処置をしたのか、どんな薬を使ったのかといった貴重なデータが、構造化されたデータとして記録されず、紙のメモのような形で分断されてしまっているのが現状です。

    園生 智弘|TXP Medical株式会社 代表取締役医師
    東京大学医学部卒業。日本救急医学会救急科専門医、米国臨床研究許可証(ECFMG certificate)。医師として救急医療の仕事をしながら、救急医療現場の課題を自身でプログラムしたITツール「Next Stage ER」を元に、日本の「医療データの分断」を解決するため2017年8月起業。

    ——その「空白の時間」という課題を解決するために「NEXT Stage ER」を開発されたのですね。改めて、どのようなシステムなのか教えてください。

    園生氏:当社が開発した「Next Stage ER」は、大病院の救急外来に特化したシステムです。救急隊から連絡が入った瞬間やドクターヘリの要請があった瞬間から、患者の情報をシステムに登録します。名前や身元が分からない場合でも、「30代男性、交通外傷、血圧80/40」といった情報から記録を始め、現場での処置内容、使用した薬剤、バイタルサインの推移などを時系列で蓄積していきます。そして、最終的に身元が判明した段階で、電子カルテと連動して正式に患者情報を確定する仕組みです。

    このような柔軟な運用を可能にするため、電子カルテの患者IDとは別に、救急災害仕様の独自ID体系を持っています。患者発生の瞬間からスタートできるIDを持つシステムは、病院システムとしては非常にユニークなものです。これにより、救急現場で発生する貴重なデータを、構造化された形で、確実に記録できるようになりました。

    ——「Next Stage ER」を導入した医療機関からの反応はいかがですか。

    園生氏:現在全国約80の基幹病院に「Next Stage ER」が導入されています。その多くが地域の中核を担う大規模病院であり、導入病院からは「救急隊や患者さんからの電話連絡情報の整理がスムーズになった」「処置や診療の内容が時系列で整理され、引き継ぎやデータ検索、台帳作成などの業務が格段に楽になった」といった声をいただいています。

    また、当社では地域の自治体向けのアプリケーション NSER mobileも提供しており、救急隊と病院の間の情報伝達も大きく改善しました。従来は救急隊のシステムと病院の電子カルテが分断されていたため、電話で患者の情報を伝えていましたが、「NSERmobile」によって、救急隊が入力した患者情報やバイタルサインを病院側でリアルタイムに確認できるようになりました。

    2017年の創業時に描いた医療データ連携が、現実のものとなりつつあり、手応えを感じています。

    なぜ進まない? 日本の医療データ連携が遅れている理由

    ——TXP Medicalが取り組む救命救急の現場に限らず、複数の医療機関で患者の情報を共有することは医療の質の向上や効率化など、さまざまなメリットが想定されます。それにも関わらず、これまで日本で医療データ連携が進んでこなかったのは、なぜでしょうか。

    園生氏:日本で医療データ連携が遅れているのは、技術的な問題というよりは、ステークホルダーの多さやコストといった構造的な要因が大きいと思います。

    データ連携が進んでいる国の1つでよく引き合いに出るエストニアは、東京の足立区くらいの人口しかいません。その規模感であれば医療データ連携のシステムはつくりやすいでしょう。それに対して、1億2000万人の人口を抱える日本全体でシステムを作ろうとしたら、関係者間の調整が難しくなり、時間がかかるのは当然のことです。実際、億単位の人口を抱える国で、医療データ連携がうまくいっている事例は世界的にも希少だと認識しています。

    例えば、日本には電子カルテを導入していない医療機関が約2000あると言われます。「電子カルテを入れましょう」と言っても、1病院あたり数千万から数億円かかる話であり、各スタッフの業務慣れという観点でもハードルがあります。特に急性期病院の経営状況は厳しいものであり、さまざまな事情を抱える医療機関に対して国が一括で推進することも簡単ではありません。

    「電子カルテ情報共有サービス」で医療はどう変わるのか

    ——こうした状況のなか、厚生労働省が中心になって推進する「電子カルテ情報共有サービス」が2025年から本格始動します。このサービスは医療現場にどのような変化をもたらすのでしょうか。

    園生氏:このサービスは、これまで各医療機関に閉じていた最低限の医療情報を、機関を超えて共有できるようにする、という点で非常に大きな一歩です。

    患者の基本的な医療データを共有化し、医療機関間で相互に閲覧できるようにするのが「電子カルテ情報共有サービス」です。特に、救急時や災害時に患者の医療データを閲覧できることは、救急医療の現場がずっと希望してきた内容であり、非常に意義が大きいと思います。

    ただ、「電子カルテ情報共有サービス」で共有されるのは現時点では「3文書6情報」という一定限られた情報です。3文書とは、「健康診断結果報告書」「診断情報提供書」「退院時サマリー」、6情報は、「傷病名」「感染症」「薬剤アレルギー等」「その他アレルギー等」「検査」「処方」です。

    これらのデータは臨床の救急時や災害時の業務遂行には役立ちますが、創薬やクリニカルリサーチ(臨床研究)といった、より高度なデータ活用の視点で見ると、そもそも研究開発での利用を目的に設計された制度ではないため、活用はかなり厳しいと言えます。

    そのため、「電子カルテ情報共有サービス」の始動は、より包括的な医療データプラットフォームへ進化していくための第一歩、というのが私の所感です。

    今後は、臨床で必要な最低限の情報流通を確立したうえで、将来的にはクリニカルリサーチなどにも対応できる、より包括的な医療データプラットフォームへと進化させていく必要があります。

    ——2024年10月に、TXP Medical とNTTドコモビジネスとの資本業務提携を発表されました。より包括的なプラットフォームへの進化という点で、この提携にはどのような狙いがあるのでしょうか。

    園生氏:この提携における最大の狙いは、質の高い医療データを、創薬や新たな治療法の開発に安全に活用できるプラットフォームを共同で開発することです。

    質の高い医療データを適切に収集・構造化し、そのデータを創薬や新たな治療法の開発に役立てていくためには、各医療機関が持つデータを安全に共有・連携させなければなりません。しかし、医療機関にとって患者のデータはもっとも慎重に扱うべき情報であり、外部にデータを預託することには大きな心理的抵抗があります。

    その壁を乗り越える鍵となるのが、NTTドコモビジネスの「秘密計算技術」です。データを暗号化したまま計算処理を行う技術で、万が一データが漏洩しても、それ単体では意味を持たない形で処理されます。NTTドコモビジネスが持つこの技術的な堅牢性が医療機関の不安を解消し、データ提供のハードルを大幅に下げてくれると期待しています。

    当社の医療現場における知見やデータ基盤と、NTTドコモビジネスが持つ社会的な信頼性と先進技術を掛け合わせることで、医療機関が安心してデータを預け、製薬企業や研究者はそのデータを活用して研究開発を加速できる環境の構築を目指していきます。

    医療DXの先にある「パーソナライズド医療」の実現を目指して

    ——今後、医療データ連携において、どのようなことが課題になるとお考えでしょうか。

    園生氏:単に医療データをつなげば便利になるという単純な話ではありません。大事なのは、データの背景を理解することです。特に重要になるのが、最初にデータを誰がどのように入力したかという「ファーストワンマイル」で、ビッグデータになるほどこれを理解することは重要です。

    例えば、全国の入院包括データ(DPCデータ)には入退院時の日常生活動作(ADL)の情報が含まれていますが、診療報酬に関係しない疾患では「未測定」として記録されていたり、事務スタッフが曖昧なまま記録したりすることもあります。つまり、現場でどのようにデータが入力されたのかという実態を知らなければ、誤った結論を導いてしまう危険性があるのです。

    また、医療現場のデータには「記録バイアス」の問題もあります。カルテに心雑音の記載がない場合、「聴診をしていないのか」「聴診した結果、異常がなかったのか」を判断することは不可能です。研究開発においては、この違いが決定的に重要になります。

    データの背景を適切に理解するために、当社では製薬企業とのプロジェクトでも必ず該当領域の専門医を参画させています。単にデータ分析ではなく、「その所見は通常記載されないから、記載がないことを陰性所見と解釈してはいけない」といった臨床現場の実態を踏まえた助言を提供するようにしています。

    ——それらの壁を乗り越えた先に、医療データ活用で医療はどのように変わっていくのでしょうか。

    園生氏:私たちが目指すのは、単なる業務効率化の先にある、医療の質の根本的な変革です。その先にあるのが、パーソナライズド医療の実現だと考えています。

    例えば、同じ喘息の患者でも、ある薬が劇的に効く人とそうでない人がいます。現在の医療データでは、その違いを完全には説明できません。そこには、生活習慣やまだ解明されていないゲノム情報などが複雑に関わっているはずです。しかし、質の高い臨床データとゲノム情報などを組み合わせることで、将来的には「あなたの遺伝子型なら9割の確率で効く」といった、一人ひとりに最適化された治療を提供できるようにかもしれません。

    また、健康保険事業を運営する保険者による医療の質向上にもつながります。保険者は、加入者の健康を維持・増進させることが利益に直結するため、医療の質向上に対して強いインセンティブを持つステークホルダーです。質の高い医療データが蓄積されれば、どのようなサポートをすれば健康増進と医療費削減の両立につながるかが明確になり、保険者主導で医療の最適化が進む可能性があります。

    2017年にTXP Medicalを創業したときには「妄想」と言われていた医療情報連携が、今ようやく国の仕組みとして動き出しています。医療データの活用は本当に奥が深い。だからこそ、現場を理解している人間が正しくデータを扱い、信頼できるパートナーと一緒に進めていくことが重要です。医療現場から生まれたイノベーションが、これから日本の医療を変えていくと信じています。

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