Future Talk

2024.12.04(Wed)

サンゴ礁エコシステム解明を劇的に進化させる「水中ドローン」
海の生物多様性を守る挑戦

#サステナブル #地方創生
サステナビリティ推進は企業にとって大きなテーマです。2024年10月21日から11月1日に開催された生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)では、世界各国から13,000人以上が参加し、2022年に採択された世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の実現に向けたモニタリングやレビューの仕組みなどが議論されました。一方で、日本の海域における生物多様性保全の取り組みは必ずしも進んでいないのが現状です。そんな中、NTT コミュニケーションズ(以下、NTT Com)は、沖縄の大学と連携し環境DNAを活用したサンゴ調査での水中ドローン活用を支援。将来的なブルーカーボン*認定の期待があるサンゴ礁のエコシステム解明に取り組むとともに、慶良間地区において座間味村や環境省などと産学官連携で、楽しみながら参加できる子ども向けの環境教育を実現しています。

生物多様性の保全・回復に企業がどう関わり、その成果をどう社会に還元していけるのか。ホヤやサンゴのゲノム解析で多くの研究成果を持つ沖縄科学技術大学院大学(以下、OIST)の佐藤矩行教授をお迎えし、NTT Com サステナビリティ推進室長の田畑好崇ほかプロジェクトに関わるメンバーとともに考えます。

* ブルーカーボン:藻場(海草・海藻)や塩性湿地・干潟、マングローブ林など、沿岸・海洋生態系が光合成によりCO₂を取り込み、海底や深海に蓄積される炭素のこと

目次


    海中深くのサンゴが調査できない 研究に立ちはだかった壁

    ――NTT ドコモグループは、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として保全することを目標とする「30by30アライアンス」に参画しています。2022年にNTTドコモグループの法人事業会社として新たなスタートを切ったNTT Comでは、サステナビリティの推進にどのように取り組んでいますか?

    サステナビリティ推進室長 田畑好崇(以下、田畑):NTT ComではNTTグループのサステナビリティ憲章を指針として、「社会」「環境」「人材」「ガバナンス」という4つの重点領域それぞれに、2から4つの重点活動項目を設定して取り組みを進めています。

    環境に関しては、脱炭素社会と循環型社会の推進を重点活動項目としており、生物多様性の取り組みは、「生物多様性や生態系、森林保全の推進」「水資源の適切な管理」という2つを柱としています。

    NTT Comは2022年にNTTドコモグループの法人事業会社として新たなスタートを切りました。それを機に、NTTドコモがICTを活用した生物多様性保全への取り組みの一環として行っていたサンゴの生態調査への協力を継承しています。企業のESGの取り組みには、「リスクの管理・低減」と「機会の創出・拡大」という両側面がありますが、本調査への協力は、その両面において意義があるものだと考えています。

    田畑 好崇|NTT Com ヒューマンリソース部 サステナビリティ推進室長
    2018年7月にNTT Com 支店長に就任した後、2022年より、九州支社 第一ソリューション&マーケティング営業部門長を務める。その間、沖縄地域のさまざまな企業や公共機関の皆様と共に、沖縄地域の社会課題の解決や地域発展につながるビジネス創出に尽力。2024年7月より現職

    ――水中ドローンによるサンゴの調査に取り組むことになった経緯を教えてください。

    NTT Com九州支社 永濱晋一郎(以下、永濱):私の所属する九州支社では沖縄地区の地域創生に向けて産学官連携の取り組みを進めています。その中で、観光地として有名な慶良間諸島国立公園もある座間味村のサンゴの調査をしようという話が出ていました。一方、私は、水中ドローンを使った牡蠣養殖やマグロ養殖場の点検プロジェクトを知り、サンゴ調査にも水中ドローンを活用できるだろうと考えました。その活用方法を座間味村の宮里哲村長や座間味地域のオセアナポートヴィレッジホテルの瀬長博康社長に提案をしたのが始まりです。

    村長や地域企業から「産学官で進められたら面白いね」という反応をいただき、学術的なサンゴの生態調査と水中ドローンの組み合わせを検討していた時にたどり着いたのが、佐藤教授の研究でした。

    佐藤矩行教授(以下、佐藤教授):私が所属するOISTには、ゲノム解析のシークエンサー(DNA解析装置)が揃っており、研究チームを立ち上げた2011年に、世界で初めてサンゴのゲノム解読に成功しました。こうしたゲノムの知識を活用して環境DNAという方法でサンゴの生態を解析できないかと考えました。海水にはサンゴが出す粘液が含まれているため、海水の表面から1リットルの水を採取し、そこに含まれるサンゴのゲノム塩基配列を解析することで、海水を取得した場所の海底にどんなサンゴが生息しているかが分かるのです。

    しかし、この方法が使えるのは水深15メートル程度に生息するサンゴまで。ダイバーが潜れる深さにも限界があるため、水深が深い場所のサンゴの実態はほとんど調査できずにいました。この課題をどう乗り越えようかと研究チームで話していた時に、ちょうど永濱さんからお電話をいただいたのです。

    佐藤矩行教授|沖縄科学技術大学院大学学園 マリンゲノミックスユニット
    1945年新潟県生まれ。弘前大学卒、新潟大学大学院修士課程修了、東京大学大学院博士課程中退。京都大学理学部動物学教室助手から助教授、教授を歴任。京都大学名誉教授。日本を代表する生物学研究の第一人者で、ホヤ、サンゴなどのゲノム研究で世界的に知られる。
    2006年紫綬褒章、2010年米国発生生物学会「エドウィン・グラント・コンクリン・メダル」、2018年瑞宝中綬章

    流れの速い海底で水中ドローンを正確にコントロールする随一の技術

    ――水深15メートル以上のところに生息するサンゴの分析を、水中ドローンでどのように実現したのでしょうか?

    永濱:水深20から30メートル、最も深いところでは100メートル程度まで水中ドローンを潜らせて、水中で500ミリリットルの水を2つ採取します。それを佐藤教授が研究室に持ち帰って、シーケンサーを用いてDNA解析を行います。

    NTT Com 5G&IoTサービス部 岡田修宏(以下、岡田):水中ドローンの製造メーカーと連携し、機体の改良にも取り組みました。環境DNA分析は、同じ場所で採取した水を使ってゲノム解析を複数回行い、データの信頼性を担保する必要があります。そのため、ゲノム解析を最低2回はできるように水1リットルを採取する必要がありますが、既製品の水中ドローンは500ミリリットルまでしか採取できません。そこで、製造メーカーに要望を伝え、サンゴの近くで水を1リットル採取できるように改良してもらいました。

    岡田 修宏|NTT Com 5G&IoTサービス部 IoTサービス部門
    1993年NTTドコモ入社。留守番電話やSMSなどのサービス開発導入やコアネットワーク設備構築全般の業務に従事、その後、法人領域のSIプロジェクトマネジャーとして全国各地のシステムを構築する中で最新ドローン技術とネットワーク技術の親和性を感じ、特に水中ドローン技術を活用した先進事例の創出に取り組んでいる。

    佐藤教授:研究側の視点で少し補足しますと、沖縄の海は潮の流れがとても速いのです。流れの速い海中で水中ドローンを操縦し、狙った場所で位置を固定してサンプル(水)を採取するのは、相当高い操作技術が求められます。

    ――海中で水を採取する難しさは、どんなところにありますか?

    岡田:空中ドローンは機体を目視しながら操縦することも可能ですが、水中ドローンの場合は目視ができず、さらにGPSも使えないため、スマホやタブレットなどのモニターを見ながら操縦しなければなりません。水中ドローンが今どこにいるのかは、経験と勘が頼り。私たちは、水中ドローンの協会独自資格を取得しており、あらゆる機種をさまざまな現場で運用してきた経験がありますので、場所に応じたオプション機能を最適にセットアップし調査に臨んでいます。

    サンゴ調査の様子(左写真)、調査で使用している水中ドローン(右写真)

    佐藤教授:調査を重ねるごとに環境DNAの採取方法の改良を重ね、今ではほぼ完璧な手法が確立できたと思っています。この過程で、NTT Comも水中ドローンの機体や操作技術に改良を重ねてくれました。いいデータを求めて「ドローンをもう少し右側に寄せて」などリクエストをするのですが、うまく操縦してくれるので本当に感謝しています。NTT Comメンバーのコンビネーションと技術は、世界トップだと思っています。調査では、水深100メートルのところに群がるサンゴも見つかりました。

    サンゴの生態を全体像として捉えたい

    ――水中ドローンを用いた調査で、佐藤教授も驚くような新たな事実などは分かってきているのでしょうか?

    佐藤教授:はい、来年には皆さんを驚かせるような発表ができる予定です。少し先出してお話しすると、サンゴのゲノム解析を始めた当初、沖縄に生息するサンゴは約40種類ほどだと考えられていました。しかし、日本全体では85属のサンゴがいると言われています。そこで、全国のサンゴ研究者からサンゴを送ってもらい、日本に生息するほぼすべて(83属)のサンゴDNAデータベースを作成し、環境DNA分析で得られたデータと照合しました。

    すると、沖縄に生息するサンゴの種類は約40種類ではなく60種類以上いることが分かってきました。つまり、これまでの認識よりはるかに多様性に富んだサンゴの生態系が沖縄の海に広がっているということです。

    ――佐藤教授は、水中ドローンを使ってサンゴの生態を研究していく先に、どのようなことを目指しているのでしょうか?

    佐藤教授:サンゴは水深によって生息する種類が変わってきます。光合成が必要な藻類(褐虫藻)と共生するハードコーラル(造礁サンゴ)は浅いところを中心に生息していますし、深いところにはソフトコーラルというグループが多く生息しています。ただ、ソフトコーラルは浅いところにも生息するなど、くわしい生態の解明には、さらなる研究が必要です。

    例えば、沖縄県恩納村の海域では水深2メートルから40メートルまでサンゴが群生していますが、生息面積や種類、どのような種類のサンゴがグループを形成して面的に広がっているのか、そのつながりを解明し、サンゴの生態の全体像を捉えたいと思っています。

    そしていずれは、サンゴに集まってくる魚類や甲殻類を含めたエコシステムのモデルを導き、サンゴが生物多様性に与える影響や、炭素吸収源としての価値がどれくらいあるのかを数値で示したいですね。

    社会貢献を続けるためにも、より多くのパートナーとの協力が必要

    ――NTT Comは佐藤教授との共同研究の他に、どのような活動をしているのですか?また、活動の目的についてもお聞かせください。

    永濱:座間味村は観光地ですが、地元の子どもたちは自分たちの住む地域の良さや価値に触れる機会は少ない状況です。そこで、まずは地元の子どもたちに環境のすばらしさ、海のきれいさを理解してもらうため、子ども向けの環境学習を始めています。

    ただ、環境学習には難しいイメージがあるようで、約200名の中高生などに行ったアンケートでは「面白くない」という回答が多くなっていました。

    そこで、2024年3月5日、サンゴの日に佐藤教授にも協力してもらい、約30名の小学生に対し刷新したプログラムで環境学習を実施したのです。環境DNAを含んだ水をすくってもらいサンゴの種類を調べるプログラムや、サンゴの苗づくり、水中ドローンの操作などを体験した子どもたちから「とても楽しかった」という反応をもらい、これこそ、子どもたちが地元に誇りを持つきっかけになるのではないかという小さな手応えを感じています。

    こうした活動を続けていくには、地域の企業や学校、自治体を巻き込み、持続可能な活動にしていくことが必要ですので、今、模索しているところです。

    永濱 晋一郎|NTT Com九州支社
    2001年、NTTドコモ九州入社。2020年以降、沖縄地区の地域創生に向けた産学官の取り組み・デジタル化などを推進している。「サンゴ礁の保全活動」では、沖縄県座間味村など自治体、有識者、地元の人々と連携しながら、水中ドローンを活用した実証実験を成功に収めた。なお、佐藤教授とともに共同研究者として2022年より調査・研修に取り組み、ESG経営およびネイチャーポジティブに向けて活動を推進している。

    田畑:企業がサステナビリティに取り組む上での「リスクと機会」という大きなフレームで考えると、このサンゴ研究プロジェクトによりサンゴの生態やエコシステムが解明されれば、ブルーカーボンとしての価値が見えてくる可能性もある。つまり、企業や社会にとっての機会につながります。

    機会をつかむまでには時間がかかりますから、できるだけ多くのステークホルダーと協力体制を築いていくことが重要になっていきます。

    佐藤教授:研究者目線での話になってしまいますが、NTT Comとこの2〜3年で進めてきた共同研究の成果はとても大きく、膨大なデータを論文として報告できていないことに悩んでしまうほど、順調にデータが集まっています。こうした成果を公表していけば、世界からも注目を集め、サンゴ礁のエコシステム解明に向けた非常に大きな流れになっていくのではないかと思っています。

    例えば、調査で得た膨大なデータをオープンデータとして公表することで、さらなる研究の広がりが期待できます。私たちの研究の現状では、サンゴのブルーカーボンとしての可能性を語ることはできませんが、海水中のCO2を計測できる技術などを用いて研究を進めれば、さまざまなことが明らかになっていくでしょう。このように、いろんな技術を持つ企業と研究者が連携することは、研究を進める上でも非常に有効です。こうした活動を引き続き進めていきたいと考えています。

    座間味村の海

    永濱:私たちとしても、佐藤教授の研究と連携・協力していくことはもちろん、NTT Comが得意とするテクノロジー活用だけではなく、NTTグループの研究技術なども活用して地域課題やネイチャーポジティブに向けた課題へのサポートを続けていきます。活動を通じて、NTT Comを少しでも面白い会社と思ってくれる方が広がってくれたらうれしいです。

    この記事の評価をお聞かせください
    低評価 高評価
    必須項目です。
    この記事の感想があればお聞かせください