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2023.06.28(Wed)

アクセシブルな“学び”の場「MIG」はなぜ生まれた?
VR空間で発揮されるマガジンハウスのコンテンツ力

#共創 #事例 #メタバース
2023年4月、NTTコノキューがリリースしたVR空間「360Media」上に、マガジンハウスの学校「Magazine house Institute of Good life」(以下、「MIG」)がオープンしました。マガジンハウスならではのリッチなコンテンツと、建築家の谷尻誠氏の設計によるユニークなバーチャル空間が話題を呼んでいます。

マガジンハウスとNTTという異色のコラボレーションプロジェクトは、何を目指し、どのようにして生まれたのでしょうか。企画を手がけたマガジンハウスの阿部太一氏、大月唯氏、NTTコノキューの山﨑美佐氏に、「MIG」開発の舞台裏について伺いました。

目次


    高まり続ける「学び」へのニーズ、VRが拓いた可能性

    ー「雑誌出版のトップランナーとして紙面コンテンツを追求してきたマガジンハウスと、XR事業を通じてバーチャルなプラットフォームの社会実装を目指すNTTコノキュー。両社のコラボレーションは異色でありながら、時代の変化を象徴するものとも言えると思います。まずは、今回リリースした「MIG」のコンセプトについて教えていただけますか。

    阿部太一氏(以下、阿部氏):「MIG」は、マガジンハウスが学びの新しい形を提案するために創設した、WebVR上の「学校」です。

    ようするに「学びのための空間」なのですが、小学校や中学校、高校、大学で学ぶようないわゆる「学問」だけでなく、もう少し幅広い意味での学びができる場所をつくりたいと思い、「人生を豊かにするためのヒント」をテーマに据えました。コンテンツは、『POPEYE』、『BRUTUS』、『Hanako』、『GINZA』といったマガジンハウスの4誌が考案しています。

    空間の設計は、建築家の谷尻誠氏(SUPPOSE DESIGN OFFICE代表)にお願いしました。「倉庫 Depot」「洞窟 Cave」「実験室 Laboratory」という3つの空間で構成されており、「講義」や「ワークショップ」など、それぞれの空間コンセプトに沿った形式の学習コンテンツが置かれています。

    洞窟 Cave
    実験室 Laboratory
    倉庫 Depot

    ー出版社であるマガジンハウスが、なぜ「学校」をつくろうと思ったのでしょうか。

    阿部氏:マガジンハウスではこれまで、各誌で「学び」をテーマにした特集を組んだり、ワークショップ形式のインスタライブを配信したりしてきたのですが、そうしたコンテンツに対する反応がすごく良くて。「学び」に対する社会の期待やニーズが高まっていることを実感していました。

    「学び」においては、場所があることが重要だと思っています。マガジンハウスの場合は、メインのユーザー層がスマホを見ている時間が長い30代前半なので、例えばソファに寝そべりながら学べるような、いつどこにいても、どんな格好でも学びが得られる場所をつくりたいと。

    左:阿部太一|編集者。マガジンハウスを経て、2022年に独立
    右:大月唯|マガジンハウス 広告局 メディアプロモーション部

    ー開発にあたっては、VR技術を持つNTTコノキューとパートナーシップを組んで進められたとのことですが、このコラボレーションはどのようにして生まれたのでしょうか。

    阿部氏: NTTコミュニケーションズの方とお会いした際に「5Gの訴求をしていくために、マガジンハウスにコンテンツを制作してもらえないか」というお声がけをいただき、プロジェクトが動き出しました。ちょうど2年前くらいですね。

    大月唯氏(以下、大月氏):最初は、溜池山王にある5G技術の展示施設「docomo FUTURE STATION」にみんなで足を運び、5GのVR空間でどのようなことができるのか体験させてもらいました。

    阿部氏:その時ちょうど東京駅で「VRを使った未来の物産展 from 青森」というイベントをやっていて。駅の一角に会場があり、ヘッドセットを着けて青森の観光コンテンツを体験するのですが、ねぶた祭のねぶたが迫ってくる様子や奥入瀬渓流の水が揺らいでいる感じが本当にリアルで驚きました。

    また、そのコンテンツでは、ショッピングもできるようになっていました。商品をタップしていくと、ヘッドセットを外した時に選んだものが足元に置いてあるという仕組みなのですが、これは新しい買い物の仕組みだと思いました。旅先で財布のひもが緩くなってしまうあの感覚がバーチャル世界でも再現できるのだと思うと、非常に可能性を感じましたね。

    お互いのアイデアと技術を持ち寄り、即興的に編んでいく

    ーそうした体験を経て、どのような流れでプロジェクトを進めていったのでしょうか。

    阿部氏:まずは、こうした技術を使って何ができそうか、まとめて企画書を出しました。この時点で「学校」というコンセプトはある程度決まっていて、マガジンハウス内でも方向性の合意がとれてからは、各誌が得意とする分野やコネクションのある人たちに声をかけながら、動画コンテンツの企画を進めていきました。

    一方、コノキューさんと進めていた空間設計においては、「せっかくなら建築家に設計してもらいましょう」という提案をしたら、受け入れていただいて。建築という概念にとらわれず、さまざまなコンセプトのプロジェクトを手がけていらっしゃる谷尻さんなら適任だと思い、お願いしました。

    編集部でのコンテンツづくりと、コノキューさん・谷尻さんとの空間設計を同時に走らせていたようなイメージですね。

    ー谷尻さんの設計によるユニークなVR空間は、「MIG」の1つの目玉になっていると思います。この空間はどのようなやりとりのもとで生まれたのでしょうか。

    阿部氏:最初に谷尻さんに伝えたのは「学びの場をつくりたい。バーチャル空間だけど、バーチャルだけに閉じたくはない」みたいな、すごく曖昧な要件だったと思います。なので、企画書は持っていったものの、そこからはほとんど自由演技でした。僕たち側に「こうでなければいけない」というものは特にありませんでしたし、谷尻さんの自由な解釈から出てくるアイデアがあるだろうと思っていました。

    そうして、何度目かの打ち合わせの時に、谷尻さんから、「パースや図面を引く、という従来のやり方じゃない方法、例えば画像生成AIを使って設計したい」というお話がありました。

    画像生成AIは、プロンプトとなるテキストを入力するとイラストや画像をAIがつくってくれるものなのですが、僕たちが投げたキーワードをもとに、イメージを抽出し、コンテンツの内容とすり合わせて取捨選択をしながら、「倉庫 Depot」「洞窟 Cave」「実験室 Laboratory」という3つの空間に仕上げていきました。

    ー「MIG」には、「360Media」というWebVRのプラットフォームが使われていますが、どのような基準のもと、このプラットフォームを選定されたのでしょうか。

    山﨑美佐氏(以下、山﨑氏):今回のプロジェクトの原点には、ヘッドセットを使ったVR体験があるものの、そうしたデバイスを自分で持っているユーザーはまだまだ少数派ですし、アバターを操作するようなタイプのプラットフォームだと、普段そうしたサービスに触れていないユーザーにとっては難易度が高いのではないかと。また、ゲーム的な要素が強くなってしまい、今回のコンセプトに合わないのではないかという懸念がありました。

    そこでまずは、多くの人がスマホで手軽にアクセスでき、簡単に操作できるWebVRのプラットフォーム「360Media」を使うことになりました。

    ただ、あくまで最初の形として「360Media」が適していたというだけで、ここで完結させるつもりはまったくありません。ゆくゆくはイベント会場で、ヘッドセットを着けて同じVR空間内に入れるようなフェーズまで発展させていきたいと思っています。まずは今回、立ち上げができたので、ここからはいろいろ実験をする中で、新たな可能性を探っていきたいですね。

    山﨑美佐|株式会社NTTコノキュー マーケティング部門パートナーリレーションズグループ

    ーVRプラットフォームの提供以外に、NTTサイドから提供した技術などはあったのでしょうか。

    山﨑氏:コンテンツ制作においてもさまざまな技術を提案させていただきました。

    例えば、「マルディ・グラ」のオーナー・シェフ和知徹さんがハンバーグの作り方を教える動画は、360°カメラで撮影をしており、実際に和知さんの隣に立っているような感覚で、ユーザーが視点を変えて和知さんの手元をのぞき込んだり、材料の一覧を確認したりすることができます。一般的な動画と違って、ユーザー自身がアクションを起こし、インタラクティブに学べるような動画コンテンツになっていると思います。

    ワークショップ「黄金比ハンバーグの作り方。」

    また、「おなやみ相談室」という、BRUTUSの人気連載を動画にしたコンテンツがあるのですが、こちらでは最近リリースした1on1支援サービス「COTOHA 1on1 Assistant」を使って、オンラインで行われた相談をAI技術で分析し、診断結果もコンテンツにしていただいています。

    座学「おなやみ相談室」

    「GEEK WATCH入門。」というコンテンツでは、番組内で紹介している面白いギミックの入った腕時計をNTTの技術を使って3Dスキャンして、VR空間内で展示しています。ユーザーは、自分でくるくると回しながら、さまざまな角度から時計を鑑賞することができます。一つひとつのコンテンツをつくる際にも、NTTの技術でどういうことができそうかを提案しながら、企画をブラッシュアップしています。

    座学「GEEK WATCH入門。」

    ハイテクノロジーがアナログを救うという可能性

    ープロジェクトを進めていく上で、何が一番大変でしたか。

    大月氏:動画コンテンツの制作は、これまでもマガジンハウスでやってきたことでした。一方、VR空間の設計は、会社としても初めてだったので、どういう手順でどういうふうに進めればいいのかまるでわからない。谷尻さんも画像生成AIを使った設計は当然初めてで、誰も答えを持っていないなかでプロジェクトを進めていくことの難しさはありました。

    しかし、だからこそフラットにアイデアを出し合ってかたちにしていく面白さがあったと思います。谷尻さんのSUPPOSE DESIGN OFFICEと、マガジンハウスと、NTTコノキューの3社で、毎週のように打ち合わせをしながら、出てきたものを見てディスカッションし、少しずつ修正を加えていきました。

    阿部氏:あらかじめゴールが見えているプロジェクトではないので「産みの苦しみ」は通常のものより大きかったのは確かです。NTTコノキューさんがパートナーとして一緒にやってくださったからこそ、実現できたのだと思います。我々だけでやっていたら頓挫してしまっていたはずです。

    ー今回、3社でやったからこそ得られた成果にはどんなものがありますか。

    山﨑氏:まず、「学校」や「人生を豊かにするための学び」というコンセプトとは、私たちには絶対思い浮かばないアイデアであり、マガジンハウスさんだからこそ出てきたものだと思っています。

    また、私たちの事業はXR技術の活用を前提としており、どうしても「バーチャルだからこそ出来ることはなにか」ということをまず考えてしまいがちなのですが、その空間に入るまでのストーリー、現実とバーチャルの接続が非常に重要であるということを、改めて気づかせていただいたように思います。

    例えば、「MIG」は銀座にあるマガジンハウス本社に「仮想的に」増築された空間であるというコンセプトも、マガジンハウスさんから出てきたアイデアです。コンテンツの内容を考えるときにも、各誌の編集者の方とディスカッションさせていただいたのですが、それぞれ企画の発想力がすごくて、毎回刺激を受けました。そうした発想の仕方は、普段の業務内ではまず触れられないものなので、そういう点でもコラボレーションの意義が非常に大きかったと感じています。

    大月氏:出版社の編集者は、雑誌や書籍かWebコンテンツのどちらかの領域で仕事をすることがほとんどで、この話がなかったらVR空間内のコンテンツをつくることなんてなかったと思います。なので、まず編集者たちの経験値として非常に有意義でした。

    阿部氏:テクノロジーで何ができるのか、改めて考えるきっかけになりました。雑誌が読まれなくなっている世の中ですが、テクノロジーが発達し、ページをめくっているときの触感や編集者の熱量みたいなものまで感じられるようになれば、バーチャル上で雑誌を読むという体験が生まれるかもしれない。僕はやっぱり雑誌が好きなので、ハイテクノロジーが紙の雑誌というアナログを救うという可能性が感じられて嬉しかったです。

    ー「MIG」をさらに発展させていくために、今後どのようなことに注力していきたいですか。

    大月氏:将来的には、イベント会場でのヘッドセットを使ったVR体験にもつなげていきたいので、そのためにもまずは、知ってもらって遊んでもらうことが重要だと思っています。幸いマガジンハウスには、何十年も続いている媒体とブランド力があるので、各誌の紙面やアカウントで発信を行いながら、ユーザーを集めていきたいです。

    また、「MIG」のリリースを出してからは、企業さまから非常に多くのお問い合わせをいただいています。今後はそうした企業さまもコラボレーションしながら、「MIG」を盛り上げていきたいですね。

    阿部氏:内部の話にはなりますが、現場が楽しめないと面白いコンテンツは絶対に出てこないと思っているので、各誌の編集者たちがもっとコンテンツづくりを楽しめるようにしていきたいです。

    そのために必要なのが、フィードバックの見える化です。雑誌やWebの場合は、読者からお手紙が届いたり、部数やPV数などの分かりやすいフィードバックがあったりするのですが、「MIG」の場合はそうした評価の基準がまだない。単に数字が上がれば良いというものでもないので、どんな評価基準が適切なのかは、運営を続けていく中で見つけていくのだと思います。

    山﨑氏:NTTとしては、自社のサービスやメッセージを発信したい企業が理想的な世界観でコンテンツを届けられるよう、プラットフォームの機能をさらに充実させていきたいです。

    対ユーザーという観点では、バーチャル空間に閉じないVR体験。VR空間でコンテンツを見てユーザー体験が終わってしまうのではなく、その後に実際のお店に行き、商品を購入するなど、リアルな行動を起こすところまでつながるようなVR体験をつくっていきたいです。

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