Coming Lifestyle

2023.08.23(Wed)

Web3時代を豊かにする“イネーブラー”とは?
スポーツビジネス先進事例にみる「みんなで勝つ」未来

#CX/顧客体験 #イノベーション #スマートライフ
Web3の投機的な盛り上がりが一段落し、分散型インターネットの実現という本来の文脈におけるWeb3の姿が輪郭を現しつつあります。具体的な事例として注目したいのが、スポーツ市場におけるWeb3技術の活用です。積極的な導入事例の多い国外だけでなく、日本国内でも新たな組織運営のスタイルが登場してきています。なぜスポーツ市場でWeb3技術の導入が目立つのでしょうか。

今回は世界的なリサーチファーム、Stylusのチーフ・コンサルタントも務めるHenge CEOの廣田周作氏と、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)のエバンジェリストである林雅之に話を聞きました。

目次


    スポーツ×Web3の可能性とは

    ――なぜ、スポーツ市場においてWeb3が注目されているのでしょうか?

    廣田周作氏(以下、廣田氏):スポーツとWeb3に注目するのは、ビジネスモデルが大きく変わる変節点にあるからです。これまでのスポーツビジネスの基本は、「注目」をお金に変えること――つまり「アテンションエコノミー」にありました。観客にとって「見る」ことが商品だったのです。例えば、観戦するときのチケットや放映権、広告などで収益を得ていたわけです。

    一方で、ファンが「試合展開や結果を予想する」「チームの意思決定に関与する」「議論する」といった、「見る」以外のカルチャー全体にもチャンスがあるとわかってきました。ここにWeb3などを含めた新しいテクノロジーが使われてきています。

    廣田周作|株式会社Henge CEO
    ブランドリサーチャーとして、ブランドやサービスの新規事例をリサーチし、ブランド戦略立案やイノベーション・プロジェクトに携わる。イギリスに拠点を置くアドバイザリーファームであるStylusのチーフ・コンサルタントも兼任。2021年に著作『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』を刊行した

    象徴的な事例が「ファンタジースポーツ」です。ファンタジースポーツというのは昔からあるファンカルチャーのひとつで、1980年代には普及していました。例えば野球好きの人が、お茶の間の監督として「今日のバッテリーがどうで、今日の打線は良い・悪い」みたいに評価して楽しむことってありますよね。それをベッティングとしてビジネスにしたのが、ファンタジースポーツです。アメリカのスポーツバーなどでは、試合が始まる前に理想のナインを紙に書いておいて、試合でその選手が活躍すると自分にポイントが入ってくる、という仕組みがすでにできていました。

    これが今、インターネット上でできるようになってきています。例えばサッカーの世界最高峰リーグのひとつであるイギリスの「プレミアリーグ」や、アメリカのプロバスケットボールリーグ「NBA」など、欧米のスポーツ協会や団体が、オンラインでファンタジースポーツを楽しめる場を整えてきています。

    プレミアリーグの公式ページには、TOPに「Fantasy」タブが。試合ごとに選手のスタッツ(さまざまな観点から計測した詳細なプレー成績)や人気度合いなどのデータが更新され、そのデータをもとに経営者や監督目線で理想のチームを構成する。全世界で1,100万人以上の利用者がいるといわれている(引用:Premier League)

    ファンタジースポーツにWeb3が絡んでくると、トークンを持っていることで、ファンタジースポーツに参加したときに還元が入ってくるところがちょっと新しい。もしかするとこの「還元」というのは、お金もうけだけの話に聞こえちゃうかもしれません。しかし、重要なのはむしろ「ファンカルチャーをどう盛り上げるか」という部分。

    例えば、フランス発のブロックチェーンゲーム「Sorare(ソラーレ)」は、スポーツ選手のカードをNFT化して購入できるようにしており、プレミアリーグやNBAとも提携しています。

    スポーツにはビジネスとカルチャーの両側面があるので、ここでもし「お金を持っている人だけが強い選手のカードを全部買ってさらにもうける」みたいな話になっていくと、ファンが望んでいることとはズレてしまう。Web3はニュートラルな技術ですので、「誰のために使うか」という思想が今まさに問われているのでしょう。

    Web3を活用する事業者も、当初は投機性が高くて怪しいところも多かったのですが、昨今は良い意味でダウンヒル(下り坂)=幻滅期に入っています。怪しげな会社が徐々に淘汰されてきたことで、ようやくまっとうな議論ができる状態に変わりつつあります。

    林雅之(以下、林):NTTドコモグループとしても、2022年11月に、Web3に対して5,000億円から6,000億円の投資をするとアナウンスし、2023年7月にはWeb3を推進する新会社「NTT Digital」の設立を発表しました。私自身、ここ1年間くらいはWeb3のことをずっと追いかけています。

    林雅之|NTTコミュニケーションズ エバンジェリスト
    クラウドやデータ活用などのマーケティング、および未来のテクノロジーのリサーチなどを担当。国際大学GLOCOM客員研究員。クラウドサービスにまつわる著書を手がけるほか、Web3とビジネスをテーマにした記事も多数執筆している

    ファンタジースポーツは先進的な事例ですよね。日本ではベッティングの規制や課税などの問題があるのでまだ実現できていませんが、政府が立ち上げた研究会による重点計画にもWeb3が入ってきましたし、政府の後押しが本格化したら、こうしたWeb3関連のビジネスも盛り上がってくるのではと期待できますよね。

    Web3時代のキーワードは“コンポーザビリティー”

    ――国内スポーツ市場におけるWeb3技術の活用には、どのような可能性が開けているのでしょうか。

    :スポーツはこれから“データビジネス”として発展していく可能性が大きいと感じています。例えば「試合」というのは、再現されることのない唯一のシーンの連続で構成されたコンテンツです。名場面のNFT化などによってもさらにファンを増やしていける。

    これまでのスポーツビジネスは、運営側からファンへ一方通行的に情報が提供される構造をしていましたが、これからはファンと一緒につくり上げる構造に変わっていくでしょう。

    例えば、プロサッカーチーム「アビスパ福岡」を筆頭に、Web3技術を活用したプラットフォームを使って、ファンコミュニティーに注力しているチームがいくつも出てきています。チームが発行するトークンを購入することでDAO(分散型自立組織)の一員となり、ファンが経営者視点でチームの意思決定に関われる。新しいトレンドですね。

    また、野球のシーンの写真をNFTのトレーディングカードにできるようなプラットフォームも充実してきました。面白いのは、ファンの人が撮った写真もコンテンツ化できる「コンシューマージェネレイティブ」な設計のサービスが出てきている点です。具体的には「NFT SCENES」などが例に挙げられます。

    球団やファンが写真や動画を撮って、NFT化してアップロードして、配分を還元していく。カルチャーとしても盛り上がって、ファンも増えていく――。こういったモデルが、国内のスポーツ分野でも形づくられ始めていますね。

    アビスパ福岡の掲げるトークンエコノミー。トークンを購入することでチームのDAOに参加、プロジェクトに貢献することでさらにトークンがもらえるだけでなく、チームはその事業利益の一部をBuyback(自社トークン買い)にあてることで、トークンの価値向上を企図している(引用:AVISPA DAO)

    廣田氏:これは「コンポーザビリティー」という概念にも関係してくるところですよね。Web 2.0では、外部のサービスをつなぐためにAPI(アプリケーションプログラミングインターフェース)を使います。お互いに窓口をつくって連携できる状態にするわけですが、それぞれのサービスがどんな中身をしているのかは公開されません。一方で、Web3は透明性が高く、サービスを構成する要素がすべて公開されており、お互いにどれだけ貢献しあったかもわかるので、プログラムを提供した人に価値がちゃんと還元されます。こうした構成可能性がコンポーザビリティーです。

    これは例えば、「作品の二次創作をどこまで許すか」といった創作にまつわる問題などにも直結してくるでしょう。Web3上であれば、著作権の所有側が二次創作の許諾や還元などを設定できるので、フェアな二次創作を促進できます。

    こうしたカルチャーにせよ、ソフトウェアやサービスにせよ、ファンが関与する余地があり、さらにアイデアを足せて、その分の還元もされる状態、これがコンポーザビリティーの高い状態です。

    カルチャーへの理解なくして成功は困難

    ――スポーツとWeb3テクノロジーの親和性においても、ファンの担う役割の変化がポイントだったということですね。

    廣田氏:そうです。ただここで重要なのは、「ファン」と「ファンダム(※熱狂的なファン集団やそこで生まれる文化を意味する語)」という概念を分けて認識しておいた方がいい、ということです。

    「ファン」はチームのことを好きな人で、「ファンダム」はチームのために活動したいと思う集団。Web3の文脈では、この「ファンダム」にどうコミットしていくかが重要です。Web3のテクノロジーというのは、こうしたコミュニティー(ファンダム)をちゃんと可視化できて、彼らのクリエイティブに対して還元できる。

    例えば、ブロックチェーン技術を活用した「FCF(ファンコントロールドフットボール)」というアメリカのアメフトプロリーグには、なんと「監督」がいません。スタメンや戦術を、ファンが投票して決めていける。このくらいラジカルな例も出てきました。あとは音楽業界とかもWeb3と親和性が高いですね。データが軽いですし、クリエイティブを足せる余地も多い。

    FCFの公式HP。試合に出場する選手たちはファンによるドラフトで選出され、さらに戦い方もリアルタイム投票によって決まっていく(引用:FCF)
    廣田氏がキャップを着用していたNBAのチーム、ロサンゼルス・クリッパーズも、ファンダムに向けて先進的なサービスを提供することで知られているチーム。オンライン放送の多言語対応、試合データの公開など、さまざまなファンがディープに応援を楽しめる環境を整備している

    翻ってみると、Web2.0の象徴ともいえるSNSに対してよくある批判は、SNSのユーザーが運営会社にとってプロダクトでしかない、ということでした。つまり、写真や文章を一生懸命アップロードする行為は、運営会社に広告収入を与えるために“働いている”状態であると。これがWeb3の概念になると、写真を投稿した人にしっかり還元されるようになる。今後は、ファンから搾取するんじゃなくて、カルチャーを理解してファンを豊かにしてあげようという方向性を打ち出せる事業者が強くなると思います。

    :カルチャーへの理解がとても重要である一方で、それをビジネスとして成り立たせるためのポイントはどのあたりにあるとお考えでしょうか?

    廣田氏:気になっているのは、事業者がスポーツをビジネスの観点だけで見てしまって、今どの選手がイケてるのか、どの場面のプレーがアツかったのか、といったことすら語れないようなケースが非常に多いことです。ビジネスでもファン視点のインサイト、つまり「人々の心が動く瞬間」を理解しないと、どこにお金をかけるべきかも判断できないですよね。ビジネスとの両立もそこから考えていけると思います。

    目指すべきはプラットフォーマーではなく“イネーブラー”

    ――マーケターとして活動されている廣田氏は、NTT ComのWeb3事業進出をどのようにとらえていますか?

    廣田氏:Web3ビジネスの目的として、分散型インターネットの実現をビジョンとすることなのか、それとも投資で成功することなのか。そこが重要になってくるのではないでしょうか。

    そもそもWeb3というのは、利害関係者がみな平等に扱われるような「分散」を良しとする思想ですが、例えば大手のベンチャーキャピタルに資本が集中したら、それは結局、中央集権的な構造になってしまいます。

    例えば、NTT ComがWeb3事業に投資して、その事業で自社だけがもうかったとします。これは投資としては「成功」かもしれませんが、事業の周辺にいるファンダムが豊かになっているのかどうか。事業の原動力ともなるカルチャーが長く楽しまれる環境を整えることは、Web3事業の持続的な成功にも欠かせないものになると思います。

    :持続型の分散システムを目指すというのは、どこか「パーパス経営」に近いところがありますね。事業の周りにいる人で、みんなでハッピーを目指す。賛同できる人たちが集まって、そういう世界が築き上げられていく――。

    廣田氏:スポーツでいうと、マイナースポーツなどは、これまで運営が難しいとされていました。しかし、今後は数千人くらいの規模のコミュニティーがあれば、選手がプロとして最低限食っていくのには困らなくなるかもしれませんよね。

    また、ストリーミングで発信しようとしたときに、これまでカメラマンはボランティアだったかもしれない。でもWeb3の仕組みがうまく回れば、そのボランティアだった人にもトークンを通じて継続的に還元されるようになる。巨大な人気のカルチャーだけで成立する話ではなくて、多様性を担保するという視点でも、可能性がありますよね。

    :NTTドコモグループ、そしてNTT Comとしては、まず「Web3を安全・安心に使ってもらえるように整える」ということに注力しなくてはいけません。現状のブロックチェーンやNFTに対して、抱かれてしまっている「怖さ」やセキュリティリスクを払拭していく。誰にでも使いやすくわかりやすいUI・UXを整備する。そういったプラットフォームへの工夫が求められていると認識しています。

    その上で、事業者として“ひとり勝ち”にならず、ユーザーやステークホルダーに受け入れられていく仕組みや、地方創生につながっていくような仕組みを考えなくてはなりません。

    廣田氏:そうした思いは、6,000億円という投資規模からもうかがえます。きっと民主的に議論されてからの意思決定だったのだろうな、と。日本はわりと遅れているといわれがちですけれど、しっかり考え抜かれて推進されているこのプロジェクトがどういう形に出来上がっていくのか楽しみです。NTT Comが多様性を担保する側になっていくことを期待したいですね。

    :私たちもそこを意識して、「プラットフォーマー」ではなく、新しい世界をユーザーと共創していくという意味で「イネーブラー(Enabler=可能にする存在)」という表現を意識的に使っています。分散型なのにプラットフォーマーって、矛盾していますからね。まだ具体的に語れることは多くありませんが、将来的にはWeb3のテクノロジーを、お年寄りから若い人まで、普段の暮らしの中で普通に使ってもらえるような世界観を理想として描いています。

    廣田氏:イネーブラー、とても素敵な言葉ですね。事業者自身が熱狂的なファンの視点に立てる領域で、インサイト(=ファンダムの心理)を把握して展開していけば、分散型インターネット実現への貢献と事業性の両立もできるのでは、と思います。

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