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Co-Create the Future
2023.08.30(Wed)
目次
—通信インフラとしての海底ケーブルとは、どのようなものなのでしょうか。
伊倉徹氏(以下、伊倉氏):海底ケーブルとは、海底に敷設された光ファイバーケーブルのことで、インターネット通信や国際電話、映像中継に使用されています。
基本的な仕組みは陸上で使われているケーブルと同じですが、国際通信の99%以上を海底ケーブルが担っており、現代における主力の通信インフラになっています。
また、日本は島国なので、北海道や離島との通信網にも海底ケーブルが使われています。
私が所属するNTTドコモインフラデザイン部では、陸上の基地局と海底ケーブルによる通信網をどのように全国に張り巡らせ、強靭な通信インフラを構築するかというグランドデザインの計画を行っています。
—敷設や運用面では、陸上と海中でどのような違いがあるのでしょうか。
伊倉氏:まず、海の中には波がありますので、波の影響を考慮する必要があります。また、沿岸部では岩礁を避け、漁業をされている方が下ろす碇や網に引っかからないようにするなど、陸上のケーブルとは異なる観点の障害に気をつけて構築する必要があります。
佐藤吉雄氏(以下、佐藤氏):私たち NTTリミテッド・ジャパンでは、国際通信の企画や構築を行っていますが、国際海底ケーブルの場合、敷設するケーブルが長距離であることも1つの特徴です。たとえば日米間の場合、海底ケーブルが約10000kmの長さになるので、70〜80kmおきに中継機を入れ、超長距離伝送を実現できるような仕組みを取り入れています。
距離が長くなるとその分工事期間も長くなりますが、地域によっては悪天候で工事ができない時期があるため、そうした時期も考慮しながら建設計画を練っていく必要があります。
加えて国際海底ケーブルの場合は、相手国側の規制の影響を受けることになります。特にアジアの国ですと、建設の途中で突然規制が変わることもあります。そうした規制の変化に合わせて柔軟にやり方を変えていかなければならない点は、国際海底ケーブルの難しいところだと感じますね。
小森強氏(以下、小森氏):私たちNTTワールドエンジニアリングマリンでは、実際に海底ケーブルの敷設や保守運用を行っているのですが、海底ケーブルは基本的に“切れる前提”で運用します。
ですので、海底ケーブルを正確かつ安全に設置するのはもちろんのこと、ケーブルが切れたときにいかに早く直せるか、という点が非常に重要なのです。
——ケーブルが切れた際には、どのように対応するのでしょうか。また、いち早く復旧するための工夫とはどのようなものでしょうか。
小森氏:ケーブル保管庫から予備のケーブルを出して船に積み、ケーブルの切れた地点に向かい、故障したケーブルを海底から引き揚げて故障個所を取り除き、新しいケーブルを繋ぐという流れです。
ケーブルを引き揚げる際には、船からアンカーを下ろしてケーブルに引っ掛け、船を動かして引っ張ります。
このとき、一般的には一度ケーブルを切断した後、再度アンカーを引っ掛けて引き揚げる方法がとられますが、弊社では「カット&ホールドグラプネル」という独自に開発したアンカーを使っておりケーブルの切断と引き揚げを同時に行っています。このアンカーには異なる方向に4つのツメがついており、いずれかのツメで確実にケーブルを回収することができます。
深い場所ですと、ケーブルを一度引き揚げるだけで丸一日かかってしまうこともあるため、確実にケーブルを捉え、1ドライブで切断・引き揚げを行うことで、作業時間の短縮が実現できています。
—東日本大震災の際、海底ケーブルにはどのような被害があったのでしょうか。
佐藤氏:台風や自然災害で海底ケーブルが故障すること自体は、そこまで珍しいことではありません。通常は、ある程度ケーブルが切れても大丈夫なように、複数の経路を確保するのですが、東日本大震災がそれまでの災害と大きく違ったのは、特定のエリアで海底ケーブルがごっそりと持っていかれてしまい、一度に大量のケーブルが切れたことです。
過去最大規模の通信障害が起き、通信インフラにおける災害対策の重要性を改めて痛感しました。
—震災後は、どのような災害対策が進められてきたのでしょうか。
小森氏:弊社では、災害復旧時の支援業務も担う最新のケーブル敷設船「きずな」を2017年に就航しました。
「きずな」には、正確な航行とケーブル敷設を実現するための最先端システムや無人潜水ロボットに加えて、大型クレーン2基が搭載されており、移動電源車や基地局車、救援物資を積み込んだコンテナなどを積み込んで、被災地における電力供給や通信の早期復旧、物資搬送を支援できるようになっています。
また、会議室や医務室、宿泊施設といった船内設備を利用し、臨時の災害対策本部として使うこともできます。3.11のときに得られた教訓をふまえて、さまざまな災害復旧支援に対応できるような設備を揃えています。
伊倉氏:弊社では、災害時にはケーブルは切れる可能性があるという前提のもと、複数のルートを確保するようなインフラ網の構築を計画しています。基本的には、3ルート以上の確保を目指していまして、たとえば北海道と本州を結ぶ海底ケーブルは、これまで2本しかなかったのですが、現在3本目を建設しているところです。
あとは、沿岸部ではケーブルを地下に埋設して波の影響を受けないようにしたり、漁業者が碇を下ろすような区域では必ず防護加工を施したり、なるべくケーブルが傷つかないようにするという取り組みも、3.11をふまえてより意識して行うようになりましたね。
—今後、さらなる災害対策強化をはかるために、どのようなことに取り組んでいきたいですか。
伊倉氏:3つ以上のルートを確保するようなグランドデザインの検討を引き続き進めていくのですが、敷設や修理の作業はワールドエンジニアリングマリンにお願いすることになりますし、国際関連ではNTTリミテッド・ジャパンと連携することになります。ですので、グループ間の連携強化を1つの重要なミッションと捉え、シナジーを発揮して、より災害に強い通信インフラ網を構築していければと思います。
佐藤氏:国際海底ケーブルについては、ケーブルを定期的に点検し、故障しそうな箇所が見つかったら事前に修理する、といった予防保全の取り組みを、積極的に進めていきたいと考えています。
これまで、コンソーシアムのような形態のプロジェクトでは、各社の意思統一が図りきれず、予防保全的な取り組みはあまりできていなかったのですが、最近はNTTグループ主導で進められるような仕組みが整ってきました。国内の予防保全に関しては実績がありますので、得られたノウハウをグローバルにも展開していきたいと思います。
小森氏:ケーブルが故障して修理の要請があったときに、いちはやく駆けつけることが基本ではありますので、出動体制の整備は引き続き進めて参ります。また、故障を未然に防ぐため浅瀬のケーブル点検はダイバーが目視で確認していますが、水中ドローンなどの新たなテクノロジーの導入も積極的に検討しているところです。
また、海には海上保安庁や漁業者などさまざまな関係者がいますので、日頃から私たちの取り組みをご理解いただくことも重要だと思っています。先日も、各メディアの方に「きずな」の船内を見ていただきましたが、そうした多くの方に知っていただくための広報活動にも引き続き力を入れていきたいですね。
—海底における通信インフラと対になるのが、空=宇宙の通信インフラです。宇宙空間からの災害時における通信インフラ復旧の手段として、成層圏から超広域のエリアをカバーする高高度プラットフォーム(HAPS: High Altitude Platform Station)が注目を集めています。HAPSを用いた通信サービスである宇宙RAN事業をはじめ、宇宙における大容量通信・コンピューティング基盤を構築する宇宙データセンタ事業など、宇宙領域における通信インフラ構築のために新たに設立されたSpace Compassとは、どのような会社なのでしょうか。
箕輪祐馬氏(以下、箕輪氏):Space Compassは、NTTとスカパーJSATが合同で2022年に設立した会社でして、NTTの光通信・コンピューティング技術とスカパーJSATが長年培ってきた衛星運用の技術を掛け合わせ、宇宙統合コンピューティング・ネットワークという新たな通信インフラの構築を目指しています。
宇宙統合コンピューティング・ネットワークとはつまり、地上と空、宇宙空間を統合するネットワークです。これを実現するための第一歩として、静止軌道上にコンピューティング機能を搭載した衛星を打ち上げ、高速・大容量の通信が可能な光データリレーで結ぶ「宇宙データセンタ」事業と、成層圏に展開する高高度プラットフォーム(HAPS)を使った新たな通信サービス「宇宙RAN」事業という2つの事業を構築し、地上の5G /6Gネットワークと繋ぎます。それぞれ2024年度、2025年度の運用開始を目指しているところです。
—1つ目の宇宙データセンタ事業とは、具体的にどのようなサービスなのでしょうか。
箕輪氏:宇宙データセンタ事業は、宇宙空間上で計算処理や光通信技術を活用した大容量通信基盤サービスのことで、まずは観測衛星事業者をメインのターゲットにしています。
昨今、地球観測衛星から取得した観測画像データはニュース等でも見かけるようになり注目を浴びていると思うのですが、観測衛星には90分~120分程度で周回する低軌道衛星※1が用いられることが多いです。低軌道衛星からの観測データは、取得したデータを地上に下ろす際に課題があります。衛星が周回するために、地上の受信局にたどり着くまで時間がかかること、さらに、目的の受信局にたどり着いたとしても、受信局との通信が継続できるのは10分程度の限られた時間しかないため、貴重な観測データをほしい人に届けるために時間がかかったり、データ量が限られてしまったりします。
そこで、静止軌道上に光通信による中継衛星を置くことで、観測衛星から送られてきた大容量データを準リアルタイムで地上に下ろすことが可能になります。地球の自転と同期する静止軌道衛星※2は、 地上の受信局から見て常に同じ場所に見えますので、24時間捕足可能です。また1基で地球の1/3の範囲をカバーすることができますので、衛星を3基打ち上げることで、地球上の全エリアに対応する予定です。
※1 低軌道衛星(LEO: Low Earth Orbit):静止軌道よりも地表に近い距離(400~2,000km程度)を周回する人工衛星。
※2 静止軌道衛星(GEO: Geostationary Earth Orbit):赤道上空の高度約3万6,000kmの軌道を地球の自転周期と同じ周期で公転している人工衛星。地上からは静止しているように見える。高度が高いため3基の衛星で極地域を除く地球全体をカバーすることが可能。
—宇宙データセンタに搭載されるコンピューティング技術は、どのような用途で使われるのでしょうか。
箕輪氏:観測衛星から得られたデータの圧縮、分析、保管などを有機的にAI処理することにより効率的なデータ伝送ができるようになることが考えられます。一例として、中継衛星から各社の観測衛星に指示を出し、取得した多種多様なデータを衛星上のAIで統合処理することで、海上における船や魚群などの物体検知、陸上における交通渋滞の検知、空中における飛行物体の検知など、さまざまな領域におけるリアルタイム、高精度な物体検知への活用が想定されています。
災害対応の観点では、土砂崩れなどの災害を検知し、被害状況をリアルタイムで知らせるという運用ができるのではないかと考えています。もちろん、地上にもそうした災害用の検知センサはありますが、全世界を網羅的に、かつ瞬時に対応できる点は、光データ中継衛星の強みであり、地上のセンサのデータと融合させることで、より正確かつ俊敏な対応が可能になるのではないかと思います。
—次に、宇宙RAN事業において鍵となるHAPS(High Altitude Platform Station)とは、どのようなものなのでしょうか。
箕輪氏:HAPSは、これまでの衛星より低高度となる地上から18-25km上空の成層圏の中間域を飛ぶ無人航空機型の通信プラットフォームです。通信基地局としての利用に加えて、リモートセンシングの機能(遠方にある対象物を触らずに計測する技術)を搭載することで、地上の画像データを取得できます。
動力は翼部についたソーラーパネルで、環境に優しいプラットフォームとしても注目されています。Space Compassが活用する機体は、過去に最長64日間の飛行記録がありますが、この記録は将来的には伸びていく予定で、数ヶ月ごとに機体を入れ替えながら、継続的なサービスを行っていくイメージです。
世界でもまだ商用化された事例はなく、弊社では2025年の世界初の実用化に向けて、実証実験を進めているところです。
—従来の通信衛星や地上の基地局に比べて、HAPSを使った通信には、どのようなメリットがあるのでしょうか。
川田悟氏(以下、川田氏):最大の特徴は、ユーザーが普段使用しているスマホと空中からダイレクトに通信できる点にあります。従来の静止衛星や低軌道衛星による通信場合、ユーザーはパラボラアンテナ等のアンテナを介して通信する必要がありました。
一方HAPSでは、まさに“空飛ぶ基地局”として、スマホとダイレクトに通信することができます。そのため、直径約100km圏内のエリアであれば、山岳地域や海上、空中など、従来の通信インフラではカバーできなかったエリアの通信をカバーすることができ、通信エリアを大幅に拡大することができます。
特に最近は、ドローンや空飛ぶ車など、空中のデバイスに注目が集まっていますが、地上の基地局から空中に向けて通信をするのは難しいため、HAPSの活用が期待されています。
災害対応の観点でも、HAPSによる通信には利点があります。これまで、災害によって通信設備が被害を受けた際には、車載基地局などを被災地まで持っていく必要がありました。しかも、それで復旧できるのはせいぜい数km圏内のエリアであり、完全な復旧にはかなりの手間と時間がかかります。一方、HAPSであれば、1機飛ばすだけで、約100km圏内の通信を復旧することができます。さらに非常に短いリードタイムでこの無人航空機型の通信プラットフォームを現地に飛ばすことができるので、安全かつ迅速に災害復旧を進めることが可能になります。
また、基地局や通信衛星の場合、軌道上で運用開始後から15年間程度は同じ仕様で使い続けることが一般的ですが、HAPSは打ち上げたものを数ヶ月スパンで戻すことができるため、柔軟に機能をアップデートしながら使うことができる、というメリットもあります。
—HAPSによるリモートセンシングサービスについては、従来の観測衛星によるリモートセンシングと、どのような違いがあるのでしょうか。
川田氏:観測衛星は地球を周回しているため、一箇所のエリアのデータを絶え間なく取得することはできません。
一方、HAPSは特定エリアの上空を旋回しながら留まるため、定点観測のようなデータ収集が可能になります。また、衛星より地上に近い分、高画質な撮影データの取得が可能になります。
—HAPSで取得したデータには、どのような活用が見込まれているのでしょうか。
坂本貴之氏(以下、坂本氏):まだ構想段階ではありますが、HAPSによる空からのデータと地上のセンサで取得したデータを組み合わせることで、特定エリアの監視・予測を行う「屋外広域監視サービス」を提供できるのではないかと考えています。
想定しているユーザーは、災害対策力を強化したい地方自治体やある程度広範囲に渡る地域にインフラを持っている企業です。例えば、まずはHAPSで「鳥の目」的に広域を監視し、次に地上センサで「虫の目」的に詳細情報を得ることで、災害箇所や異常と思われる箇所を早期に発見し、災害や故障の復旧、予防保全に役立てられるのではないかと思います。
—最後に、通信インフラの災害対策強化に向けて、これから取り組みたいことを教えてください。
坂本氏:私たちNTT Comは、HAPS、衛星、IoT等で得られたデータを集約して解析し、お客様にご提供する立場にありますので、まずはお客様のニーズを明らかにし、システムやサービスをつくり込んでいくことで、HAPSの発展に貢献していきたいですね。
箕輪氏:HAPSはまだまだ新しい技術なので、まずは「使える」ということをきちんと立証する必要があると思っています。まずはカバレッジエリアの拡張という部分から、ステップバイステップで、災害対策も含めたHAPSの価値、そして宇宙RAN事業と宇宙データセンタ事業を柱にして構築する宇宙統合コンピューティング・ネットワークという構想の意義を社会に訴求していきたいと思います。
川田氏:災害対策は、数ある社会課題の中でも、人の生命に関わるという点で、非常に重要な課題だと思っていますので、そのためにHAPSが活用できたら非常に嬉しいです。
ただ、そのためにはHAPSを事業として軌道に乗せる必要があります。まずは2025年の商用化に向けて邁進し、ゆくゆくは災害対策にも活用していければと思っています。
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